光れ、愛の環
-冬の色-

クリスマスイヴは恋人で過ごすなんて風潮、どっから出てきたんだろう。
 クリスマスってのは子どもたちの楽しむ行事であって、もう自分たちの世代では関係のない、いや、子どもたちを楽しませることに全力を注ぐべき日だ。
 浮かれる町に踊らされるなんてゴメンだ、だから。だからだな。

「おれは別にお前に会いたくて呼んだわけじゃなくて、オフになったし、ガキどもにプレゼント渡してやりたいけど数も多いし、手伝ってもらった方が早いと思っただけで、お前今日暇だっていつも言ってたから、じゃあお前でいいかと」
「うん、うん、オッケ、もう満ぞ……じゃねえ、納得してっから」
「だったらニヤニヤすんじゃねーよ!」

 白いタイルで舗装された道をいくつもの箱と袋を抱えて歩く。両手を塞ぐこれがなければ、クロウの照れ隠しは言葉のみでは収まらなかっただろう。
 鬼柳は指を痺れさせるほどの重みに感謝しつつ、すっかり暗くなった街に光るネオンを見上げた。
 メリークリスマスを筆記体で刻む、赤、黄色、緑。店の出入り口を飾る金色と銀のモール、グミのようなシールで飾られたガラス。
 ショウウィンドウの中に、煌めく星を抱く、一目で人工とわかる白いクリスマス・ツリー。
 公園の中央に設置された特設ステージで、無料のクリスマスイベントがあるらしい。デュエル大会の文字が、一番ふたりの気を引いた。プロデュエリストではない鬼柳は両手の荷物と明日の予定がなければ飛びこんでいただろう。

「あいつら喜ぶかな」

 クロウのいう「あいつら」は、マーサハウスの少年少女達を指す。相当幼いうちから面倒を見ていた彼らも、年長組はデュエルアカデミアの生徒になったというのだから、光陰矢のごとしとはよく言ったものである。

「お前が来た、ってのが一番のプレゼントになると思うぜ」
「……だといいけどな」

 ツンとむくれてみたところで、期待に満ちた瞳は隠せない。

「かーわいいな」

 鬼柳の呟きを聞きつけたクロウは、真っ赤な顔で睨みつけたあと、思いきり顔を背けた。横顔を見つめていた鬼柳の視線を奪うのは、両耳でしゃらりと揺れるもの。

「ピアス」
「ん」
「似合うな」

 今度ははっきりと。言えば、クロウもニコリと笑う。
 六角ナットのピアスは、今日、再会の時点で鈍い金色のものに変わっていた。以前より縦に長い、むしろネジの方が形が近いモチーフのピアス。

「ま、鉄砲玉のクロウ様も今やデュエルレーンの黒き弾丸様だからな」

 両手がふさがっていなければ、クロウの指はピアスを弾いたろう。ふるりと首を振って、しゃらしゃらしゃらと、得意げにピアスを強調して見せる。最後に少しばかり首を傾げて、「カッコいいだろ」、そして微笑む。
 あまりにも得意げに晒されて、鬼柳も笑顔を浮かべた。

「自分で買ったのか?」
「おう、初大会の優勝賞金で……」

 満面の笑みで答えかけたクロウが、ふ、と言葉を止める。鬼柳の瞳の奥の、焦燥に近い感情を読み取って、やがて彼はその笑みを揶揄に染めた。

「なんだよ、誰かからのプレゼントだと思ったのか?」

 クロウのピアスより明るい金色の両目が苦々しく宙をさまよった。唸り声を上げて、顔を隠せやしないかと荷物を抱え直す。高さも距離も、足りない。

「……アクセとか買うやつじゃなかったからな」

 だからしぶしぶ鬼柳は答えた。
 立場がひっくりかえった瞬間だった。余裕のなさなんて見透かされたくない互いにとって、今はクロウの方が優位。ニヤニヤと笑いながら、そっと距離を詰めて、クロウは肘で鬼柳をつついた。

「嫉妬深い男は嫌われるぜ〜」

 鬼柳は笑みをすっかり引っ込めてしまって、眉間に皺を寄せたまま唇の端だけを上げた。
 クロウの揶揄へは何らかのアクションを返すのが鬼柳だ。例え両手が使えなくとも、そうたとえば、「色気付きやがって」だとか。そう言ってケラケラと笑いあうきっかけにするつもりで、クロウはそうした。鬼柳にも、クロウの意図は想像できた。

