14


「大丈夫か?大分無理させたな……」
「ん……大丈夫」
 僕は達したばかりの火照った身体を持て余しながら、何とか頷き返した。煌々と灯った天井の明かりを見上げ、結局明かりを付けたまま抱かれてしまったことに思い至り、今更ながら恥ずかしくなってくる。しわくちゃになったシーツの上でゴソゴソと身を捩る僕の身体を、ユウヤが力強く抱きしめた。
「アキラ、良かった?」
「うん……」
 僕はこめかみに優しいキスを受けながら頷く。
「ユウヤは?」
「俺も……良かった。なんかめっちゃ感動したわ。ああ、ほんまにアキラなんやなぁって思ったら」
 ユウヤは幸せそうに言いながら、汗に濡れた僕の髪を優しくかき上げた。
 大阪での夜よりも一層激しく抱かれ、何度も高みに昇らされて身体はクタクタだったけれど、きちんとしておかなければならない問題がある。
「……説明してくれよ。なんであそこにいたのか」
「ああ」
 ユウヤは肘枕をついて僕の顔を見下ろしながら、逡巡するように僕の髪を撫でていたが、やがて意を決したように口を開いた。
「なんて言うか……その………俺は高校卒業してから、上京してずっとこっちに住んでんねん。大阪におったんは、あの時たまたま実家に帰っとったからで。俺がバイト先でアキラを初めて見たんは、大阪で会うちょっと前やった。俺は今まであのカフェの違う店舗で働いとってんけどさ、こっちの店に移動になった日に出会ったんがアキラやってん」
「……僕……憶えてない……」
 お店で店員の顔なんて、いちいち見てないからな……。
「……で、一目惚れしてもうて、あのお客さんはいつも来るんか?ってバイト仲間に聞いたら『常連さんや』って言うし。じゃあ、また会えるなぁ……って思いながら大阪に帰ったらばったり会うし!なんか凄い運命感じたっていうか!」
 ユウヤはその時のことを思い出したのか興奮したようにそう言ったが、僕に睨まれてシュンとした。
「で、初めて会ったふりして嘘ついたんだ。大阪でカフェに入った時、迷わずバニララテを注文したのもそういうわけだったのか」
───何が『アキラの身体が、バニラシロップみたいに甘かったから』だよ!最初から僕の好みを知ってたんじゃないか!
 カラクリを知ってしまえば、不思議でもなんでもない───っていうか、僕の心は騙されていたショックと再会できた喜びに、千々に乱れていた。
「……うん、ごめん。は、反省してます、ホンマに」
 ユウヤはベッドの上に正座し、うなだれながら何度も謝った。これじゃまるで悪戯が見つかってご主人様に叱られた大型犬だ。
「取りあえず、パンツ履いたら?」
 僕が冷たくそう言うと、ユウヤはベッドの隅に追いやられていたパンツを掴んで慌てて履いた。大きな男が、背中を丸めて恥ずかしそうにゴソゴソしているのが、何だかものすごく可愛らしい。本当言うともうその姿を見た時点でいつまでも怒っていることができなくなって、僕はユウヤを許してしまっていた。
「お、俺のシナリオではさぁ、東京帰ってきてからすぐにあの店でバッタリ感動の再会して『実は……』ってなるはずやってんけど、アキラ全然店けえへんしさ、メール出しても返事もないしさ、もう一生会われへんのかと後悔しとってん。アホなことしたなぁと思って」
 ユウヤはパンツ一丁で正座し直し、膝を擦りながらおどおどと言った。そんな顔をしていると、二十四という年の割にちょっと……いや、かなり幼く見える。
「メールは……パスワード忘れたから見れなかったんだよ」
 僕がそう言うと、ユウヤはホウッと深い息をついて破顔した。
「そっか。じゃあ、アキラも俺に会いたいと思ってくれてた?」
「さあ、それはどうかなぁ」
 本当は会いたくて会いたくて仕方なかったけれど、ちょっと意地悪してみたくなってそう言うと、ますます泣きそうな顔になる。
「嘘だよ。会いたかったよ、もちろん」
 もっと苛めてもいいくらいだけれど、これ以上やって嫌われるのもイヤだったから、僕は早々に本音を言った。いい加減僕も甘いな。
「よかった!ホッとしたぁ……」
 ユウヤは妙にしみじみそう言うと、僕の身体を大きなその胸に抱き込んだ。背中を抱く力強い腕の感触が嬉しくて、僕も力の限りギュッとその背を抱き返す。別れてから僕がどんなに落ち込んだか、連絡先を訊けなかった意気地のない自分をどんなに責めたかは今は言わないでおこう。言ったら、ものすごくつけ上がりそうだ、こいつ。
