「俺って欲がねぇよな」
クツリと笑って駆け出した先。駆けるといっても、さして広くない部屋。フローリングと言うには荒い、木で出来た、言った方がしっくりくる床。白い壁に、窓から差し込む真っ赤な夕焼け。とても象徴的な色。その赤を背に、鬼柳が苦笑を浮かべていた。
いつもの部屋、いつもしち面倒くさい事をぐだぐだと紙に書き込んでいる机、脇には資料その他が入った三段の棚、そして頑丈な椅子。全部見慣れた、鬼柳の部屋。
「こんな死にたがりがいいなんて、どうかしてる」
悪態をつきながら、けれど広げられた腕の中に飛び込んで、背でさらさら揺れる長い髪を一房掴み。そのままぎゅうと抱きつく様は、あまりクロウ的とはいえないけれど。鬼柳は見慣れているのだろう、さして珍しがるでもなく抱きかかえ、小柄な身体を膝の上に乗せた。
「違ぇよ、元死にたがり、だろ」
どちらにしろ、死にたがっていた事には変らない。けれどそこは重要な事だからと、言い聞かせるように告げた鬼柳に、クロウは声を上げて笑う。
いつも通り、本当にいつも通りだ。
だからこそこれが一番いいのだと、それを強く感じたから。
夢にしてはリアルな感触だった。さらさらと、何もしていないはずなのに綺麗な髪。たまにするりと頬を擦り付けてくる仕草や、腰をさらりと撫でる様。まるで本当に鬼柳に会いに来たかのよう。
「なあ、これ夢か?」
好きなだけ鬼柳の腕の中を堪能し、満足げに顔を上げたクロウが問う。あまりにもリアルすぎて、よくわからなくなってしまった。
鬼柳はそんなクロウに、考え深げな顔で首を傾げて見せて。
「わかんねぇ。ひとつわかるのは、クロウがここに来るって事を、強く意識してたって事だけだ」
同じように微妙な違和感を感じているということ。
それではまるで、同じ夢を共有しているようではないか。夢の中の言動に、何処まで信憑性があるかはわからない。けれどふと思いついた憶測は、クロウを更に満足させるに相応しいものだ。
「俺達なんか、恋人同士みてぇ」
無邪気な顔でケラと笑ったクロウの唇に、その時鬼柳のそれが被さった。触れるだけの可愛いものだったけれど、何処か咎めるような仕草で。
「俺の思い違いじゃなければ、だけどな」
もしくは自意識過剰
「俺ら、普通に恋人同士じゃなかったか?」
ぎゅっと眉を寄せたその顔には、少し前まで死にたがっていた陰はない。それがとても嬉しいと、言ってしまうのは簡単だけれど。でも、これが夢ならば。わざわざ夢の中で言う必要はないから。
今はもう、その気になればお互いに、会いに行ける距離にいるのだから。何の呵責もなく、わだかまりもなく。
だからクロウは言う代わり、笑ってそっと眉間の皺に唇を当てていた。
ぽすんと乗せられた机の上。カチャカチャと聞こえてくるのは、鬼柳がクロウを脱がせている音で。それもズボンを下ろすでもなく前だけ寛げる性急なもの。けれどお互いに、見た目ほどには焦ってなどいなくて。
背後に両手をつき体重を後ろに流すクロウは、戯れに足を上げ鬼柳の肩に乗せている。乗せられた鬼柳もまた戯れに、ズボンの上からかしりと歯を立て脹脛に噛み付いていたりする。
まるでじゃれ合っているように…というには少々卑猥なその行動は、下着の上からするりと性器を撫でられた事で終わりを告げた。
「んっ」
目を閉じ、少しだけ顔を背けたクロウは別に、恥ずかしがる様子もなく。ただ純粋に、感じたもどかしい快感を拾おうとしているだけ。鬼柳もそれをわかっていて、あえて最初は下着の上から。
「ッ…なん」
不服げなクロウの声は、下着の上からペニスを食む事で黙らせる。いつもより少し強めに、意識すればそれで十分。
何度か舌を行き来させるだけで、下着の中でくっきりと主張し始めたペニス。型を取るように、ファスナーの間から手を突っ込んで、下着を後ろに引き伸ばす。そうすれば先端部分に染みが出来、クロウが既に先走りを流し始めている事がわかって。
「溜まってた?」
口の端だけ上げて聞けば、軽く睨まれ髪を引っ張られた。
行為に入ると途端に行動が幼くなる自覚があるのかどうか、それを見たいがために焦らすのだと、流石にそこまでは気付いていないだろうけど。
「そりゃもう、意味わかんねぇ選択権を前に、颯爽とお前らしき選択を選んじまう程には」
可愛げのない返答に、鬼柳は少し苦笑を浮かべるけれど。多分選択の内容を見れば、狂喜する。安息と安泰、などと書かれていたなんて、考えもしないだろう。
「なら本格的に、可愛がってやらなきゃだな」
知らないからこそ少し意地悪く笑った鬼柳を、クロウはどこまでも大らかに見つめていた。
その余裕は、長くは持たなかったけれど。
「ひっ!」
下着の奥から引きずり出されたペニスを口に含み、強く吸い上げる。思った以上に乱暴な行為に、堪らずぴゅっと飛び出た精液。それに気を良くしたのか、先端を舌でこじ開けられグリグリと広げられ、クロウの腰が震えた。
