バニーちゃんの恋人
2

 小さくなったこの状態ではヒーローの仕事なんてできるわけがない。現状を上司のロイズに報告しに行ったら、盛大なため息とともにグチグチと嫌味を言われた。そんなこと分かってるのに、悔しいけれど完全に落ち度は自分にあるから否定することもできず、バニーなら助けてくれるかなと思ってちらっと見たら、一歩下がったところでしれっと立っていたから助け船は出してくれそうもなかった。
 一通りロイズの嫌味を聞き終わったあと、アニエスにも報告する。視聴率のためならなんでもするプロデューサーはもしかしたら小さくなった俺の密着ドキュメントとか思いつくかもしれない、そうなったらどうしようと無駄に緊張してたけど、杞憂に終わった。多分、バニーが小さくなってたらやったと思うわ。そういう奴だ、あいつは。
「バニーちゃん、俺、ちゃんとした服ほしい……」
 オフィスに戻り、バニーの仕事が終わるのを待つ。その間、ハンカチを巻き付けた俺はバニーのデスクの上でゴロゴロしていた。
 しかし数日とはいえ、この頼りない服のままでいるのはちょっと勘弁して頂きたい。そう、パンツくらいは穿きたいとは思う。
「虎徹さん、邪魔しないでください。しかも、今のあなたに合う服なんてあるわけないでしょう?我慢してください」
「あら、あると思うけど」
 ぴしゃりと言い放ったバニーの言葉に、経理のオバチャンが反応した。
「着せ替え人形のお洋服なら丁度いいんじゃない?」
 すぐに合点がいった。着せ替え人形、そういえば楓にもねだられたことあった。
 多少のサイズの違いはあっても構わない、このままより断然いい!
 そうしようと、バニーの顔を見てみると、なんとも微妙な表情をしていた。もしかして、着せ替え人形知らないとか。
「……なんですか、それ」
「だよなぁ……」
 普通の遊びすらろくにしてこなかっただろうバニーに、女の子のおもちゃを把握していろと言うほうが酷なのかもしれないと、妙に納得した。
「コレ終わったらおもちゃ屋行かねぇ?」
 自分のデスクに転がっていたペンでバニーの手をつつけば、ペンは取り上げられた。それから、ため息。
「緊急出動がないように祈っていてくださいね」


 そんで、俺とバニーはこんな所にいるってわけで。
「すごいですね。こんなに小さいのにきちんと作られてる……デザインも豊富だし、感心するな」
 次から次に手に取るのは、どう見ても女の子用の服で、ただ物珍しくて見ているだけならいいのだけどと、少しハラハラする。
 とはいっても、男の子用の服はさっきすすめられた『デート用』の服と、王子様の服――いわゆるカボチャパンツと、……それくらいしかないのだから、迷うこともないのだけれど。
「バニー?真剣に見てるとこ悪いけど、もうそのデート用でいいから買おうぜ」
「虎徹さん、こんなのありました」
 ギクリとした。まさか、バニー変な趣味とか、ないよな?
「何?」
 努めて冷静に返事をしたはずだけど、少し上ずってしまったのは気付かれただろうか。どちらでもいいけど、突っ込まないでいてくれたら嬉しい。
「ほら、僕の服と一緒です」
 嬉々として見せてくれたのは、『バーナビーモデル』と書かれたパッケージだった。いつものバニーが着ている赤いライダースジャケットと、深い緑のズボン。オプションとしてメガネと金のネックレスまでついていた。細けぇな。
「お揃いにしようって?やだよ、絶対似合わねぇし」
「そ、んなの、僕だってお断りですよ! 恥ずかしい……」
 ぶつぶつと不平不満を呟くバニーに、しかたねえなと笑う。
 場所はどうであれ、買い物という行為は楽しいものなんだろう、バニーの好きにさせてみるのもいいかもしれない。
「お前のセンスに任せるよ」
 あー、何で俺今小さくなってんだろ、バニーかわいいなぁ。甘やかしてぇなぁ。
 自分のせいでこんなことになってしまったのを、また少し後悔した。
「これ、洋服のセットにはパンツはついてないみたいですね」
「え、ああ、あ、そうなのか……どうしよ?」
「そんなの知りませんよ。ノーパンで過ごしたらいいんじゃないですか?」
 天下のキングオブヒーローにノーパンでいろって言われるおじさんってどうなの。
「バニーちゃんもノーパンで過ごしてくれるなら……むぐ」
 ぎゅっとポケットに押し込まれた。それから、会計行きますよと小さく言われた。なんだかんだで、こういうのも楽しいなと、思った。

「虎徹さん、ご飯どうするんですか?」
 飯食ってくかー、といつものように声をかけたけど、なかなか返事がなくてどうしたんだろうと思ったときだ。
 そう言われてから、自分の状況を改めて思い出す。
「あ。……どうする?」
「さっきから全部僕任せじゃないですか。ちょっとは自分で考えたらどうです」
 ガサガサと、先程買った俺の服が入った袋を揺らしながらバニーが言う。
 嫌味ったらしいの。
 しかし、この体で食べられるものは限られてくるだろう。
「ちぎったパンとー、サラダとか? 肉はー、難しいかなぁ……」
 なんて不便なんだろう。バニーに運ばれてるだけで移動も楽だ、なんて思ってたことが悔やまれる。
 やってもらわなければいけないことばかりで申し訳なく思う。
「あー、でも腹は減るんだな。小さいくせに」
「デリにでも行きますか。食べられそうなもの、探しましょう」
 ああなんて、優しい子なんだろう。

