<chapter6>





「…僕がね…君達をガーデンに連れて帰ったんだって」



誰も居ない霧の様な細い雨が降り注ぐ花畑。
幼い頃にみんなで駆け抜けた…思い出の、花畑。
並んで大地から生える様に突き刺さった2本の黒と白のガンブレード。
持ち主を失ったそれは花に囲まれて寄りそう。
それをぼんやりと眺めながら昔話をする様に呟いた。










彼はただ見ていた。
友だったもの達の姿を。
やがておもむろにしゃがみ込むと…始めはサイファーを。
次にスコールを。
ガルバティア軍が全面包囲する中を引きずる様にその背に負って。
その行動を止める者も咎める者も無く…既に絶命して動かないただの骸と化した友を背負ってどこかへと運ぶ様をただ呆然と見守っている。
乗って来たガーデン車輌の後部座席に二人の骸を横たえたアーヴァインは暫くその姿を見つめ、ゆっくりとコートを脱ぐと二人に巻き付けて。
更に仮眠用の毛布でその無残な姿を覆い隠す様に…僅かにも見えない様に包み込む。

「もう…帰ろう?」

運転席に身体を落ち着けて掠れた声でそう囁きかけたアーヴァインはハンドルを握ると…来た時と逆を辿って一度も休む事無く車をひたすらに走らせた。
ガーデンに戻ったのは既に夕刻押し迫る頃。





「アービン…?!」



ガチャッと座席のドアを開けて駐車場に降りた時。
問い掛ける様な悲痛な声が響く。
のろのろと振り返り、顔を上げたアーヴァインはその視線のに佇むキスティスの姿を捉らえた。
あちこちに血を滲ませて、トレードマークのトレンチコートも着ていない彼の姿にキスティスは何も言えずにただ佇んでいる。
その顔は言葉こそ紬ぎはせずとも雄弁に問い掛けていた。

『任務はどうなったの?』
『スコールはどこ?』
『サイファーはどうなったの?』
『その血は…誰のもの?』

黙ったまま力無く見つめていたアーヴァインは俯き、静かに首を振る。
そしてふと視線を車輌の後部座席に置き去りにしている布の塊へと移して。



「着いたよ…これでゆっくり眠れるね…」



深く沈んだテノールが小さく呟いた言葉。
それは友に向けた弔いの言葉。
そのまま動かないアーヴァインの傍へと反射的に駆け寄ってキスティスが見たのは…








血を滲ませた毛布の塊の端から

少しだけはみ出していた

白かった筈のボロボロになったコートと

その人のものでは無い

血に濡れて固まった一筋の黒く見える髪。








驚愕に打ち震えて目を見張った美貌が力無く声も出せずにその場に座り込む。



「とっても悲しい姿だから見ない方が良いよ…このまま二人で眠らせてあげられないかな…?」



ひどく優しい声が静寂に響く。



「きっとどっちを失っても生きて居られなかったんだと思う…。だからもう、引き離したくない…」



祈る様に、願う様に穏やかな声でそう呟いて。
漸く自分の任務は終えたと安堵に包まれたのか…アーヴァインはぐらりと傾き、耐える力も残されていなかった身体はその場にドサリと崩れ落ちた。










BGM提供:煉獄庭園





「外傷は一つも無かったのにさ…そのまま2日間ずっと寝てたんだよ?だらし無いよね〜?」



SEED規約に基づいて二人の葬儀は関係者以外の外部の者を一切受け付けずにガーデンの中だけでひっそりと行われた。
…その骸は荼毘に伏せられてもうこの世には存在しない。
例えそれが伝説のSEEDでも魔女の騎士でも例外は…ない。



「あ、だからお前はヘタレだって言いたいんでしょ?スコールもきっと呆れてるんだよね〜?」



僕の願いは仲間の願いとなり、最後まで二人の姿は曝される事なく灼熱の炎に消えた。
僕は見届ける事も出来ずにただその事実をベッドの上で人伝に聞いただけ。



「…あのさ…ちょっと真面目な話なんだけど二人とも怒らないで聞いてくれないかな?」



コートの替わりにそっと二人から外しておいたスコールのリングとサイファーのネックレスをベッドの上で見つめて過ごした1週間。
“本当にあれで良かったのか”
“もっと別の選択が有ったんじゃないか”
…幾度となく自問自答を繰り返した毎日。



「…僕もスコールが好きだったんだよ…だから本当は引き留めたかったんだ」



悲しみに包まれていたガーデンがやがて日常に追われていつもの様子を取り戻していく中で…一人取り残されたかの様な疎外感。
それでも忘れるなと言われる様に何度も夢で繰り返し、繰り返し見てしまう…あの日の光景。



「…でも僕には無理だった。君を引き留められる程弱くも無いし、黙って見送る程強くも無かった…」



見えない罪の意識に捕われて、真綿で絞め殺される様な苦しさに悶える日々。
憔悴しきっていた僕を気遣うゼルやキスティ…セフィの声までが僕を責める様に聞こえる。



「…ほんと、僕ってヘタレだよね〜?あはっ、ははははは…」





それでも死ぬのは怖かった。
己で奪った命を追う勇気さえ、僕には無い。

『それで良いんですよ。死を恐れる事は生きる勇気なのですから』

少し真面目な面持ちで僕の部屋を訪ねてくれた学園長。
窘める様に室内に響いた穏やかな声。

『それでも君が自分を責めるのなら…生きなさい。どんなに苦しくても、辛くても生き続けてさえ居ればきっといつか自分を許せる日が来ますよ…必ず。僕が保障しますから』



耐え切れずに零れ落ちた涙が堰を切った様に溢れ出していく…。





「……あのさ…僕、ガーデンで教師になろうと思うんだ」



昨日も今日も明日も。
どこかの戦場で誰かが傷付き、大切なものを失っていく。
誰かにそれを伝えたくなった。
失う怖さを。
奪う命の重さを。
あの日から…僕が生きる勇気を振り絞ったあの日から想う様になった事。



「今は任務の傍らでその勉強を頑張ってるよ。もう、あんな風に幕を引く役なんてゴメンだから…早い所現役から退こうと思ってさ〜」



ふと手を翳して霧雨降り注ぐ空を仰ぎ見る。
淡い色の雲と空がどこまでもどこまでも続いている。



「逃げてるって?…うん、そうかもしれない。似合わない?…似合わなくても良いよ。でも決めたんだ」



そこまで呟いて。
溜息を吐きだして手を上げると…何と無く被ってきてしまったテンガローハットを脱いで、並んで立っているガンブレードの柄に引っ掛ける。







「僕はこれからSEEDになる人に知って欲しいから。…任務に支障が出るだろうとか…解っては居るんだけど、忘れないで欲しいんだ」



これは遺された僕だから出来る事。
どれだけの月日が経とうとも…どれだけ周りが変わって行こうとも。



語り続けるつもりなんだ。

コレは僕の最後の言い訳。



…僕は君達を忘れない。










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