Happy birthday
【ワイルドタイガーの場合】
バーナビーがマンションに帰ると、サマンサからのケーキが届いていた。
毎年必ず送ってきてくれる、彼女のパウンドケーキは素朴だけどすごくおいしい。以前、誕生日でもなんでもないときに突然このケーキが食べたくなって、似たような物を探してきて食べたことがあった。そのときのケーキはかなり甘くて、残念ながらバーナビーの口には合わなかった。彼女の作る物が、バーナビーの基準になっているのかもしれない。ただ、そのかわりにこれを見るだけで、嫌でも過去を思い出して寂しい気分になる。
ふう、と息を吐いたすぐ後、インターフォンが鳴る。この部屋まで押しかけてくる人物なんてそれほどいないから、もしかしたらと胸が高鳴った。モニターのスイッチを入れれば、そこには期待していた人の顔が映る。
「虎徹さん! 用事があるんじゃなかったんですか?」
「あー、あれ嘘! だから、ちょっと開けて?」
嘘までついて何を隠していたのかと不審に思う。しかし、ここもできてくれとことが単純に嬉しくて、でもそれを見せてやるのはなかなか癪だったので、しぶしぶというように玄関の鍵を開けた。
「いやー、やっと準備が整ってさ!」
「準備?」
ドアが開けば、虎徹は遠慮もなしに入ってくる。
「バニーのバースデイパーティーだよ。とはいっても、俺とお前の二人だけだから、たいしたもんじゃないけどな~」
そう言いながら、虎徹はひらひらと手を振る。
驚いた。まさか、虎徹がそこまでしてくれるなんて思ってなかった。というより、まず誕生日を覚えていたことにも、バーナビーは驚いていた。パーティーだなんて、なんだか子供みたいだとふと思った。
「バニー? バニーちゃーん? あれ、嬉しくなかったかな……」
目を見開いて静止してしまったバーナビーを覗き込み、自信なさげに虎徹が問う。
じわじわと胸に温かいものが広がり、自然に口が緩む。虎徹には見られたくなくて、とっさに手で覆い隠した。
「嬉しいですけど、嘘を吐かれたのは気に入りません」
「嘘ってほどのモンじゃねえだろ? ちょっとしたサプライズだよ」
「あなた、サプライズ好きですね。それよりも、僕のバースデイパーティーって何なんですか?」
「俺のうちへ招待してやろう!」
どん、と胸を叩いて自慢げにふふんと鼻を鳴らす。
ステキなプレゼントだと、思った。虎徹がバーナビーの部屋に来たことは何度かあるが、バーナビーはまだ虎徹は部屋に行ったことはなかった。ずっと行ってみたいと思っていたが、自分から行きたいと言うのもはばかられ、虎徹のほうもなぜだか寄り付かせようとしなかったから、自分のテリトリーに入られることに抵抗があるのかとも思っていた。
「いいんですか?」
つい、そんなことを口にしてしまった。すると、ぽんぽんと優しく頭を叩かれる。
「ん、特別な日だし、バニーちゃんならいいよ」
頭を撫でていた手がするりとすべり、頬に触れる。耳たぶをふにふにと弄って、その手はすぐに離れた。
優しい目を向けられて、頬が紅潮した。
「……じゃあ、連れてってください」
ふいと目を逸らせてしまう。ここのところずいぶんと彼に甘やかされていて、こんな風に優しい顔を向けられることも多くなった。それでもなんだか慣れなくて、いつも素直に表情が作れない。
「よし、それなら行こうか。あ、みんなからプレゼントもらったんだろ? それ持ってこいよ」
「なぜです?」
「プレゼント、なんか食べ物はなかったのか? ウチで食べればいいんじゃねえの」
それもそうだなと納得し、キッチンに置いたままだったプレゼントを取りに行く。
「ん、それは?」
後から虎徹もついてきていた。
「サマンサおばさんからのプレゼントです。毎年くれるんですよ、パウンドケーキ」
「ふーん、じゃあそれも持って、行くぞ」
「えっ、もう?」
「だって、早く二人でお祝いしたいし」
しれっと言いはなった言葉をかみ締めれば、それが何だか恥ずかしいことのように思えて。バーナビーがもらったプレゼントをまとめて抱え、部屋を出て行こうとする虎徹を急いで追った。
虎徹の車に乗せられ、ゴールドステージからブロンズステージに繋がる道路を走る。いつもは自分が運転する車に虎徹を乗せることばかりだから、逆の立場になってみるとなんだか緊張する。どこを見ていればいいのかわからなくて、ずっとサイドミラーを眺めていた。
「な、バニー。なんか飲みたい物とかある? 今、水くらいしか置いてないから欲しかったら買ってこないと」
「いえ、頂いたワインがありますから、それで十分です」
「あ、そなの? じゃあいいか」
それから程なくして虎徹の家へ着いた。とーちゃーく、と緩い口調で言われて、なんだか身体の力が抜けた。
「そんなため息ついて……緊張してたの? あっ、おじさんの運転不安だったとか!?」
「ちがいますって! 全く……。おじゃましま…す?」
開け放たれた玄関をくぐったら、色紙やカラーフィルムで彩られ、きれいに飾り付けのされた部屋が目に入る。それこそ、バーナビーが両親としたパーティーのようだった。
