S F --2







 純粋な少年少女と、親友たちの願いを叶えるため。ずっとあった好奇心。
 そして、もうひとつ。
 クロウには、森へ向かう理由があった。






「おまえ……っ!」
「よお、久しぶりだな、クロウ」

 ローブを纏い、驚くほど気軽に片手をあげる青年がそこにいた。
 クロウよりも白い肌と、淡い青に染まった髪はどことなくはかなげな印象を与えるが、浮かべる笑みは力強く明るい。遠い、遠い薄曇りの空色。緩やかな風にサラサラと揺れる髪。そんな些細なことで強調されるのは、今は空に見えない太陽を思わせる金色の瞳。その姿かたちは、クロウがよく知る者の姿。

「生きて、生きてたのかよ、鬼柳……」

 蜜に濡れたクロウの唇は、自然にその名を紡ぐ。鬼柳。
 鬼柳、京介。

「……約束したろ? 願い叶えてやる、ってよ」

 彼はクロウを慈しむかのように目を細め、やはり力強く笑ってみせた。
 鬼柳京介。彼は、クロウが森へやってきたもう一つの秘めたる理由。





 鬼柳京介という男とクロウ、遊星、ジャックはイリアステルのやり方に納得できず立ちあがった同志として出会った。まだ少年だった彼らはがむしゃらに吠えるか睨むことしかできないでいたが、それを京介が自信に満ち溢れた顔で告げるだけで変えた。


 遊星には才能がある。イリアステルに従属する技術者たちに並ぶか、あるいはそれ以上の才能が。
 ジャックには素質がある。格闘術だって学べば伸びるだろうし、人を惹きつける魅力はお前にしかない。
 クロウに足りないのは団体行動。遊星とジャック、そして自分がサポートすれば間違いなく上手くやれる。

「4人でやろうぜ! そうすれば、世界だって変えられる!」



 施設への侵入未遂を繰り返し、犯罪の証としてひとつめのマーカーを刻まれたばかりだったクロウは、京介のその言葉をうけて身を震わせた。敵の大きさを知ってしまったからこそ芽生えた恐怖が、彼の金色の瞳に映った見えるはずのない未来を垣間見て、希望にすり替わる。

 ひとりではなくなった彼らは、途端に頭角を現した。人数も正体も不明の反乱分子。派手に活躍しながらも、一向に尾を掴ませない救世主。
 下から上層へと投げつけられる小石であることを自覚し諦めていた多くの人々が、彼らの登場に歓喜した。小石の一つであったはずの抵抗もいつしか弾丸に変えられるのだ。希望は、伝染する。

 少しずつだが変わっていく。本当に、世界は変わっていく。

 京介がやってきてから、クロウは日々が楽しかった。無駄だとわかっていながら繰り返してきたことが、無駄ではない、改革への一歩になる。クロウにはそれが嬉しかった。舞い上がっていたと言われても、否定できないほどに。

 世界を変えた京介は、当時のクロウにとってはあらゆる好意を向けるにふさわしい相手だった。

 だからこそ。


「……ここまできたらあとは俺が、……クロウ?」

 イリアステルの管理する施設への潜入作戦。前日であったその夜は雨で、降り続けば明日の作戦を邪魔するかもしれない。だからもう一度確認しようと京介から声をかけられた時、クロウは二つ返事で頷いた。

「具合でも悪いのか?」

 向き合って座った木製の古いテーブル。ほとんど空のマグカップを片手に手書きの図面を見つめる。雨が窓を叩く音が反響する空間、京介が正面から身を乗り出してクロウの顔を覗き込む。曖昧な返事を返すクロウに、京介は手を伸ばした。

「……決行、伸ばすか」

 綺麗な微笑。白い長い指がクロウの頬を滑って、顔が近づいて。
 クロウはカップを置いて、乾いた唇は静かに触れ合った。京介が何をしようと、拒絶する理由などクロウにはなかった。なあ、と続けられる言葉に耳を塞ぐ意味もない。

