そして数ヶ月が平穏に過ぎた、そんなある日の事。

俺は朝、いつものようにBBAの自分のフロアに顔を出して
「おはよ〜ございま〜すっ!」
と元気に挨拶したんだが、どうも様子がおかしくて。
なんて言うか、どこかよそよそしい感じで。
それでピン・・・ときた。
・・・バレたか、ついに。
そう思っていたら
「タカオ、タカオ!」
「お!キョウジュ!おはよ!」
「おはようございます。いえ、そんな事より!ちょっと、来て下さい!!」
「なんだよ、朝っぱらから・・・。」
と文句を言いつつ、内容の察しはついていた。

キョウジュの根城の研究室の死角で、キョウジュが取り出したのは一冊の週刊誌。
俺もキョウジュもそんなモノを読む趣味はなかった。
それを敢えてキョウジュが購入した訳は、当然。

「ふんふん・・・へ〜、なんかとんでもない言い回しされてるけど、全部ホントの事だし。」
「何をのんきな事を!!貴方はBBAの謂わば顔みたいなものです!
それでなくても貴方はベイブレード界では伝説の・・そう、英雄ですよ?それをこんな・・・っ!!」
「別にいいんじゃねー?どっかの可憐なアイドルでもあるまいし。俺だってそろそろお年頃なんだから。」
「だから!貴方が女性とそういう関係になったのなら、誰も何も言いません!!
言いたくありませんが・・男同士でってのが大問題になってるんです!!」
「わかってるよ、そんな事は。痛い程にな。」
「・・・すみません、言い過ぎました・・・・。」
「気にすんなって。俺達だって散々話し合ったんだ。それで一度は別れた。
でも俺にはカイしかいない。カイにも俺しか・・。
それに俺達がそれなりに名前が売れてるのも、ちゃんと分かってるから
こうなる事は遅かれ早かれ、予想してたし。キョウジュにだって分かってたんだろ?」
「ええ、まあ・・・・。」
「人の噂も七十五日ってな。
ま、最近はネットでウジウジといつまでも、そうとは行かない場合も多いらしいけど。
でも俺達は真剣だから。言いたいヤツには言わせておくさ。」
「・・・それで済めばいいんですが。」
「他に何かあるのか?」
「いえ・・。最初にも言いましたが、タカオはBBAの顔みたいなものです。
カイも火渡のやり手の若社長で、そのカイが初代BBA最強の男と謳われた事はあまりにも有名です。」
「・・・・・。」
「言いたくありませんが、敢えて言わせて頂きます。
マスコミがどんどん騒ぎを大きくしていけば、仕事にも支障が出てくるでしょう。
そうなると会社側としても、何らかの対処をしない訳にはいかなくなるでしょう。
・・・ヘタすればタカオはクビ、カイも社長の座が危ういかもしれません。」
「そんな!」
「そうなる前に、攻めた方が良いでしょう。」
「え?」
俺は意外なキョウジュの言葉に、目を見開いた。
「ドラグーンは攻撃型です。タカオは黙って耐える事が一番苦手ですよね?
突っつかれる前に、盛大に発表する事をお勧めします。」
「でもどうやって。」
「記者会見ってのもありますし・・。」
「き、記者会見!?そんな、大げさな・・・!芸能人じゃあるまいし!」
「大げさなんかじゃありません!貴方とカイの事なら全く普通の事ですよ!?
貴方達はヘタな芸能人より、ずっと有名なんです!
全くタカオときたら、その辺をいい加減自覚して頂かなければ!!」
「わ、分かったから・・・もうちょっと小さな声で・・・。」
「す、すみません・・・!とにかく、どんな形にせよ、隠したりせず、堂々と包み隠さず発表するのが一番だと私は思います。
方法については、できるだけ早く考えましょう。」












