runners high 2
僕たち二人は、ジャスティスタワーから出て公園があるほうへ走っていくことにした。
あの辺りは緑が多くて、朝は犬の散歩をしている人や、ウォーキングをしている人もよく見かける場所だ。
「気持ちのいい朝ですねー、キースさん!」
キースさんは、さっきのことはもう気にしなくてもいいよと言ってくれたので、気まずい雰囲気にもならずジョギングができている。会話も弾んですごく楽しい。
今僕がスカイハイさんのことを、本名の方で呼んだのは外に出たからだ。
スーツを着ていないからばれる事はないとは思ったけれど、キースさんから名前で呼んでくれないか?とにこやかに言われてしまっては断ることもできないし、なんだか親しい間柄という気分になれてうれしかった。
「そうだね、やはり一人で走るよりも君と一緒だからかな。いつもの景色とは少し違って見えるね、輝いている」
ボボボっと音が聞こえそうなくらいの勢いで僕の顔が赤く染まった。
これだから天然は困る。きっと何も意識してないのだろうけど、僕が思うにキースさんはすごいタラシだ。
輝いているのはあなたですよー!!!
これは心の中で叫んでおくことにする。
僕の反応を待っているのか、こちらをチラチラ見ながら走っているキースさん。あまり見ないで欲しいのだけど、返事をしないと許してはもらえなそうだ。
「……はい」
走りながらも、喉の奥からその一言だけ絞りだした。
もしかしたら聞こえていないかもとは思ったが、満足したように前を向いた彼が見えて、よかったと胸を撫で下ろしたと同時に、顔の赤みがまた少し増した。
広い公園をぐるりと1周したあたりで、キースさんから休憩を入れようと提案があり、木陰で少し休むことにした。
二人で一緒に走っていたからか、どうも自分のペースが崩れてしまっていたようでいつもより息が上がってしまった。
芝生に腰を下ろすと、触れたところが冷たくて気持ちいい。
つい目を閉じて、ごろりと横になっていたらいつの間にかキースさんがいなくなっていた。
もしかしたら、やっぱり機嫌を損ねていて、僕が気付かないうちに先に帰ってしまったのかもしれない。そう思ったら、次に会ったときはどうやって謝ろうとか、それよりもまず追い掛けて謝ろうとか、やっぱり僕なんかがキースさんと一緒に行動なんて身の丈に合ってなかったんだ、僕なんか……とかネガティブな考えしか浮かんでこなくなって膝を抱えた。
「おや、どこか痛いのかい?」
じくじくと心が湿気ていくのを感じていたところに、ふわりと風が吹き抜けた。
顔を上げれば、近くの自販機で買ったらしいスポーツドリンクの缶を両手に持ったキースさんが、僕を見下ろしている。
葉の間から洩れた光を背中に浴びて、なんだかキラキラ光って見えた。
「ほら、買ったばかりで冷たいからこれを額に当てるといいよ」
そう言って彼は、持っていた缶を1つ僕に渡して、もう一つを額に当ててくれた。
「それはイワン君の分だ、飲むといい。私に合わせて走っていたんだろう?無理をさせてしまったようで、すまなかったね」
隣に座り、肩を落としてしまったキースさんは、不謹慎かもしれないが少しだけ可愛く見えた。
「キースさんが謝る必要はありません!むしろ僕のほうが…こんなことになってしまってすいません……」
「それなら君こそ謝らないでくれ!私がイワン君ともっと仲良くなりたくて誘ったんだ。君には笑っていてほしい」
それは、甘美な愛の告白にも聞こえた。そんなわけはないのに、と振り切りたくてもキースさんから目が離せなくなる。
中身の入った缶が芝生に落ち、たぷんと音を立てて転がった。
唇が熱くて、触れた手のひらが、重なった脚が。
キスをした。
押し当てた唇は、さらりとしていた。
「あっ……ごめんなさいっ!!」
周りに誰も居なくてよかった。いや、関係ないかな。今僕に周囲に気を使う余裕なんて残っていない。
彼の顔を見れば、照れたような困ったような。表情から彼の気持ちは何一つ分からなかった。
はっとして、キースさんから身体を離す。
「……っ」
とっさに逃げてしまった。どうして僕はこんな男なんだろう。
昔から勇気がなくて、誰かに助けられてばっかりで。それなのに人に迷惑ばかりかけてしまう。
キースさんにもあんな顔をさせてしまうし……。
走って逃げる最中、泣きそうになってぐっと堪えた。
これから、キースさんとどうやって顔を合わせればいいんだろうか。
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