調子に乗んなよ、俺はひとりで生きていける





「知ってるぜぇ？んなことはよぉ。だからなんだっつー話だけどなぁ」
形の良い唇が、にぃと三日月型につり上がる。
「んなこたどうでもいい、俺はお前がいなきゃ息もできなかった。なのにクソくだらねぇ見栄張って、クソくだらねぇママゴト遊びで満足したフリ…テメェのやりたい事、言いたい事全部無視って、ただ苦しまない記憶が残れば良い？クソが」
馬鹿じゃねぇの？
マジ死んだ方がマシ

俺のがずっとマシ

「だから、なぁ…仕切り直しといこう」
三日月形の唇が、ゆっくりと半月に変わっていく。靄がかかったように輪郭がはっきりしない月を背に、黒いフードをかぶった京介が笑う。
人ならざる眼をすっと細め、ゆると首を傾げる。途端狙い済ましたかのように風が吹き、フードを飛ばした。
靄がかかったようにはっきりしない月光に照らされて、今やこの闇で一番明るいだろう白銀が顔を出す。
「お前がいなきゃ息もできねぇ、闇ん中は寒すぎる、辛くて苦しくてどうにかなっちまう。だから、なぁクロウ？」
瓦礫の上。Ｂ地区の中心。京介は闇の眼を見開き、王様然と立ちはだかり。楽しげに、心底楽しげに蹲るクロウを見た。










「愛し合おうぜ」










サテライトがわけのわからないことになっている。しかもその主犯共の中には、見知った男がいた。
鬼柳京介、死んだはずの男。
信じられない、わけではない。ずっと手に入らなかったブラッド・ヴォルス、それが今クロウの手にあるのだから。
今の主を京介に決めた、そのカードが。
なのに京介は、カードを捨てた。過去を切り落とすかのように、無残に。
何で、何で…
走りながら、何度も何度も同じ言葉が浮かんでは消える。



もう嘘をつかないと誓った
もうけして間違わないと



なのに何故、京介はあざ笑う？
けして真実を押し通す事の出来ない、そんな状況に身を置く？
「くそっ…」
吐き捨てて、クロウはギリと歯を噛み締めた。
それでも。



嘘はつかない、そのためならどんな犠牲だって払ってやる








瓦礫の上。Ｂ地区の中心。
無我夢中で走ったクロウは、そこに人影を見た。突き立てた鉄パイプの手前、まるで月を仰ぎ見るように、クロウに背を向けて。



ああ、その姿があの頃と同じならば
きっと笑えたのに



フードは黒いはずなのに、何故か闇に溶け込まない。異常なほどの存在感を醸し出し、全てを拒否するようでいて全てを受け入れている。
ゼェと荒い息を吐きながらも、クロウは振り絞るように叫んだ。
「鬼柳っ、京介ぇぇ！！」
その瞬間、アンバランスに突き刺さった鉄パイプが、蹴り倒された。
「俺に墓は必要ないだろうが、なあクロウよぉ」
振り向いた京介の眼は墨を落とし、猫のようなレモンイエローが浮き立って。にぃと笑ったその唇は、その面は、まるで月光のように白い。
「…『ずっと一緒にいよう』」
その唇から、ゆると言葉が紡がれた。
「『俺達ならなんだって出来る、何処にだって行ける』」
京介の爪先が鉄パイプに当たる。からんと音を立てたそれは、いつのまにか彼の手に握られていた。
クロウの身体が強張る。強張るのに、頭の中で警戒音が鳴り響いているのに。
「『けど俺は、お前がいなきゃ生きていけねぇかも』…お前は？」
京介がゆるゆると近づいてきても。鉄パイプが振り上げられても。振り下ろされても。最後まで、動くことが出来なかった。ただ身体が反射的に動いただけ。クロウ自身に動く意志はなく。
わき腹に打ち込まれた鉄パイプを、腕が咄嗟に庇う。しかし力を受け流すことは出来ず、弾き飛ばされて。足が浮いた瞬間、腹に感じる鈍痛。蹴り上げられた、それがわかったときにはもう、全身が痺れ蹲ることしかできなくて。
「『お前は？』、なんつったよ」
俺は…
「調子っ…乗んな、よ……俺は、ひとりでっ生きていける…っ」





それもいいかもな
言えばよかった。そう言えばよかった。
いつか、もしかしたら。…もしかしたらじゃない、遅かれ早かれ京介はおかしくなっただろう。それでも、自分が言った言葉はあきらかに、嘘だった。
嬉しかったはずだ。
恥ずかしくて意地を張るくらい、嬉しかった。
そしたらもしかしたら、そう願うのは自由だ。
もう、嘘はつかない。





「きょ…すけ」
新しく始まった関係に、真実なんて必要ないけれど。
最初くらい、本心を言わせて欲しい。
例え自分達の敵だって。顔を見るなり蹴り飛ばされようと。何をやろうと。
「会えて、嬉しいぜ…」


どんな姿だって。どんな捻じ曲がった現実だって。どんな悲劇的な状態でも。
構わない。構わないって、わかったから。


「最初で、最後だ…俺は」



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