「俺さあ、クロウを抱きたい」

 マグカップに中身が残っていることなど、その瞬間にクロウの頭から消えた。京介が己を求めた事実に思考が占められて、文字通り頭が真っ白になる。カップに注がれていたミルクよりも、きっと白いに違いない。そんなことを考えながら、二度目の口づけを受ける。

「好きだ、クロウ」

 その言葉にクロウは頷いた。拒絶する理由などない、そうする意味もない。宙に浮いた思考はそもそもクロウを悩ませてはくれなかった。
 三度目の口付けは深く、クロウは力の抜け切った体を叱咤して唇も体も押し付けるように京介の首に腕をまわす。抱えあげられて叩きつけるようにベッドの上に投げ出されても、文句を言う気持ちすら生まれなかった。



 翌朝、酷く重い体と妙に痛む頭に困り果てたが、目が合った瞬間京介が微笑んだので、クロウは幸せだった。

 



 ぱちん。



 足元の蕾が勝手に爆ぜた。

「っばかやろ、どんだけ……っ」

 潤んだ目を隠すこともできず、クロウはゆっくりと歩み寄ってくる京介に駆け寄ろうとする。足元が濡れているせいで上手く進めないのがもどかしくて無意味に地団太を踏めば、くすくすと笑う京介はもう眼前まで近づいていた。伸びてきた手が頬に触れる。思い出した記憶と重なって、赤くなった頬を隠すようにクロウは俯いた。
 
「心配したか?」
「っ、たりめーだ!」

 グローブで覆った腕で目元を拭い、ついでに口元も拭うと、そのせいで右手のグローブは蜜で無残に汚れてしまう。急に気恥しくなったクロウは両手を背後で組んで京介を見上げた。
 話したいことは山ほどあったが、咄嗟には出てこない。ちらちらと視線を彷徨わせ、うんうんと唸った末。

「……な、もしかして、これが…例の話の花、なのか?」

 足元でキラキラと、天井でふわふわと光る花のような不思議な物体。これが件の花であれば、クロウも納得せざるを得ない。そう思ったからこそ、クロウの記憶の京介が、いつもクロウよりものを知っていたからこその問い。

「ああ、そうだな」
「じゃあこれが咲いたらマジで願いとか叶うのか!?」

 返った答えに感嘆交じりの問いを重ねれば、京介も笑って繰り返す。小さく腰のあたりでガッツポーズを作ってあたりを見回すクロウを眺め、「そうだな」と。けれどその声が、記憶と微妙に異なっていることにクロウは気づいた。

「鬼柳?」
「二人っきりだぜ? 京介、って呼べよ」
「……きょう、すけ?」

 気づいてしまった。彼が浮かべる笑みが曇っている、否、その瞳が暗く淀んでいることに。
 途端に寒気を感じてクロウは後退った。一歩。二歩。足元の蜜が粘度を増したようで、重い。

「どうしたんだよ、お前……何かおかしいぞ」
「おかしい?」
「ああ、何か……」

 ぱちん。

 小さな蕾が爆ぜる。嘲笑に近い笑みを浮かべた京介はじっとクロウを見ている。
 何かがおかしい。咄嗟に口から出た言葉だったが、クロウは京介のこの表情も知っていることを、思い出した。
 





「京介!」

 作戦が一つ、失敗に終わった。何も犠牲にはならなかったが、事実上の敗北だった。
 遊星もジャックもクロウも次があるとすぐに立ち上がったが、唯一、京介はそれを悔やんで荒れた。
 クロウの髪だけを優しく撫でていた手は、その髪を掴んで引き倒すようになった。クロウがそれに反論すればするほど、その手は凶器に変わり、京介の口から零れていた希望の言葉は、クロウが見る未来から遠く離れていった。
 そしてとうとう、飛び出した。清々しいまでに晴れた日に。


「馬鹿なことやめろよ、考えようぜ! 今は駄目でもいつかっ」
「今やらねえでどうすんだよ!」

 アジトを出たところを追いかけて、クロウが京介の腕を掴む。力いっぱい振り払われても追いつき、腰に飛び付くクロウを引きずるようにして、京介は一心不乱に先へ進もうとし続けた。
 行先を、クロウは知っている。

