彼が帰ってくる。 魔女が世界を混乱に貶め 破壊を齎すのを助長した “魔女の騎士”が 長年に渡る打診に漸く応じた ガルバディア軍から解放されて この場所に戻ってくる。 共に育ったガーデンに…。 SeeDの名と世界を賭けた戦いが終わり…お祭り騒ぎを繰り広げていたガーデンから黙って姿を消した彼の行き先は 『ガルバディア軍最高指令本部』 その事実を知ったのはどうにか引き留めようと説得を続け、それでも変わらない意志に自分達もと付いて行った風神と雷神の口からだった。 どこまでも付いて行くつもりだったらしい二人を門前払いしたのはサイファー自身で…二人はその時見せた尋常じゃ無い剣幕に何かを感じてガーデンに、俺に助けを求めてきたのだ。 「サイファー、ガルバディア軍投降!救助要請、懇願!!」 「一人で行っちゃったもんよ!サイファー何か可笑しかったもんよ!俺達の事あんな風に追い返すなんか絶対しないもんよ!!」 目の前が暗くなるようだった。 不意に現代に戻ってきた時に何故か傍に居たサイファーと交わした言葉が蘇る。 『全部終わったな…』 『ああ』 『テメェにも迷惑かけちまったな』 『あんたが傍迷惑なのは今に始まった事じゃ無い』 『…だったな』 『帰るんだろ?』 『どこに』 『俺達が帰る場所はガーデンしかない』 『ああ…俺は先に寄る所が有る。そこで用済ませてから、戻れたら戻ってくらァ』 その時の俺にはそれが何を意味するのかさえ気付かなかった。 ただ何でもない事の様に残してくるりと背を向けたサイファーが “じゃあな” と手を上げて俺の前から消えるのを見ていただけ─── ───思えばあの時から既にサイファーはガルバディア軍に投降する事を決めていたんだろう。 それに気付かずに黙って見送ってしまった自分自身を何度自嘲したか解らない。 それでも今日、漸くサイファーが帰ってくる。 (…それにしても遅いな…何やってるんだ?) サイファーが居ない3年の間にガーデンは随分と変わった。 ラグナの提案によりエスタの技術が持ち込まれて授業でのみ使用していたタッチパネル式のコンピューターはガーデン内のあちこちに組み込まれ、SeeD達には合格時、各自専用にガーデン専用衛星を経由して連絡が取れる携帯式の端末が与えられる様になった。 今までは任務終了までは出来なかった報告も現場からの緊急の人員増加要請も迅速に対応出来るようになり、俺の前に山と成していた書類も今や数枚のCD-RWに分けて記録されているのみ。 今も画面に映し出されている依頼書の内容に目を通しながらサイファーを迎える為に派遣したSeeDからの連絡を待っている。 昨夜の内にD地区収容所に着いてこれからサイファーを迎えに行く事の報告を受けたのだから幾ら距離が有るとしても連絡が無いのは可笑しすぎる事実だった。 (キスティス…久しぶりに会えたのが嬉しくて忘れてるんじゃないだろうな…) 何か有った時の為に他2名のSeeDも連れて行かせた。 車両で移動している間はモンスターとエンカウントする筈もなく、もしD地区内で何か揉め事が有ったとしてもキスティスが上手く纏めてくれる筈だ。 (サイファーが今更になってごねてるとかのオチだったら笑ってやろう。勝手に格好付けて一人で行ったあんたが悪い、たまには格好悪い役もやれってな…) 人が居ないのをいい事にそんな事を考えながら笑っていたら漸く通信用の回線に連絡が入った。 “ガーデン車両No.011がもうじきガーデンに戻ります” …連絡はキスティスからではなく見張り代わりのセンサーからだった。 (可笑しい…やっぱり何か起きてるのか?) 自分に当てられた端末を掴むと緊急事態に備えてライオンハートを手にして足早にエレベーターに乗り込んで1Fのボタンを押す。 センサーが探知してからガーデンまでおよそ3分。 いざとなったらボタン一つで緊急配備のプログラムが作動する様に端末を弄りながら1Fに着いたエレベーターから飛び出して駐車場までの道程を走り抜けていく。 辿り着いた駐車場のガラス越し、全車両が出払ってるせいでガランとした空間の広がっている駐車スペースを見回した。 手の中の端末が表示してる時刻から車両No.011が戻ってくるのは1分も無い。 ただ黙って車両出入口を睨みながらキスティスは仕方ないとして他の2名のSeeDからの連絡も無かった事実を問い詰めようと考えていたら。 “テメェ、俺が居ねぇ間に随分と甘っちょろくなったもんだな?” 記憶の中に残るサイファーの幻がいつもの様に哂いながら偉そうにそう言ってきた。 (…そうだな…キスティスは上級SeeDだ。みんなの手本となる様に誰よりもしっかりと報告をしなければならない存在なのに忘れてる事実を不問にする訳には行かないな) くっと喉の奥で笑いを噛み殺したと同時に滑り込んできた車両に知らずと体が熱くなるのを覚えた。 …どうやら俺も人の事を言えないらしい。 綺麗に所定の位置に収まった車両が キュッとブレーキ音を響かせて、エンジンが切られる。 運転席から飛び出す様に降りてきたSeeDが後部座席のドアを開けるのを見ていた。 ドアの影から黒い靴を履いた右足が現れて地面を踏みしめ ドアの縁を掴んだ黒手袋の右手が グイッと体を引き寄せる 突然の様に現れた金色のオールバックに整えてある髪と 眉間に皺を寄せた眉がちらりと見えて 両足の揃った白のコートの背中が後ろに下がってドアの影から全貌を現す おもむろにパンツのポケットに両手を突っ込んだ背中は 懐かしむ様に変わる事の無い駐車場のスペースを見回して 反対側から下りて来たキスティスの動向を待っている様だった。 バンッ!と派手な音を立てて閉じられたドアの音のせいで自分がその存在に釘付けになっていた事を知った。 思わず額に手を当てて俯き気味に首を振ってしまう。 その間にも コツコツと高い靴音を響かせてキスティスが近付いてくる気配。 「任務コード20221203、予定通り無事帰還しました。負傷・死者0名です」 「了解。お疲れ…と言いたい所だがどうして途中報告しなかった?」 「…それは…」 「理由は後で詳しく聞かせて貰う。その前にサイファーを会議室に連れて行ってくれ」 「スコール、その事で少し話が有るの。先にサイファーを医務室に連れて行きたいんだけど…」 いつもの様に報告を受けてサイファーが戻ってきた事によってこれからガーデン内・外で起こるだろう事の予測、検討する為に予定通り会議室に移動させるつもりだった俺にキスティスは言い難そうに口を開いた。 「さっきの報告では負傷者は0名だと言っただろ?」 「負傷じゃ無いの…まだ断言は出来ないんだけど…」 ちらりとサイファーを返り見たキスティスはこっそりと俺だけに聞こえる声で信じられない仮定を口にする。 「サイファーが記憶を失ってる可能性が有るの」 …最初は信じられなかった。 きっとサイファーの事だからキスティスを丸め込んで俺を騙す算段を立ててるんだろうとか、俺が困惑してるのを何の関心も無い様な顔をして腹の中じゃ笑ってるんだと決めつけて。 「随分と遅かったからあんたがこの期に及んで往生際悪くごねてたのかと思ってたが…そうでもないみたいだな」 だから俺は黙ったままサイファーに近付いて正面に立ち、そう切り出す。 きっと怒るか笑い出すかするだろうと思っていたサイファーは怪訝な顔をして見せ、俺の後ろに居るキスティスに視線を投げてからこう言った。 「お前も俺を知ってるのか?」 この悪戯好きな男は3年の月日が経っても相変わらず念の入った芝居が好きらしい。 (いいかげんにしてくれ…) 眉間に皺を寄せて溜息を溢して…それでも心の中では嬉しかった。 それは “サイファーが戻ってきた” という事実を漸く実感した様な気がしたからだった。 「お前、何者だ?…どうして俺をここに連れてきた?」 「いい加減にしろ、サイファー」 「どうしてお前もアイツも俺の名前を知ってるんだ?!お前は何者だ!?」 畳み掛ける様に質問を繰り返したサイファーは俺の制止の声も聞かず、苛立っているかの様に俺に掴みかかってきて、そのまま俺は横の車両に押し付けられた。 酷く間近で見るサイファーの瞳がはっきりとした困惑と苛立ちを込めて俺の眼を見ている。 それまでは黙って動向を見ていた2人のSeeD達が慌てた様に俺からサイファーを引き剥がしにかかった。 サイファーは大した抵抗もなく俺から引き剥がされ、キスティスの指示に従ったSeeD達にそのまま医務室に連れて行かれ…俺の中では連行される間際にサイファーが床に溢して行った呟きが耳の中でぐるぐると駆け回っている。 不安そうな声で “お前ら一体何者なんだ…どうして俺を知ってるんだ…” と。 (嘘だろ…?) 「スコール…」 宥める様な音程でキスティスが呼びかけてくるのも構わずに呆然と立ち尽くしていると肩を掴まれて “しっかりして” と揺さぶられた。 (しっかりして?しっかりしてる。俺は正気だ) 「私は医務室に居るわ。あなたも落ち着いたら後から来て頂戴」 「…今行く」 それだけ残して行ってしまおうとする背中に声を掛けて呼び止めると掌を ギュッと握り締めた。 アレが現実だなんて思いたくない。 悪戯の過ぎたサイファーがカドワキ先生に叱られてる様を見に行くんだと言い聞かせてる自分に気付いて…溜息が零れる。 程なくして辿り着いた医務室の前でサイファーを連行した2人が待っていた。 サイファーは現在、問診中。 入ってきた一般生徒がサイファーと出くわして混乱するのを避ける為に簡易閉鎖状態にしろとカドワキ先生に言われて俺達を待っていたそうだ。 そのままホールに面する通路の入口でよほどの怪我で早急な治療が必要じゃ無い以外に生徒が入って来ないよう指示を出して…さっきから黙って俯いてるキスティスに説明を求めた。 「それが私も詳しくは解らないの。まさかサイファーがそんな状態だとは思わなかったから…D地区収容所から出てきたサイファーは私の目には普通に見えたのよ。ガルバディア軍との引渡しの手続きも恙無く終わってホッとしてた」 キスティス自身も信じられないらしく自分に確認を取るように一つ一つ順を追って口を開く。 「正直嬉しかったわ…やっとですもの。セルフィだったらきっとその場で抱き付いてたでしょうけど私は他の目も有る事だし、任務を遂行してる最中にそんな風にするのは一緒に来てるSeeD達にも示しが付かないと思ったから堪えてた。でもやっぱり嬉しくて、耐えられずに名前を呼んだら不思議そうな顔をしたの…。あなたに向けた様な顔をして私の前に来て、“あんた、誰だ?” って…」 苦しいものを吐き出す様にそう呟いて黙ってしまったキスティスに居辛いものを感じながらそれでも続きを話してくれない事にはどうしてそういう結論に至ったのか纏めようがなく、俺も黙ってその重い沈黙を味わっていた。 横で グスッと涙を堪えているのを知らせる様な音がして。 (…頼むから泣くな。泣くなら俺の居ない所にしてくれ…) 頭を抱えたくなるような状況をどうにか堪えていたら医務室のドアが開いて、振り返るとカドワキ先生が気難しい顔をして立っていた。 「スコール、ちょっと来ておくれ」 …面倒が前と後ろで待ち構えている。 それでも後ろの面倒よりは少しは建設的だろうとまだ泣いてるらしいキスティスをその場に残して医務室のドアをくぐった。 もう一つの面倒はまだ困惑した表情のままで俺が入ってくるのを見ている。 (くそっ…何でこんな面倒にいつもいつも巻き込まれるんだ?元を辿ればアンタが記憶なんか無くしてるのが悪いんだ…) 「スコール、考え事は後にしなさい。今はサイファーの事だよ」 サイファーの少しだけ後ろに立って腕を組んで、その整えられている金髪を睨みつけながら心の中で悪態を吐いていたらカドワキ先生がご丁寧に現実に引き戻してくれて。 溜息を溢して “それで?” と現実に向き合ってみた。 サイファーの現状は後天性記憶障害。 G.Fを使用する俺達にはそれなりに馴染みの有る言葉だった。 …だが、サイファーはG.Fをジャンクションしてない。 記憶を失う原因が判らない。 「原因は?」 「私もそれを聞きたくてね…だがサイファーはそれさえも覚えちゃ居ない。それどころか1年前くらいからの記憶以外は全部綺麗に忘れてるんだよ。D地区収容所で清掃員をしていたという記憶以外は全部ね」 「…サイファーは1年前から清掃員を?」 「本人がそう言うんだからそうなんだろうね」 それは有得ない事実だった。 サイファーに利用されて苛立っていたガルバディア軍が白旗振って投降してきたからといって清掃員に従事させるだけで済ませる訳が無い。 何らかの理由でそうせざるを得ないとしか結論は無かった。 そしてその “何らかの理由” とは勿論、記憶喪失なんだろう。 一気に押し寄せてきた事実のせいで纏まるものも纏まりそうに無い状況が目白押し。 それでもどうにかしないとならないのもまた事実だった。 「情報を整理したいので俺はこれで。何か有ったら俺に連絡を下さい」 「ああ、解ってるよ。