どこだ、ここ
周囲を見渡し、クロウはかくんと首を傾げた。
けれど見覚えがないのは当然ともいえる。クロウは全く別の世界を、と願ったのだから。
さほど新しいとは思えない部屋。けれど居心地よさげに整えられ、清潔に保たれているようだ。家具もさほど多くないけれど、上手に使い込まれているのが見て取れる。大きな窓から見えるのは、晴天の青空とまるでシティのようなビルの町並み。マンションの少し高い位置にあるのか、部屋からは何もかもが見渡せそうだった。
そんな部屋のソファに、クロウは座っている。座ってきょろきょろと辺りを見渡し、少し落胆したようにため息をつく。
別の世界…書かれた短冊を見つけたとき、咄嗟に思い浮かんだのは鬼柳の事。
わだかまりはないと言い切れる。言い切れるはずなのに、どこか引け目のようなものを感じるのは我儘だろうか。もう真正面から向き合えるというのに、クロウはどうしても一歩引いてしまって。
だから、もしかしたら全く別の鬼柳に会えるかも。わだかまりもなく、過去の因縁など当然なく。ただ純粋に想い合える相手として、出会えるのかもしれない。それを望んでいたというのに、事はそううまくはいかないものだ。
もう一度、今度は諦めの溜息をついた瞬間だ。部屋に続く扉のひとつが、するりと開いたのは。



「クロウ、予選見に行くんだろ」
唐突にかけられた言葉に、振り向いたクロウは咄嗟に立ち上がり、けれど何をしていいかわからずに。ぽかんと口を開いたまま立ち尽くしたその姿に、入口に立つ鬼柳は少しだけ怪訝そうな顔。
そう、鬼柳がいる。何処かつまらなそうに、けれど確りとクロウを捉えるレモンイエローの目。間違いなく、鬼柳だ。
「…いかないのか?」
ぴくりとも変らない表情は、クロウが知る鬼柳とは合致しない。長い髪を背に流し、悠然と立つ姿は一緒なのに。こちらはなんだか、人間味がなくて。まるで人形のよう…というには、言いすぎだけれど。
違う、何かが違う
そう強く感じていたクロウは、咄嗟に首を振った。鬼柳の問いに答える形になるけれど、実際は違うと、自問自答に答えるように。
けれど鬼柳は、答えられたと納得したのか。そのまま部屋に入り、ソファの前。立ったままのクロウと一緒に、ソファに座り込んだ。
「ふぇ?!」
さも当然のように、膝の上に乗せて。
「何変な声出してんの」
不思議そうに言われたところで、クロウはこんな行動には慣れていないのだから、仕方がない。まるで流れるように膝に乗せられたから、あまりにも自然だったからすんなり乗ってしまったけれど。あらためて考えなくても、たったこれだけの動作でクロウの許容範囲を易々と突破した。
「お前は!いかねぇのか?!」
ちょっとだけ落ち着きたい。ほんのちょっと、1時間くらい。
そんな思いで口にした言葉で、クロウは止めを刺すことになる。勿論自分に、だ。
「行くわけないだろ。お前がいないのに、いってどうする」
さも当然とばかりに。言い切られたのだからもう、どうしようもない。







