吾郎の部屋を去ろうとするキーンに吾郎は。
「待てよ。」
無視されると思ったがキーンは立ち止まり、そして振り向いた。
立ち止まってくれた事が吾郎には少し嬉しかった。
先程のキーンの剣幕から考えると当然無視されると思ったのだが・・。
「故障を隠してたのは謝る・・・・。
でもワッツだってケガをおして頑張ってたし
前にお前もそのワッツの事、擁護してたじゃねーかよ!なんで俺だけ責められんだよ!」
「とんでもないじゃじゃ馬だな、お前は。」
そう言いながらキーンは吾郎の元へツカツカと引き返してきた。
そしてベッドの上の吾郎の顎をクイ・・と指で持ち上げる。
受けて立つ、と言わんばかりのキーンの強気な表情。
「ワッツとは違う。
やつはトレーナーにもチームドクターにも診せてた上でのギリギリの判断だ。
いつ血行障害が出るかも分からんのに
隠して優勝決定戦に出ようとするお前は遥かに悪質だ!」
「俺だって本当に自分でダメだと思ったら行かねーよ!!
でもブルペンの台所事情が苦しいの知ってて大人しくDL入りなんて出来るかよ!!」
吾郎は自分の顎を持ち上げるキーンの手を振り払って叫んだ。
「ボールがいく限り優勝する為にマウンドに上がるのがそんないけねーのかよ!!」
吾郎の必死の眼差し、この表情。
信じ難いことだが、キーンが完全に圧倒されていた。

暫しの間の後、キーンは諦めたように溜息をついた。
「わからんな。俺にはお前が理解できん。」

  理解できない。そんな所がこいつの魅力なのかも知れん・・・。
  データや確率。
  そういったものを深く考慮してしまう俺や佐藤が焦がれて止まない、不思議な魅力・・。
  いや、俺や佐藤だけでなく大抵の人間はそういったものに素直に従い、怪我をしたら治療に専念する。
  勿論誰にだって自分が出たい、という気持ちはあるが・・大抵は大人しく従う、従わざるを得ない。
  それがコイツはどうだ。こんな熱血馬鹿など見た事がない。
  しかし・・心のどこかでコイツの生き方を羨ましいと思ってしまう。
  憧れ、そして焦がれ・・・ついには欲しいと願ってしまう。

キーンは吾郎の頬を両手で包み込み、至近距離で見つめた。
「一人だけだ。」
「え?」
「一人でもランナーを出せば交代だ。それ以上は看過できん。」
吾郎は耳を疑った。

   あのキーンが俺の言い分を聞いてくれた・・・?

「いいな。」
念を押すキーン。
吾郎の中にキーンへの感謝の気持ちと
自分がやろうとしている事への責任、覚悟の気持ちが生まれた。
そして腹の底から沸き起こる、興奮。武者震いとでも言ったらよいのだろうか。

「話がまとまった所で・・・続きをスるか?」
「・・・・・・!」
見る見る吾郎の頬が紅く染まり、そしてそれに精力が漲る。
「・・・野球もこれ位、素直だと助かるんだが。」
「だっ・・・!」
反論する間も与えずに、キーンは吾郎の唇を言葉ごと奪い去った。




翌日。
怒涛の追い上げの末、8対6で今、一歩及ばない。
その9回表。
吾郎がマウンドへ向かう。
それぞれの位置へついた吾郎とキーン。
これだけの距離があり、しかもマスク越しながらもひしひしと伝わってくるキーンの強い念。

  一人でもランナーを出せば交代だ。いいな!

第一球。
「くっそおおおお〜〜〜〜!!」
見送り。ストライク。
その球速は98マイル。
球はキていた。
次々ストライクを決めて二者連続三振。
吾郎の気迫、キーンの強い思い。

  悔しいけどキーンの言う通りだ・・・・。
  俺は満足なパフォーマンスが出来る根拠もないのに
  自分が出て活躍する事しか考えてなかった・・・・。
  ケガをおして出る自分に酔って
  それによるチームへのリスクなんて何も考えちゃいなかった!

この場面へ来て、キーンが言わんとした事が改めて吾郎に重くのし掛かり
吾郎を引き締め、更なる気迫が吾郎に宿る。

「ちきしょおおおおおお!!」

凄まじい球威だった。
球速はついに100マイル。

覚悟と責任。
それを弁える事ができ、少しだけ成長できた吾郎。
キーンのお陰だ・・・と吾郎は内心感謝したものの
だが、試合はまだ終わっていない。
三者三振の後、いよいよ9回裏、最後の攻撃。
気を引き締める。

一方、吾郎の気持ちをそのミットにしっかり受け止めたキーンも、その心に炎を灯した。

  故障者にここまでやられたら、打つしかないだろう。

キーンは吾郎の引き締まった横顔を伺い、一人胸に誓った。   

















end

あまりに本誌がキンゴロだったので「本誌そのまんま+α」第二弾を書いてしまいました。
前回の続きもどきなので、内容は表でもいいモノなんですが、一応続きということで裏に。

「わからんな。俺にはお前が理解できん。」
本誌のこのキーンのセリフが、かなりキました。
この微妙な間とこのセリフには、キーンの哀しみや憧れが入り混じってるようにしか見えなくて。
自分のものにしたと思っても、何度ヤっても掴み切れない吾郎。
いつか自分などすり抜けて行ってしまうのでは・・と心の片隅でキーンは思ったかもしれない。
そんなものを書けたら・・と思いましたが・・・ど、どうでしょう?(聞くのが怖い・・)

それでは、ここまで読んで下さりありがとうございました!
(2009.4.21)

 



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