懐かしい…感じてしまうのは、少し早すぎるとも思う。少し前には、ここが自分の場所だと思っていた、薄汚れたサテライト。
昔は沢山あったアジトの、ここは何処だろう?頻繁に使っていた時期は、更にもっと前だから。流石に一箇所を特定する事は出来ない、でも。
「鬼柳…」
問題は、ここに鬼柳がいるという事だ。薄紫色のバンダナとジャケット。記憶よりも少し小さく見える鬼柳が、目の前でニッと笑っている事。



「ちょっとでかくなったか?」
壁にもたれかかっていた鬼柳は、そう言って壁から離れ、躊躇う事無く近づいてくる。
「ッ…ちょっとじゃねぇ、かなり、だ!」
反射的に吼えてみても、何だか昔のような調子が出ない。なんだろう、違和感があるのに、それが何かわからないような。
クロウが戸惑っている間に、目の前に鬼柳がいる。それはそうだ、さして広くない部屋は、5歩歩けば真ん中までたどり着く。そしてクロウが立っていたのは、部屋の中央。
「ほんとだ、かなりでかくなってるな」
クロウの言葉を肯定し、それでもまだ撫で易い高さにある頭をわしゃわしゃと撫でる。昔はよくやられていて、それが嬉しかった。それが嬉しい事は絶対に、気付かせないよう頑張っていたけれど。今考えるときっと、鬼柳は当然のように気付いていたのだろう。
それが気恥ずかしくて、けれど振り払うには懐かしすぎて。大人しく撫でられるままのクロウに、鬼柳の笑みが深まる。
「おまえ、あれだろ?俺より下手したら年いってんのに、甘ったれはまだ治ってねぇの!」
「んなっ!甘ったれてねぇ!」
懐かしかっただけ…では勿論ない。けれどそれを言うには色々と問題がある気がして、でもこのまま大人しくしているのは癪で。慌てて手を振り払えば、今度は声を上げて笑われる。
ずっと、ずっと大人だと思っていた鬼柳。なのに今、クロウの目には鬼柳がひどく幼く見えた。人をからかっては、すんなりと声を上げて笑っていたんだ。気遣いなく頭をぐしゃぐしゃにして、無遠慮に肩を引き寄せられて。
間近で見た鬼柳の目は、相変わらず強い光を宿していて。それは今も同じ、だけれど。
ここで違和感。
きゅっと細められたレモンイエローの、綺麗な綺麗な目。チームを組んでいたとき、これほど頼りになるものはないと、憧れてすらいた強い目が。
「…鬼柳、お前」
「あ〜、こっちは騙しきれないってわけか。成長したな、流石に」
何を目指しているのか、わからない。まるで自分の意思がないかのように、ただ強いだけ、に見えて。まるで、見せ掛けだけのようで。
感じた不安に、鬼柳はそれでも笑う。違和感を感じていると、気付かれているだろうに。
何故、笑えるのだろう。これ以上踏み込むなと、拒絶する事だって出来るというのに。
「まあいいや、お前なんで俺を選んだ?」
何事もなかったかのように、すんなり顔を離して、少しだけ頬を撫でて。
「…ぁ」



クロウにとっては、衝撃だった。願いを叶えるため、そのためにこんなに遠くまで遡ったというのに。鬼柳は、自分の想像よりもずっと、ずっと子供だ。今ならわかる、不確かな強さに守られただけの、偶像だったのだと。年は今のクロウとさほど離れていないはずなのに。
その事実(だろう、多分)があまりにも重過ぎて、口が縺れたクロウに。鬼柳は相変わらず笑顔のまま。
「あ、でも先言っとく」
呆けたクロウをひたと見つめた。その瞬間だ。
重い。そう、感じた。視線がひどく重い。
笑顔のまま、軽い口調のまま。なのに一気に部屋の温度を下げるような、居心地の悪い視線で。
「もし俺に謝りたいとか言うんなら、今ここでぶん殴るから覚悟しとけ?」
何でもない事のように言われた言葉は、軽いものではなくて。目を見開いたクロウの手を乱暴に、引き寄せた鬼柳はそれでもまだ笑っていた。
「それとも、セックスの方がいいか?」