 しかし、鬼柳は顕著なまでの己の嫉妬心、猜疑心に、嫌悪に近い感情を抱いて動けなかった。飲み込みこそできたものの、抑えきれなくて、またいなくなるのかと、詰ってしまっていたかもしれなかった。「信用ねぇなあ」、もしクロウの揶揄がこの言葉だったら、きっと危なかった。

「……お前はどうなんだよ」

 鬼柳の葛藤は打ち切られた。クロウが、荷物に隠れそうな顔をしかと鬼柳に向けて、真剣な眼をしている。ひとり思い悩んでいる場面ではない。
 気付けば、あたりの風景は随分変わっていた。随分無言で歩いていたらしい、今は散歩コースとして名の上がる森林公園の前。まるで花弁のような飾りに覆われた大きな球形の街灯は、安全重視なのか、随分と眩く入口を照らしている。

「貰ったりすんの、こういうの」
「ぜ、全然!」

 くいと首を傾けて、クロウはまた、しゃらとピアスを揺らす。
 荷物を放り投げかねない勢いで首を振る、余りにもわざとらしい動きを伴ったものの、鬼柳の言葉に嘘はない。
 ふうん。
 クロウはそれだけ言うと、歩道を外れて公園の入口を抜ける道を選んだ。
 鬼柳よりも背の低いクロウが鬼柳の前を行こうとすると、その両足は忙しなく動く。自然、ふわふわと揺れる逆毛を眺めながら、鬼柳は大人しく後ろを歩く。
 華やかなネオンを抜けても、クロウの髪はよく目立つ。それは鬼柳自身にも言えることで、夜、互いを探すのなら頭を探すと言って笑いあうほど、夜に溶けにくい鮮やかな色をしている。
 冷えた空気の中で見るオレンジは随分暖かそうで、こうして眺めていると心なしか温まる気になってくる。かといって、夏場暑苦しいかと言われれば、そんなことはない。むしろ日差しを浴びて眩く輝けば、爽やかだ。

「愛の力?」
「……何言ってんだ?」
「え、ああ、いや何でも」

 口に出ていた言葉があまりにも陳腐で、鬼柳は急激に襲ってきた羞恥に頬を染めた。振り向いたクロウはじっとそんな鬼柳を見つめて、何故かスッと呼吸を整えてから、大きな瞳をきょろきょろとさせる。

「……そこの雪だるま座ってるベンチちっと借りねえか」

 煉瓦で舗装された小道の傍ら、小さな雪だるまの人形が置かれた木製のベンチがある。雪だるまはベンチの端と端に、二体。発泡スチロールでできている。子供のいたずらだろうか、さほど大きくはなく、それこそ鬼柳が荷物の代わりに二体とも抱え上げられそうなサイズ。中に重しを入れているのか、鬼柳が膝でつついても転げ落ちることはなかった。
 二体の間に、クロウは抱えていた荷物を下ろす。

「? どうしたんだよ」
「とりあえず荷物ここに置け」
「座れなくなるぞ」
「いーんだよ、おれたちは立ってりゃ」

 言われるまま、クロウの荷物の横に鬼柳も荷物を下ろす。懸念した通り、人の座るスペースはなくなってしまった。
 さて、これからそれでどうする。問うには視線で十分だろうと、上げた顔をクロウに向けると、鬼柳の目に映ったのは妙にそわそわと落ちつかないクロウの姿だった。
 何かを探しているのか暗闇に目を凝らし、忙しなく首を巡らせ、やがて手を後ろで組んで、咳払いをした。

「……おれたち、……付き合い始めて、……まあ、一年……二年か?もっとか」
「……細かく言えばもっと長い、かな」

 友情と愛情、判別付かず曖昧だった期間を含めれば、相当長い付き合いになるだろう。クロウの声は小さかった。自然、鬼柳も小声になる。内緒話でもしているようだ。

「決めるのは早いかとも思ったんだけどよ、まあこういうのは、迷うくらいなら決めた方がいいのかって」

 後ろに回っていた手が恐る恐る前に戻ってくる。右手に小さな箱。濃紺のベルベットの貼られた小さな蓋つきケース。恭しく開かれて、中は赤。中央に、シンプルな銀色のリング。
 鬼柳は絶句した。状況整理ができない混乱と感情とが入り混じったまま、何を言うことができただろう。

