クロウとジャックが喧嘩をした。
別に珍しいことではないし、お互い言いたい事を言えば後に引かず、数時間後にけろりとした顔をしているから問題はない。のでは、あるけれど。
「それじゃあ何か!遊星はお前の妹か!!」
「ふざけるな、それならば鬼柳はお前の父親か!!」
明らかに第三者が喧嘩の原因を担った場合、ご機嫌取りは第三者が行わなければならない場合があったりする。
今回は見事その例に当てはめられそうだ。
少し離れた場所でその喧嘩を眺めていた京介と遊星は、同時に小さなため息をついた。
「…何故俺が…妹……」
「あえてつっこまなかったんだから、聞かなかったことにしとけ…」
現実逃避したくなる気持ちは凄くよくわかる、けれど。
兎に角面倒くさいから。
「か〜っ!!あいつ本気むかつく!!自分が散々遊星に甘やかされてるってのに、俺がちょっと鬼柳に甘やかされてるだけで変な事言いやがって!!」
甘やかされてるって自覚はあったんだ、ちょっと、でも。
「遊星に甘やかされて当然!みたいに言いやがるし!遊星を何だと思ってるんだあいつは!妹か?ご身内様か?!」
なんでそこでお母さんって出ないかな、何で妹かな。
「しかも鬼柳の事父親って…なんだよ父親って!鬼柳そんな老けてねぇし!若いし!」
クロ〜ウ、ツッコミ場所違うんじゃねえ?
「兎に角俺はジャックより酷くねええぇぇ!!な、鬼柳!」
ぐりんとこちらを向かれて、真正面から睨まれても。京介は呆れ顔を出さないことで精一杯、下手をすれば どっこいじゃね? 言いそうになる口を閉じるのに精一杯。
なんだかんだでクロウとジャックは似ている。感情の変動も、自分の足場を確り持っているところも、その意思の真っ直ぐさも。
京介も遊星も、それに惹かれていることを自覚しているから、つい口や手が出てしまう。尻拭いだって、してしまう。
「鬼柳!!」
「…酷いか酷くないかは、まあ置いといて。俺はクロウ甘やかすの好きだから、その事に関して文句言われたなら気にすんな。俺が好きでやってる事だ」
ああ多分、遊星も今頃似たようなこと言ってるんだろうな…この苦し紛れの慰め。
「つわけで、今凄く甘やかしていいか?いくら叫びたいからって、こんなビルの屋上で叫ぶことはないと思うんだ俺。もうちょっと風凌げる場所に連れて行きたいんだけど?」
言いながら来い来いすれば、クロウは納得いかない顔ながらも、フェンスから身体を離し京介のいる入り口近くまでてこてこ歩いてきた。
無造作に頬に触れれば、ピリと感じる冷気。上気している頬のギャップに、京介は眉を潜め改めて両手で頬を包む。 ずっと腕組みしていたおかげで、掌はクロウより温かい。いつもとは逆で少し笑えたけれど、下がっていく眉はどうしようもない。
当然だ、寒空の中40分もクロウを放置した責任は、自分にもある。
「ばっか、こんな冷えて…帰るぞ。帰ったら即風呂!」
抱え込むように腰を抱き、扉を開く。といっても、半分壊れかけの扉は大変風通しがいいから、室内に入っても意味がない。
アジトから歩いて3分の廃ビル、別に遠くはないけれど。その最短距離をシミュレートし始める頭に、京介は流石に苦笑が漏れた。
ここまでいけばもう、完璧に父親の心境じゃないか?
「違ぇ…」
そんなことを考えていたからだろうか。腕の中で呟いたクロウに、少し慌てて顔を覗き込む。
クロウはどこか不服そうに、でもちょっとだけ拗ねたような顔をして京介を見ていた。
「俺、何でも言えばやってくれると思われてるんだ、ジャックに。俺だって鬼柳に言えないこと、あるし。甘えちゃいけない、って思うこともあるし…そう言ったら、時間の問題だって…」
言っちまうの
ひどく、緊張した。
そのとき京介は、腕の中にいるクロウを見ながら、ひどく緊張していた。
じわりとわけのわからないものが込み上げてくる。叫びだしたいような、耳を塞ぎたいような、そんな感情。
言えない事があると言われたからではない、甘えられない部分があると知ったからでもない。
その内容を、京介は多分知っている。
だからこそ。
知りたい。知りたくない。でも知りたい。いやでも…
「…俺、鬼柳の事すげぇ大切な仲間だと思ってるからな!」
唐突に歩みを止めた京介に慌てたのか、クロウが言い募ってくる。
「仲間、だ!そうだよな?」
どこか必死な様子で、同じ言葉を繰り返して。仲間だと繰り返して…。
「…ったりまえだろ、お前はうちのチームが誇る鉄砲玉で、最高の仲間だぜ?」
搾り出すように言った京介に、クロウの表情が明るくなった。
限りなく泣き笑いに近い、笑みだったけれど。
「おう!これからも期待しといてくれよ、リーダー!」
パンと京介の肩を叩いて。クロウはすたすたと歩き出した。いや、走り出したといっても過言ではない。
廃ビルの闇の中に消えていく後姿を、京介はぼんやりと眺めて。多分少し先出だろう、クロウが何かを叫んでいるのに、無意識に返事をし。
一度だけ、両手で耳を閉じた。
なんて苦しい甘えだろう。
お互いに、きっと思っている事は同じ。今がなくならなければいい。
つかず離れず、でも常に傍にいて。その状況が一番心地よいと思っているから、何かを変えるのが怖い。だから、気付かないでいいだろ?
そんな、甘え。
クロウはもしかしたら、同じ感情を京介も持っているとは気付いていないかもしれないけれど。それはきっと、無意識に避けているだけとわかるから。
「俺は、何も、聞いてない」
言い聞かせるように呟いて、耳から手を離す。
今回に限って、甘えているのは京介も同じ。だから一番適切な呪文を、唱えた。
その場限りであることを、京介は勿論知ってはいたけれど。
『甘えたその9/仲間でいたいクロウ』
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