Happy birthday
歳をとることに、何の感慨も生まれない。ただ時が過ぎてしまったという事実だけが突きつけられている気がして、いっそのこと昔に戻れればいいのにと思ったことは数えきれないほどあった。
ただ、そんなバーナビーでも今年は違う気持ちでいた。長い間、バーナビーの中で渦巻いていた黒いもやは、完全にとは行かずともほとんどといっていいほど晴れていた。
それに、前回のこともあって、少しだけ期待をしてしまっていたのだ。
今日、十月三十一日は、バーナビー・ブルックス・Jrの二十五歳の誕生日だった。
◇◇◇
【ファイアーエンブレムとロックバイソンの場合】
「ハンサムぅ! ハッピーバースデイ!」
「おめでとう、バーナビー! これ俺らからな」
今日の分の取材を終え、トレーニングセンターに来ていた。今日が誕生日だと言うことは結構な人たちが知ってくれていたようで、いろんな人たちにお祝いの言葉をもらった。それは、このヒーロー仲間も同じようだった。
「えっ、ありがとうございます……これ、もしかしてワインですか?」
細長い紙袋を手渡される。それは手にするとずしりと重い。
「MVPになったことだし、そのお祝いもかねてちょっといいものにしたのよ」
「そんな、嬉しいです。でもよく覚えていますね、僕の誕生日なんて」
「水臭いわね! 去年あんなに盛大にお祝いしてあげたのに、忘れるわけないじゃない」
「去年って…ああ、あれですか。ふっ、懐かしいですね、なんだか」
サプライズとして仕掛けられたあれは、今考えればなかなか手の込んだものだったと思う。目出し帽に、おもちゃの拳銃まで用意して。ヒーローが犯罪者の真似事をするなんて、おかしな発想は誰の物だったのか。
「バーナビーはあのときから考えると丸くなったよな」
「そうですか?」
「そうよぉ」
ハハっと笑って見せたが、自分自身そう思う。それでも、あの時はまだ自分たちは知り合ってまだ二ヶ月もたっていなかったし、やっと自分のやりたいことに大きく近づけたことで少し焦っていた節もあるのだから、大目に見て欲しい気もするが。
「ありがとうございます、これも、帰ったら早速いただきますね」
「おうおう、ありがたみをかみ締めろよ!」
にこりと笑って礼を言う。ロックバイソンのぐっと握ったこぶしを目の端に掠めて、その場を後にする。少しでもトレーニングをするために。
【ブルーローズと折紙サイクロンと、ドラゴンキッドの場合】
「バーナビー! お誕生日おめでとうっ」
「バーナビーさん、おめでとう!!」
「おめでとうございます!」
トレーニングの合間、休憩を取っていたら、三人の年下ヒーローズが近づいてきた。
「ブルーローズさんに、折紙先輩、ドラゴンキッドも。ありがとうございます」
なかなか見ない組み合わせに、すこし驚いたが、歳の近い三人はもしかしたら話が合うのかもしれない。それとも、女の子二人組に、折紙サイクロンがつき合わされたのかもしれない。
「これ、わたしたちから」
「いろいろ迷ったんだけど…ランキング一位って大変だろうなって思って、これにしたんだよ!」
「かわいいですね……」
ピンクのキラキラした包装紙に、これは自分にはあまりにかわいらしすぎるのではないかと思う。つい、本音が口からこぼれてしまった。
「アンタ、スーツピンクだからそれにしたのよ。似合ってると思わない?」
「ああ、そういえばそうですね」
それにしても、ここまでではないとは思うのだけど、他人から似合っていると言われるのならそうなのだろう。ブルーローズのそれは少しいやみのような物が混じっているような気はしたが、あまり包みばかり気にしていても仕方のないことだろう。
「開けてもいいですか?」
「もちろんです」
なんだか、三人の目が輝いているようにも見える。中身は知っているだろうから気になって、というわけではないのだろうけれど、開けるのに期待をされている意味がよくわからなかった。
