京介が風邪を引いた。
といっても軽いやつ。一日大人しく寝ていれば治る、誰が見てもわかるくらいの。少し熱っぽくて、多少気合の入った咳が出て、でもそれだけ。
実はちょっとだけ、京介は期待していた。普段は甘えるだけ甘えるクロウが、珍しく甘やかしてくれるかな?って。
いや別に、甘やかして欲しいわけではない。ちょっとでいいから、こう…色々、色々あるだろ。なんていうか、好奇心?
遊星が以前ちょっと風邪を引いたときは、ジャックと競い合って大変だった。面倒を見ようとして。最後にはジャックと諍い始めてしまい、クロウを遊星の部屋から出すのに難儀した思い出がある。
勿論、クロウに風邪を移させないためだ。
遊星も声が出ないから、代わりに巧弁な目で訴えていたことだし。
クロウに、風邪移ったら、どうする気だ?!
とか、そういう。
クロウを引きずり出して暫くしてから、もしかしてジャックも出して欲しかったのかな?と思わなくもなかったけれど。まさか、間違うなんて。俺と遊星の仲で、そんなまさか。あるわけないからそこで考えることを放棄した、懐かしい思い出。
次の日少し遊星の視線が恨めしげだったとか、そんなことは記憶にございません。にっこり笑って、風邪もういいのか?大変だったな、って誤魔化し…声をかけた思い出しかございません。
兎に角、そういうこと。
京介は、クロウが看病してくれるのではないかと、淡く期待したわけで。勿論風邪が移るから、長々と傍に置く気はなかったけれど。
首に手を廻して熱を測ったりとか、濡れタオル用意してくれたりとか、おかゆ作ってくれたりとか、その程度。
まあ、あらゆる意味で意表をついた状況で、そのささやかな希望は叶えられなかったのだけれど。
咳き込むたびに、毛布から肩が出る。胸の上に頭を乗せたクロウが、毛布に爪を立てるからだ。しかし咳が止めば、またごそごそと頭を移動し丁度いいところに置くだけ。出てしまった肩は、自分で引っ込めるしかない。
熱っぽいから今日は寝ている、朝宣言したときから、クロウは京介の部屋にいる。
ベッドに横になり毛布をかけた京介の胸に頭を置き、ベッドと垂直になった身体をこじんまりと丸めて。流石に狭いだろと何度言っても、ピクリとも動かないまま。
京介はだから、なるべくベッドの隅の方に身体を移動し、クロウが落ちないように気を使った。2度ほど顔を出した遊星に、一度目はクロウに風邪が移らないよう自分がつけるマスクを、二度目はクロウにかける毛布を持って来るよう頼んで。
その辺で気付く。
俺、普段と全っ然かわんねぇ!やってることかわんねぇ!
違うことといえばひとつだけ、クロウが一言も喋らないだけ。
そもそもクロウがこの体制に入ったとき、遊星とジャックはクロウを部屋から出そうと試みた。京介自身も、多少残念ではあるけれど、その方がいいと促しもした。
しかし珍しくも、クロウはぺたりと京介の胸に頬をつけたまま動かない。遊星がやんわり諭しても、ジャックが喧嘩腰に怒鳴りつけても、京介が困り果てて頼んでも、全く。揺すっても引っ張っても梃でも動かないクロウを、最後は全員が諦めた。
胸の上に頭があると、気管が圧迫され咳き込むとき余計に苦しい。追い討ちをかけてマスク着用、このコンボは体験した者しかわからない苦痛だろう。
でも、それでも。
ちょっとだけ顔を上げれば、すぐに飛び込んでくるクロウの顔。京介が咳き込むとき以外けして動かぬ顔の位置。
クロウは心底困った顔。悲しそうな顔。辛そうな顔で、ずっとずっと京介を見ていた。胸に頬を当て、そっと左手を毛布の中にある京介の腕に添えて。
…どうしようもないじゃないか。
「っっ…あ〜、クロウ?」
酷い声だっていいじゃないか。
「俺大丈夫だからな?」
熱っぽい浮腫んだ手だっていいじゃないか。
毛布からどうにか腕を引き抜き、クロウの頬に触れてみた。
途端きゅうと寄る眉間の皺と、伸びてきた心持ちいさな手。ぎゅっと手を掴まれて、抱え込まれて。
あれ、これ肩出しっぱなしフラグ?
ちょっと慄いてみたりしたけれど。
仕方ないじゃないか、クロウが泣きそうだ。風邪なんざ拗らせたって死にはしない、多分。でもクロウがずっとこの調子なら、全力で治すしかない。この悪状況で。
「明日…っけほ…にはっ、治るから」
「…ん」
「したら、デュエルしようぜ」
「ん」
「散歩とか、行こう」
「んん」
「てか、なんでもいいし、一緒いような」
「………うん」
今も一緒にいることに変わりはないけれど。こんなんじゃなくて、毛布一枚に隔てられる一緒じゃなくて。
もっとずっと、深い一緒。
抱き込まれた腕が、ちゃんといつも通り動いて。ちゃんとした声も出て。その声で クロウ 呼べば、クロウは笑顔で声を張り上げて何かを言う。
そんな、一緒。
ちくしょう病原菌、クロウ泣かせやがって!泣いてないけど!
燻し出して袋に詰めて燃やしてやりてぇ…寧ろ爆破!粉砕!
なんて考えていても、埒が明かないから。とりあえず。
寒い肩はそのままに、腕はクロウのおかげで温かい。身体も大体温かい。胸は苦しいけれど、クロウ分の重さだ耐えてみせる。
よしあとは、寝ろ俺。
「いて、いいからな?」
目を閉じる前に、囁くように言えば。
クロウは一瞬だけ微笑み、ちいさく頷いた。
『甘えたその11/離れないクロウ』
7→
|