<chapter2> 21日 22:00。 現在位置、フィッシャーマンズ・ホライズン。 タイムリミットまであと30時間。 その後は大した会話も無く走り続けた車は予定通りF.Hに着いて。 ドープ駅長に船を借りる為に要点を掻い摘んで簡単に説明しているスコールを後ろから見ていた。 決して触れる事の叶わない白い横顔が髪の間からちらちらと見えるのをただ見ている。 「これは緊急事態なんだ!」 「あんたらには緊急事態でもわしらには関係無い事だ」 「そこをどうにか!…人の命が懸かってるんだ」 食い下がるスコールの言葉に少し考えるような仕種をした駅長は…。 「あんたらの今回の任務と言うのは人命救助か?」 「…正式には違います…けれど出来る限りターゲットの命はこちらで保護したくて急いでいます」 「ふむ…良いだろう。明日の朝までにはどうにか動く様に整備しておいてやるから今日は泊まっていけ」 どうにか借りられる様になった船はどうみても中古品で動くかどうかもかなり怪しいものだったがF.Hの人達の腕を知っている僕らはそれ以上食い下がる事は出来なかった。 車の中で明かす一夜。 眠れないと思っていたのに長時間の運転で疲れ果てていたらしい身体がいつの間にか眠りに落ちていた───── 「起きろ。船の用意が出来たそうだ」 ─────軽く揺すられて目覚めると既に車の外でドープ駅長と話してるスコールの姿があった。 今からでも遅くない、引き返そう。 待ってる間にさえ何度も口を突いて出そうになる言葉を幾度となく飲み込む。 僕等はSEEDで…一度受けた任務の途中拒否権は無い。 …解っていても気持ちは付いて行かなくて…。 結局何も言い出せ無いまま、戦闘には使わないという条件の下でどうにか借りる事の出来た車輌ごと乗り込める大きさの船に乗り移り。 朝日に照らされた海を今度はセントラ大陸に向けて南下していく。 「セントラに上陸したら即、ターゲットが潜伏している“イデアの家”に向かう。ただし車輌で向かうのは近くの森まで。そこに辿り着いたら後は徒歩で接近する」 「…了解。でもまだ具体的な作戦を聞いてないんだけどな〜?」 「そうだったな…」 スコールの作戦はまず一番近い森まで車輌で到着後、徒歩にて接近。 “イデアの家”に潜伏しているターゲットを確認する。 無駄な戦いを避ける為にまず説得に向かって…出来れば降伏して貰い、身柄をガーデンに拘束したいという。 その意見は僕も賛成だった。 依頼は“暗殺”だったけれど…無駄な血が流れずに済むなら学園長も許してくれるだろう。 「でさ〜…その間僕はどうしたら良いのかな〜?」 スコールが言う作戦は必ず最後に“これは俺がやる”が付いていて…僕の名前は出て来ない。 「あんたは狙撃手だ。顔を見られる訳に行かないだろ…」 「それはそうなんだけどさ〜…」 「それにあんたには俺がターゲットに接近する前に配置に着いてもらう」 「え?」 「…話し合いが決裂したら…きっと戦闘になる」 重く吐き出された言葉に少しだけ振り返って横目で見たスコールは、とても難しい顔をしていて…。 「正直1対1で楽に勝たせて貰える相手じゃ無い。だが、これだけは俺の手で決着を付けたいんだ…」 言葉と共に吐き出される思いは痛い程熱くて。 僕はその戦いの行く末を見守るしか無いのか…と溜息を零した時。 「アーヴァイン・キニアス。これは出来る限り俺の手で決着を付けるが…もしも俺が負けるような事が有ったら…その時は撃て」 ドクンと鼓動が跳ねた。 それがもしも論で有ったとしても…それでも、スコールが負けるという可能性もなくは無いのだという事を今、気付く。 その事実に…思わず操っていた舵を強く握り締めた。 