『 史上最大の作戦 』





「…ではこの案は賛成多数で決議します」

毎年2月の終わりから3月の始めにかけてのこの時期に、ガーデンでは各部署の代表を集めた議会が連日開かれている。
その内容はSeeD派遣事業による収支会議に始まり、それぞれの部署に対する来期費用の割り振りなどの細々としたものまで一気に決議していく重要な会議だ。
この間にも勿論、SeeD派遣事業や学業の方は同時進行していて…正直目が回るほど忙しい。

「続いて来期新入生及び編入生受け入れ枠に関するものですが…この点に関してスコール指揮官から提案があるそうです。スコール、お願い」
「ああ」

同じく副指揮官としての執務と同時進行で、毎年議会の司会進行役をしているキスティスの顔もいい加減疲労がピークに達しかけているらしく顔色が良くない。
そうして壇上を俺に譲ったキスティスは小さく溜息を落とすと、疲れを隠せない足取りで下がった位置に置かれた椅子に腰を下ろした。
それを見送り、書類を手に壇上に立つ。

「まず最初にこのような場で有りながら、多少砕けた物言いになる事を許して頂きたい」

本当の所はこういう場での発言はサイファーに任せてしまいたい所だったが…あの日、二人で目論んだ作戦が私情を挟まない理論的なものである事を印象付ける為には我慢するしかなかった。

「各自手元にある議会資料のP157を見てください。これは過去10年に遡った毎年の新入及び編入希望願書の数と来期の新入及び編入希望願書の数、受け入れ定数を解りやすくグラフに表したものです。見て頂いて解るように希望者は年々増加の傾向にあります。増加傾向にある希望者に対して毎年の受け入れ定数は5年前に拡張されて以来変動が有りません」
「開かれて然るべきガーデンが狭き門になりつつある、と言う事ですね?」

壇上から見た議会席は知った顔も時々しか合わせない顔もあり、それらが皆一様に難しい面立ちで手元に置かれた分厚い資料をペラペラと捲っている。
静かに、しかし捲くし立てるような勢いでそこまで説明を進めた時に一番端の席に腰を下ろしていたシド学園長がそんな声を掛けてきた。

「その通りです。その理由はガーデンとしての質やSeeD候補生及びSeeDの質を維持する為だと言われていました。しかし様々な方向から検討した結果、現行のガーデンをSeeD育成の為の特殊学部と一般知識を養う為の一般学部に振り分ける事は可能なのではないかと思います」

それに頷きながら言葉を続けると、議会は一気にざわめきが押し寄せる。
“SeeDの極秘任務に障りがあるだろう”
“増部したとして教員の確保はどうする”
“予算が厳しいのではないか”
ざわめきの中にはあの日の俺も考えた疑問の数々が上がっていた。

「皆様の疑問や不安感は重々承知の上での提案です。今一度、俺の提案に耳を貸してください」

少しの間はまだざわめきが残ってはいたが、それもすぐに収まりを見せ。
張り詰めた静寂に負けない為に一息付いた所で、提示した資料と共に俺達が共謀した壮大なる公の同棲作戦への布石を敷き詰めていく。
それは学部増設案に始まり…



一般学部生からは学費を取る事で収支を維持。
一般学生一人当たりの負担額は月当たり10000ギル程度とし、各自の個人及び家庭的事情を考慮して減額などの負担軽減策を設ける。
受け入れた一般学部生から成績優秀者を現行のSeeD試験の前に特殊学部への推薦枠として再編入する。
代わりに特殊学部からも著しい成績不振者を落第させ、一般学部へ再編入させる事で定数と排出されるSeeDの質を維持する。
入学資格は現状維持し、卒業資格を一般学部は15〜18歳とやや短くする事で循環を促す。
特殊学部は通常通り寮生活を営む事で機密を維持し、一般学部はバラムからで有れば通学可能。
遠方からの入学者は入寮可能では有るが要書類審査。
寮については現状通りにSeeDと一般生でそれぞれに区分けする。
現状の学生はSeeD候補生及び準SeeD候補生を特殊学部生、その他を一般学部生として学部や寮室の再編成を行う。
現在の教員に合わせ、ランク上位のSeeDから専門指導員として臨時教員を採用。
臨時教員となったSeeDには通常の給与に合わせて指導員手当てを支給。
一般学部の教員は現在の通常学識を主に指導している教員があたる。



…と、言う所まで詳細なデータを合わせての俺の提案には全員が強張った顔を崩さずに居たのだが。

「確かに需要と供給を満たした素晴らしい計画ではあるが、幾つか問題点があるだろう?」

昔から居る教員の代表として来ていた者が少し勝ち誇ったような声を上げた。

「問題点、ですか」
「そうだ。収支や人数などの調整は見事なまでだが、教室や寮室の数が足りないだろう」
「教室は学科毎に生徒が移動する事で解消します。今までのように生徒が固定教室を持つのではなく、教科教員が固定教室を持ち、生徒がそこに学びにいく形に変更する事で持ち回れると思っています」
「それはいい案だ。今までの職員室を改変して教室に転化する事も出来そうだな…」

