クロウは必ず視線を右に逸らす


その日京介は、少々不機嫌だった。といっても、外見からわかるほどに不機嫌ということはないから、見た目は変わらない。多分話しかけても、普段と同じ対応をするだろう。
それにも拘らず、京介自身は今自分が不機嫌であることを認識していた。
理由は単純明快、ただ単に面白くないだけ。
では何が面白くないかといえば…まあ、間接的な原因はクロウ以外にはないのだけれど。



午前中、クロウが子供達の様子を見に行ってから、残りのメンバーは珍しく集まって談笑していた。普段はてんでばらばらに行動するメンバーだ、それは大変珍しいことといえる。
ただなんとなく、少し話したい気分…が3人揃ったのだから、その場にいなかったクロウがみたら驚くだろう。
しかし集まって話しても、趣向も思考もばらばらな3人は、あっという間に話題に事欠く。
そこで取り上げられたのが、その場にいないクロウの話題。
小さい頃あれをやったこれをやった、最近のあの行動はおかしかった…などと、本人がいたら憤慨しそうな事まで暴露され。
そのとき京介は、若干寂しさを感じながらも、別に不機嫌ではなく。ただ自分の知らぬクロウを知れたことに、満足していただけで。最近のことならば会話にも参加出来るから、別に退屈していたわけでもない。
ただ問題は、談笑も後半に差し掛かった辺りでの会話だった。
「だから、俺すげぇ満足したんだ」
最近あったクロウとのエピソードを話し終え、ニッと笑った京介に。遊星は小さく笑みを作りながらゆると首を傾げた。
「…鬼柳は、本当によく満足と口にするな」
「そうか?」
「ああ、口癖にしても頻度が多い」
「何でもかんでも満足とつければ満足するのだろう?」
少々鼻につく物言いをしたジャックに、遊星が視線だけで咎める。しかし京介は、それがジャックのスタイルだとわかっているから気にしない。
気にしたのは遊星だ。
「…癖といえば、クロウの癖はわかりやすい」
珍しく自ら話題を変え、ついと指差したのは台所に並べられた調味料。塩の壜が4つある。中身は全てびっしり入っていた。
「あれが全部なくなったら、クロウはまとめて袋から塩を入れ替えるだろ?この間ちょうどやっていたから、手伝おうかと声をかけたら…」
「視線を右に逸らしたのか?」
「ああ」
「あいつは…まったく」
視線を、右に逸らす?
話を全て聞き終わらぬうちに、ジャックはクロウがどんな癖を出したのか言い当てた。それほど頻繁に出る癖、ということだろう。
しかし京介の記憶に残る限り、クロウが癖とわかるほどに視線を逸らしたことはない。
「それ、どんなときの癖なんだ?」
だから聞いたというのに。
京介が問うた途端、遊星とジャックが目を丸くして京介の顔をまじまじ見て。
「…知らないのか?」
「は?あ、ああ」
「一度も見たことがないとでも?!」
「いや、あるかもしれねぇれど…癖ってわかるほどは…」
「わからないはずがないだろう!ひどい時は日に3〜4回はするんだぞ!」
「しかも頻繁に」
それは、知らないといっていい。
「なあ、結局その癖って…」


何だろう?
問いかけようとした瞬間遊星が立ち上がり、プログラムがどうのバグがどうのとブツブツ言いながら立ち去ってしまった。別に故意ではなく、唐突に思い出しそれしか考えられなくなったただけだ、よくある事だがタイミングが悪すぎる。
ならばジャックは…気付いたらいなかった。普段は存在感の塊なのに、消えるときは一瞬で消える。
結局わからないままもやもやだけが残った。
別に知らなくてもいいや…なんて思うはずがない!気になる、凄く気になる。クロウの癖はひとつ知っているけれど、視線を逸らすなんて初耳だ!何で知らないんだ!
だから京介は不機嫌だ。ある意味での逆切れ、という程度ではあるけれど。