「…後は何か緊急事態が起きた時にコレで知らせてくれ」 コツコツと近づいて来た足音が横に来て僕に小さな笛を手渡して。 「山鳥の鳴き声に似た音が出る。短く2回、長く1回鳴らしてくれたらいい」 「…解った…」 それをきつく握り締めて大切にポケットにしまうと…スコールを伺った。 真っ直ぐに海を見つめる横顔が僕の視線に気付いて不思議そうに首を傾ける。 「まだ何か有るか?」 「いや…何にも無いのが悔しいなと思って」 思わず口走ってしまった言葉に慌てて前を向く。 「ほら、説得に成功したら僕って出る幕無しでしょ〜?」 あはは、と笑って見せて…自分でしょげた。 言ってみれば…正にその通りのような気がして…。 結局付いて来てしまったのは必要無かったんじゃないかとかむしろ唯の足手まといなんじゃ無いかとか…そんな事を考える。 「…そんな事は無い」 船が波を掻き分ける音に紛れて少し躊躇うような声がぽつりと。 思わず横を見るとどう説明すれば良いのかを考えてるような横顔が海を見ていた。 「えっと…どういう事かな…?」 「…説得は決裂する。必ずだ。…そして俺には“100%勝てる”という自信は無い」 「えっ…」 沈黙が僕等を包んでいた。 どちらも口を開けないままだった。 …口を開けば聞きたくない言葉が返って来るような気がして。 セントラクレーターを大きく迂回して…グットホープ岬の有るレナーン平原の北岸を目指して船はひたすら南下を続けた。 22日 13:16。 現在位置、セントラ大陸南部・レナーン平原。 タイムリミットまであと14時間。 セントラに上陸した僕たちがやった事はまず車に積んである無線の回線を弄り、ガルバディア軍の軍事無線を傍受する事。 こうする事によってガ軍の動きを知り、どうにかこちらで対処しようというスコールの提案だった。 その間に僕は地図を広げ、“イデアの家”周辺の地理を調べる。 スナイパーの仕事は一瞬だ。 その一瞬に僕の全てを掛けるようなものだから…より確実に、かつ正確に。 例えターゲットが動いたとしても捉えられる場所を探しておかないといけない。 「繋がった…」 「え?!本当!?」 「しっ…遠いから聞き取り難い。静かにしてくれ」 ザザザ…というノイズの向こうで誰かが話している声がかすかに聞こえる。 スコールはチャンネルをより鮮明に聞こえる場所を探して動かしている。 『……だ。こ…より…軍……回線……5134…切り替…』 「5134…チャンネル数だな…」 「多分…」 僕の答えを待たずに手早くスイッチを切り替えると今聞き取ったばかりのチャンネルに合わせていく。 その動きに1つも無駄は無く。 彼が伝説のSEEDと呼ばれる訳と、指揮官の地位に納まっているという事実を今更ながら実感する。 「で、あんたの方はどうなんだ?」 チャンネルを合わせながら…独り言の様に呟いた声に少しだけ驚いた。 少なくとも僕は今やってる作業に集中しているものだと思っていたから。 「あ…“イデアの家”は立地的に開けた土地に有るから今ちょっと苦戦してる。強いてあげるなら敷地内の花畑か…その近くの岩場くらいしか…」 「遠距離狙撃が可能ならこの森からでも構わないだろ…戦闘になるなら“イデアの家”の前に広がる平原でやる事になるだろうからな」 “そうか…”と呻いて。 自分の今の装備を確かめる。 慌てて出て来たせいでG.Fは比較的相性の良いディアボロス1体のみ。 それでも命中率はジャンクションで増強出来る状況にあり、ストックしておいたトリプルも十分な数が揃っている。 まるでその状況の為の様な装備で出て来た自分に驚き、困惑しながら弾丸のストックを数えた。 至近距離用の弾丸は十分な数が有る。 