バニーちゃんの恋人


 鏑木虎徹はため息をついた。しかしそれは、誰にも気付かれることなく消えてゆく。一番近くにいる、彼にも。
 頭上から聞こえてくるのは、少し戸惑う相棒の声と、丁寧な言葉遣いの女性の声。
「知り合いのお子さんが、きせかえ人形の有名な子の……彼?えっと、男の子用の服を欲しがっていて……でも、どんなものがあるかわからなくて」
「そうですね……王子様の格好は人気がありますね。あとは、デート用のお洋服とかはどうでしょうか?かっこいいって評判なんです」
「ありがとうございます。見てみますね」
 あ、きっと今コイツ、満面の笑顔で返事した。
 ごゆっくりおえらびくださいと言い残して女性は去っていったようだ。カツカツと、ヒールの音が遠ざかっていく。
「デート用の洋服どうですか虎徹さん。かっこいいですよ」
 もぞもぞと、狭いこの場所から頭を出してみれば、バニーは口を押さえて今にも吹き出してしまいそうなのをこらえている。
「バニー……楽しそうだな……」
 今日何度目かわからないため息を、大きく吐く。もう、怒るのにも疲れた。
 そう、俺は今どういうわけか、バニーの胸ポケットに入れられていて、バニーは俺のお気に入りのハンチングをかぶっている。これはまぁ、変装みたいなものだ。
 大の大人が、とはいっても俺にとってバニーは大人というよりも子どもだし、かわいいかわいいバニーちゃんなんだけど、まぁ見た目は大人だ。その大人が女の子用ののお人形売場にいて、キョロキョロしてるなんて、さぞかし異様な光景だろう。当事者でなければ傍観して笑って、からかってやりたかった。それができればどんなに面白いことか。
 からかわれたバニーの反応だって見てみたい。きっと顔を真っ赤にして、もしかしたら殴りかかってくるかもしれない。もちろんそんなことくらいで本気を出すことはないとわかっているから、照れ隠しであるその行動はたいそう可愛いだろう。
 しかし今はそんなことも言ってられない、まさに俺は当事者で被害者だった。
 時間は今日の昼間にさかのぼる。

「今日はよろしくお願いします」
 俺たち二人は、ある学校にやってきていた。幼い頃にネクスト能力が芽生えた子どもたちのために作られたというのがこの学校らしい。
 講師もネクスト能力を持っていて、ヒーローアカデミーの初等部に位置づけられているため、アカデミー出身のものも大勢いる。
 この学校では、子どもたちに能力の制御法を教えているだけではなく、その保護者に対処法も教えているため、バニーの目的はそっちなんだと。
 日々起きているネクストによる犯罪。そのネクスト能力は多岐に渡り、知らなかった能力のために苦戦を強いられたことも少なくない。バニーはそれが悔しくてたまらないようだ。
 多種多様なネクストを持つ子どもたちを受け入れて教育しているここなら、新しい知識を得られたり、強いネクストへのいい対処法を教えてくれるだろうと、そういうことらしい。
 通されたのは、質素なコンクリート打ちの部屋だった。
「こちらこそ、ヒーローに頼りにしてもらえるなんて光栄です。なにか得るものがあれば幸いでございます」
 この人はこの学校の校長先生だそうだ。
 別に俺は来なくても構わなかったんだけど、『虎徹さんは僕の相棒なんですから!』なんてよくわからない理屈で連れてこられてしまった。それを断るような理由も思いつかなかったからついてきてしまったのだけど。
「早速ですが、見学でもなされますか?そのつど子どもたちの能力を紹介していきましょう」
「はい、ありがたいです」
 それから、校長室を出て――そう、ここは校長室だった。あまりにそぐわない内装につい『もっと豪華にすればいいのに』なんて本音が出てしまったけれどやっぱり理由があって、この学校の建物全体がネクストの能力が効かない材質かなんかででできているんだと。そのへんは俺にはよくわかんなかったけれど、バニーはふんふんと興味深そうに聞いていた。――校長室を出て、子どもたちのいる教室へ向かった。
「バーナビーさんが来てくれたと知れば子どもたちは喜ぶでしょうね」
 雑談をしながら廊下を歩く。きょろきょろと観察していたら、はずかしいですからやめてくださいなんてお小言をもらっちまった。
 なんとなく、ものが少ないところだなあと感じた。
――ガシャン!
