クロウは認めたくなかったが、2人とも十分に子供だった。多少クロウより年上の京介ですら子供と呼べる年だったのだから、当然だけれど。
ただ普通の子供とは違うところがひとつだけある。2人ともサテライトという名のスラム街で育ったということ。 普通の子供より早く大人にならざるをえず、普通の子供より早く現実を直視せねばならず。
それでもなお、2人は子供だった



ひとつだけ、京介はそれだけをクロウに望む。





俺がお前に触れる時だけは素直になって欲しい本気で嫌なら嫌と言うことそのときは絶対無理強いしないでも嫌じゃないときはちゃんと良いって言って

それだけは絶対約束して







京介はクロウに嘘をつかけることをひどく嫌った。このサテライトで、真実を口にすることがどれほど危険かわかっていてなお。





全ての本当なんて望まない望めない

だからひとつだけ。それさえ安心できれば、他になにもいらない







クロウはまだ子供で。子供だからこそ、その約束の危うさに気付かない。たった一枚の板で湖を堰きとめているようなものなのだと。一言間違えばもう、後戻りはできないのだということに。
それがわからないほどには、クロウは子供だった。







たったひとつの真実を維持し続けることは、感情を持つ人間には途方もなく難しいこと。それに気付いたとき、クロウは京介の元を去っていた。
たった一言で。
京介という人格の、早すぎるほどに磨り減っていた精神の糸を、ぷつんと切ってしまったから。
離れるまで、自分がそんなことをしたなどと、クロウは気付かなかったけれど。






なんて弱い奴だったんだろう。
クロウは小さく首を振る。
なんて弱くて、孤独だったんだろう。自分の力では、自分自身をどうすることもできず、人に縋ることでしかリアリティを保てなかった。
京介にとってただひとつの願いは。本当に望んでいたことは、自我を保ち続けることだったのだろう。
まあこの考えは、もうクロウの憶測でしかなかったけれど。










クロウは今、全壊したビルの瓦礫の頂上にいる。B地区の中心だ。
瓦礫の頂点にはなんの特色もない。しかし強いて言うなら、錆びた鉄パイプが一本。斜めに傾き今にも崩れそうで、それでも瓦礫に突き刺さるそれ。少し不自然なその鉄パイプは、クロウが立てた。
B地区…なんの特色もないのに、京介が好きだった場所。だからクロウは鉄パイプを立てた、墓のつもりで。





京介が収容所に連行されてすぐ、クロウもまた押し込められた。罪状は…たいしたことではない。
普段ならば、すでにマーカー持ちだとしてもたいしたことはない。捕まるヘマなどしなかったはず。馬鹿馬鹿しいほどくだらない失敗。
自分のことながら、今になって思う。京介に会いに行ったのだと。
会って聞きたかった。

まだ約束は有効なのか

京介が触れるとき、絶対に嘘はつかない。
一度だけついてしまった嘘は、京介ならば気付いてくれるはずだった。ただの意地っ張りで零れ落ちた、些細な拒絶。
でも、それでもだからなお、壊れてしまったのだろう。たったひとつの約束で繋がっていた糸は、些細な嘘でさえも見逃さず、弾けた。
糸は千切れたまま、クロウを京介の元には届けず。3回目の入所で、京介が死んだという噂を聞く。
約束の有効期限が、唯一の接ぎ手が。音を立てて壊れた。










幼い恋心。幼すぎて手から滑り落ちてしまったそれは、あまりにも儚い。
触れた指も、熱を持った吐息も、縋った笑顔も何もかも。互いに自覚がないまますり抜けて、遊戯の名の下に全てが済まされ滓となり、今それを抱えるのはクロウひとり。
鉄パイプの下に死体などなく、ただクロウが埋めたのは一枚のカード。
まるで他の持ち主を嫌うかのようにいつまでたっても手に入らなかったブラッド・ヴォルス、それのかわりに埋めたトラップカード。
正統なる血統
元祖というべきカードを好んだ京介に、最もふさわしい名称。廃墟の中で剣を掲げる騎士は、いったい何を守っているのか。
いったい、何を守りたかったのか。
今クロウには、それを知る術がない。だから毎回、この廃墟の頂点に立つ鉄パイプに一瞬、一瞬だけ触れて。
「お前に言う言葉に、嘘なんてもう混ぜねぇよ…」
祈るように。
嘘を吐くくらいなら、喉を潰してでも何も言わない。
嘘とばれるような嘘、ばれないような嘘、優しさでできた嘘ですら。
「今の俺なら、やってみせるから」
呟いたクロウの頬を、緩い風がふわりと撫でた。



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