「社長。」
珍しく秘書が血相を変えている。
「どうした。」
「これを。」
差し出されたのは一冊の週刊誌。
俺はそれを汚らわしい物でも見るかのように一瞥した後、秘書を見上げた。
「こんな物を持ち込むなど・・・どういうつもりだ。」
「申し訳ございません。ですが・・・。」
秘書が週刊誌の表紙のある見出しを指差した。
『ベイブレード界の英雄、木ノ宮タカオと火渡カイ、同棲!!』
「なるほど・・・・。」
俺が鼻で笑ったのを見て、秘書が声を荒げた。
「ま、まさかこれは事実ですか?」
「ああ。」
秘書の頭にどんどん血が上っていくのが、見ていてわかる。
対して、俺は全く動じていない。
こんなに冷静でいられる事に、自分でも驚いた。
いつかこんな日が来る、それは分かり過ぎていた事。
来るべき時が来た、それだけの事だ。
「社長が・・・ホ・・・いえ、同性愛者・・・だったなんて・・・・!」
「だからどうした。恋愛は人それぞれだろう。」
それに俺は男が好きなのではなくタカオが好きなのだ、と内心思ったが
わざわざ言う必要もあるまい。
「・・・!!」
秘書は驚きと怒りに顔を真っ赤にしていたが、やがて大きく溜息をつくと、今度は静かに言った。
「とにかく・・記事を読んで下さい。」
「そんなモノを読む趣味はない。」
「火渡の為に読んで下さい。火渡の足をすくおうとしている連中は、山のようにおります。
これはそういった連中にとっては、またとないチャンスです。
まずは社長がどのように報じられているか知るべきです。
そして相手を良く知った上で、対策を考えて頂きます。」
いつにない秘書の迫力に少々驚いた。
しかし、こいつなりに火渡を思っているからの言葉だろう。
俺は素直に読んでみる事にした。
それにしても・・・・。
なぜこういった連中は、こうも人を不快にさせる言い回しが上手いのだろう。
書いてあることは事実なのだが
より大げさに、また淫猥な言葉を巧みに使い分けて、俺達をまるで汚らわしいモノのように書き立ててある。
俺は溜息をつきつつ、週刊誌を机に放った。
「社長、そこに書かれている事に間違いは。」
「ほぼ事実と言っていい。」
「どうなさいます。」
さすが、この火渡の社長付きの秘書だ。
あんなに驚いていたのに、もう頭を切り替えて対策を考えている。
「こいつらは火渡を敵に回した。思い知らせてやる。」
「それは得策とは思いません。」
「なんだと?」
「失礼ですが、社長は少々頭に血が上ってらっしゃいます。」
「それはお前だろう。」
そう言ってやると秘書はハッ・・として、頬を染めた。
「・・・そうですね、私も・・それは認めます。ですがここで圧力をかけても敵を増やすだけです。
冷静になって、よく考えてください。そしてできるだけ早い段階で対応願います。」
「・・・・・・・・。努力しよう。で、今日の予定は。」
「あ・・・はい。」
秘書が慌てて手帳を開く。
俺は秘書の声を、殆ど上の空で聞いた。












その夜。
「やっぱ、バレちゃたな〜。でも案外持ったな。こういうのって、どうやってバレるんだろ?
盗聴器でも仕掛けられてたりして。」
「それはない。セキュリティは万全のはずだ。
あるとしたら引っ越しの際だが、あの時は俺のSPが徹底的にチェックした。お前も覚えているだろう。」
「そうだったな〜。じゃあ、一体何処から・・・。」
「そんな事考えても仕方がない。こういう事を嗅ぎ付けるのがヤツらの仕事だ。鼻が人よりずっと利くんだろうさ。
大の大人が、それも収入面で問題のない者同士が同居なんてしてたら、誰が見たって不自然だ。
遅かれ早かれ、疑問の対象にはなる。」
「ま、そーだよな〜。」
「そんな事より、これからの対応で俺達の今後が決まると言ってもいい。」
「ああ。まあ、分かってたとはいえ、やっぱ、とんでもない事になってるぜ?
俺なんか一日中変な目で見られたし、まともに話もしてくれねーし。
あ、あとキョウジュが、すんげー心配してた。」
「そうか・・・・。」
カイの表情が柔らかいものに変わった。
「で、これからだけど、どーする?いっそ式でも挙げるか?」
「・・・馬鹿か、お前は。」
「ひっでー言い様だな、相変わらず。
でも、ま、聞けよ。キョウジュがさ、言うんだ。いっその事、堂々と発表した方が良いって。
例えば記者会見とかって言うんだぜ?そんなのゴメンだし。
それよか結婚式を挙げた方が、俺達も幸せだし
世間にも「式挙げます」って言っとけば、スケベな記者にアレコレ質問攻撃される事もないし一石二鳥じゃね?」
「・・・そんなもの挙げたところで日本では法的にはなんの効果もない。無意味だ。
それにヤツらは式など挙げたところで納得するような輩ではない。」
「でもよ、俺、見たいな〜カイのウエディングドレス姿。きっとすんげー綺麗だぞ?
その辺の女なんか、しっぽ巻いて逃げ出すくらいに!!・・・やべ、想像したら・・俺・・・。」
俺は立派になってしまった股間のソレを隠すように足を閉じ、手を股間に押し入れたが
当然、気付いただろうな・・・カイが引き攣った顔で俺を睨み付けている。
ダメだってカイ・・・カイは怒った顔はまた格別、綺麗なんだから・・・俺、益々・・・・!!
「・・・・貴様・・・何を考えている・・・・。」
「い、いや、ウエディングドレス着たカイを無理やり・・ってーのも・・・なかなか・・・
ぐ・・・は・・・・・!!」
カイの拳骨が、見事に俺の頬に決まっていた。
おっかね〜〜〜!!
でも、そんなおっかない所も・・・何もかも大好きで・・・
頬は痛かったが、数ヶ月ほど前を思えば本当に幸せだ、としみじみ思った。