「なんだか、にぎやかですね」
「ハッピーバースデイ、バニーちゃん!!」
少し、わくわくして虎徹を振り返ると、クラッカーを持つ姿が目に入り、とっさに目を瞑った。
パン、と乾いた音で弾け、さらさらと紙ふぶきが散る。
「わ! ……ありがとうございます…」
「バニーさ、もーちょっと喜んでくれたらお祝いのしがいがあるんだけど……」
「えっと、…うれしいです。ちょっと、びっくりして」
「そうか、バニーちゃんかわいいなあ」
精一杯笑って見せたら、虎徹から抱きつかれた。頭を鷲掴みにして、後頭部をごしごしと撫で付ける。
「ちょっと虎徹さんっ……苦しいっ」
「おっと、ごめんごめん。料理も用意してあるんだ、食べような」
案内されたリビングにも飾りつけが施されている。そこのソファーにでも座って待っとけ、と促され、そっとそれに腰掛けた。決して高価とは言いがたいすわり心地ではあるが、もたれてみればそれほど気になるものでもない。それより、ふわりと香った虎徹の残り香のような物を意識してしまい、変に落ち着きをなくしてしまった。
少しの後、両手に皿をのせて現れた虎徹を、慌てて手伝い、すべての料理を運ぶ。それから、ファイアーエンブレムとロックバイソンにもらったワインを開け、虎徹の作った料理に舌鼓を打った。
「今日は、俺がうんっと甘やかしてやるからな! なんでもやってやるからリクエストしてみろ!」
「意味がわかりかねます」
アルコールで少し頬を赤らめた虎徹が、上機嫌でバーナビーの背中を叩く。バシバシと強く叩くからつい、冷めた口調で返してしまう。痛かったわけではないけれど、やめてくれと、暗に含めて。
「んーなんだ? 膝枕とかか?」
「では、お言葉に甘えて」
「ちょちょ、冗談だって! おじさんの硬い足に頭乗せたって安眠できないぞ?」
自分から言ったくせに、すぐにその言葉を撤回するのは虎徹の悪い癖だと思う。
「僕のやりたいことさせてくれるんじゃなかったんですか?」
「あ、そうだったな……っていうか、ホントに寝るの?」
それでも、膝を開けて待ってくれている。顔を赤らめてこちらを見る虎徹の顔はなんだか嗜虐心をそそる。
「全く虎徹さんは……冗談ですよ。でも、ちょっと甘えたいのは本当ですから」
「バニーちゃんね、素直なのはよろしいけど、直球過ぎておじさん照れちゃう」
「もういいから、足開いてください」
「おう……?」
おそるおそる膝を割った虎徹の、開いたその場所に向き合うように座る。足を上手く納められなくて、無理やり虎徹の座る場所をずらし、彼の腰にまきつけるようにする。納得できたところで、上半身を虎徹に預け、目を閉じた。とくん、と鼓動が聞こえてくる。ゆっくりとしたそのリズムに安心する。
「バニーってさ、時々すげー可愛いよな」
「そんなの計算に決まってるじゃないですか」
「あっそうなの? でもいいや、甘やかしちゃう」
そう言って、虎徹はバーナビーの頭を撫でる。気持ちがよくて、目を閉じた。
「これ、ホントにいつもと変わんねえけど。いいの?」
「いいです。さっき虎徹さんのおいしい手作りディナーを頂きましたから」
「…嫌味じゃないよな?」
「本音です」
アルコールのせいか、言いたいことがぽんぽんと口から出てくる。いつもはもっと考えてから言葉を発するのに、ダムが決壊したかのように、とめどなく流れ出る。
「バニー、かわい」
膝辺りに乗せているだけだった右手は明確な意思を持ってそこを撫でる。ただ撫でるだけならまだしも、指先でさするように、言えば格段にいやらしい手つきで足を撫でている。
ゆっくりと内側にもぐり、より敏感なところを摩る。パンツの上からでも確実に与えられる刺激にぞくりと腰がしびれた。そして、そこから離れたと思ったら腰骨、脇腹とだんだんに上っていく。
「ん、」
熱い息が口から漏れた。
それから虎徹の手は、薄いシャツを捲り、地肌に指を這わせた。
「バニーちゃん、息。荒いよ?」
「虎徹さんが、触るから……」
おそらくにやりと笑っているだろう、虎徹がからかうような声で言う。
「だって拒否しないから、いいのかと思って」
嫌じゃないから拒否していないんだ。もっと触って欲しかった。身体が熱を持って、バーナビーを追い詰める。
「ねえバニーちゃん、ベッド、行く?」
耳元で囁く声に誘われてそっちを見れば、深く濡れたアンバーの瞳にとらわれる。こくりと頷けば、顎をとられキスをされた。息まで奪うような濃厚なキス。
ちゅ、と音を立てて離れた後、強く抱きしめられた。
「バニー、誕生日おめでとう。好きだよ」
「虎徹さん……ありがとうございます」
もう一度触れるだけのキスをして、顔を見合わせた。
「……あなたも俗物ですね」
「バニーだって大きくしてるくせに」
「……続きはベッドでお願いしますよ」
囁きあう恋人たちの、未来が幸せであればいい。
「生まれてきてくれて、ありがとう。バーナビー」
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