「あ、さっき店の人が言ってた命の恩人がどうのこうのって何なんだ?」
「ああ、あれ?アキラと別れた次の日から、毎日夜にシフト入れさせてもらったんや、感動の再会を果たすために。でも、普通はそんな連続でシフト組まれへんからさ、命の恩人が来るかもしれんからお願いしますって頭下げてん。そしたら店長が、特例として認めてくれてさ」
 僕はその膝の上に抱きかかえられながら、まじまじとユウヤの端麗な顔を見つめた。黙ってれば女も男もより取りみどりだろうに、僕なんかの為にそこまで頑張って演出するこいつの気が知れない。そう、思えば大阪にいた時も、ネットカフェですぐ後ろの席にいたにもかかわらずわざわざメールを寄越してみたり、恐い男の振りをして脅かしてみたり、別れ際に最終の新幹線のホームでプレゼントをくれたり、何かと演出の多い男だったけれど……。サービス精神が旺盛というか、きっと根がロマンチストなんだろう。
「どないした?黙り込んで。アホすぎて呆れたか?」
 ユウヤがオロオロと僕の顔を覗き込む。
「そうじゃないけど。なんで僕なんかの為にそこまですんのかなぁと思っただけ」
「そりゃ、好きやからに決まってるやん。好きじゃなきゃせえへんよ、そんな手の込んだこと。ドラマチックに再会したら、感動して俺のこと好きになってくれるかもしらんし……と思ってさ。実際は怒らしてもうたけど……」
「バカだなぁ、ユウヤ。本当にバカだ」
 ユウヤなら、優しくにっこり微笑むだけで大抵のヤツはおとせるのに。
「自分でもそう思う……このままアキラと再会でけへんかったら、一生後悔するところやった。好きや……大好きや!」
「僕も、好きだよ」
 僕がそう言い終わるや否や、荒々しく唇を塞がれる。
「んっ、ん……」
 激しい抱擁。こんな風に抱いてくれる腕を、僕はずっと待っていたような気がする。僕も、人のことをとやかく言えないほどのロマンチストだったということか。
「もう、僕に嘘はついてないよね?」
 もちろん『うん』という言葉が返ってくるとばかり思っていたが、ユウヤは僕の声にギクリと硬直した。
「……おい、まさかまだ何かあるのか?」
「い、いや……ある……っていうか、その……ちょっとしたことなんやけど………」
 ブツブツと言い訳めいたことを言いながら頭を掻く。
「ちょっとした何?怒らないから言えよ」
 僕がそう促すと、ユウヤは意を決したように大きく息を吸い込んだ。
───何を言い出す気なんだろう。もしかしたら、結婚してたりとかして……
 その真面目な顔を見て、僕はそんなことを考えてゴクリと唾を飲み込んだ。結婚は行き過ぎでも、彼女なり彼氏なりがいる───っていうのは十分あり得る。これだけカッコいい男なんだし。
「実は、年……メールの自己紹介で二十四って書いてんけど、違うねん。ちょい上にサバよんでた。ごめん……」
「なんだ、そんなことか」
 えらく深刻そうだから、どんなことかと思えば……。
「ほんまの年書いたら、相手してもらわれへんやろうと思って……飲食業勤務っていうのも嘘。ほんまは大学生や」
「年なんか気にしないのに……。本当はいくつなんだ?二十二くらい?」
 取りあえず最悪の事態は免れたとホッとしながら尋ねると、ユウヤはフルフルと首を振った。
「もうちょい下」
 緊張しているのか、引きつった笑みを浮かべている。
「二十一?」
「もうちょい……」
「二十?」
「もう一声」
「十九?」
 僕は目の前の男をジッと凝視しながら言った。恐ろしいことに、ユウヤはまだ首を振っている。
「まさか……十…八!?」
 ユウヤは、そこでやっと頷いた。
「嘘ついててごめん……でも十八歳じゃ、会ってもくれへんかったやろ?」
「だ、だからって、六歳もサバよんでたのかお前は!」
───この顔で十八!?詐欺だろッ!
 僕は呆然と、目の前の嫌味なほど綺麗に整った顔を見つめた。
「絶対に俺を選んでほしかったんや……他の男に取られたくなかってん」
 そう言って唇を尖らせ、「もし他の男選んどっても、絶対会うの邪魔しとったけどな」とヘヘッと妙に得意そうに笑う。
「お前……やっぱりガキだな、よく見ると」
 あの時、二十四と言われて違和感を感じなかったのは、ひょっとしたらものすごく頑張って演技をしていたからかもしれない。十八と聞くと、なるほどそうかと思う。
「そりゃ、アキラから見たらガキやで。八歳も離れてんねんもん」