「しかし・・・案外良い案かもしれん。」
「何が?」
「だから結婚式だ。」
「え?ウエディングドレス着る気になってくれたのか?」
「・・・・火あぶりになりたいか・・・。」
先程と同様、只ならぬオーラを発するカイ。
「いえ、違います!そんな訳ないじゃねーか!はははは・・・・!!」
カイは咳払いをして仕切りなおす。
「・・・・。要は、俺達が真面目である事、単なる同棲ではなく、生涯を共に生きると決めた事。
それが正しく伝わればいい。
俺達が本気である事がわかれば、そのうち落ち着くだろう。会社側にも文句は言わせん。」

会社、と聞いて・・・・俺の胸の底に、暗い波がざわめくのを感じた。
しかし、意を決してそのセリフを口にする。
それはずっと前から常に心の奥にあった事。
「・・・火渡はどうするんだ?」
「どう・・とは?」
「だから。お前が社長なのは当然その才能もあるけど、何よりも先ず第一に。
お前が火渡の御曹司、一人息子だからだろ?」
言いたくなかった、出来ればこんなセリフは。
これは俺達の将来に暗い影を、いや、そんな生易しいものじゃない。
行く先には破滅しか待っていない事にも繋がりかねないからだ。
2年前、話し合いの末別れた時も、この話題は出た。
これだけではなく、色々難点が挙がったのだが・・・。
しかし、2年かかって俺にはカイしか、カイには俺しかいないと気付いて開き直って・・・そしてこの生活が始まった。

───俺はカイとの未来を必ず切り開いてみせる。

カイに再会したあの時、俺はそう宣言したのに
俺はその件に関してだけは、正直どうしたら良いのか分からなかった。
俺には大企業のトップたるものの立場、責任など・・いくら想像したって、それは想像でしかない。
俺みたいな純庶民は、親兄弟さえ納得してくれたら、納得させる事が出来たら、なんとでもなる。
しかしカイは、火渡は・・・・。
養子を迎える、という事も考えてみたがやはり血縁は大事なのだろう・・・間違いなく。
とはいえ、まさかカイに子作りの為に女を抱け、とは言えない。
この問題さえなければ、俺とカイさえしっかりしていれば
世間が何を言おうが、先日言ったとおり「未来を切り開く」自信はあった。
しかし、これだけは・・・・。