ガツと音がなるほど、壁に頬を押し付けられ。じわりと頬から伝わる痛みと熱、ここで漸くクロウも急な展開に頭が追いついてきた。
「鬼柳!何しやが…ッ」
言い終わる前にざりと、頭が壁に押し付けられて。痛みにきゅっと唇を噛んだクロウを気にせず、鬼柳はまるで、鼻歌交じりの上機嫌という様相。
「騒ぐなうるせぇ。折角手加減いらないんだ、好きにさせてくれよ」
手加減なんて、した事があっただろうか?暴力的に、という事は滅多になかったけれど、翻弄されっぱなしだった今まではなんだというのだろう。
「可愛い可愛い弟分に、こんな乱暴な事出来なかったからな」
「ひぐ…ッ」
なんて、考える暇もない。乱暴にベルトを外されて、下着ごとズボンを下ろされて。前戯も何もなく、濡れてもいない指をアナルに突き立てられるなんて。流石にこれは、今までになかった事。
「ぐぅぅ…いっ!」
濡らす気は全くないらしい。指が入りこんできた途端、それでもじんわり湿り始めた肉壁に、クツクツと笑う気配がする。
クツクツ笑って、乱暴にかき乱す。
「可愛がられてんなぁ、クロウ。こ〜んなやらしい身体んなっちまって、俺ももっとガンガン食っとけば良かった」
手の動きとは逆に口調は何処までものんびりと。
「ちょっと慣らしただけで、すぐ力抜きやがって…どんだけ味しめてんだ?ここ」
「ばっ…ひろげ、なッ!んぅ、ぁ」
「残念、勝手に広がんの。こんなぱくぱくさせて、恥ずかしくねぇの?」
クツクツと空気が震えるのは、ずっと鬼柳が笑っているからだろう。耳元で囁かれる言葉は、耐え難い羞恥をクロウに与える。
それでも力が入らない。無邪気に鋭い言葉を投げかけられているというのに、じんわりと熱を帯び始めた身体は全く言うことを聞かなくて。
耳たぶにぴたりとついた唇が、じんわり湿り気を帯びながら囁きかけてくる。
「まあ俺は、どんなクロウだって好きだけど。しゃあねぇよな、突っ込まれて腰振ってる年季が違うもんな?」
「ふぁ…ゃ、みみも、で…しゃべん、な!」
こんな意地悪な事は、言われた事がない、確かに。ずぷと音を立て、いつの間にか3本になっていた指が引き抜かれて。性急に押さえつけられた腰と、ガチャガチャと鳴るベルトの音。
逃れるタイミングは、ここしかないのに。全力で抗えば、多分どうにかなる。
けれど鬼柳の言う通り、クロウは散々慣らされていた。受け入れる事、特に鬼柳を受け入れる事。
「んじゃ俺も、このケツで可愛がってな?クロウお兄ちゃん」
「いいぃっ!!ひぅ、ひっ!」
歌うように、至極機嫌のいい声とは裏腹に。最後まで迷い続けたクロウの中、何の躊躇いもなく入り込んできたペニス。慣らしたといっても、腸液しかないそこに、そそり立った鬼柳のペニスは少し大きすぎる。
喉を引きつらせ痛みに目を閉じたクロウに、またクツクツと空気を震わせる音。
笑っている。鬼柳はずっと笑っている。
「すげぇ、何これ。想像以上に柔らかいんだけど」
「うぁ!!まっ、ひああっ!!」
満足げな溜息と共に、手加減なく突き上げられる腰。
切れてはいない、多分。けれど最近では滅多に感じる事がなかったほどの痛みが、クロウを襲っていた。
「ふうぅっ、ゃう、やぁ!!」
それに気付いたのか、漸く伸びてきた手がクロウのペニスを乱暴に扱いて。そのせいで絞まった肉壁に、また満足げな溜息。
「もっとだ…クロウ、もっと締めろよ!俺の全部搾り取れ!」
クツクツと。
何時までも、耳障りなほど。空気の震えが煩わしくて、クロウは自ら壁に頬を当てた。片耳だけでも、音を拾わないよう。
なのに晒されたもう片方の耳。鬼柳は逃してくれない。
またぴたりと唇をつけ、荒い息の合間に笑みを乗せ。
「ごめんな?望み通りでいてやれなくて…でもクロウは強い子だから、こんなん全然平気だよな!」
平気じゃないと、わかっているくせに。







何度出されただろう。足がふら付いて崩れ落ちそうになれば、抱え上げられ壁に押し付けられて。
漸く終ったときには、壁をずり落ちるように蹲り、喉をひうひう鳴らすだけ。睨む力もなくて、時たまぱくりと口が開くアナルから、とろりと精子が流れ出す感触に身震いするだけ。
傍らにしゃがみ込んだ鬼柳の顔は見えない。けれどもうクツクツと空気は震えないから、漸く笑い止んだのだろう。
それももう、どうでもいいとすら思うけれど。
「なあ、俺最悪だろ」
言い聞かせるように。聞こえてきた声は、どこか寂しげで。
「何かに依存しなきゃ生きていけねぇ。何かやる事がなきゃ動けねぇ。本当は懐が狭くて、外面がいいだけのどうしようもねぇ男だろ。だからな、クソくだらねぇで終らせて、謝るとか止めてくれよ」
さわりと頭に触れた手は、何処までも優しい。
なんだこれ
クロウが思うのは仕方のない事。さっきまで何の遠慮もなく好き放題していたというのに、行き成りしおらしくなっても気持ち悪いだけだ。本当に謝る気でいたからこそ、余計に腹立たしい。
何とか顔を上げ、睨みつけたクロウは。だから想像以上に優しい顔をした鬼柳に面食らい、ばくと口を開いて。でも結局は、何も言えないまま。
「辛いんだ、謝られるとか。多分な、お前が感じてる罪悪感の何倍も、俺はずっと感じ続けてたから。ほら、自分勝手だろ?」
なんて弱いんだろう。なんて短直で、なんてくだらない…思ってはいても、どうしても。同じように鋭い言葉を向けることも、笑い続ける事も出来ない。
無性に頭を撫でて。昔されたように、頭を撫でてぎゅっと抱きしめてやりたい。
そんな思いが頭を過ぎったクロウの視界を、その時大きな手が遮った。
「だから、バイバイな」








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