光れ、愛の環
-冬の色-
クリスマスイヴは恋人で過ごすなんて風潮、どっから出てきたんだろう。 「おれは別にお前に会いたくて呼んだわけじゃなくて、オフになったし、ガキどもにプレゼント渡してやりたいけど数も多いし、手伝ってもらった方が早いと思っただけで、お前今日暇だっていつも言ってたから、じゃあお前でいいかと」 白いタイルで舗装された道をいくつもの箱と袋を抱えて歩く。両手を塞ぐこれがなければ、クロウの照れ隠しは言葉のみでは収まらなかっただろう。 「あいつら喜ぶかな」 クロウのいう「あいつら」は、マーサハウスの少年少女達を指す。相当幼いうちから面倒を見ていた彼らも、年長組はデュエルアカデミアの生徒になったというのだから、光陰矢のごとしとはよく言ったものである。 「お前が来た、ってのが一番のプレゼントになると思うぜ」 ツンとむくれてみたところで、期待に満ちた瞳は隠せない。 「かーわいいな」 鬼柳の呟きを聞きつけたクロウは、真っ赤な顔で睨みつけたあと、思いきり顔を背けた。横顔を見つめていた鬼柳の視線を奪うのは、両耳でしゃらりと揺れるもの。 「ピアス」 今度ははっきりと。言えば、クロウもニコリと笑う。 「ま、鉄砲玉のクロウ様も今やデュエルレーンの黒き弾丸様だからな」 両手がふさがっていなければ、クロウの指はピアスを弾いたろう。ふるりと首を振って、しゃらしゃらしゃらと、得意げにピアスを強調して見せる。最後に少しばかり首を傾げて、「カッコいいだろ」、そして微笑む。 「自分で買ったのか?」 満面の笑みで答えかけたクロウが、ふ、と言葉を止める。鬼柳の瞳の奥の、焦燥に近い感情を読み取って、やがて彼はその笑みを揶揄に染めた。 「なんだよ、誰かからのプレゼントだと思ったのか?」 クロウのピアスより明るい金色の両目が苦々しく宙をさまよった。唸り声を上げて、顔を隠せやしないかと荷物を抱え直す。高さも距離も、足りない。 「……アクセとか買うやつじゃなかったからな」 だからしぶしぶ鬼柳は答えた。 「嫉妬深い男は嫌われるぜ〜」 鬼柳は笑みをすっかり引っ込めてしまって、眉間に皺を寄せたまま唇の端だけを上げた。 しかし、鬼柳は顕著なまでの己の嫉妬心、猜疑心に、嫌悪に近い感情を抱いて動けなかった。飲み込みこそできたものの、抑えきれなくて、またいなくなるのかと、詰ってしまっていたかもしれなかった。「信用ねぇなあ」、もしクロウの揶揄がこの言葉だったら、きっと危なかった。 「……お前はどうなんだよ」 鬼柳の葛藤は打ち切られた。クロウが、荷物に隠れそうな顔をしかと鬼柳に向けて、真剣な眼をしている。ひとり思い悩んでいる場面ではない。 「貰ったりすんの、こういうの」 くいと首を傾けて、クロウはまた、しゃらとピアスを揺らす。 「愛の力?」 口に出ていた言葉があまりにも陳腐で、鬼柳は急激に襲ってきた羞恥に頬を染めた。振り向いたクロウはじっとそんな鬼柳を見つめて、何故かスッと呼吸を整えてから、大きな瞳をきょろきょろとさせる。 「……そこの雪だるま座ってるベンチちっと借りねえか」 煉瓦で舗装された小道の傍ら、小さな雪だるまの人形が置かれた木製のベンチがある。雪だるまはベンチの端と端に、二体。発泡スチロールでできている。子供のいたずらだろうか、さほど大きくはなく、それこそ鬼柳が荷物の代わりに二体とも抱え上げられそうなサイズ。中に重しを入れているのか、鬼柳が膝でつついても転げ落ちることはなかった。 「? どうしたんだよ」 言われるまま、クロウの荷物の横に鬼柳も荷物を下ろす。懸念した通り、人の座るスペースはなくなってしまった。 「……おれたち、……付き合い始めて、……まあ、一年……二年か?もっとか」 友情と愛情、判別付かず曖昧だった期間を含めれば、相当長い付き合いになるだろう。クロウの声は小さかった。自然、鬼柳も小声になる。内緒話でもしているようだ。 「決めるのは早いかとも思ったんだけどよ、まあこういうのは、迷うくらいなら決めた方がいいのかって」 後ろに回っていた手が恐る恐る前に戻ってくる。右手に小さな箱。濃紺のベルベットの貼られた小さな蓋つきケース。恭しく開かれて、中は赤。中央に、シンプルな銀色のリング。 「まだまだ当分、おれはデュエリスト続けるけど……それでも、そんなおれでも大丈夫だって言うんなら、受け取っちゃくれねえか」 ぎゅっと目を閉じたクロウから突き出されるケース入りの指輪。気軽に投げつけられたのなら、気軽に受け取っていただろう、男の指にも違和感のない白銀の輪。 「え……え?」 これだけ飾って出されたのなら、これは意味のある指輪ということになる。こうして指輪を差し出しながら、なんて。このご時世、すっかり廃れているのだろうが、実際されてみれば一瞬で意味が分かる。 「なんだよ、どうすんだよ嫌なのかよ」 鬼柳は常々思っていた。掃き溜めのような空間で生き延びてきた自分達が、こうして非現実だと思っていた輝かしい世界を現実として暮らしている。夢は現実になった。だったら、夢のような出来事は、どうしたら演出できるだろう。 ポケットから取り出した黒い小箱は、想定していた甘すぎるほどの台詞をBGMに差し出されることなかった。 「俺も、今日なら行けるんじゃねえかと……」 互いに差し出す小箱。鬼柳が、蓋をあける。 「……ペア買ったのかよ」 呆然と尋ねたのはクロウ。 「ば……っか、四つあんじゃねえか!」 ケースも素の指輪も握りしめ、悲鳴じみた声を上げてクロウは頭を抱え背を反らした。対する鬼柳は、同じように指輪を握りしめその場にがくりと膝をつく。 「何してんだよクロウ! こういうの俺の役目だと思うじゃねえか!」 逆転した角度で互いを見やり、今更意味のない言葉をぶつけあう。それでも手にした指輪を投げつけるまでは至らない。 「……で、どうすんだ?」 クロウが、しゃがみ込む。目線がかちあう位置は普段とさほど変わらなくなった。 「クロウのくれ」 じっと見つめて、各々、ケースの中の指輪を右手で摘んだ。 「……鬼柳、ゆるい」 クロウには、力を入れずとも薬指の根元まで輪は辿りついてしまい、鬼柳の指は、爪を越えたらもう入らない。 「……中指なら入る気がすっけど」 互いに口にした指に、同じように指輪を通してみると、確かにしっくり収まってしまった。クロウが思っていたより鬼柳の手は大きくて、鬼柳が思っていたより、クロウの指は細かった。 「……そのうち、ちゃんと買いに行くか。お前のは俺が買うからな」 プラチナ製のかたい輪は、本当に収まるべき位置はまだ見つけていない。 手元に残ったペアリングの片割れは、サイズが違うことなどありえない。だが、鬼柳もクロウも、ケースに入れてしまった。 結果から始まった約束をかわして、左の拳を、そっとぶつけた。
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