なのにカイは、俺の重い表情とは裏腹に微笑を浮かべたので俺は驚いた。
しかし後で思い返すと、それは微笑ではなく苦笑だったのかもしれない。
「・・・・。その事なら問題はない。」
サラリと言ってのけたカイ。
「え・・・・。」
「お前と再会したあの日の・・・その日のうちに親父に言っておいた。「励め」と。」
「はい?」
想像もしてなかったカイの言葉に、俺は思わず絶句。
「そして先日、母の妊娠が判明した。性別はまだ不明だがな。
男であるのに越した事はないが、別に女が社長になって悪い訳ではない。」
「じゃ・・・もうすぐお前に弟か妹が・・・・・。」
「そういう事だ。」
「・・・・。」
俺はあまりの事に、暫く呆然としてしまった。
「カイに・・弟か妹・・・・。」
暫く呆然としているうちに、その意味がようやく飲み込めて、そして今度はだんだん興奮してきて。
「すっげ〜・・・。カイにそっくりかな、やっぱり!!
どっちでもきっと、無茶苦茶可愛いぞ〜〜〜!?」
俺は予期せぬ展開に、すっかり有頂天になってしまった。
「しかし親父さん、若いな〜。カイのお母さんも・・大丈夫か?高齢出産って色々大変なんだろ?」
そう、はしゃぎながら言ってから、もしや愛人に?と思い至り、俺は慌てて口を噤んだのだが。
「馬鹿、何を心配している。「母が」と言ったろう。
母は・・まだ四十代・・一応前半だから、まだ何とかなるだろう。」
「四十・・・前半?カイ、一体お前、母ちゃんが幾つの時に生まれたんだ??」
「・・・19だそうだ。俺が出来たから学生結婚したらしい。」
ヒュ〜♪と俺は思わず口笛を吹いた。
「ホント、親父さん、やるな〜!新たな一面を知ってしまった・・・。
あ、でも・・未だにそんなに仲が良いなら、何で今まで・・・。あ、ごめん・・・余計な事だよな・・。」
「いい。気にするな。爺の為に父と母が引き離された事は知ってるな。」
「・・・ああ。」
それで親父さんは火渡を出て、カイはロシアへ送られた・・・・・。
「あの時の一件で、子供は一人で十分だと思ったらしい。」
俺はなんと言えば良いのか・・言葉が見つけられなかった。
しかし、そんな俺には構わずカイは淡々と続けた。
「しかし・・薄々親父も俺達の事に気付いていたらしく、俺が「励め」と言ったら「わかった」と言われただけだった。
そして先日妊娠が判明した。」
「そっか・・・・・。」
滅多に聞く事のない火渡の家の話。
それが聞けて、またカイの事を多く知ることができたように思えて嬉しかったが・・・。

「親父にとっては、せめてもの罪滅ぼしのつもりなのだろう。
しかし生まれる子にとっては迷惑な話かもしれん。
俺が好き勝手したいばかりに・・作られた子供だ。」
カイは自覚していた。
最初はいい考えだと思い、父にそう言ったのだろう。
しかし実際ほんとうに生命が誕生してしまうと・・・
それは途方もない、人が立ち入ってはいけない領域の罪を犯してしまったように思えてしまって。

「恨まれる・・・だろうな、やはり。」
カイの瞳が重く沈んでいく。

俺は黙ってカイを見つめるしかなかった。
己の意思を・・何も生み出さない同性愛を貫くという事は、こういう事なのだと・・・。
その罪の大きさを忘れてはならないのだと。
罪。
しかし、それは本当に罪なのか。
俺達は、本当に愛した人がたまたま同性だっただけなのに。
その愛を貫く事は罪なのだろうか。
・・・・・・。
そんな事は何度、心の中で自問自答したかわからない。
今更な話だ。
そして出来てしまった命は・・・それは間違いなく尊いものだ。
大人達の・・俺達を含めた大人達の思惑が勝手すぎて
申し訳ない、じゃ済まされないくらい罪の意識を感じる。
そんな事をして本当に良かったのか、と・・・。
だが、子供をいくら望んでも出来ない夫婦もいる。
今、このタイミングで命が宿った事は・・・神のご意思、と考えるのは都合が良すぎるだろうか。

俺は溜息を一つついた。
神のご意思、はさすがに詭弁だろう。
だが・・・・。
頭の天辺からつま先まで、未知なる力、新たな決意で漲るのを感じながら・・・
俺は覚悟を決めた。

「カイ。出来る限り、生まれた子を可愛がってやろう?
教育は総一郎さんがまだ元気だから問題ないとは思うけど、そういう事も俺達がしっかり関わって一人前にして行こう。
俺には会社経営の事はサッパリだけど・・・でも、生涯・・・生まれる子を俺達の息子だと思って。
俺達の事を、もう一組の両親だと思ってくれるくらいになれるように。」

「・・・・。すまない・・・。」
「謝るなって!それより楽しもうぜ?
俺達に息子か娘ができるって思うと・・・なんかワクワクして来るだろ?」
カイは無言のまま俺を見つめた。
「・・・無責任に響いちゃったかな・・ごめん。
でもよ、過ぎ去った事はどうにもならない。
だから精一杯楽しんで、楽しみながら精一杯責任を果たす。
俺とお前の二人で。そうだろ?」

カイは思った。
過去を引きずってしまう自分と、常に未来へ目を向けるタカオ。
ここがカイとタカオの最大の違いで・・・最もカイが惹かれてしまう所だと。
過去の過ちを未来への希望に変える事が出来る。
こんなタカオだからこそ・・・惹かれて止まないのだと。