「まだまだ当分、おれはデュエリスト続けるけど……それでも、そんなおれでも大丈夫だって言うんなら、受け取っちゃくれねえか」

 ぎゅっと目を閉じたクロウから突き出されるケース入りの指輪。気軽に投げつけられたのなら、気軽に受け取っていただろう、男の指にも違和感のない白銀の輪。

「え……え?」
「つけろとは言わねえよ、デュエルの邪魔だし」
「いや、え……え……」

 これだけ飾って出されたのなら、これは意味のある指輪ということになる。こうして指輪を差し出しながら、なんて。このご時世、すっかり廃れているのだろうが、実際されてみれば一瞬で意味が分かる。
 ドラマ仕立ての求婚の手段。現代においても有効だ。

「なんだよ、どうすんだよ嫌なのかよ」
「……あのな。あのな、クロウ」

 鬼柳は常々思っていた。掃き溜めのような空間で生き延びてきた自分達が、こうして非現実だと思っていた輝かしい世界を現実として暮らしている。夢は現実になった。だったら、夢のような出来事は、どうしたら演出できるだろう。
 そのくらいでなければ満足など出来やしない。過去より未来より何よりも、一番夢のような方法で、――その人生を預けてくれと、伝えたい。

 ポケットから取り出した黒い小箱は、想定していた甘すぎるほどの台詞をBGMに差し出されることなかった。

「俺も、今日なら行けるんじゃねえかと……」

 互いに差し出す小箱。鬼柳が、蓋をあける。
 金具付きのケースはカパリ潔く開いて、やはりシンプルな銀色の輪を黒の中で煌めかせた。
 互いに言葉を発すまで、随分時間を要した。

「……ペア買ったのかよ」
「……ペアじゃなきゃ満足できねえだろ」

 呆然と尋ねたのはクロウ。
 呆然と答えたのは鬼柳。
 互いにポケットに手を突っ込んで、包装されていない指輪をその手のひらに乗せて。

「ば……っか、四つあんじゃねえか!」

 ケースも素の指輪も握りしめ、悲鳴じみた声を上げてクロウは頭を抱え背を反らした。対する鬼柳は、同じように指輪を握りしめその場にがくりと膝をつく。

「何してんだよクロウ! こういうの俺の役目だと思うじゃねえか!」
「バカ野郎指輪送るのは男の役目だろ!」
「そうなんだけどそうじゃねえだろ、ええええええうっわウッソだろ俺最高にカッコ悪いじゃねえかよ満足できねえ!!」
「知ってるよンなこと!」

 逆転した角度で互いを見やり、今更意味のない言葉をぶつけあう。それでも手にした指輪を投げつけるまでは至らない。
 思いきり吐き出して、吐き出しつくして、バカじゃねえの、バカじゃねえの、同じ言葉を繰り返すだけになって。
 乱れた呼吸を、各々整えた。

「……で、どうすんだ?」

 クロウが、しゃがみ込む。目線がかちあう位置は普段とさほど変わらなくなった。
 鬼柳が、ついていた膝を持ち上げ、クロウの真似をしてしゃがんだ。舗装のレンガはそうとう冷たくなっていたようで、冷えた足を暖めようと、鬼柳は腕で膝を抱える。

「クロウのくれ」
「おれはお前のが欲しいんだけど」

 じっと見つめて、各々、ケースの中の指輪を右手で摘んだ。
 差し出された左の薬指。ピンと伸ばされた契りの指へ、そっと、白銀の輪を通そうと、

「……鬼柳、ゆるい」
「クロウ、……痛い」

 クロウには、力を入れずとも薬指の根元まで輪は辿りついてしまい、鬼柳の指は、爪を越えたらもう入らない。
 また、しばし無言になる。

「……中指なら入る気がすっけど」
「……俺は小指かなぁ」

 互いに口にした指に、同じように指輪を通してみると、確かにしっくり収まってしまった。クロウが思っていたより鬼柳の手は大きくて、鬼柳が思っていたより、クロウの指は細かった。
 当初の予定は互いに何もかも、根底から崩れてしまったのだ。が。

「……そのうち、ちゃんと買いに行くか。お前のは俺が買うからな」
「おう」

 プラチナ製のかたい輪は、本当に収まるべき位置はまだ見つけていない。
 それでも意固地に相手は間違っていないと主張するように、互いの手からは離れない。

 手元に残ったペアリングの片割れは、サイズが違うことなどありえない。だが、鬼柳もクロウも、ケースに入れてしまった。
 交換で渡せないのでは、意味がない。
 
「行く時、呼べよ」
「じゃあ明日」
「ん」

 結果から始まった約束をかわして、左の拳を、そっとぶつけた。 

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