「鬼柳!きりゅう〜!」
ご機嫌な声が近づいてくる。半疑問系、クロウだ。
知っている癖を最初に出されて、京介の機嫌は半分回復した。安いものだ。
しかし、クロウが顔を出した途端ハッシと、どの表情も逃さぬようにハッシとクロウの顔を睨め付けたのは仕方がない。笑顔でそれをやったから、かなり強烈な顔になっていたはず。にも拘らず、クロウは見事にスルーした。
京介の前に立ったクロウの手には、大きな箱。漂う匂いからして、クッキーだろうか?
「マーサが焼いてくれたんだけどな!ガキ共あると全部食うから、こっちに非難させてきた!でも下に置いといたら遊びにきたとき食いそうだから、棚作ってくれ!」
作って、くれ?
「俺の高さじゃ不安…いや、低いとかじゃなく!大事を持ってお前の高さで!」
「いいけど、食器棚の上とかじゃ駄目なのか?」
「わかってねぇなぁ、ここにあるぞ!って何処からでもわかる方が攻略方法考えるの楽しいだろ!」
捕られたくないのか捕られたいのかはわからないが、とりあえずやりたいことはわかった。観察するのにも好都合。
端材なんてその辺に転がっている。京介はクロウを観察しながら適当に拾い集め、クロウを観察しながら釘とトンカチを手に取り、クロウを観察しながら棚っぽいものを作り始めた。
傍から見れば今にも自分の手を殴りそうな京介に、しかし見られているクロウは気付いていない。クロウが気付かないならば、誰も気にしないので問題はない。
いや、そのときプログラムが落ち着いて戻ってきた遊星は、一応気にしたかもしれない。しかし彼の表情はぴくりとも動かなかったし、京介が何をしたいのかを知っていたから疑問にも思わなかったろう。
ただゆっくりと変な作業をしているふたりに近づき、ぽんとクロウの肩を叩いた。
「俺も手伝おうか?」



そのとき京介は見た。
振り向いたクロウが、若干目を泳がせ、右に視線を逸らせていく様を。
「いや、大丈夫だぜ?鬼柳がやってくれるし」
「別に気にしなくていいんだぞ?」
「大丈夫だって、ありがとな遊星!俺釘持ってくる!」
釘は、ある。にも拘らずパタパタといなくなったクロウを、京介は半ば呆然と見送った。遊星はほっと、息を吐いただけ。
「…頼らないんだ、クロウは」
それから呟くように紡がれた言葉は、どこか悲しげでもあって。
「手伝わせてくれないんだ、滅多に。こちらが手伝うといっても、いつもああやって視線を逸らして断るタイミングを計る」
「俺には…」
「ああ、鬼柳は普通に頼るな。だからあの癖を見たことがなくてもおかしくない」
それは、なんだ?どういうことだ?
物凄く信頼されている?それともいいように使われている?いや、なんというかこれは…
「俺達にも少しは甘えてくれてもいいのにな」
「それだ」
甘えている
なんの衒いもなく頼んで、断られるなんて考えてもいない上機嫌。
信頼なんかよりも、ずっと子供らしい言葉。
甘えてくれているからこそ、見ることの出来なかった癖。



「…なんだ、そういうこと」
呟いた京介の顔に、笑みが浮かんでいく。それはもう、満面と言えるほどの笑み。
遊星はその顔を見て、呆れたように小さく首を振り、また何処かに行ってしまった。多分プログラムの続きだろう。遊星が残っていれば、戻ってきたクロウはまた戸惑う…それも考慮されたのだろう。
しかしその考慮を一番喜んだのは、京介だ。
恐る恐るというように部屋に戻ったクロウを手招きし、傍によってきた小柄な彼をぎゅっと抱きしめて。
「俺が出来ることなら、なんだってやってやるからな!」
上機嫌に宣言した京介を、少し顔を赤らめながらもがき掛けたクロウは見上げて。
首を傾げて。
それから笑う。
「おう!」
なんだろうね、この今だかつてないほどの充足感は!


『甘えたその5/特定の癖をみせないクロウ』



4→




Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!