「ああ・・・。そう、だな・・・。」
暫くしてカイはそう、呟きながら微笑んだ。






「話が逸れたな、すまない。」
「そんな事ない、大事なことだ。」
俺達は気持ちを切り替える。
今、問題にしていたのは世間への対応。
そうだ、カイが「結婚式もいいかもしれん」と言ったところだった。

「・・・・。俺達が真面目である事、生涯を共に生きると決めた事。
それを一番手っ取り早く世間にわからせるには、結婚式もいいかも知れん、と言っただけだ。
記者会見などよりよっぽどマシだろう。
そして式と言っても日本でよくやるようなド派手なものではなく、俺達二人だけで挙げればいい。
そして式を挙げた事を発表する。それだけだ。」
「・・・・。」
立て板に水、という感じでスラスラと意見を述べるカイ。
「・・・・ったく、面倒な世の中だ。好きな者同士が共に生きる。
実に単純明快な事を、何故世間はあれこれまくし立てる。
それに一々対応せねばならないのも不愉快だ。」
「・・・・じゃあ・・結婚式・・・・。」
「それも一案だというだけだ。出来ればそんな面倒な事は避けたい。」
「・・・・。」
「海外でなければ同性婚など挙げてはくれんだろう。」
カイは溜息をついた。
「他にいい案はないか。」
「俺、式挙げたい!!」
「他に!案はないのか?」
「ない!な、式、挙げよ??」
「俺は避けたい、と言った。」
「じゃ、記者会見でもすっか?な?もっと「避けたい」だろ??」
「・・・・。記者会見などせずとも、最近は日本もそういった話題が増えている。
俺達がしっかり生活していけば、いかなる時も毅然と振舞えば、そのうち落ち着いてくるだろう。
式を挙げるのは確かに手っ取り早いが、周りの興味の対象となるという点では、式を挙げようが挙げなかろうが大差はない。」
「カイ・・・?自分で式もいい案かも・・・と言っておいて、最後は毅然と振舞えば?結果はついてくると??言いたいのか??」
「・・・・やはり、どう考えても、式など下らん。」
「・・・・・・・・。」
最初は戸惑っていたカイだったか、あれこれ話しているうちに、跡継ぎ問題まで話しているうちに
次第にカイの考えが定まってきたように思われた。
確かに式を挙げれば真意は伝わるだろうが、海外へ飛ばねばならない事などを考えると・・・
俺はともかく忙しいカイにとっては避けたいだろう。

「ま、いっか。カイはどう考えたって、そういうガラじゃねーもんな。
でもさ、やっぱ、どっかでドカーーーンと盛大に発表しといた方がいいと思うぜ?
「疑惑」なんて言われているうちは、無駄に嗅ぎまわられるんじゃね?」
カイは気が進まない様子で溜息をついた。
「仕方がない、記者会見はゴメンだが・・・大手テレビ局にでも声明書を送っておくか。」
「・・・・・・。」
「日本では同性婚は認められていない。
しかし俺達は互いを人生のパートナーとして、生涯を共にする決意だと。それ以上の事は語らずとも良いだろう。」
「・・・って言うより語る気もない、ってトコだろ?」
「そうだ。先程も言ったが、言いたいやつは何をしようとも叩く。
きちんと発表して、その後は俺達がしっかり生きていれば、奴等も別の標的に矛先を向けるだろう。暫くの辛抱だ。」
俺は溜息をついた。
それは諦め、と言うより、あまりにカイが思った通りの判断を下したから。
「やっぱ、カイだよなー。」
「・・・・・・。」
そう言うと、カイがムッとしたように少し頬を染めた。
「態度で周りを黙らせるって事だろ?お前、子供の頃・・あの夕暮れに初めて会った時から、ちっとも変らないのな。」
「そう簡単に人の本質が変るか。貴様こそあの頃から馬鹿でちっとも進歩が見られん。」
「ひっで〜〜!!」
と、ボヤキながら俺は意を決してポケットから小さな箱を取り出した。
中身がわかったのだろう、カイは少し頬を染めて困惑した表情をする。
俺はその箱をパカッ・・と開けつつ言った。
「いつか渡そうと思ってたんだけどさ。指輪。今がその時かなって。」
「・・・・。」
真っ赤な顔をして言葉も出ないようだ。ホント、カイって分り易いよな〜。
「このマンションも家具も・・俺の財布の限度を遥かに上回っちゃってて、殆どお前の世話になっちゃったけど
これだけは俺が用意したかったんだ。」
黙りこくってる。気に入ってくれたかな。それとも・・・・・。
「お前から見たら安物かもしれねーけど・・・俺なりに頑張って選んだつもり。」
「・・・・・・。」
「受け取って・・・・くれるか?」
「・・・・・・。」
「やっぱ、気にいらねー?」
「・・・・な訳・・・・そんな訳・・・・あるか・・・・・。」
俯いて横を向いてしまった。
でも耳が朱く染まっている。照れてる証拠だ。
「手・・・・出してくれよ。」
ヤバイ、ドキドキしてきた・・・・。

