<chapter5> 23日 01:53。 それは一瞬の出来事だった。 「ヘタレ!撃て!!」 スコールを抱き寄せて庇いながら…僕を真っ直ぐ射抜く様に見つめてサイファーが叫ぶ。 動く事なく、僕が間違いなく撃てる様に。 叶えられない願い。 ならばせめて… 願わくば君が苦しまずに眠れる様に、と。 しっかりと構えた銃のトリガーを祈りを込めた指で引いた。 |
顔のほんの数十センチ先で弾けた音と衝撃が伝わって視線の先のサイファーの身体がビクッと跳ねる。 真っ直ぐ僕を見ていた険しい顔がふっと緩んで…懐かしい面影を掃いた表情で。 『やりゃ出来るじゃねえか』 微笑んだ唇がそう、呟いた。 「撃てぇっ!!」 僕の銃声がまるで開始の合図になったかの様に鋭い怒号がして。 二人の身体が光の中で倒れる事さえも許されないかの様に。 「…あ…」 途切れる事を知らない銃声が降り止まない雨音に聞こえる。 「や、め…」 濛々と立ち込める砂煙が立ち尽くすサイファーとスコールの姿を覆って見えなくなっていく。 「やめろぉっ!!!!」 弾かれる様ににガルバディア軍の元へと駆け出す。 あんな事は許せない。 動けなくなった身体に鞭を打つ様な事を許せる筈が無い。 後方に居た軍部指令室に飛び込んで驚き立ちすくむ司令官に素早くカートリッジを詰め替えたエクゼターを突き付ける。 「今すぐ攻撃を止めさせろ!」 「何だ貴様は!!」 引き攣りながらも僕を威嚇する様に見る眼差しを静かに睨み付けてもう一度低く強く、繰り返した。 「今すぐ止めさせろ。僕が仕留めたターゲットをこれ以上嬲るな」 「最初の銃弾はお前か…?」 「僕はSEEDだから…警告はこれが最後だよ?…今すぐ止めさせろ」 僕がSEEDだと知った顔が驚き…沈黙が続いてようやく“解った”と漏らした司令官が攻撃中止の合図を送る。 ぴたりと鳴り止んだ銃声。 反射的に見た先に立ち込める砂煙の中で…ゆっくりと…今ようやく地面に崩れ落ちた影だけが動く。 …僕以外の誰も動かなかった。 雲の上を歩いている様な感覚でゆっくりと近づく赤黒く滲んだ白と黒のシルエット。 それはほんの数分前まで僕の前で生きていた…共に幾多もの戦場を駆け抜けた友の抜け殻。 無数の穴の開いたコートとジャンバー。 大地にじわりと広がっていく赤黒い染み。 折り重なった肉塊。 鼻に付く肉の焦げた臭いと血の臭いがむせ返る程に立ち込めていて。 それが本当に人だったのかと疑いたくなる様な光景にきつく目を閉じる。 「っぅあ!!」 ─────目覚めはガーデンの僕の部屋。 …まるで何の変化も無い日常の始まりに呆然と室内を見回す。 デジタルの時計が表示するのは20:48。 ふーっと溜息を漏らして、いつもだったらまだ騒がしい筈の廊下がやけに静かな事に気付いた。 不思議に思いつつも汗に濡れた体が気持ち悪くてシャワーでも浴びようと立ち上がった僕を襲ったのはさっき見たやけにリアルな夢の光景。 「う…」 猛烈な吐き気が襲って来てトイレに駆け込むと空っぽになっているらしい胃から出もしないものを吐き出し続ける。 (何でこんな…僕、熱でも有るのかな…?) どうにか落ち着いた吐き気に力無く座り込んだ床の上でぼんやりと天井を見上げて何気なく額に手を当てた。 熱い。 嫌な汗が噴き出してくる。 気持ち…悪い。 風景さえもぐにゃぐにゃと踊り始めてぐっと目を閉じた。 「アービン?!何やってるの!」 不意に響いた耳慣れた声に視線だけ向けて確認して、力無く薄く笑いを浮かべて“やぁ”と手を上げる。 「やぁ、じゃないでしょ!?早くベッドに戻って!」 綺麗な顔を困惑に歪めたキスティは立ち上がる気力の湧かない僕に焦れたのか、どうにか立ち上がらせようとしていた。 くすっと自嘲気味に笑って。 「助かるよ〜…正直一人でまともに歩けなくてさ〜」 「しょうがないわ…2日間丸々眠ってたんだもの」 その驚くべき事実にも他人事の様に感じていた。 僕の記憶に焼き付いた夢の光景が現実感を失わせているのかも知れない。 「さっき変な夢を見てさ〜…お陰でちょとまいっちゃってるんだよね〜?」 自分の弱っているらしい身体を助けられながらどうにかベッドに横たえて。 ふと温かい匂いが漂ったのに気づいた。 サイドテーブルには目覚めた時には無かった食事がトレーに乗せられて置いてあって。 「はは…ごめん、せっかく持って来てくれたのに食べれそうにないや〜…」 申し訳なくて謝った僕に苦笑して“しょうがないわよ”と笑う。 その顔がひどく苦しそうに見えた。 「キスティ…何か有った?」 上掛けを直してくれてる手を捕まえて、尋ねる。 はっとして手を引こうとした泣く事を我慢する様な表情がそこに有る。 捕まえた手が微かに震え…それは次第に大きく揺れて、掴んでいた手を放すと耐えられずに顔を覆ってしまった。 涙の理由は解らなかった。 だけど僕は黙ったまま…しゃがみ込んでしまった震えている金色の髪を撫でて。 ひとしきり泣いたキスティは照れた様に笑って涙を拭うとすぐに真面目な顔に戻る。 「ごめんなさいね…やる事が沢山で泣いてる暇なんて無いって解っててもそれでもどうしてもやっぱり辛くて…」 「…泣きたい時に泣いた方が良いよ」 僕の慰めに“そうね、ありがとう”と呟いて部屋を出て行こうとした背中にふと声をかけた。 「あ、そうだ。今スコールも忙しいかなぁ?僕、多分任務の報告してないと思うんだけど…」 問い掛けに背中がビクッと跳ねて。 それにあの夢の中で見た光景が重なる。 (何なんだよ〜…) げっそりしながら俯いた僕の耳に。 「覚えてないの?」 振り返った震える声が。 見上げた顔は僕を責める様な…それでいて悲しみと苦しみと遣りきれない思いをのせた表情で僕を見下ろしている。 …そして僕は漸く気付く。 キスティがSEED服を着ている理由も、涙も…何故僕が責められるのか…その訳も。 弾ける様に溢れ出した記憶が…僕に圧し寄せる。 手の中の銃から撃ち出された1発の弾丸。 引き金を引いたのは僕。 それが友の笑顔と共にその身体を貫く。 合図の様にに響いた銃声は止め処も無い弾丸の雨を呼び起こした。 倒れる事を許さない弾幕の中で寄り添い、抱き合ったまま動かない二つの影。 無情な雨が止み、立ち込める土煙の中でゆっくりと崩れ落ちる様を静寂が見つめていた。 僕の足音だけが響く。 見下ろした白と黒と赤の。 べったりと赤に染まって張り付いた髪。 めちゃめちゃに裂けていたトレードマークのコートとジャンバー。 血の臭いと、肉の焦げた臭いを吹き抜ける風が海へと運んでいく。 大地に横たわる1対の人の形をした動かない肉塊は何を思うのか。 僅かに解る口元は微かな笑みを刻んで止まっていた。 |