「ばっん…ッ、たま、てたの…!お前じゃ、あうぅっ」
文句を言おうにも、机の上で大きく足を開かされている上、がっちり太腿を掴まれていては逃げ場がない。勿論逃げる気はさらさらなくても、最初から激しくされては、後が続かない。経験的にそれを知っているから、クロウは慌てて鬼柳の頭を剥がそうとしたけれど。
少し、遅かった。
「ひゃう?!やぁ、だ…ッき、ふああぁぁ!」
亀頭を銜えられ先端を刺激し続けながら、根元から搾り取るように強めの力で扱かれてはどうしようもない。
呆気なく吐き出した精子を、鬼柳は躊躇う事なく飲み干していく。尿道に残ったものまで吸い出して、こくりと喉を鳴らしながら。
一滴残らず飲み込んで、漸く顔を上げればクロウは机の上、自身の身体を支える事もできずに、背を預けていた。手を引けば何とか起き上がるけれど、それも何処か覚束ない。
「この、馬鹿…ッ」
顔を上げるなり悪態をついて、きっと睨まれたところで。潤んだ目に怖さなど感じるはずもなく。
「俺も、溜まってるからな」
も、に力を込めて。言って笑った鬼柳は、とんと棚の一番上の引き出しを叩く。
「だからクロウ、手伝って?」
そこに何が入っているかなど、クロウはもう知っていて。少し迷う素振りを見せたのは、フリだけだと鬼柳も知っている。ブツブツと口の中で何かを呟いた後、下着ごと勢いよくズボンを脱ぎ床に落とし、自ら引き出しを開ける事まで。
「ん、んっ」
最初に交わした可愛らしいものではない、お互いの唾液を共有するほどに濃厚な口付けの合間にも、クロウは引き出しから取り出したローションを指に絡める。
既に二本アナルに入った指に、注ぎ足すように。
必死で奥まで入れようともがくクロウの手を掴むような形で、添えられた鬼柳の指は中指が一本だけ。
それでもずっと奥まで入り中を傍若無人に荒らしているのだから、最初からひとりで解せばいいとも思うけれど。時たま愛おしげに手の甲を撫でられては、文句も言えない。
乳首を捏ねる指も、熱い舌も好き。けれど時折掠るその刺激が一番好きだと、一度思った事があるから尚更。
「んぁ…、も、ちんぽほし…」
けれどいつまでもそれを堪能するには、身体を慣らされすぎているから。唇を離し催促すれば、漸く降ろされるジッパーと既に最大まで張り詰めたペニス。クロウはそこにもローションを垂らし、両手で満遍なく擦り付けて。
ひたりとアナルに先端を当てるまで。そこから先は、鬼柳の配分。
「一気に奥まで、な」
クロウがやる事といえば、腰に足を絡めやんわり笑い、催促するだけ。
「何この困った子」
冗談めかして呟いた鬼柳の目こそ、困る程熱に浮かれているけれど。それはもう、望み通りだ。
「ッッ!うぁ、んんん!!」
望み通り。一気に奥まで挿入され、背が仰け反る。それを支えられ、逆に押し付けるよう腰を振られ、机から半分身体がはみ出てしまっても止まらない。
そんなセックスもいつも通りで。
「はうっ!ぁ、きりゅ、すご…ッああ、ん、めくれちゃ、中めくれ、うぅ!」
「すげぇ、ッ、いっぱい我慢したクロウの身体、相変わらずイイわ」
恥ずかしい事を言い合うだけで、どくりどくりと熱が通う感触とか。
「なあ、好き?クロウこれ好きだよな?」
答えを催促され、グリグリと腰を押し付けられて、それでも笑える余裕とか。
「あん、あ、あ、…ッす、き!きりゅのちんぽ、好きぃ!」
望み通り答える内容の、些細な駆け引きとか。
全てがしっくりしていて、全てあるがままで。
「俺も、好き。クロウが」
「ゃあ!おっき、すん…ッ!ぁ、も、むり、むりいぃ!!」
悲鳴じみた喘ぎの中にすら、互いのタイミングを計る考慮とか。
これ以上の関係なんて、もう作れないとすら思う。
「も、イくッ」
「うぁ、い、しょ…ッいっしょ、に…ッああぁぁ!!」
肉壁に擦り付けられるように、何度も何度も腰を振りながら吐き出された精液。ほぼ同時に鬼柳の着るシャツに飛び散った精子も、何度かに分断され。
あまりにもテンプレな最後に、どちらともなく笑い合い抱きしめあう。多分これ以上を望むのは無理だ。
「俺、今のままがいいわ」
とくりとくり、体内でまだ息衝くペニスを感じながら、閉じていた目を開き頬を寄せたクロウに。鬼柳は少し、考える素振り。
「俺としては、もうちょっと近くても…寧ろ一緒に住んでもいいんだけどな」
言いはしても、鬼柳も今の関係をそこそこ気に入っている事は知っているから、気にしない。
「現状維持、結構難しいんだけどな」
気にしないで先を続ければ、伸びてきた手が柔らかく頬を撫でて。
「頑張らなきゃな」
何処までも愛おしげに笑うから。何でもない事のように言うから。
「ん、頑張る、色々」
素直に頷いたクロウの鼻の上、鬼柳はそっと唇を落とした。
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