かちゃり……。と鍵の開く音がしてドアがゆっくり開いた。鍵が閉まっている事から、部屋の主の不在を知った淳が、浮かない顔つきで開いたドアの隙間から部屋を見渡す。学生向けの狭いアパートだ、一目見渡しただけですべてがわかる。部屋の中は淳が以前に掃除していった状態を保っていた。つまり……この部屋の主はもうずっと帰ってない事になる。

ため息をついて淳が部屋に上がった。手に持っていたスーパーの袋の中身を冷蔵庫に移そうと扉を開けると、前に買って入れておいた食材はすべてすこしも使われることなく賞味期限が切れていた。しばらくぼんやりと冷蔵庫の中を見ていた淳が、乱暴に冷蔵庫の扉を閉める。

「達哉ッ、いつまで僕をほっとくつもりなんだよッ!」

 苛立ちと怒り、そして寂しさのこもった声で淳が叫ぶ。バイトが忙しいからと言ってもう一週間も連絡が無い。家にも帰っている気配が無い。これでは不安に思うなという方が無理だ。いくら電話不精だからといって一週間も連絡が無いのは酷すぎる。こちらからは何度も電話したが、携帯の電池が切れているらしく、一度も達哉の声を聞くことはできなかった。

「達哉……何処で何してるんだろう」

 のろのろと冷蔵庫の前から立ちあがり、うつろな足取りでベッドに向かい、腰掛けた。

何か連絡できない訳でもあるのだろうか? もしかして事件に巻き込まれてるのだろうか? いや、達哉はペルソナ使いだしきっとそんな状況になってもたいていのことなら大丈夫だろう。

でも……、もしかしたら達哉でも手におえない状況かもしれない。……だったらどうしよう。いや、考えすぎだ、きっと単にめんどくさいって連絡をくれないだけだよ。……でもそうだとしたら僕は達哉にとってなんなんだろう? ずっとほっといてもいい存在なのかな?

 ……どちらの可能性を考えても、淳にとってはマイナスの結論しか出せない。

 達哉は僕の事なんかどうでもいいのだろうか? 達哉は僕とはなれていても平気なのだろうか? そう考えて淳が悲しげに瞬きをした。

 もしかして連絡できないんじゃなくてしたくないのかも。

 そう思った瞬間、淳の胸に鈍い痛みが走った。ずっと心の奥にあったどす黒い不安がゆっくりと確実に頭をもたげ始める。

 そんなはずは無い。達哉の事を信じるんだ。僕は達哉の事を愛してるし、達哉も僕の事愛してくれてる。

そう自分に言い聞かせてみるものの、どす黒い不安は鈍い痛みを伴いながら淳の心の中に確実に広がり、こびりついて消えそうも無い。

「もうやだ、やだやだ。寝るッ!」

 悲しくて切なくて不安で、逃げ出すようにそう叫んでごそごそと達哉のベットの中にもぐりこむ。

 不安と寂しさがないまぜになって淳の心を占め、閉じた目からは涙がつい……と落ちた。

寝よう、もう寝てしまおう。寝ればこんな気持ちからは一時的ではあるが逃れられる。逃げているだけかもしれないが、眠りが心の傷を癒すのは本当だし、第一目がさめたら達哉が帰ってきているかもしれない。そう自分に言い聞かせた時、ふとなにかに気がついた。

「……達哉の、匂いがする」

 そう独り言を呟いた。部屋のすべてが達哉の不在を知らせる中で、達哉のベットだけがまるで達哉が傍にいるかのような錯覚をおこさせた。ベッドにいると、まるで達哉に抱きしめられてるかのように懐かしい愛しい匂いが淳を包む。

「達哉……」

淳が切なげに呟いた。目を閉じて達哉の事を想像する。

達哉の射るような力強い瞳、僕に笑いかけてくれるときの固く結んだかたちの良い唇が緩む瞬間、大きな手、広い肩、淳と囁いてくれるときの声……。

 僕の肌の上をすべる達哉の指先、僕の体の隅々まで愛してくれる達哉の舌、僕の中に入ってくる達哉の……。

「…………」

 淳がゆっくりと目を開けた。体の奥にちいさな火が灯ったのが自分でも判る。火は胸の奥で最初はじんじんする程度だったが、やがて痺れるような甘い誘いに変わった。しばらくぼんやりとしていたが、誘惑に耐え切れなくなっておずおずと自分の手を服の下に滑り込ませ、胸元にあるちいさな突起をそっと摘み上げる。