カイがおずおずと左手を差し出す。
頬を染めて・・まるで睨むように俺を見る紅い瞳。
この瞳。
はじめてこの瞳を見たあの瞬間、俺は恋に落ちた。
あの時はまだ幼すぎて、それに気付くのに随分かかったが
でも・・・あの時から俺はずっと・・・カイだけを見つめてきた。
あの時から変わらず・・・いや、あの時よりもずっと・・・俺はお前が好きだ。

同性愛者に未来はないと・・・一度別れて、
ヤケクソで女に走った事もあったけど
俺はそんな女よりも・・・どんな女よりも・・・カイ、お前がいい。
そしてもうすぐ、カイに弟か妹ができると言う。
その子は俺達の兄弟であり、俺達の息子でもある。
本当に、そう・・・思う。

俺の生涯の伴侶は・・・カイ、お前だ。


俺はカイの左手を取り、その薬指にゆっくりと指輪をはめていった。
細かな彫刻が施されたプラチナリング。
時間にしたらほんの数秒の事なのに、その様子がスローモーションのように目に焼きついて。
そしてようやくカイの薬指に収まった。

カイは瞳を細めるように自分の薬指を見つめている。
するとカイは自らの唇で指輪に触れた。
俺はまるでカイが俺にキスしたみたいに、胸が高鳴るのを感じた。

「そっちの指輪をよこせ。」
そして俺に瞳を向けたと思ったら、甘さの欠片もないセリフを口にする。
しかし俺はカイに言われたとおり、もう片方の指輪が収まった箱を渡した。

カイがその箱から指輪を取り出して、俺を見つめる。
俺はその瞳が命ずるままに左手を差し出した。
カイの手が俺の左手を取る。
そして薬指に指輪をはめていく。
いつも思うけど、カイの手って・・・柔らかくて滑らかで・・綺麗な長い指で・・・
女のそれとは明らかに違っているんだけど・・・とても・・・本当に綺麗で艶めかしくて。
今、その手で俺に指輪をはめてくれている。
法的には何の力もないけれど、結婚指輪のつもりの指輪を・・・。
ゆっくりと、俺の薬指にはめ込んで、そして収まった。

俺はそのままその手を握り締める。
二人の手には同じ指輪が光っていた。
カイが俺を見つめて微笑んでいた。
綺麗な、幸せに満ちた微笑み。
こんなに綺麗に笑うカイを、俺は今まで見たことがあったろうか?

そして俺も微笑んだ。

幸せだった。
幸せで幸せで・・・怖いくらいに幸せで。
それと同時に沸き起こる決意のようなもの。

生涯共に生きると・・・・・。


「もう二度とカイを放さない。俺にはお前しかいない。
子供の頃、あの日あの川原で出会ったあの時から、俺はずっと・・・・。」
「・・・・・。」
カイは何も言わない。
でもその瞳が全てを語っていた。
俺はカイを抱きしめて、そしてその左手を取り、そして俺の左手も掲げた。
「カイ・・・俺、死ぬまで・・死んでも魂になっても・・・
生まれ変わりが本当にあるのかも分からないけど・・・生まれ変わっても必ずお前を探し出す。
そして必ずお前を愛すると誓う。・・・俺にはお前しか愛せない。」
カイの紅い瞳が揺れている。
それがあまりに綺麗だったので、俺は心の命ずるままにカイに唇付けた。
そして唇を離しただけの距離で俺は囁いた。
「健やかなる時も、病める時も
愛し、敬い、慰め、助け
命の限り、魂が続く限り・・・愛しぬく事を・・・・・・
・・・ってカイ!なんだよ、その顔は!」
俺がその誓いのセリフを口にすると、カイは途端に怒ったような呆れたような顔をしたのだ。
「・・・・貴様・・・よくもそんな恥ずかしい事を、ぬけぬけと・・・・・。」
「だって・・・一度言ってみたかったんだ。
それに式を挙げないなら・・これくらいいいだろ?
どうせ俺達しかいないんだし。」
「しかし・・・・。」
「あーもー!!誓うのか誓わないのか!どっちだ!!」
俺はカイの手を握り締めて詰め寄った。
「・・・・・っ!」
頬を染めて・・言葉に詰まるカイ。
そんな言葉を口になど出来るか!!と思っているのはミエミエだが・・。
俺は詰め寄って有耶無耶にする事は許さない。
カイがその言葉を発するのを、じっと待った。
「・・・ち、誓う・・・・。」
諦めたのか、小さな声でやっと言ったカイを俺は思い切り抱きしめた。
「絶対に放さない!!」
するとカイも
「絶対に・・離れない・・・・。」