「大丈夫だ、俺には分かる! あの話は本当なんだ!」
「駄目だ駄目だ駄目だっ! 京介、お前、疲れちまってんだよ」

 あの話。京介が最近になって繰り返すようになった、夢のような話。
 クロウは京介の背中に額を擦りつけるように首を振る。甘えるような仕草にも、京介は振り向かなかった。クロウは唇を開きかけて、己が泣きだしそうになっていることに気付く。

「っ今は休もうぜ、なあ!? 方法なんていくらでもあるっ、イリアステルを、どうにかしようとしてるやつらは他にもいる、みんなで協力すればっ」

 それでも絞り出した言葉は、言いきる前に止められた。京介の手がクロウの両腕を引き離し、後ろへ突き飛ばしたせいで。

「ぬるいんだよ!」

 不安定な体制だったせいもあって、クロウは尻もちをつく。見上げた京介の目は血走っていた。ぎらぎらした悪趣味な金色で、見たこともない形相でクロウを見下ろし、京介は握った拳を振り下ろす。

「いいか? イリアステルは強大だ。でも、俺なら絶対に森の奇跡を起こせる! 声が聞こえるんだ、俺は! 選ばれたんだ!」

 森。京介が何度も口にするようになった話の舞台。
 町はずれの森に咲かない花があり、それが咲いたら願いがかなう。
 クロウが覚えている限りではそんな話だった。くだらない話だと言って、最初に聞かせたのは京介だった。そんなものに頼らなくたって俺たちには力がある、仲間がいる。そう言ってクロウを抱きよせて、「お前もいる」と囁いた。

 その京介が、言いだしたのだ。
 森に呼ばれている、と。
 くだらないと笑っていた森に、奇跡を起こせと呼ばれていると。

「じゃあ、勝手にしろよ」

 地面についた手をぎりぎりと握り、呻くように告げた。京介の表情が変わる。狂気じみた笑みから、呆けたような顔。
 
「……クロ、ウ?」
「知らねえ……お前なんざ、もう知らねえ!」

 掴んだ砂利を投げつける。京介が戸惑いがちに名を呼ぶのにも構わずに。一緒に投げつける、拒絶。

「てめえの都合でっ、振り回されんのはもうたくさんだ!」

 声は荒れていたが涙はない。クロウを支配するのはやり場のない怒りだけ。立ち上がり京介に向かっていって、しがみつくのではなく肩を突き飛ばす。京介は倒れこそしなかったが一歩、後に退いた。

「ジャックも呆れてる、遊星も困ってる、チームは終わりだ、もう、終わりだっ!」

 声量は落とさないまま怒鳴りつけ、クロウは京介の赤いTシャツの襟元を掴んで顔を近づける。噛みしめた奥歯がぎりりと軋む。やや下から掴みかかられた京介はクロウが肩で息をするのを唖然と見下ろしながら、ようやく気づいたようにクロウの襟首を掴み返した。
 ぐいと持ち上げられるのに合わせて、クロウは踵を持ち上げる。
 少し背伸びをして並ぶ視線。クロウにとって悔しくも心地よかったはずの差が、憎らしくしか感じられない。

「ふざけんな、俺たちはチームだ! いつまでだって!」
「んなことできるかよ! おれたちにだって意思がある!」

 口づけを交わせる距離で京介もクロウも、互いの言葉に首を振る。
 キスも拒絶も、重なったところで何も生まないという点では同じこと。 
「そんなん知るかよ! チームは、ずっと……ずっと一緒にいる!」

 何も変わりはしないのに。言葉とともに噛みつくように、撫でるように口付ける。触れて離れる瞬間に小さな音。塞いで飲み込む、遮られて吸い取られる、空っぽ同士の無意味なキス。 
 突き飛ばされてまた地面に転がったクロウを睨みつけ、京介は肩を上下させて息を吸う。
 
「見てろ、クロウ! 見てやがれクロウ! 二度と、そんなこと言えなくしてやるからよぉっ!」

 見開かれた瞳は輝いていた。未来への期待ではなく、別の淀んだ何かによって、ぎらぎらと。
 唇は笑みを刻んでいた。張り付けてもいない、柔らかくもない、引きつって、不格好に。