「んッツ」

 久しぶりに感じる甘い快感に淳が耐え切れずに声を出した。そのまま指で胸の突起をやさしく揉むと、快感がそこを中心に波のように押し寄せてくる。

「アッツ、ハッ……ん、んく……」

 強弱を変えたり、人差し指の腹で優しくなでたりすると、そこは見る見るうちに固くなった。そこへの刺激を受けて、淳の下半身も触って欲しいと甘くうずき始める。

「あん……たつ・・や」

 淳が達哉の名を呼んだ。そこにはいない達哉の代わりに、自らの手で自分を慰める。

 

達哉はじらすように優しく僕のからだにたくさんのキスを落とすと、くすぐったさがやがて快感に変わり、僕の体は今から達哉がくれる快楽を予想して震える。キスをくれた後、達哉は僕の胸元の突起を摘み上げる。指先で優しく揉みしだき、僕がたまらなくなって声を上げると、イジワルな目をして今度は舌でそこを舐め始める。わざとくちゅくちゅぴちゃぴちゃと音を立てて僕の羞恥心を煽り、僕はその音に興奮してあられもない声を上げる。

たっぷりと唾液で濡らした僕の乳首を達哉はまた指でゆっくりと弄び、僕は快感でどうにかなってしまいそうになる。早く僕を触ってと懇願する僕をちらりと見ると、達哉は僕の乳首を歯で軽く噛む……。

「んあッツ!」

 達哉に愛されている自分を想像していた淳が高い声を上げた。達哉が自分に噛みつくところを想像したときに、爪を立てて自分の胸元をやや乱暴につまんで愛撫したのだ。電流を流されたような強い刺激が淳の体を突き抜け、身体がヒクヒクッと動く。

「あうッ、は……ん、ん……」

 しばらく快楽の余韻に息を乱していたが、飢えた体は余計に更なる快楽を求めた。達哉のベッドでこんな事をしているなんて……という羞恥心も欲しがる体を止める事ができないばかりか、いけない事をしているという思いは余計に淳の欲望を煽った。

止まらなくなって今度は胸元にあった手をゆっくりと下へ下ろしてゆく。ウエストのボタンをはずし、ゆっくりとファスナーを下ろす。そこの隙間に手を這わせた。なるべく達哉がいつもそうするのを真似して、ゆっくりと。

「は……ん、あん、く……。んくっ」

 下着に入れた手が淳を探り当て、そっと右手で包み込んだ。そこは先ほどの刺激ですでに濡れそぼって液をたらし、固くなっている。

 達哉なら……。淳が手のひらで包み込んだ自分を優しく刺激しながら思う。

 達哉は僕のを握ると、最初はゆっくり手を上下に動かして僕をじらす。生殺しみたいな愛撫に耐え切れなくなって僕が達哉の思惑通りに卑猥な言葉で懇願すると、達哉は残酷に少し笑ってそれでも僕をじらし続ける。僕を散々いたぶって少しずつ壊し、快楽を武器に心の奥まで達哉は僕を征服する。

僕の体も心も蹂躙して、快楽で心を犯し、僕は骨の髄まで達哉の奴隷になる。でもそれは僕が望んでいたこと。マゾ的な倒錯した感情に快感を感じて僕は悲鳴を上げる。達哉は僕をめちゃくちゃにして自分の力を再確認し、僕を満足そうに見ると、僕を口に入れる。

達哉の舌が達哉の命を受けて動く別の生き物みたいに僕を苛み、達哉の温かい口の中でぬるぬるした舌が僕を舐め上げたり、固くした舌先で一点を執拗に刺激したり、吸い上げたりすると、もう僕は涙を流しながら身をよじり、涎をたらして、僕はもはや人間と言うよりかは快楽をむさぼるだけの肉の人形みたいになりながら馬鹿みたいに達哉の名を呼んでいる。