心の底から幸せで
魂から幸せで。













それから。

俺達は声明書なるものを、FAXで大手報道関係に送りつけた。
それは実に単純明快なもの。

互いを生涯の伴侶として、共に生きる決意である事。
それに世間を騒がせてしまった事への侘び文を付けただけの、数行のもの。

「え〜?これじゃ、まるで果たし状みてーじゃん!!」
カイが作ったその声明書を見て、つい俺はそう言っちゃって。
結局「あたたかく見守って下さい」、という意味の文を入れて完成。

署名は直筆で「火渡カイ、木ノ宮タカオ」。




「どうなるかな?」
「さあ・・・。案外すぐにもニュースで報道されるかもな。」
「そうだな、N○Kはお堅いから無理だと思うけど、民間のニュース番組だったら・・・。
おわ!!」

言ってる傍から緊急ニュース速報で字幕が流れた。

「嘘・・・だろ・・・??今だぜ?たった今!!」


そして暫くしたら、このマンションの目の前から放送するアナウンサーの姿が流された。
「うわ・・・・・。」
しかしこのマンションはセキュリティは万全。
絶対にそのような者を敷地内に入れることはない。
なのでカイとタカオの部屋の呼び鈴すら鳴らなかったが、しかし・・・
窓から外を伺い見ると次々人が集まってくるのがわかった。
「なんなんだよ、このマスコミの執念は!!」
「言ったろう・・・これが奴らの仕事だ。明日は出社するのが大変だな。」

テレビでは声明書の内容、先日週刊誌でスッパ抜かれた記事について
そして二人ともタイプは違えど、整った容姿に輝かしい実績のため
常に女性達から憧れの的となってきたが、しかしその二人が同性愛、という少々偏見も入った報道
そして第一回ベイブレード世界大会の懐かしい映像までが流れた。
当時から愛を温めてきたとの内容も。

半ば呆れながら見ていたが、さすがに世界大会の映像には和んでしまって。

「カイ・・・可愛い〜〜〜!!この精一杯強がってる所なんか可愛すぎる!!抱きしめて〜〜〜!!」
「お前はただの馬鹿ガキだな。」


全てのニュースを見たわけではないが、俺達が見た限りでは
週刊誌が書き立てたように汚らわしいものを扱う、といった様子なかった。
多少の偏見は感じられたが、それは仕方がないレベルであって。


マンションの周辺の様子、そしてテレビでのこの騒ぎよう。
そんなものを見ながら、カイは珍しく、フフフ・・と笑いだした。
「どうしたんだ?」
「いや・・これでもう後戻りはできんな。」
どこか楽しそうに、そう言うカイに
「するつもりもねーけどな。」
と、俺は返事をする。
カイは続けた。
「俺はずっと・・・そうだ、学生時代、お前と付き合い始めてから、この事が世間に漏れる事を恐れてきた。
しかし心のどこかでは・・早くバレてしまえ、とも思っていたように思う。
今、この状態にあって・・世間は大騒ぎ。
明日、会社で何を言われるかも分からん。
だが俺は・・・何故だかそれらも楽しみだ。」
「・・・・・。」
「もう、こそこそと隠れる必要はない、そういう事なんだな。」
澄んだ紅い瞳で俺を見つめるカイ。
俺はニカッ・・と笑った。
「ああ!そういう事だ!」


「長かったな、ここまで。
お前に初めて出会ったあの日から・・もう十数年。
俺、あの日からずっとお前だけ見てきた。
色んな事があったけど・・・最高に楽しかったし幸せだった。
いつも、どんな時も・・・カイ、お前が傍にいてくれたから・・・。
勿論会えない時もあったけど、でも心はいつも一緒だったから・・・・。
・・・・・・・・。
俺も、明日からが楽しみになってきた。
何言われるか分かんねーけど、お前と一緒だったらなんだってできる。」
「・・・・。」
「お前と一緒なら、どんな事も乗り越えられるし・・・これからも生きていける。」
俺の言葉を聞きながら、カイは安らいだ微笑を浮かべた。