 体験したことのない感覚に、ワクワクが止まらない。夢だったなんて陳腐なことは言わないけれど、やってみたいと思ったことはあったのだ。なんていうか、子どもってこういうの好きそう。
 ぐちゃぐちゃと音を立ててかき回す、それはなんだか小さな頃に体験した田植えに似ているような気もした。踏んだところからずぶずぶと埋まって、なかなか前に進めない。
「うまいし楽しいし、プリン最高だな!」
「ええ、僕も、40近いおじさんが全裸で薄黄色の物体に飛び込んで蹂躙する様を見るのはなかなかないことだし、見ていて楽しいです」
「……素晴らしいご趣味ですねバーナビーさん」
 抑揚もなく、一息で言い切る。
 そんな風に見られていると思うととたんに楽しくもなくなるもんだ。せっかく食べきれないほどのプリンが目の前にあるのに残念だ。いや、プリンが大好物というわけでもないのだけれど。
「それで、他にやりたいことはないんですか? ご飯も食べて僕はお腹いっぱいだし、明日も小さいおじさんの世話をしないといけないと思うと憂鬱なんですけど、今ならまだわがまま聞いてあげますよ」
 ぎしりと音を立ててソファに沈み込むバニーは、やっぱり呆れたような顔をしていて、それからほんの少し笑っていた。
「なにこれ。俺、甘やかされてる……?」
「そう思うのなら、そうかもしれませんね。でも……、これはやりすぎじゃないですか? 僕は後片付けはしませんから、自分で処理してくださいね」
 そう言って俺のほうを見て眉を寄せる。はたりと自分の周りを見てみれば、ぐちゃぐちゃになったプリンに、足にはべたべたとカラメルソースがへばりついている。体は黄色いプリンでべとべとになってしまっていた。
 この量はさすがに食べきれないけど、処理のことまで考えていなかった。
「あー、ラップかけて冷蔵庫に入れといてくれたら俺が後で食べるから……」
 自分がかき回したものだと思ったら少し食欲は失せたけど、食べ物を粗末にするのはよくない。食べ物に飛び込んだ俺が言うのもなんだけど、よくない。ちゃんと頂こう。
「バニー、タオルくれー」
「それよりも、水を浴びた方がいいのでは? お風呂入りましょうか」
 さっと取り出されたのはタオルではなくティッシュだった。まあ、おっきいタオルくれてもろくに拭けないかもしれないけど、その気遣いもさりげなくてちょっとかっこいいから、なんとなく癪である。
「スープボウルとかどうですか? ちょうどいいと思うんですが……お湯を入れれば虎徹さんの好きな湯船になりますね」
「ぜってーお前楽しんでるな……うん、いいやそれで。バニーちゃんが用意してくれるんなら俺、それに入るな」
 ごしごしとせめて顔と髪だけでもとティッシュで擦ったけれど、やっぱりティッシュはただのティッシュだった。すぐに破れて使い物にならない。せめてガーゼとかがあればよかったんだけど、バニーの部屋でそんなものは望めないかもしれないし、わがままも言い過ぎると呆れられそうだったからあまりいえなかった。
「じゃあ、お湯沸かしてきます!」
「あっ、四十度! 加減間違えんなよ!」
 すたたたたっと足早にキッチンに駆け込むバニーは本当に楽しんでいるようだ。自分がこんな風になってしまったのは認めたくないが事実であり、原因も自分にあるけれど、バニーが楽しんでくれてるのならこのまま少し遊ぶのも悪くはないかな、なんて思った。

 暖められたスープボウルにこぼれない程度お湯が張られ、床に立っていた自分の目の前に置かれる。一応お湯はこぼれても大丈夫なように、その下にはタオルが敷かれている。
 温度計なんてたいそうな物はやっぱりバニーの家にはなくて、自分でお湯の中に手を突っ込んで確かめてみる。
「湯加減どうですか?」
「うん、ちょうどいいんだけど、それよりさ、俺……」
「なんですか、今更躊躇することもないでしょう。言ってください」
 そうだけど、そうなんだけど。
「お風呂の前に、おじさん、おしっこしたいなって……」
 バニーの表情が固まったのが、分かった。
「しかたねえだろ! 事件が起こってからまだ行ってねえんだ! もらすか? もらしてもいいのか?」
「あー、すみません、僕の配慮が足らなかった。行きましょう。おじさんが用を足すところなんて見たくありませんが、それも面倒を見るうちのひとつなんですね」
「へーへー、ごめんなさいね、変なもんみせちゃったらね! いつも見てると思うけどな! ぶふぇ」
 苦し紛れにそんなことを言ったら、上から手のひらが降ってきてつぶされた。
 照れ隠しか、それともホントに怒ってんのかなあ?
「はああ……」
 呆れてんのか。俺、今日だけでバニーにどれだけ呆れらたかわかんねえ。
 大きくため息をつくバニーに両脇をつまみあげられてバニーの部屋のトイレへ連れて行ってもらった。
 どうやってしようか迷ったけど、取り合えず便座のふただけ開けてもらって、ふちに立ってすることに決めた。落ちないようにだけ気をつけたら立ちションとかわらないなと思った。
 それから、やっとお風呂ボウルに入れるのかと思ったら、キッチンにつれてこられて頭から水を浴びせられた。
「……バニーちゃん、かけるならそう言って……」
「ボウルを変に汚されたらたまりませんから」
「あ、そう……」
 びたびたと水を垂らしながらバニーを見上げたら、眼鏡を光らせながらそう言った。
 だんだん俺の扱い雑になってきたな。


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