 



 ぱちん。



 瞬いて一瞬遮断した現実に、その笑みがまた、あった。



「っひゃ!?」

 不意に何かがクロウの膝裏をするりと撫でた。思わず引こうとした足が動かないことが、更にクロウを焦らせる。風もないのにざわざわと波打つ地面。

「な、え?!」

 知らず後退していたクロウの背中は幹のような中央の柱に触れる。咄嗟に柱を後ろ手に掴むが、蜜で滑って上手くいかない。

 クロウの腰ほどまで伸びた茎が、うねりながらクロウの下半身を覆っていく。茎と呼ぶより蔦と呼ぶのが相応しくなってしまったそれらは、クロウの足首から膝、数本は腿までをしっかり絡め取り、残りは思案するように周囲でゆらゆらと揺れてクロウの身体を半分ほど隠してしまった。

「おかしいか? そうかもな、オレは我慢苦手だしなあ」

 くつりくつり。わらう男。鬼柳京介。
 細められた目は黒と金。右頬から額にかけて、傷のような赤い文様。犯罪者への罰として刻まれるマーカーに似ているが、まったく異なる禍々しい赤。
 ずいと近づいた顔がにたりと、歪む。

「くーろうちゃん、よぉ」

 揶揄するために呼んだだろう名、下唇を舐める舌。京介は少し顔を傾けた。ひやりとした手がクロウの顎を捕らえる。

「やらしーこと、しようぜ」

 ねっとりと頬を舐め上げられて、クロウは喉を引きつらせる。身を引こうとするも、クロウの下半身は完全に抑え込まれてしまっている。京介を引きはがそうと慌てて伸ばした腕も、伸びてきた茎で抑え込まれてしまった。
 
「な、なにいっ、……んっ」

 唯一残された抵抗手段を見つけたクロウが口を開いた瞬間、それすら京介の唇で塞がれる。差し入れられた舌を拒絶しようとしたのは一瞬で、すぐに全身に小さな痺れが走り、抗うこともできなくなった。
 首を振って逃れようと試みるが京介はそれを許さない。目的があるのかすら分からない乱雑な動きに、クロウは足が震えるのを自覚した。

 蜜の味の深い口づけ。
 鳴らされる粘着質の水音に嫌悪を覚えても、なぜかクロウ自身で己の舌を差し出して受け入れてしまう。甘い。甘ったるい。喉が渇く。
 足りない、足りない、足りない!

 両足両腕をぎりぎりと締め付けられることなど気にしてもいられない。でたらめなキスを夢中で味わう。クロウの口内には、舐めていた蜜よりも強い甘味が広がっていく。解放されて吸い込んだ空気も、同じ味。
 
「っは、っ京介、なに、な、ぅっ」

 足元から伸びる蔦、が一本。山吹色のインナーを濡らしながら這いあがり、ぷくりと膨らんだ透明な蕾でクロウの喉を撫でた。湿ったような滑った感触。けれど思っていたよりも優しい感触に、クロウは言葉を詰まらせる。京介は濡れたクロウの唇を親指で撫でながら、肩を竦めた。

「だから、やらしいこと。しようぜ?」
「ふっ、……ざけんな!」

 京介は一瞬で赤みを増したクロウの頬にくっきりと描かれたマーカーを確かめるように人差し指でなぞり、満足げに笑むとそこに己の頬をぴたりと重ねる。子どもがじゃれるような仕草。少し冷たい頬が触れて、クロウは一瞬たじろいだ。
 頬を下りた京介の手は、湿り気を帯びたインナーの上からクロウの胸元を探る。平らな胸を包むように手を置いて、京介は二本の指で左右の中心を摘んだ。周囲の蕾よりも小さな突起。