「……なんです? この薔薇のような塊は?」
手のひらに乗せたら、すっぽりと収まってしまいそうな大きさの塊が三つほど、小さなかごの中にきれいに収められていた。
「バブルバスよ!! 知らないの?」
「バスタブに入れてお湯をためると泡がたつらしいですよ!」
「ああ、そういうものですか、それならわかります」
「たのしいよ~。あと、疲れもとれるんだってー!」
わいわいと、その使い方と、使い心地について説明を受ける。ずいぶんと詳しい解説に、きっと自分たちでも使ってみたのではなかと思う。おそらく、バーナビーのプレゼントを選んでいたら、気になってしまったのだろう。その分、使い心地については三人のお墨付きだ。期待はしておこう。
「うれしいです。3人とも、ありがとうございます。今夜にでも使ってみますね」
「感想聞かせてねー!」
「はい」
そのあとも三人は、バブルバスについてああだったこうだったと、言い合いのような感想をぶつけ合っている。本当に、いつ仲良くなったのだろう。ドラゴンキッドとブルーローズの二人ならわかるけれど、それに折紙サイクロンが入るのが純粋に不思議で仕方なかった。
また今度、彼と二人で話す機会があったらさりげなく聞き出してみることにしよう。
【スカイハイの場合】
「バーナビー君!! 誕生日おめでとう! そして、おめでとう!!」
トレーニングを終え、シャワーを浴びた。今日は特に事件もなく、平和な一日だった。せめて今日が終わるまではこれが続けばいい。そろそろ帰ろうとしたそのときにスカイハイと出くわし、今日一番大きな声のおめでとうをもらった。
「スカイハイさん、ありがとうございます。」
「これは君へのプレゼントだ」
手振りの間もずっと持って振り回していた、包みを差し出される。ぐるぐると回転する間中、それは振り回しても大丈夫な物なのかと心配になる。
「これは、何だか大きいですけど…なんですか?」
「チーズのセットだよ!」
「セットって、これ全部チーズですか?」
多分大丈夫だ、よかった。
「…変だったかな。恥ずかしい話、いろいろ考えたんだがなかなか浮かばなくてね。ファイヤー君とバイソン君がワインを贈るっていう話を聞いて、それならワインに合うものをと思ったのだが…」
「いえ、変じゃないですよ。それに、僕チーズ好きなのでいくらあっても嬉しいですから」
バーナビーの中のイメージでは、スカイハイはあまりひとに贈り物をする印象がなかったので、そんな人にプレゼントをもらうということもなんだか嬉しかった。
「そうか、よかった!」
「ありがとうございます。今夜のワインのつまみにしますね」
「おいしく食べてくれれば私もうれしいよ」
こんなにたくさんのプレゼントをもらったのはいつ振りだろうか。いや、それ以前にこんなにもらったことはなかったかもしれない。
スカイハイからもらったプレゼントを他の物とまとめていたら、トレーニングを終えたらしいヒーローたちが続々と現れた。
「あっ、バーナビーさん!!ねえねえ、他のみんなからはなにもらったの?」
「そうね、気になるからおしえなさいよ」
バーナビーに気がつくと、駆け足で近づいてきたドラゴンキッドはなんだか嬉しそうにニコニコしている。子供らしい無邪気さで、苦にならない程度に絡んでくる彼女の存在は虎徹に次いで、バーナビーと他のヒーローたちの緩衝材のようなものでもあった。もちろん今ではそれは必要ないくらいに談話できるようになっていた。
「えっと、ファイアーエンブレムさんとロックバイソンさんからはワインで」
まとめつつあった荷物をもう一度ひっくり返して、テーブルに並べる。
ワインとは言ったものの、何の種類のワインかは聞いていなかった。少し気になったが、それは開けてからのお楽しみにしておいてもいいかもしれない。