何だか違う。本当に、何だか違う。
見慣れているはずの顔は、元から整っているとは思っていたけれど。目を合わせ辛いと思うほど、だっただろうか?
許容オーバーでぱふんと鬼柳の胸に頭を預けた途端、さわりさわりと頬に触れてきた手は、こんなに繊細だっただろうか。
明らかにクロウの態度はおかしいのに、何を聞くでもなくあるがままを受け入れるような姿勢を、鬼柳は取れただろうか。
混乱しながらも、居心地の良さを感じる…鬼柳はそんな雰囲気を出せただろうか?
ひどく居心地が良い。このまま眠ってしまえそうなほど、鬼柳の手付きや体温はクロウを安心させていた。さも当然のように、あっさりとしてのけるから。ついと顎を上げられ、目を合わせ辛いと感じるほど端整な顔を見上げさせられ、徐々に近づいてくるレモンイエローに、やんわりと目を閉じようとする事だってすんなり…
「ちょま!!!」
出来るわけがなかった。
あからさますぎるほど顔を背け、熱い顔を腕で隠し。合間から覗けば、流石に鬼柳も首を傾げているようで。
「気分じゃないならやらねぇよ?がっつくほどの事でもない」
また不思議そうな顔で、けれど何処までも寛容。キスの寸止めなど、我慢出来るわけがないはずなのに、これはなんだ。慌てている方が馬鹿みたいだ。
恐る恐る腕を除けたクロウはだから、勇気を振り絞る事にした。といっても、この様子なら多分怒られたり怯えられたりはしないだろう、そんな憶測のもと。
「ぁ…きりゅ、う。もし俺が、お前の知ってるクロウじゃなかったら、どうする?」
少し気弱な問いになってしまったのは、ご愛嬌だ。今だ混乱から立ち直っていないのだから。
問われた鬼柳は、特に表情の変化はなし。少しだけ身を引いて、クロウを上から下まで観察し、特に何を思うでもなく身を寄せて。
あれ、それだけ?
思ってしまうほどに、呆気ない反応。言い方が悪かっただろうか…少し不安になったクロウの顎を、けれど鬼柳はまたさも当然のように掴んだ。
「違うなら…がっつくほどの事になるな」
そこで初めて大きく表情を変える。笑みだ、笑みだけれど…まるで肉食獣のような、獲物を捕らえたかのような、それは、そんな笑みだった。
「な…んぅ!」
最初から深くまで、舌を差し込まれ味わうように舐め上げられて。クロウの背に痺れが走る。経験はかなりあるはずなのに。鬼柳相手になら、相当な腕前だとも思うのに。ほんの少しだけ動きが違う、そう感じるだけで抜けた力は、シャツを掴む意思すら奪った。
「はふ…むぅ、んん」
何度も何度も角度を変えられ、余すところなく口内を全て触れられて。驚くほどに翻弄される、それに恐怖すら感じた頃。漸く舌を開放され、駄賃とばかりに唇をぺろりと舐められて。
溶けた
今の状況を冷静に分析するとしたら、クロウはそう言うだろう。キスひとつで騒ぐ事はもうない、はずだったのに。頬を掌で包まれ、間近で覗き込んでくるレモンイエローが、いまだ野性味を失う事無く笑っている。それを見ただけで、ジンと身体が火照るほど。
「可愛いのな、お前」
ぺろりともう一度、唇を舐められて。親指がゆっくりと、縁をなぞって。
「口で…できるよな?」
促されても、反論することなくコクンとひとつ、すんなりと頷くぐらい。クロウはキスひとつで翻弄されていた。





「上手」
やんわり頭を撫でられる。必死でペニスをしゃぶられているというのに、その動きは、声は何処までも乱れる事はない。するりとヘアバンを奪ってみたり、足の爪先でベルトを外すよう促してみたり。
それがあまりにも自然で、本来ならばささやかな抵抗を見せる場面ですら、クロウはすんなり受け入れてしまっていた。口に入りきらない部分を扱く手をひとつはずし、片手でベルトを外す。次に爪先が向かったチャックも下ろす。
それで十分、言う代わりに背後から伸びてきた手が、下着の中に入り込み。期待で震えるアナルの縁を、やんわりなぞる。それだけで震える肩に、誘われるままつぷりと入ってきた指は、焦るでもなく入口を解すだけ。
「ふ…ぁ、きりゅ…」
「こっち、慣れてるだろ?」
咎めたわけではない。もどかしいと伝えたくて名を呼んだのに、鬼柳はやっぱり乱れない。ただソファに設えてある同系色のクッション。その後ろから細いボトルに入ったローションを、何でもない事のように取り出しただけ。
半分ほどなくなっているのがリアルだ。
「俺が我慢出来るわけ、ないもんな」
クツリと、小さく笑いながらキャップを取る。それを見ただけでなんだか居た堪れなくて、目を逸らすため、勃起したペニスを口に含んだクロウの頭をもう一度撫で。ローションでぬれぬれした指を、もう一度背後から差し込む。
「ふぅッ!」
「俺だろ?こんなにしたの」
最初から二本でも、すんなりと受け入れてしまうアナル。
「こんなに柔らかくして…どう考えても我慢してねぇよなこれ」
クツリクツリ、また笑みを漏らし。それでも的確に前立腺を見つけ出し、刺激を与えてくるのはいっそ見事。多分同じ場所にあるから、だろうけれど。
「んんん!」
「ほら、時間かけて解す必要もない」
すぐにとろりと蠢くアナルは、少しの刺激でも異物を受け入れようと口を開く。それでも満遍なくローションを塗り、指を抜いて。その間けして口を離す事無くペニスをしゃぶり続けたクロウの頬に手を添えて。
「んぁ…ゃ」
顔を上げさせれば、随分と蕩けた顔で、少しだけ眉を寄せた。不満げなそれは、口でイかせたかったから。
「違うだろ」
なのにやんわり否定され、立つよう促され。初めて自ら、クロウの下着とズボンを下ろした鬼柳はここで、少し悪戯っぽく笑った。
「欲しいの、口じゃないだろ?」