その言葉に思わず笑みが浮かびそうになるのを心の底に押し込め、極めて真面目な表情を作って説明を続ければ 別の人が呟く声が聞こえる。
ちらりと視線を投げた最後列に居るサイファーは、皆から表情が見えないのを良い事にニヤニヤしっぱなしだ。
確かに提案の殆どがサイファーの案だったが、こうして発表する身としてはそう見える所でニヤニヤされるのは気に食わない。
議会が終わった後に吊るし上げる事を深く心に決めて、未だ続いている議会を進行していく。

「臨時職員となる上位ランクSeeD達は正式な教員免許を取得しない限り、教室を持つ事は有りません。代わりにより実践的な屋外での授業を主体に活動して貰う事になります」
「うむ…教室の問題は把握したが、寮はどうするんだ?火急の事で増設など間に合わないぞ?」
「それに関して、寮室割り振りの再編を考えています」
「割り振っても人数は減らないし、部屋も増えないだろう?」

そう、再編成しても部屋の数も人数も増えない。
しかし今回の壮大な作戦の最も重要な点がそこで、俺も知らなかった意外な盲点が有ったんだ。

「議会資料P177をご覧ください。これは現在の寮室の見取り図と入室者の数です」
「…一名しか入室してない所が幾つか有りますね」
「卒業、放校などで退寮者が出た際には翌年の新入・編入生をその空室に入居させている筈なのですが、申請漏れなどから幾つか空が出来ている事。そして上位SeeDに関しては今までは個室を充てていましたが、下位であろうが上位であろうがSeeDである事に変わりは有りません。よって “俺達、指揮官職” を含め個室制度を廃止し、一室二名の入居を徹底して空部屋を確保すれば新規入室者も受け入れる事が可能です」
「指揮官職まで個室を排除するの!?」

促した資料に目を通して真っ先にその事実に気付いたのはシド学園長。
それを受けて更に掘り進んだ案を提示した時、予想通りに横に居たキスティスから反論が上がった。
少しだけ振り返れば予想外の事態に驚きを隠さない瞳が説明を求めている。

「当たり前だ。俺達が見本を見せなければ他からの苦情を跳ね除ける事は出来ない」
「それはそうだけど…貴方やサイファーと同室になるSeeDが萎縮しそうじゃない?」

キスティスの口からその言葉が発せられたその時、視界の端に映っていたサイファーが一際はっきりと笑みを浮かべたのを見て…正直気が気じゃない思いをさせられた。
俺とキスティスの議論の動向を静かに見守っている他の人は良いとしても、殊更目敏いキスティスに見つかったら何を言われるか解ったものじゃない。
しかし彼女もまた自分が発した疑問の回答を待ちながら考える事が一杯らしく、有難い事に挙動不審なサイファーには見向きもしないらしい。
安堵と共にまだまだ続けなければならない説明に溜息を零す事で気持ちを切り替えて。

「面倒な肩書きが付いてる者はそれでまとめたら良いだろ。俺と同室には副指揮官のサイファー。キスティス、アンタの同室には同じく教員免許を取得しているSeeD指導員のシュウ。他にも教員免許を取得している者や臨時職員に採用された者、諜報部やガーデン駆動部の面々もそれぞれ同室にする事で一般生徒への圧力を解消しようと思う」

俺の口から具体的な案が出た瞬間、事の成り行きを…と言うよりもサイファーとの同室を俺にすると言う事をしった一同から感嘆を込めたどよめきが溢れた。



『良いか?この編成を発表する時にはそれぞれの肩書きを強調するんだ』
(何でまたそんな事を…)
『俺とお前が同室になる大々的な理由になる上に、副指揮官の俺と一般SeeDとか指揮官のお前と一般SeeDと言う組み合わせよりも絶対納得する』
(当たり前だろ)
『何よりも俺と当たり前に接しながら、同室で居られる肝の据わった奴が雷神とお前以外に居ると思うか?』
『…いや』
『そう言う事だ』



そのどよめきを聞きながら俺は、篭城生活の最終日にサイファーが言っていた言葉を思い出していた。

(全く、アンタの悪知恵には頭が下がるよ)
「…確かにそれなら問題点も解消される上に機密事項が漏れる事もないな」
「全く素晴らしい案だと私は思いますよ。ガーデンがより平等に開かれた学び舎である事を表しながらも、収支に関してまでしっかりとした立案が成されてる。私よりも経営者向きですね、君は」
(それを言うならサイファーに、だ。俺は結局、あの時もアンタ達みたいに疑問をぶつける事しかしなかったんだからな)
「同室の予定がシュウなら私も異存はないわ。ましてや貴方がサイファーと同室…何も問題はないわね」