「あ……ん・・、達哉、達哉。ああっ、い……や」

 想像の中で自分が激しく愛撫されるのに比例して、くちゅくちゅと粘着性の音を立てながら淳の手の動きが速さを増していく。達哉のベッドで達哉の匂いに欲情しながら、妄想の中で達哉に抱かれて自分をしっかり握り締めてこすり上げ、滴り落ちる液に自分を汚す。

だが快楽に自我を犯されてめちゃくちゃになってしまうのが怖くて無意識の内に力をセーブしている自分に気づいた。

 違う、達哉はもっと、もっと……。

 淳が自らをしごく手の動きがさらに早まった。いやらしい音が部屋に響く。その音でさらに欲情した。

 でも、僕、こんな……達哉の部屋でこんな事……。かすかな罪悪感は欲望の前に消された。いけないと思う理性とうらはらに体は正直に欲しがり、理性は体に引きずられて思考を狂わす。

 こんなのじゃない、こんなのでは物足りない。達哉はこんなに僕を気遣って優しくしたりしない。達哉はもっと僕を容赦無く責め上げる、僕の中の人間らしい部分をこなごなにしてただの獣にしてしまうぐらい…。

 淳の手の中のものが限界を感じ始めた。もうすぐ……もうすぐ……。

 

達哉が僕の足を大きく開かせ、自分が垂らした液で濡れ、達哉が挿れてくれるのを貪欲に求めてヒクついてる部分ををじっと視姦する。僕が見ないでと懇願すると、達哉が爪で軽く入り口を引っかいた。痺れるような強い快感に腰ががくがくと震える。僕が涎と涙でぐしゃぐしゃになった顔で泣きながらさらに早くいれて欲しいと懇願するのを見ると、無言で片足を肩に担ぎ上げた。

 ああ、もうすぐ、もうすぐ僕の中に、達哉が、挿いってく……る。

達哉が掬い上げた僕のしずくをたっぷりと長い指先で奥までぬり込め、さっきからいれて欲しくてたまらなくなっていた僕の体が、指ぐらいじゃ物足りないときゅうきゅうしめつける。達哉は際限無く欲しがる僕にかすかに笑って固くなった自分をあてがい、ゆっくりと挿れる。

さっきからずっと欲しくてたまらなかった熱い塊が僕の中に挿ってくると、僕の足が快感に跳ね上がる。達哉は僕を押さえつけ、自分のをぐぐっと僕の狭いなかを押し広げていれてくる、達哉のと僕の体がこすれて、たまらなく気持ち良くて僕は泣いてしまう。僕の中に力強く脈打つ達哉がいる。一つになった歓びと、体の奥から湧き上がる強い快楽に、あたりをはばかるのも忘れて思わず恥ずかしい声を上げる。

 

もう僕は……もう……我慢、できな……ッ。

「は、達哉ぁぁぁぁぁぁぁんッツ!」

 幾度めかの涙を流して淳が絶頂へ達した歓びの声を上げた。

 ギリギリまで張詰めていた淳の手の中のものが爆発して淳の体を硬直させる。体の奥から突き上げてくる欲望が開放された歓びに、淳が神をも欲情させそうな恍惚と悦楽の表情をしてビクンビクンと体を震わせた。

「あ、あ、ん……。達哉ぁ……」

 体をピンと硬直させて沸き起こる快楽を貪欲に味わい、頭の中が真っ白になるような絶頂を迎えた後、小さな快楽の波が思い出したようにやってきてピクンと淳の体を震わす。そのたびに快楽に濡れた小さな声をあげる。

 やがてのろのろと体を起こし、ものうげな動作で枕元のティッシュを取った。剥き出しの下半身に吐き出した白い欲望や体液でべたべたになった自分を拭って後始末を行っていると、むなしさが淳を襲う。

 快楽の後にやってきたのは、軽い疲れとどうしようもない虚無感。やっぱり達哉はいないのだという確信。からだは満足してもぽっかりと開いた心の穴は埋めきれなかった。

「達哉……、会いたいよ」

 後始末を終えると、絶頂の後の眠気が淳を優しくいざなう。達哉が恋しくて小さく呟いた。以前より心はよけいに空くて寂しくて空っぽになりながら、再び子供のようにベッドにもぐりこみ、うとうとと淳が目を閉じた。


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