大人しく。大人しくだ、もう一度ソファに上がったクロウは、鬼柳を跨ぐように向かい合わせで、背を確りと抱きしめられていた。
首筋に顔を埋められ、ぽんと、場合によっては親密と思うような背の叩かれ方をして。
「全部、余す事無く、な。俺の耳に向かって喘げ」
命令系。なのに震えてしまった喉は、どうすることも出来ない。
「くぅ…あ、あぅ!!」
ゆっくりと入り込んでくるペニスは熱く、慣れたサイズなのにまるで初めて受け入れるかのようで。
「ひぁ!きりゅ、ふか…いぃ!!」
途中から一気に、落とされた腰に悲鳴を上げても、背は確りと抱かれたまま。まるで雁字搦めに括られて、身体ごと持ち上げられ落とされる。
ぐちゅりと鳴る結合部は、それでも歓喜に震えぴったりと吸い付くように絡み付いていく。
「こっちも上手」
「ゃ、ば、か!んん…あ、あんッ!」
時折かけられる声は、まだ余裕そうに聞こえるけれど。実際は、荒いと息の合間からだ。漸く乱せたのだと思えば、嬉しくもある。
「はっ、あ、あ、んぅ!おれ、も、もう…ッ」
けれど最初から余裕のなかったクロウは、入れられた瞬間からもう今にも精子を吐き出してしまいそうで。荒々しくも的確な刺激に翻弄され、すぐにもイってしまいそう。
鬼柳も同じだろう。随分と長い間しゃぶられていたペニスは、イきたくてうずうずしているはず。
「ん…ケツだけで」
イけよ
「あ!イっ、ちゃ…んん、あああっ!!」
熱の篭った声に促され、あっさりと吐き出した精子が飛び散った。間をおかず体内に吐き出された熱に催促されるよう、何度も何度も。驚くほどに、沢山の精子。
挿れられてからさほどの時間をかけずイってしまう事など、そんなにないのに。それだけ、楽しむゆとりもなかったということだろう。





はふはふと何度か息を大きく吸い、いつの間にか閉じていた目を開いて。少しだけ顔をずらせば、鬼柳が様子を伺っていた。
少し息は荒い。けれどやっぱり、さほど乱れた姿ではなく。
本当に違うのだと、ここに来てクロウは芯から実感していた。何度も違うと感じていたにも拘わらず、だ。それがおかしくて少しだけ笑えば、額に唇が降りてくる。それをありがたく受け、もう一度目を合わせたとき。
「なあ、いつから気付いてた?気付いてたんだろ?俺が違うって事」
すんなりと零れ落ちた問いは、意識しないものではあったけれど。多分、一番聞きたかった問い。
鬼柳は少し首を傾げ、それでも柔らかく笑う。
「最初から」
…うん
「多分そっちの俺も、最初から気付くだろ」
うん。
「だから、大丈夫だ。大丈夫」
「…ありがとう、な」
一歩引いてしまう事への不安まで、感じ取られていたわけではないだろう。けれど、あるがままの礼を受け入れるよう、鬼柳はまたぽんとひとつ背を叩いたから。
せめて今だけ…この空気のように、すんなりと互いを受け入れられる空間に甘えるよう。クロウはそっと、目を閉じた。








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