 突然何かが倒れて壊れたような音がした。もしかしたら!
「事件かもしれない」
 そう言って能力を発動しようとしたバニーを、校長が止めた。
「いえ、ここではネクスト能力の暴走は日常茶飯事なんです。きっと、今のもそうでしょう」
「それでも、なにかあるかも……っ、虎徹さん!」
 躊躇するバニーを置いて俺は先に音のしたほうへ走り出していた。
「能力の暴走が日常茶飯事だって? ……そんなの、危なすぎるだろ!」
 急いで駆けつけてみれば、子ども二人が大泣きしながら物を投げ合っている。おおかた喧嘩でもしたのだろうと予想はついたが、二人とも体が青白く光っている。能力が発動している証拠だ。
 その子達の能力は見ただけではわからないけれど、何があるかわからない。とりあえず落ち着いてもらわなければ。
「どうしたのかなー?」
 ゆっくりと子どもの方へ近づいていく、あの人はきっと先生だろうか。さっき、先生もネクストで、きっとこういうときの対処法なんかは知っているだろうから、と少しだけほっとした。
 そのすぐ後だった。
 一人の子どもが隣に置いてあった大きな棚を片手で持ち上げて、投げてしまったのだ。その先には、もう一人の子どもと、先生。パワー系のネクストだ。
「あっぶない!!」
 とっさに、体が動いてしまった。助けなければ。能力を発動して、二人の前に回りこむ。木でできたその棚をぶち壊す――のは寸でのところで押しとどめた。反対側には今この棚を投げた子どもがいる。掴める所を探したけれど、なさそうだ。仕方ないけれど、穴くらいは許してもらおう。
「っく!!」
 棚の角が真っ先にこちらに向かってくる。指四本で平らな面に穴を開けてがっちり掴んだ。ほんの少し、受け止めるのに衝撃がかかった。でも、大丈夫だ、受け止めた。
 ふう、とひとつ息を吐いてそれを床に置いた。後ろを向いて子どもと先生の無事を確認する。先生はこちらを向いてびっくりしているようだ。子どもは泣いたままだった。棚の向こう側の子どもは、もう一人先生がやってきたようで、そちらに抱きついて大泣きしている。よかった。
「おうおう、もう泣くなって。なんだよ、男だろ?」
 そう言ってその子の頭を撫でてやろうとしたら、青白い光がいっそう強くなった。ぺしぺしと伸ばした手が叩かれて、なんだか八つ当たりでもされているみたいだ。
 この子の能力はなんなのだろう。
「いてえぞ、ハハ……は?」
 ぐぐぐっと視界が下がっていく。落ちていくような感覚、それから、なにか布を被されたように暗くなった。
「うわっ、なんだ!? え、おおおっ」
 ぽすん、ベッドの上にでも落とされたようだった。
「なんだ、こりゃ……」
 外からワーワーと騒がしい声が響く。何がなんなのか、さっぱり理解できなかった。
 もうこれは、バニーの助けを待つのが懸命だと、ベッドのような物の上で寝っ転がって待つことにした。あいつなら、何とかしてくれるだろ。
 それからすぐに、今度は持ち上げられる感覚、ぶんぶんと振り回されて、布の隙間から振り落とされた。
「あっ、虎徹さん! よかった、踏み潰してなくて……」
 明るい場所に放り出されたかと思ったら、大きなバニーが俺を見下ろしていた。身長の問題ではない。元から俺よりバニーのほうがほんの少しだけ大きいし、そんなことは関係ない。びっくりして周りを見渡してみれば、俺以外のみんなが大きくなっていた。どういうことだ、みんな、何があった?