「へえ、なんか大人って感じね!」
「ブルーローズさんと折紙先輩、ドラゴンキッドからはバブルバスを」
「簡単に泡風呂ができるんですっ」
補足説明はヒーローアカデミーの先輩である折紙サイクロンがしてくれた。
テレビCMなどではよく見かけるけれど、実際に泡風呂に入ったことはなかったから、このプレゼントを使うのをバーナビーは結構楽しみにしている。そもそもバスタブを使う機会なんてそうそう無いのだ。
「へー、いいもの考えたじゃないか」
「すばらしい、そしてすばらしい!」
それから、最後に大きめの箱を隣に並べた。
「スカイハイさんからは、チーズの詰め合わせです」
「あら、スカイハイったら面白いじゃない」
「いいなー、おいしそうっ」
チーズと聞いて、食い気の勝るドラゴンキッドは羨ましそうに包みを眺める。
「これで全部ですよ」
「あれ、タイガーさんからは何もないんですか?」
並べられたプレゼントを一通り見渡して、折紙サイクロンは尋ねた。ここにいる全員からのプレゼントはちゃんとあるのに、相棒であるワイルドタイガーからのプレゼントが無いことが疑問だったのだろう。
それは、本当はバーナビーのほうが知りたかったことだ。
「っていうか、タイガーいないわね……」
「あの男なら、用事があるとかで先に帰ったぞ」
「なによそれ! 薄情な男ね……バディの誕生日だっていうのに」
そういえば、とロックバイソンが何気なく言った言葉にファイアーエンブレムが詰め寄る。えっ、と一言だけ発したバーナビーは、それよりも早く反応したファイアーエンブレムに気おされて、それ以降何も言えなくなった。用事、とはなんなのだろう。
「待ってくれって! そんなこと俺が知るかよ……なんか、慌てた様子だったけどな」
「きっと虎徹さんは僕の誕生日なんて忘れちゃってるんですよ。きっとその用事も大切なことなんでしょう」
残念な気持ちはあったものの、たとえ相棒とはいえ誕生日だからプレゼントをくれ、なんて厚かましいことはできない。虎徹にだって大切な物の一つや二つあるのは知っている。特に、彼の家族は自分より優先されるべきものだから、きっとそれ関連なんだと思った。
「バーナビーさん、大丈夫?」
「え、なにがですか?」
にこりと笑ってその場を収めようとしたら、ドラゴンキッドに顔をじっと見つめられる。小さな彼女に見られていると、自分が悪いわけでもないのになんだか目をそらしたくなった。
「うーん、なんだか寂しそうな顔してたから」
「気のせいですよ、さて、僕はそろそろ帰りますね。みなさん祝っていただいてありがとうございました。こんなにたくさんのプレゼントも」
広げていたプレゼントを、再びまとめる。少し乱雑に扱ってしまったけれど、あまり構ってもいられなかった。居た堪れない。
「おう、おめでとうな。また、明日」
「おめでとう!」
「また、明日」
ぎくりとしてしまった。彼女の発言でひどく動揺した自分がいて、嫌になる。虎徹とは、押し付けあうような関係でいたいとは思っていないけれど、どこか彼に期待してしまっていたものがあったのは事実で。
ドラゴンキッド、結構するどい。取り繕うように出てきてしまったから、不審に思われていなければいいのだけれど。
トレーニングセンターを出てから、携帯電話を確認すると新着メールの受信を示すランプがチカチカと光っていた。急いでメールを開いてみれば、それは虎徹からのものだった。
『ちょっと用事があるから、先に帰る。ごめんな、また』
少し、そっけないメールで、いつもとなんら変わらないものなのに、今日ばっかりは胸が痛くなった。
「虎徹さん……」
ぎゅっと携帯電話を握り締め、空を仰いだ。すでに日が落ちてしまっているシュテルンビルトの夜空は、いつもと変わらずひとかけらの光も見当たらない。
next
back