黒沢明 「天国と地獄」
☆☆☆
調子に乗ってかいてたらかなりネタバレテキストになってしまいました。
既に見た方、どうせ見ないのでネタバレされても怒らないという方のみお読みください。
「模倣犯」の山崎努を見ていたら、久々に「クソーーーーッ!!」が聞きたくなったので(笑)、ビデオラックから「天国と地獄」を引っ張りだしてきて見た。
世評の高いこの作品ですが、私は黒沢映画では中の中か中の下辺りかな、と考えています。それは主にストーリーに関することなのですが、まずは映像から。
この作品の映像は凄いです。
カメラのアングルは相変わらずコマ単位で完璧に計算しつくされていますし、電車から外を撮影しているカメラの臨場感の凄いこと。電車の中から撮った映像に映っている建物が気にくわず、買い取って潰したってエピソードはこの映画でしたっけ? 犯人のアジトに踏み込んでいく緊張感も素晴らしい。とにかく画面の隅のディティルまで細かく撮られており、相変わらず隙がねえなという印象。
そして、映像から浮かび上がる人間群像。
ドヤ街の描写なんかは今では世界中のありとあらゆる映画に影響を与えまくりすっかりパターン化されていますが、未だに凄みを感じさせます。そして、何といっても例のあのシーンね。当時映画館で見た人は、黙々とあがるアレを見てどれくらい驚いたのでしょうか。
映像だけならば黒沢映画の中でも五指に入るこの作品ですが、ストーリーに関して言えば典型的な前半傑作です。
子供が誘拐され、身代金を渡すまでの展開は本当に素晴らしい。
ただ子供が誘拐され、その交渉をしているだけで別段特別なことはやっていないっちゃしてないのですが、三船の命とも言うべき金を犯人に渡してよいのか……といった葛藤が物語に深みを与えています。不気味な犯人とそれ以上に不気味な仲代達也が非常にいい味を出していますし、特に新幹線での一連のシーンは邦画史上に残る素晴らしいサスペンスです。
しかし、後半がよくない。
足で歩いて物証を集め、犯人をどんどん追い詰めていくわけですが、この一連の流れが作業そのもの。
観客はどんどん物証が見つかって、その度に犯人像が狭まっていく過程を完全に傍観者となって見つめるしかなく、感情移入の余地がない。プレーヤーを置き去りにしてどんどん進んでゆく「メタルギア・ソリッド2」のムービーという感じで、この先どうなるんだろう? という興味をどうしても持てない。
観客を引っ張る唯一のリーダビリティである、「犯人はどんなやつなんだろう?」の答えも全く関係ない人間が出てくるので興ざめですし、その犯人を囮捜査にかけて追い込んでいく辺りははっきりいって間延びしていて退屈です。最後に犯人と三船が向き合うシーンはかなり面白いですが。
「天国と地獄」というタイトルから言って、黒沢は最初の誘拐シーンと、最後の対峙のシーンを書きたかったのだと思います。しかし、最後のシーンを書くには犯人が死刑にならなければならず、死刑になるには中盤の退屈な手順を踏まなければならない。そのような逆算で作られているゆえ、中盤が退屈なのではないでしょうかね。仮説ですけれど。
中盤が間延びしているおかげで、作品の核である「貧困と成金」というテーマが巧く浮かび上がらなかった気がします。そもそもこの権藤って人物、そこまで酷いことをされなければいけないとはどうしても思えないし。
私が作るなら、三船敏郎が黒幕だった、ってオチにしてましたけどね。だからなんだって話ですが。
2003年9月12日
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