「っん」

 とたんにクロウの身体が跳ねる。それに羞恥を覚えて背けた顔を覗き込みながら、京介は強調するようにゆっくりと言葉を紡ぐ。

「なあ、気持ちイイだろ? 久しぶりだもんな」
「ちが、あ、ばかっ」

 指の腹で押しつぶし、捏ね回す。その刺激から逃れようと頭を振ったところで意味はなく、京介の手と身体を這う茎と蕾の感触がクロウの芯を熱くする。
 衣服の隙間から入り込んでくる茎の先、蕾は柔らかく滑らかにクロウの肌の上を行き来した。ベルトの隙間から潜り込もうとした蕾が割れて、とろとろと蜜が滴った。

「うああっ、何っ……くそっ、やめろぉっ!」

 蕾をなくした茎は、密集して腰まで隠したクロウの下半身を征服していく。排出穴に幾本も潜り込み、蜜を流し込むように広げる。人ならざるものに暴かれる屈辱は滲み出る苦痛で塗られて薄れ、その中に潜む得体のしれない快楽が徐々にクロウを狂わせていく。
 同じ空間にありながら見えないところで着実に侵されているクロウを見下ろす京介の目は、愉悦を浮かべて細まった。

「何だ、下のがイイってか?」
「いや、だっ、ちくしょ、はなっれ、はなせぇっ」

 京介がクロウを取り囲む茎の中を探るように手を差し入れた。悪戯を思いついた子供の顔で舌を出し、そのまま手で探り当てたクロウのベルトのバックルを外す。クロウが背を逸らすのを眺めながら、濡れたクロウのパンツの前をくつろげ、僅かに引き下ろす。
 すると、茎はこぞって衣服を取り払いにかかった。京介がそれを促していると思ったのか、そうすれば楽にクロウに触れられると理解したのか。そんな意思を持ったとしか考えられない動きに翻弄されて、クロウはただ身を震わせた。

「ひ! っぐぅぅ、ううっ」

 必死で首を振り声を殺す。唇に押し当てられた蕾が爆ぜて、あふれた蜜の香りに体中の感覚が支配される。甘い。苦痛すらも、甘やかな刺激。
 細い茎が直接クロウの性器に巻き付いて、根元をきゅうと締め上げる。腰を引いたところで、顕わになった臀部が蕾に擽られてもどかしさが増しただけだった。
 どうしたらいいのか、もうクロウには分からない。奇妙な空間で繰り広げられる奇妙な行為の当事者になっている、それだけはしっかりと理解できているけれども、だからといって何になる?

 考えている間にも行為は進み、広げられた穴からクロウの奥へねじ込まれた蕾が中ではじけた。茎を伝って蜜が垂れ落ちて、その感覚にも声が上がる。蜜で濡れ、また新たな蕾を受け入れた後、同じ感触と同時にぱちんと音がした気がしてクロウは悲鳴と変わらぬ声を上げた。

「どーなってんだよ、こっちって。ちょっと興味ある」

 京介はにやにやと笑いながら、クロウの背後を覗くそぶりを見せる。蜜を含んだ蕾と茎に隠れたその中で何が行われているのか、京介は知っている。クロウもそれには気づいていたが、クロウが口を開いたところで零れるのは、言葉にならない喘ぎと蜜の混ざった唾液だけ。

「あ、あぁあ、あっ」
「なあクロウ、教えろよ」

 京介はクロウを抱き込むように、また群れた茎の中に両手を突っ込んだ。手が汚れるのにもかまわず、胸元に頬を擦りつけながらクロウの腰をすいと撫で、その先で触れた蜜入りの蕾を手の平で握りつぶした。

「これ、締め付けたら割れるよなあ。ってことは、中でも割れてんじゃねえかぁ?」

 蜜に濡れた手で、京介は再度クロウの腰を撫で上げる。クロウが背を逸らせると、インナーを持ち上げる左胸の突起を緩く噛んだ。

「トロットロのぐっちゃぐちゃになってんじゃねえの?」
「あ、あ、あ、いう、なぁあ」

 舌先で突起を突いて、軽く吸う。京介の舌の上にも強い蜜の味が広がった。
 クロウの足は震えていたが、力が抜けたところで崩れることは許されない。踏んでも折れない細い茎が幾本も集い、クロウを逃がさない。
 京介がクロウの肩を押すと、茎に絡め取られていた腕は柱を抱えるように回され、柱に寄りかかった不安定な姿勢でなおも体内を犯される。茎が動き、蕾が割れるたびに反応する身を恥じながら、クロウは固く目を閉じた。
 