「虎徹さん、小さいですね……」
 あ、俺が小さくなったのか。
「バニー!! どういうことか説明しろ!!」
「虎徹さん、パクパクしてどうしたんですか?」
「パクパクってなんだ! おい! バニー!」
「ちいさい虎徹さん、なんか可愛いですね」
「かわいいってなんだよ!」
 地団太を踏んでみたけれど、どうにも話が通じてないようだ。と、下を見れば。
「俺なんでなんも着てねーんだよ!!」
 ありったけの大声で、叫んだ。
「あ、虎徹さんの服、これです」
 俺の目の前にばさりと落とされた、それはとても着れるような大きさではなかった。がくりと膝を突けば、どうぞと差し出されたのは、俺のハンチングだった。これに入れとでも言うつもりなのか。
「靴下ならちょうどいいかなとも思ったんですけど、さすがに……」
「くせーとか言うな!」
「ほら、入ってください。詳細は後です」
 わかった、俺今声量ない。小さくなって、声まで小さくなってんだ。伝わってない。
 仕方がないので、バニーの言うとおりにした。ハンドレッドパワーも切れてしまったし、今の状態ではろくに歩き回ることもできない。全裸だし。

 そのあとは、まず俺がなんでこんな姿になってるのかをバニーから説明される。
 簡単に言えば、これはあの子どもの能力で、手のひらで触れた物の大きさを変えられるネクストなんだそうだ。それが、暴走してこんな風になってしまったらしい。そんで、その子どもは泣きつかれて今は寝てしまっている、と。しかも、その能力はまだ使いこなせていなくてときどきこんな風に触ったものを小さくしたり大きくしたりしてしまうらしい。
 それが生き物にまで及ぶってんだからすげー能力だぜ……。
「はあ、……あなたはまた無茶をして」
 正座をしてバニーのお叱りを受ける俺、全裸でーというわけにもいかなかったから、バニーのハンカチを借りて体に巻きつけている。絵画に出てくる聖書か何かの登場人物のようだ。バニーは『パレオみたいな感じでいいですか』って言いながら巻いてくれようとしてたけど、なんかちょっと目が怖かったから丁重にお断りした。しかし、パレオってなんだ。
「それより、俺、いつ戻れんの……?」
「聞いてます?」
 小さな声を聞き取りやすくするため、窓もドアも締め切ってふたりで話をする。
 さっきまでちょっと面白そうにしてたじゃん、っていう言葉は飲み込んだ。なんか、ホントに心配してくれてるみたいだし、反省した方がいいかな?
 もう一度しっかり正座しなおす。パンツはいてないってなんかスースーすんな。
「虎徹さんを小さくしたあの子は、まだちゃんと能力が使いこなせないみたいです。なので、虎徹さんはこのまま! 反省しなさい」
「うそ!?」
「っていうのは半分冗談ですけど」
 半分って、どういうことだろう、ドキドキしながら次の言葉を待つ。絶望的なことじゃなければいいのだけれど。
 ぐっと、握り締めたこぶしに力が入った。
「そのままにしておくと、2、3日で元に戻るそうです。下手にまた能力を使ってもらって変な大きさにされてしまうより、そのままにしておいた方が僕は懸命だと思うんですけど、どうしますか?」
 決定は俺に任せる、と言うように真剣な目が俺を見つめる。どうするって言われたって、なあ。
「あー、もう、バニーちゃんの言うとおりにする! 2、3日待つ!」
 そう大声で言えば、バニーは少しほっとしたように硬かった表情を和らげた。そんな顔、すんなよ。すげー申し訳なくなる。
「俺、また早まっちゃったのかな……」
 あのときはホント、助けなきゃっていう気持ちだけで体が動いてしまったけど、こういうことが日常的に起こっているならもしかしたら今回の場合だって対応策はあったかもしれない。
 無駄に助けて無駄に被害を受けるなんて、俺らしいというか、呆れられても仕方ないかなとも思う。
「そのサイズで落ち込まれると僕、すごい罪悪感なんですけど……とにかく、虎徹さんはやれることはやったんですからいつも通り堂々としていてくださいよ」
 大きな手が伸びてきて、大きな指で頭を撫でられた。そんなことされたことなかったから、すごい驚いた。いつだって頭を撫でるのは俺の役目だった。
「あなたの面倒は僕が見ますから」
「お前なんか楽しんでるだろー!」
 2、3日なんて短いようで、長い時間、何が起こるかすげー不安だ。


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