「鬼柳、きりゅう?」
聞こえてくる声は、随分と弾んでいた。
ご機嫌なときのクロウの声は、語尾がちょっとだけ上がって半分疑問系。それが凄く可愛いと思っているけれど、京介は言わない。言ったらきっと、意識して直そうとするから。
「こっちだ、どうした?」
だから、今回も気付かないフリで。ヒラヒラと壊れかけたソファーから手を振れば、軽快な足音がパタパタと近づいてきた。
回り込んできたクロウは、もう声を聞かなくてもわかる。満面の笑みで、上機嫌です!言っているようなもの。
さて何をこんなに喜んでいるのやら?
今朝からのあれこれを考えているうちに、クロウがぺたんと床に座った。京介は別に寝転がってるわけではないから、ソファはまだ座れるのに。普段なら、何の躊躇いもなく座るはず。
「クロウ?」
首を傾げて名前を呼んでも、クロウは動かない。ただニコニコと笑って、ちょっと得意そうな顔すら作って。
「ん」
右の掌を、京介の前に突きつけた。
意味がわからない。
「何これ」
「いいから!手、合わせろよ!」
その いいから は、いったい何処にかかっているのやら。
とりあえず従い、左手を合わせてみれば。
何これどういうこと!

どうだ!

って顔のクロウ。自信満々に、どうだ!って顔。
悶えそうなほど可愛いけど、相変わらず意味はわからない。
クロウはたまにこうなる。京介の記憶が正しければ(クロウに対しての記憶は事実完璧だ)、何も言わないでやる気漲る顔や自信満々な顔をするときは、彼の中で物凄いことになっていて。当然京介は褒めてくれるものと、自己完結している場合。
そして大抵の場合、褒めてくれないと拗ねる。クロウ自身は認めないけれど、傍から観れば初めて会う人だってわかるほど。
だからクロウがこうなった場合、京介は試練を与えられていると思うことにした。
だってジャックにも遊星にも、絶対にやらないことだから。わざわざ京介を選んでいるわけだから、失敗できない試練と思っても仕方がない。
さて、どういうことだ。
もう既に、いつまでもぽかんとした顔で何も言わない京介を見て、少し眉を寄せ始めたクロウ。
早い、早いよ!
なんて言えないから、必死で考える。



合わせる
体温?
いや、指の長さ?
比べる
手の…


「…ちょっとでかくなった?」
「だろ?!」
セーフ!!
今回も無事試練を乗り越えた京介に与えられるご褒美は、クロウの満面の笑み。
「いつものグローブちょっときつくてさ!俺でかくなってるよな!手がでかくなったってことは、身長もだよな!」
いつかお前抜かしてやるぜ!
ってはしゃいでるクロウには勿論言わない。
昨日食べた缶詰塩辛かったから、ちょっとむくんだんじゃね?なんて。
状況判断だけで、実際大きくなったかどうかはわかんねぇよ、なんて。
「やべぇ俺抜かれんの?!」
ちょっと大げさなくらい驚いて、にぎにぎ手を握って。よかったなぁって、頭を撫でる。
京介がそうすれば、自信満々の笑みがぱっと輝くから。それがもう、例えようがないくらいの代物だから。
言うつもりなんて、まったくありませんよ?


『甘えたその1/言わないで仕草だけでわかって貰おうとするクロウ』



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