…しかしサイファーをここに置いといてずっと医務室を閉鎖する訳には行かないんだがね?」 とにかく時間が欲しいというのが正直な意見で。 さっさと一人で篭って考え事をしたかった背中にカドワキ先生がもう一つの問題を突きつけてきた。 『サイファーの居場所』 それは本来ならこれから学園長やキスティス達を交えて話し合う予定だったのにサイファーが余計な問題を抱え込んで来てくれたお陰で順序がメチャクチャだ。 溜息を吐いて、少し考えて…。 「指揮官室に連れて行きます。正式に決定されるまでの間は指揮官室の脇にある仮眠室を彼の居場所として当てておきますので何か有ったら俺を通して呼び出してください」 「それがいいだろうね」 (それが良い、じゃなくてそれしか思いつかない、だ) 「何か解ったら、連絡をおくれ」 「はい」 一つ頷きを返してドアの前まで歩いて…サイファーが付いて来てない事に苛立った。 「サイファー、あんたは俺と一緒に来てくれ」 「ほら、いっといで。何か有ったらスコールに言えばいい。安心おし」 (安心しろ?俺が寝首でも斯くとでも思ってるのか?) 溜息しか出ない。 ドアの外でさっきまで泣いていたらしく…目を潤ませて目尻が赤いのを誤魔化しながら顔を上げたキスティスにサイファーを指揮官室に連れて行くという事を学園長に報告する様に頼んで、授業中のせいで人影の少ないホール通路をエレベーターまで歩く。 後ろを付いて来るサイファーはまったく見た事の無い場所の様にあちこちを見回して、挙句の果ては俺に説明を求めてきた。 「指揮官室に着いたら嫌って程説明してやるから、今は黙って付いてきてくれ」 八つ当たりの様に吐き捨てたのが効いたのかそれから指揮官室に着くまでの間、サイファーは一言も口を聞かずに黙っている。 それはそれで居心地が悪くてイライラしたが黙ってろと言ったのは俺自身で。 (支離滅裂だな、まったく…) 自分の考えにも呆れる程だったがとにかく今は現状をどうにかしないとなら無い。 指揮官室に着いてもサイファーは静かだった。 そう、可笑しいくらいに。 不自然なほどに。 (………くそっ!…何だって言うんだ…) いつもの場所に腰を落ち着けてまずこれからどうするかを考えようとしているのにも関わらずさっきから入口付近に立ち尽くして俺を見ているらしい視線が気になって纏まる筈の考えも纏まらない。 溜息を吐いて顔を上げると入口の脇の壁に寄りかかったまま腕を組んであからさまに不機嫌そうな顔をしたサイファーがやっぱり俺を見ていた。 「用が有るなら早く言ってくれ」 「…まだお前が何者か聞いてねぇ。俺がここに連れて来られた理由も知りてぇな」 態度や表情は以前と変わらないサイファーのまま。 なのに俺の事を覚えてない。 …まるっきり覚えてない…。 その事実は思ったよりもきつくて。 (忘れるよりも忘れられる方がきついだなんて知らなかったな…) 眉間の…3年前にサイファーに付けられた傷が不意に ツキンと痛んだ。 今まで痛んだ例の無い傷が痛むだなんて有る筈が無い、気のせいだと首を振って。 溜息を机の上に溢して指揮官の顔でサイファーに向き直る。 「俺はスコール・レオンハート。現在バラムガーデンが抱えてる傭兵集団、コードネーム・SeeDと呼ばれる者達を指揮してる。あんたが連れて来られたのはそう言う任務だったんだ…あんたがここに戻ってきて欲しいと願ってる奴らからの依頼だ」 「戻るも何も…俺はここに来たのは初めてだ」 「忘れてるだけだ。あんたはここの生徒で、現在あんたが居ない間ずっと空席になってる風紀委員長も勤めてる」 「俺が?嘘だろ」 「あんたに嘘を付く必要は無い。事実だ」 それでもやはり思い出せないらしく “嘘だろ…?” と呟いたサイファーは考え込む様に眉間に皺を寄せたまま床に視線を落として黙り込んでしまった。 沈黙は嫌いじゃない。 なのに今この場所に漂う沈黙は酷く俺をイラつかせて。 「そこのドアの奥が仮眠室になってるから勝手に使ってくれ。用が有る時だけ声を掛けるから後は考え込むなり寝るなり好きにしろ」 吐き捨てる様に顔も見ずに告げて目の前の画面に席を外してる間に届けられた経過報告や完了報告に目を走らせると溜息が聞こえて、重い足音が移動して…ドアが開閉する音がした後は無音。 思い描いていた状態と違った形になった再会に溜息を吐く。 (サイファーは帰ってきた。それだけでも良いだろ…) 冷静に考えてみればサイファーが帰ってきただけでも奇跡だった。 “魔女とその騎士” に対して異常な程敵対心と嫌悪を持っていたらしいガルバディア軍はサイファーが投降しただけでは満足せずにイデアの引渡しを要求してきたくらいで。 だがイデアはガーデンには居なかった。 サイファーが投降した事実を知った学園長がエスタに保護を要請したのだ。 数少ない魔女の器を持つ者として、その力を継承してしまったリノアと共に。 魔法分野に対する研究と発展を目指すエスタの協力者として。 『本来ならサイファー君もエスタへ協力者として、イデアの護衛として共に保護を要請する筈だったんです』 悲しげにそう漏らしたシド学園長は酷く疲れた顔をしてくしゃりと哂った。 ガーデンだけではサイファーとイデアを匿えない。 それは事実であり、抗えない現実だった。 しかしそれもサイファーが自ら投降した事によって目論みの半分が意味を失くしたのもまた事実。 それでも見放す事をしなかった学園長が根気良くガルバディア軍にサイファーを返還する様にこっそりと打診し続けていたのを俺は知っている。 そうしてサイファーは帰ってきた。 それだけでも奇跡的。 その上に5体満足な状態で、保健室からの報告では健康状態も良好。 ただ1つだけ…記憶以外は何一つ変わらない以前のサイファーのまま─── ───その後行われた会議の結果、サイファーは同じ風紀委員で彼の帰還を誰よりもオーバーアクションで喜んだ雷神と同室にするという事で収まった。 雷神と同室にする事になったのには他にも訳が有る。 サイファーは覚えていたのだ。 風神と雷神の事だけ、何故か。 自分を呼び戻した相手に会いたいというサイファーの要求に急遽呼び出された風神と雷神を見て、驚いたサイファーは懐かしそうにくしゃりと笑うと掠れた声で “元気にしてたみてぇだな?” と。 泣き笑いの顔で飛びついてきた二人に苦笑しながらも嬉しそうなサイファーを目にしながらその場に居た他の者は咄嗟に我が目を疑った。 他の誰も一人として覚えてなかったサイファーが覚えているなんて有得ないと思っていたから二人にも事前にその旨を伝達していた。 風神と雷神は寂しそうな顔をしながらも了承して、それでも構わないと頷いて。 …それなのにサイファーは覚えていた。 「私達、サイファー帰還、熱望。無事帰還、心底、嬉」 「俺達いつまでも待ってるつもりだったもんよ!サイファーが帰ってくるまでずっとずっとず〜っと、待ってるつもりだったもんよ〜!!」 「解った解った…もうどこにも行かねぇよ。だから、汚ぇから鼻垂らしてまで泣くな」 目の前で繰り広げられるその感動の再会にその場に居た者は涙していた。 俺以外のヤツはもれなく、全員。 …泣ける訳が無い。 むしろ腹立たしく思ってしまう自分に嫌気が差す。 3年前に俺がSeeDになった試験が行われるより以前。 記憶にある頃からサイファーは俺に纏わり付いていたと言っても過言じゃない程に絡んできた。 散々絡んできてその度に喧嘩して。 挙句の果てに押し倒されて。 嫌だと思いながらも馴染んでしまう程に身体を重ねて…。 それでも傍に居るのが嫌じゃ無いという事実を漸く認識出来た時にSeeDになった俺はその翌日から任務に就いて、流されるままにサイファーとも戦って。 全部終わったら伝えようと思っていた言葉さえも告げられない内に居なくなったサイファーがやっと帰ってきたと思ったら、忘れられていて。 …最悪だと思っていたのに更に最悪な事実を衝きつけられてる気分に陥っている。 (所詮、俺の事なんかはその程度だったのか?散々悩んで苦しんで、やっとアンタに対する自分の気持ちを受け入れたのに…アンタにとって俺はその他大勢と一緒で…) 今すぐ傍に行ってブン殴ってやりたい気持ちを殺してその光景を見ていた。 本来なら俺と同室にしようと思っていた自分の考えを伏せて雷神と同室にしたらどうかと提案したら満場一致で可決。 後は追々臨機応変に対処していくと言う事だけが決まって、その日の会議は終了。 ガーデン内ではしっかりと実力者である雷神と同室で過ごすサイファーにこれといって目立って危害を加えるものもなく。 元々それなりに友好的なサイファーは日が増す毎にガーデンの中に馴染んでいった─── |