<chapter3> 22日 19:27。 タイムリミットまであと8時間。 時々エンカウントするブリッツやワイルドフックを相手にしながら僕らは調べられる限りの地理を頭に入れて“イデアの家”に近づいていく。 「ココから先は別行動だ。俺はターゲットの所在を確かめてくる。あんたは配置についてくれ」 「了解…気を付けて」 一つ頷いたスコールが“コレを”と手渡してきた小さなインカム。 「中の状況をあんたも知ってた方がイザの対処が出来るだろ」 僕も頷いて、それを手早く耳に装着する。 『聞こえるか?』 “イデアの家”を睨んだままコッチには背を向けてるスコールの声がインカムから響いた。 『こっちから一方的な連絡になるが…あんたの存在を知られる訳に行かない。配置に付いたら合図を送ってくれ。…合図と共に潜入する』 2、3歩離れた距離でさえ聞こえないくらいの小さな声でそう呟いたスコールが振り返って頷く。 頷きを返して…エクゼターを手に僕は一直線に黒く茂る森へと向かって駆け出した。 振り返りたい気持ちを殺して。 森の入口に身体を潜めて。 ポケットに入れてある小さな笛を口に咥えて合図を送る。 短く1回、2回。 長く1回。 『任務コード260852、潜入班、これより内部に潜入を開始する』 僕からの合図を受けていつもの任務と変わらない様に低くそう告げた小さく見える背中が消える様に闇に紛れて“イデアの家”に消えていった。 それから暫くはずっと無音に近い状態が続いた。 それはスコールが如何に優秀なSEEDで有るかを証明する様に。 時々するのは何かにマイクが擦れるような音とスコールの小さな息遣いだけ。 …目を閉じればその場に居なくても見えるスコールの姿。 それは僕の中で如何にスコールが生きているかを物語る様に。 『“イデアの家”内部、裏庭にいちばん近い部屋にターゲットの所在を確認。これよりターゲットに接触、説得を試みる』 ぼそぼそと囁く声でスコールからの連絡が入り。 僕は息を呑む。 真っ直ぐに“イデアの家”を見つめて、何と無く地面に視線を落とした時。 インカムからゴゥッと言う音がした。 (スコール?!) 『…やっぱりテメェか…』 そのスコールのものではない声は嘲う様にマイクを通して僕の耳に響いた。 『気付いてたのか…』 少し苦しげなスコールの声。 『くくっ…テメェ俺をナメてんのか?コレでも一応SEED候補生として訓練受けてたのを忘れたのかよ?』 低く張りのある声がゴッゴッと重い靴音と共に近付いてきて。 『何しに来たんだ、スコール』 哂う様に囁いた。 『あんたを説得しに来たんだ…サイファー』 まだ少し苦しそうにそう返したスコールの声に哂う息遣い。 少しの沈黙が続いて。 『どこからの任務だ?ああ…ガ軍辺りだな…そうだろ?』 問い掛けにスコールは答えない。 依頼者の名前は如何なる時も口にしない…それはSEEDの基本的な。 『まぁ誰が頼んだなんてどうでもいい事だな…それで内容は一体何なんだ?“暗殺指令”か?』 『っ?!』 スコールが思わずハッと息を呑む。 『ビンゴ、だな?と言う事はテメェ一人じゃねぇ…どこかに狙撃班辺りが潜んでる訳か…』 名前を言われた訳でも無いのに変な脂汗が滲む。 どうしてサイファーはこんなに鋭いのだろうか…。 しかしこんな事で動揺してたら任務に差し障る。 息をゆっくりと吐き出して…インカムから流れてくる中の情報を出来るだけ正確に聞き取ろうともう一度乱れた意識を集中させた。 『で、テメェは任務に背いてまで俺を説得してどうしようってんだ?改心させてガーデンで正SEEDとして働けって?』 『そうだ…あんたならSEEDになるくらい簡単だろ…』 『ああ、簡単だな』 さらりとそう返したサイファーの声と遠ざかる足音が響く。 『…けどんなつまんねぇ事、俺はやらねぇ』 『サイファー!』 『あぁ?俺は自分が生きたい様に生きる。誰にもシッポなんか振らねぇ…SEEDになってガーデンの飼い犬になるくらいならココで死んだ方がマシだ』 投げ遣りでもなく、諦めている様でもない声はマイクを通してもその表情が見えるほど堂々と告げた。 スコールは何も言わない。 代わりに重い溜息がゆっくりと吐き出されていくのが聞こえる。 『スコール…俺が欲しいのは地位でも名声でもねぇ…お前だけだ』 交渉は決裂したかに聞こえた時。 不意にサイファーがそう言った。 『何、寝惚けた事を言って…』 『寝惚けてもねぇし、冗談でもねぇ。…お前が欲しい』 『っ…あんたこの状況で何言ってるか解ってるのか?!』 『ああ』 『狙われてるんだぞ?!』 『そうだな』 『じゃあ何で…』 『理由なんかねぇよ…ただお前が欲しい。今すぐにだ』 不思議な沈黙が続いていた。 誰も動かない、何の音もしない…闇の中でただ僕の周りの草木が風に揺られてさわさわと音を立てているだけ。 ちらりと見た時刻は21:48。 (もうそんな時刻…) ガ軍がここにやってくるのは多分作戦開始の1時間前。 僕らに残された時間はあと6時間。 (頼むから…サイファー…) 祈るような気持ちで俯いた時。 『…俺をやると言ったら…あんたは降伏するか…?』 (スコール?!) 沈黙を破ったスコールの言葉に僕は息を呑んだ。 (確かにどんな手を使っても連れ戻したいけど…だけど!) 僕の焦りを知ってか知らないか…また沈黙が続く。 息を呑むほどの満天の星空の下で“イデアの家”は静かに佇んでいる。 『くっくっく…いい餌だが…その条件は悪いが飲めねぇな…?』 『どうしても、か?』 『どうしてもだ』 『解った…なら決着を付けよう。表の狙撃班には決着が付くまで手を出すなと言ってある』 『いい指示だ。OK…テメェと俺の関係にケリ付けようぜ?』 『ああ』 スコールの予測通り…交渉は決裂した。 僕は手にした銃を握り締めて…二人が出てくるのをただ見ているだけしか出来ない事を悔やむ。 …やがてそれぞれのガンブレードを手にした二人が闇の中に並んで姿を現した。 白いコートの姿が手にした黒いガンブレードと黒のジャンバー姿が手にした青白いガンブレードが暗い空の下で鈍く不気味に輝いている。 |