「開き直るなよ」
「でも!好きなんや。ア、アキラも好きって言うてくれたよな?気持ち変わってないよな!?」
 両肩を掴んでガクガクと揺さぶられながら、僕はなんとか頷いた。
「よかったぁ!」
 ギュッと抱きしめられ、胸が熱くなる。思えば、こんな風に『好きだ好きだ』って言いながら、僕の全てを包み込むように抱きしめられた経験なんて一度もなかった。
───ホント、人肌ってあったかいもんなんだな。
 僕はうっとりしながらその広い胸にギュッと抱きついた。八歳も離れてるってこと、もちろん気にならないわけじゃないけど、それ以上にユウヤが愛おしい。
「可愛い……って言うても怒らんか?」
「怒んないよ、別に」
 わざわざお伺いを立てるユウヤがおかしくてクスリと笑うと、僕の息がくすぐったかったのか逞しいその身体がフルリと震えた。
「じゃあ、可愛い」
 そう言うユウヤの方がずっと可愛いって言ったら、こいつは怒るだろうか。
「あ、そうや。電話番号聞いていい?」
 ユウヤは床に脱ぎ捨てたジーンズのポケットからいそいそと携帯電話を取り出した。僕が電話番号を言うと、真剣な表情でブツブツと繰り返しながら打ち込んでいく。
「上の名前は?あ、あと“アキラ”ってどんな字書くの?」
 僕はユウヤの携帯を取り上げ、“篠木亜樹良”と打ち込んだ。
「篠木亜樹良か……きれいな名前やな」
 ユウヤがそう言いながら発信ボタンを押すと、僕の携帯が鳴り出した。
「俺はモチヅキユウヤ。望む月に優しい也で……」
「ちょ、ちょっと待って!」
 僕は鞄の中から携帯を取り出し、たった今着信した電話番号を“望月優也”でアドレス帳に登録した。
「これでもう大丈夫やな」
「ああ」
 僕が笑いながら頷くと、そっと抱き寄せられる。
「あ、そうだ」
 僕はユウヤの腕をすり抜け、部屋の明かりを消してスタンドを点けた。シェードの部分にクリスタルがいくつも使用されているため、部屋中がキラキラした幻想的な輝きで満ちる。
「綺麗やな……思った以上に綺麗や」
「これ、高かっただろ……十八歳の学生が買うプレゼントじゃないよ」
 本当はお金を返してあげたかったけれど、そんなことをすればユウヤのプライドを傷つけることになる。
「ええねん、どうしてもあげたかったんや。思ったより高かったけどバイト代出たところやったし。出会った記念や」
「あの時、僕がこれ欲しがってたってよくわかったね」
「わかるよ。なんか目ぇキラキラしてたからさ。だから絶対、後でプレゼントしてびっくりさせたろて思ててん」
「びっくりしたよ」
 本当に何から何まで、ユウヤにはびっくりさせられっぱなしだ。
「よかった。俺、人をびっくりさせんのが好きなんや」
 肘枕をしてスタンドの明かりを眺めていたユウヤは、不意に僕を押し倒して身体の上に乗ってきた。
「華奢な身体やなぁ。上に乗ったら押しつぶしてまいそうや」
「じゃあ乗るなよ」
「それがそうもいかん。見てたら乗りたくなるんや」
 ユウヤの言葉のニュアンスから、それがただ物理的に上に乗る行為を指しているわけじゃないとわかる。
「もう無理だよ?」
「なに想像してんの。やらしーなぁ」
 僕はからかわれたとわかって恥ずかしくなり、フイと横を向こうとしたが、その顎を掴んで引き戻される。
「何だよ?」
「拗ねたとこも可愛いなぁと思て」
「“可愛い”はもう禁止!八つも年上だぞ僕は」
「ずるい!さっきはええって言うたやんか」
「……今から禁止。はい、退いて退いて」
 僕はそう言ってユウヤの両肩を掴んで脇へ退かした。
「大人は嘘つきや」
 僕は笑いながら、口を尖らせてブツブツ文句を言っている大きな子供の顔を覗き込む。
「パスタ茹でるけど、たらこスパとペペロンチーノ、どっちがいい?」
「ペペロンチーノ!大盛りで!!」
 文句を言っていたのもどこへやら、キラキラ目を輝かせて即答され、僕は食べ盛りの男の胃袋を満たしてやる為に立ち上がった。これからは僕も、大人の男の魅力と料理の腕を磨かなきゃな……なんて思いながら。


おわり







あとがき

最後まで読んで下さって、どうもありがとうございます。
この作品は、以前拍手お礼小説として連載していたものを
若干書き直して再アップしたものです。
感想の方もぜひよろしく。

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