様々な声と共に辺りには僅かながらも笑顔が広がり。
この提案のせいで今現在も切迫している状態の上部が、更に様々な書類に追われる事を知っている面々すら笑ってしまっている。
皆揃いも揃ってサイファー・アルマシーと言う男の掌の上で踊らされてるなんて思ってもみないだろう───





───その後、多少の修正点は出たものの凡その概要はそのままで決議された今回の大掛かりな同棲作戦は、いつもにも増して山盛りの書類を捌くという事態を呼び起こしていた。
だが、これが全て終われば晴れて大々的に同棲生活。
それを思うと面映いような…何とも言えない気持ちになってしまい、そんな自分が恥ずかしくてついつい書類整理に熱が入る。
そうこうしている内に山のような書類にも終わりが見え、割り振りの終わったSeeD達の引っ越しも終了して。
…後は俺が今まで使っていた部屋にサイファーが引っ越してくるだけだった。

「スコール、仕事終わったらこの荷物運ぶの手伝ってくれ」
「ああ」

先に今日の書類を捌き終わったらしいサイファーが、部屋の片隅にダンボールに詰めて置いてある私物を指差しながら声を掛けてきた。
それに簡単な同意の返事をして、もう少し続く自分の仕事を早く終わらせようとしていた時だ。

「そうだ。スコール、アレは届いたか?」
「…届いてる」
「ヨシヨシ。やっぱり新居には新しい家具は必要だしな」

サイファーの言う物は確かに3日前に俺の部屋に届き、備え付けだった物を押し退けて鎮座している。
そうする事で今まで使っていた物が無くなった俺は新しいソレを使う事になったのだが…二人分のスペースがあるソレは未だ一人で部屋を使っていた俺にとって、逆に寂しさを覚える物だったのだ。
そんな新しい家具の事を確認したサイファーは至極満足気に頷きながら、仮眠室から持ち出した荷物をダンボールに詰める作業をしていたのだが。

「何?貴方達、家具まで新調したの?」
「新居だぜ?そりゃ新調するだろ。ああ、費用は個人持ちだから安心しろ」

そんな俺達の会話を同じ部屋で聞いていたキスティスが口を挟んできた事へ、サイファーが答えるのを書類を捌きながら聞いていた訳だが。
何となく視線を感じて顔を上げると…キスティスが難しい顔をして見ている。
とても嫌な予感がする。



「まさか、とは思うけど。貴方達、共謀してあんな大掛かりな提案を出したんじゃないでしょうね?」



…その質問に俺は視線を伏せて書類に専念する格好で沈黙を決め込み。
サイファーは再び仮眠室に入っていく事で聞き流した。
しかし一緒にいる時間が他の誰よりも長いキスティスを誤魔化す事は出来なかったらしい。

「相変わらずと言うか何と言うか…全く頭が痛い事してくれるわね?」

仮眠室に引っ込んでいるサイファーにも聞こえるような盛大な溜息の後に続いた言葉は、俺達の共謀がばれてしまった事を如実に表しているもので…もう誤魔化しようも無いらしい。

「チッ、ばれたか。流石だなセンセイ?」
「茶化さないの。もう事は動いてるし、私も他言しないけど…先に言って欲しかったな」
「アンタまで巻き込みたくは無かったんだ」
「結果ガーデン全部を巻き込んでるじゃない!信じられないわ」
「こうでもしねぇと堂々と同棲とか出来ねぇだろ?」
「理由はそれね?呆れてものも言えないわ」
「済まない」
「悪ィ…」

そうしてそれぞれがキスティスの顔の見える場所でバツの悪い顔して謝った時。
突然キスティスが噴き出して大声で笑い始めたのだ。
何故笑われるのかが解らない俺達は互いの顔と、笑っているキスティスを交互に見ているばかり。
散々笑いこけてすっかり涙目になっているキスティスは、疑問符が浮かばんばかりの表情の俺達に気付いて “ごめんなさいね” と前置きして涙をぬぐった。

「あー可笑しかった。二人とも謝るとは思わなかったわ。まぁ今回の件は口止め料として、後日二人でどこか美味しいレストランにでもエスコートしてご馳走して頂戴」
「…それで良いのか?」
「あら、他にもどうにかして欲しい?」
「いや…」
「久しぶりに懐かしい光景を思い出させて貰ったから許してあげるわ」

それだけ言うとまたくすくす笑い続けるキスティスに、俺達は首を捻りながらそれぞれの作業に戻ったのだ。




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