「・・・・と、言う訳で。」
「・・・?」
カイの表情が瞬時に不穏なものに変わる。
さすがに今までの経験上から学習してきたらしいが、これだけは譲れない!!
「これから初夜、初夜〜〜!!」
俺はカイをお姫様抱っこして寝室へ走った。
「しょ・・・初夜?ふざけるな!今まで、毎晩毎晩散々シておいて、何が「初夜」だっ!!」
「新婚夫婦の初めての夜の事だろ?間違ってねーじゃねーか!」
「しかし・・・っ!テレビカメラが俺達の部屋を映し続けてるんだぞ?明かりが消えたら変な勘ぐりされるだろうがっ!!」
「変な勘ぐりじゃなくて「事実」だろ?別にいいじゃねーか。俺達はもう生涯の伴侶なんだから、セックスくらいして当然!!」
「貴様の頭の中には「恥」という言葉がないのか!!」
「知らねーな!なんだ?「恥」って?」
ベッドに到着!
今までの激しい言い合いなど嘘のように、俺はカイを丁寧に横たえた。
そしてカイを組み敷いて。
「・・・頼むよ。今日は俺達の大事な節目の日だ。
お前と生涯の愛を誓った日なのに・・「お預け」だなんてあんまりだろ?」
「う・・・・。」
「な?カイ・・・・。」
唇が触れ合うまであと数cm。
俺は顔にかかったカイの髪を退けてやりながら囁いた。
カイは絶対拒みきれない。
そんな事は良く知ってる。
「す、好きに・・・しろ・・・・。」
揺れる紅い瞳を、ゆっくりと瞼が覆っていった。











翌朝。
けたたましく鳴る目覚ましを止め、もぞもぞと起き上がる。
カイも・・・・。

「・・・・・。タカオ〜・・・・・・・。」
怨めしげな、不穏な色が入りまくったカイの声。
「あ、カイ!おはよ!」
俺は敢えて気付かない振りをして、爽やかに返してみるが。
カイの後ろでは、怒りの炎が危なげに揺らめいているように見えた。
きっと実際に燃え盛っているのだろう。
あ、朱雀が舞ってる・・・・かなり怒ってるな・・・・・あはは・・・・。
「この色情魔が・・・・。今日も仕事で朝は早い。だから一回だけと・・「初夜」だから頼むと・・・貴様、言ったな?」
「え?何の・・・・。」
「とぼけるな・・・・。」
カイはギン!と虚ろに睨み付けた。
「何が「一回だけ」だ・・・貴様、昨夜何回シたか・・・言ってみろ。」
「えっと・・・一回・・・だけじゃなかったよな・・・二回?」
「・・・・五回だ・・・・貴様、数の数え方も知らんのか・・・・。」
「だ、だからさ・・・カイ、あんまり色っぽいから俺、つい・・・・。」
「誰が・・・色っぽい・・だと?」
カイの瞳に凄みが増した。
「あ、あの・・・その・・・カイ様。あ、あははは・・・・。」
「とにかく!今夜はシない。わかったな。」
「ゴメン!カイ!今度こそ早めに終わらせ・・・・。」
「何度も言わせるな・・・・・。」
俺に最後まで言わせず、カイが鬼気迫る表情で念を押した。
「は、はい・・・わかりました・・・・・・。」
なんだよ〜、カイだって感じまくってイきまくってたくせに〜・・・とブツブツ文句を言いながら重い体を起こすと
「何か言ったか?」
またしてもカイに睨まれて引き攣り笑い・・・・。

こんな朝は初めてじゃない。
むしろいつもの光景。

でもカイは今朝は・・・・
「タカオ」と俺を呼んだ。
こんな状態で凄む時は「木ノ宮ぁ〜・・・・・。」って呼ぶ事が多かったのに。

カイも心の中でケジメを付けてくれた、その表れだと・・・・。

それがなんだか嬉しくて。
カイはとてつもなく不機嫌だったけど、俺は心から嬉しくて。

カイと俺は一生、一緒だ。

「とにかく、早くメシにしようぜ〜!」
俺は飛び起きてキッチンへ向かった。


















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