遠距離様の弾丸は…1発。 「…遠距離狙撃は可能、だよ…弾丸は1発しかないけど…」 無線を睨んでるスコールの横顔に…そう告げた。 「…1発有るなら十分だな…」 何の返答も無しか…とまた地図に視線を落とした時。 いつもの冷静な声がそう呟いた。 思わず見つめた横顔は険しい表情で無線を睨んだまま… “あんたならやれる。そうだろう?アーヴァイン”と。 「…うん」 スコールは信頼してくれている。 その事実は嬉しかったが…今の状況は決して喜べはしなかった。 22日、17:42。 タイムリミットまであと10時間。 無線を合わせたままでいつでも動ける様に装備を整えて。 綿密な作戦を練った後、僕とスコールは夕暮れ押し迫る狭い車内でほんの少しの仮眠を取っていた。 深夜まで及ぶ作戦を敢行する直前の今、眠っておかないとイザという時に体が動かないと解っていても。 尖ってしまった神経は僅かな眠りさえ許してくれなかった。 横のシートでスコールが少し身体の向きを変えて大きく息を吐く。 その音さえ耳について離れない。 ノイズに混じって時々ガ軍の無線連絡が聞こえるのも眠れない要因なのかもしれない。 それでも顔の上にずらしたテンガローハットの中で目を閉じて…身体だけでも休ませようと努力した。 森の木々が風に揺れてざわざわと木の葉を擦り合わせる音がまるで誰かの話し声の様に聞こえる。 その音に耳を済ませて居る内に漸く訪れた暫しの眠りに身を任せて───── ─────不意に“カチャ”と静かにドアが開く音がして。 帽子の影からこっそり視線だけで窺うと…スコールの背中が音を立てない様にドアの外に立ち上がるのが見えた。 「スコール?」 声を掛けてまだ少し眠い身体をゆっくりと起こす。 こっちを見ない背中が“起きたのか”と呟いた。 「僕だってSEEDだよ?物音がすれば目も覚めるよ…で、どこに行くの?」 問い掛けに少し揺れた肩がゆるゆると吐き出した呼吸を間において。 「少しこの辺りを見てくる」 「じゃあ僕も行くよ」 「暗闇での戦闘に備えて地理を出来るだけ頭に入れておきたいだけだ…あんたはまだ寝ててくれ」 「…一人で決着付ける気なんじゃないの?」 更なる問い掛けに答えは返ってこなかった。 「やっぱりね…元から君はひとりで行く気だった。だから機会を窺ってどうにか一人で行こうとすると思ってたんだよ」 スコールは何も言わない。 それは無言の肯定。 現に今、ガンブレードを手にしてそこに立っているのが答え。 「だから付いてきたんだよ…君を一人にしない為にさ。」 言いながら小さなルームランプに照らされたエクゼターの替えのカートリッジにも弾丸を詰めて。 1発しかない遠距離攻撃用の弾丸を大切に胸ポケットにしまうと、闇に包まれた森に立った。 「君が行くなら僕も行く。これは君個人の問題じゃなく任務だから。そして僕らはチームだろ?」 「イザという時にガーデンへ連絡を取る人間が必要だ」 「そのイザが無い様に君の後方は僕が見てるよ」 僕の呟きに漸く振り返ったスコールは少し驚いている様に僕を見る。 そうして絞り出す様な声で“止めないのか?”と。 僕は苦笑しながら俯いて小さく首を振った。 「SEEDが一度引き受けた任務はどういう形であれ、必ず遂行しないとならないだろ…?…それに君は僕が例え止めてたとしても止まる気なんかない。違うかな?」 無言の肯定が苦しかった。 嘘でも良い。 “違う”とだけ…一言嘘を付いてくれたなら形振り構わず君を引き留められるのに。 「…じゃあ…行こうか」 重い沈黙に負けて口を開いたのは僕。 スコールはただ黙ったまま頷いて。 そうして…僕らはターゲットが潜伏する“イデアの家”へ闇の中を走りぬける。 |