「可愛い声あげてよぉ、そんなにいいのかよ」

 頭を振ったせおで髪も柱の蜜で濡れ、京介が梳くように撫でると立ちあがっていた橙は湿り気を帯びて乱れる。撫でつけても下りきらない髪と指先を戯れさせながら、京介は笑う。

「っうあ! あっあ、く……ッ!」

 下方向から突き上げられて、クロウの踵が反射的に浮いた。クロウの奥を抉る、衝撃。中でばらばらに動いていた茎が密集して、曲線を描くように曲げて形成した先端は容赦なくクロウを攻める。そのたびに背中がずるりと柱に擦れて、湿り気を帯びた上着が皺を増やした。

「激しい方が好きか?」

 明らかに京介の意に沿って蠢く空間。香りも感覚もすべて、塗りつぶされていくのも感じていた。
 濡れた音がどこから聞こえるのか、考えたくもなかったはずの現実がただ感覚として処理されていく。それに困惑することすら出来ずに、ふわふわと、浮いたまま。

「美味そ」

 三日月形の唇を舐める赤い舌に誘われるように、クロウは一度噛みしめた唇から息を吐く。それすら甘い香を放って、眩暈を覚えてクロウは瞬いた。身を乗り出した京介が、無防備に開かれた唇を一度舐め上げる。

「お前だって、望みがあってきたんだろ?」
「あ……は」

 そのまま唇は耳に寄せられ、擽るように耳元で囁く。
 衣服越しにクロウの腹部に熱が触れ、その正体を知ってクロウの心臓がどくりと鳴った。

「オレを求めてきてくれたんだろぉ?」

 小さく音を立てて耳にキスをして、京介は右手でクロウの頬を覆う。柔らかい頬に手の平を軽く押しつけて、その弾力を楽しむように撫でる。離れた顔。ぴたりとあった視線。

「クロウ」

 京介がクロウを呼ぶ。静かに。

「置いてっちまって、ごめんな?」

 京介の眉尻が、僅かに下がる。黒い眼球、淀んだ金の目。薄雲に覆われた青空色の髪をさらりと揺らす。
 そっと額を合わせて、優しく、甘く。

「分かったんだ、お前、オレと一緒に来たかったんだよ。オレのこと、ホントに本気で、愛してくれてたんだもんなぁ」
「あ、あぁ、う」
「でも、許してくれたんだよな。だからここにいるんだろ?」

 気づけば、クロウの自由を奪う拘束は柱に回された腕のものだけになっていた。腰は京介の左腕で支えられ、完全に解放されてはいなかったが。
 何を言うべきか、クロウは考えようとした。拒絶も許容も思いつかない。どちらが意思か、それすら判別できない。

 ぱちん。

 蕾が消える音は耳に響いたけれど。

「ありがとな?」

 自身のベルトのバックルを外しながら、京介はほとんど同じ高さにあるクロウの瞼に舌を這わせた。顕わにした性器は同じように晒されたクロウの性器に擦り合わせる。蜜を絡めるようにゆっくりと動かすと、クロウは弱く首を振った。けれどその瞳が蜜で濡れたように蕩けているのを見て、京介もまた、蜜を溶け込ませた瞳を向けて、ふふ、と笑う。

「オレも許すぜ、クロウ」

 京介がクロウの右足を肩に担ぎ上げ、柱を伝ってずり落ちそうになったクロウの身は、茎が腕をきつく縛りあげることで留めた。クロウはただ京介を見つめる。溶かされた入口に熱が押し当てられても、クロウの身体はそれを拒もうとはしなかった。


 どこかで、ぱちんと音がして。
 空気を小さく震わせ、京介がわらう。




「オレを『殺した』、お前をよぉ」




 ぱちん。
 クロウには、蕾が割れる音が殊更大きく聞こえた気がした。





(しずめ、深淵。)


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