一番最初の最初は、始めてマーサに会わせて貰ったときの事。
初めてマーサに会ったのは、チーム・サティスファクションが結成されて数週間後。
チームとして形にはなっていたけれど、マーサに紹介は最後の難関だったような気がする。と、京介は思う。
紹介といっても、全員でマーサハウスに行って名前を言われただけ。それだけなのに確実に、それ以降から3人の態度は変わった。仲間意識が芽生えたというか、一歩踏み込まれたというか…いや今その当時の環境変化は問題ではない。
問題は、マーサが顔を出した4人全員に飴を一個ずつくれたことだ。
そうだよな、マーサって飴ちゃん持ち歩く世代だよな
そんな感想しか浮かばなかった京介は、実は初めて大人からお菓子を貰ったことで多少混乱していた。だから遊星とジャックが苦笑気味に飴をポケットに入れたところや、貰ってすぐ口に放り込んだクロウの様子をぼんやり眺めるしか出来なくて。
ころりと掌に転がる飴。何の変哲もない、しかしサテライトではそれすら諍いの元になってしまうお菓子。
どうしたもんかね…
思ってしまったのは、躊躇いの方が多かったからだろう。
飴一個でも物々交換の対象になる。ならば食べないで持っていた方が後々有効だろう。普通ならばそうしたはず、好んで甘味を食べる習慣はない。
しかしなんの衒いもなく飴をくれたマーサに申し訳ないな…くらいの精神は、京介も持ち合わせていたから。
「鬼柳、食わねぇの?」
クロウにそう聞かれたとき、咄嗟にどう反応していいかわからなかった。
「ん〜…考え中」
だから当たり障りのないことを言って、その場をやり過ごそうとしたんだけれど。
コロコロと飴を転がす音。クロウはまだ京介の傍らから離れず、じっと様子を伺っているらしい。
じっと、じ〜っと。
見られてる…物凄いガン見されてる俺…
思ってしまうほど、ビシバシと突き刺さる視線。ちろと顔を上げれば、クロウが京介の顔と飴を一定感覚で交互に眺めていて。
「…欲しいのか?」
だから、つい聞いてしまった。
その後のクロウの反応は、今考えてみると強烈なものだ。
「くれって言ったらくれんの?」
最初は、ちょっと引いた態度で。若干馬鹿にしたような、もやもやの残る言い方をして。
「鬼柳、その飴ちょ〜だい」
ニッと口の端を上げて言った様なんて、本気でからかい口調。小さな子供のように手まで伸ばしてくる。
しかしそのとき京介は考えるのが面倒になっていた。物々交換にも使えない、自分で食べるほど好きなものでもない。
だから。
「はいど〜ぞ」
マーサに育てられたクロウに返還、別にいいじゃないか。
その程度の感覚で、ぽんと手渡して。そうするとなんだかすっきりしてしまい、よし帰るか〜という気分になった京介とは逆に、クロウは目を見開いた。
京介の手から自分の掌に移動した飴と京介を、先ほど以上の速さで交互に見て。
「え?マジで?マジでくれんの?意味わかんねぇんだけど」
「意味わかんなくねぇよ、くれっつったからやっただけだろ。それ食って大きくなれよ〜クロウ」
「んなっ?!!」
京介の問題発言で憤慨したクロウが、飴をその後どうしたかは知らない。ただ持って行ったことは確かだ。
後になって遊星とジャックが言うには、マーサハウスにおいてマーサから与えられたお菓子は特別なもので、特に理由なくあげたり貰ったりすることはほぼないらしい。
子供の多い場所だ、年が上がるにつれ下の子の面倒を見るのは当たり前。しかし自分が我慢してまで下の子に何でも与えてしまうのは、サテライトに生まれてしまった時点で過度の甘やかしになってしまう。だからせめて、マーサから貰った物は自分のものにすること!これが鉄則で、そう言われ続けて育った者は皆須く刷込みが完了していた。
当然ながらジャックも遊星も、貰った飴は自分で食べたという。
意味がわからない、言ったクロウの心情が漸くわかった。しかし刷込まれていない京介は、いとも容易くその鉄則を破ってしまい。
結果。
クロウに、別の刷込みを施すことになる。全くもって意識外であるし、正直当時の俺よくやった!という心境ではあるが。
「ちょ〜だい」
今、クロウは京介が甘味を持っていると簡単に手を伸ばしてくる。
京介の持っている甘味=俺のもの
という方程式が、クロウの中では出来てしまった。しかし必ず、それを受け取る前に一定の儀式をやる。
京介からあげると言われても、京介が甘味を持っていると視覚で捉えても行動は同じ。
手を伸ばして『頂戴』と言う。手に乗せてくれたら貰った。絶対に自分で勝手に取ったりはしない。これはきっと、マーサが昔施した刷込みの断片だろう。仲間からは取るな盗むな、という。
おかげで京介は、若干10代にして飴ちゃんを持ち歩く世代の仲間入りを果たしていた。
でもそれは、仕方のないこと。
以前子供達にお菓子を配るクロウを見た。
そのときクロウは、ポケットから無造作に色々な飴を取り出して子供達の前に広げ、好きなものを取らせていて。でもひとつだけ、子供が取ろうとした飴を見て、慌てて謝った。
「ごめんな、それ俺が貰ったやつだ。それだけはやれねぇんだ」
心底申し訳なさそうに、でもどこか嬉しげに。
そっとポケットに戻した飴は、京介があげたものだったから。
「ちょ〜だい鬼柳」
クロウが、京介の持つ飴に手を伸ばしてくる。
イチゴの、ミルクが入った飴。匂いだけで眩暈がしそうな、甘い甘い飴。
京介は今日も躊躇うことなく笑い、クロウの手に恭しく飴を乗せる。
「どうぞクロウ」
『甘えたその7/「頂戴」するクロウ』
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