『 雪の記憶 』





「ウルセェ!俺は行かねぇって言ってんだろうが!」

扉の向こうから鋭い怒号が響き、続いてバンッと荒々しく開かれたドアから険しい表情のサイファーが現れた。
彼は様子を伺っていた俺と目が合っても不機嫌そのものの表情を隠しもせずに…ただ鼻先であしらいながら、睨みつけるような眼差しを残して足早に室内を後にする。
その背中がドアの向こうに消えた頃を見計らったかのようなタイミングで奥の部屋から出て来たのはキスティス。

「無駄だっただろ?」

酷く焦躁しているような表情で溜息を吐いた彼女をちらりと見て、声を掛けると苦い笑顔を浮かべて “ええ…” と。

「どうしてなのかしら…別にこれと言って問題は無い筈なんだけど…」
「…サイファーは雪が嫌いなんだ。だからだろ」
「それ、初耳だわ。でも寒いのは嫌いじゃない筈よね?だったら雪自体が嫌いって事かしら?」
「…そこまでは知らない」

どうにも腑に落ちないという表情を抱えて呟くいたキスティスに俺は彼について知りうる限りの情報を少しだけ漏らしてやると、怒涛のように問い掛けられて。
…だが俺はその全てに対して、勝手に答えられる権利が無かった。
それはサイファーが俺にさえ漏らしてはくれなかった、彼の唯一の弱み。
彼自身さえ封じて忘れようとしている、心の傷跡。
誰も完全に消し去る事が出来ない、後悔と悲しみに埋もれた記憶なのだから…───










─── その日は朝から冷たい雨が降っていた…今日のような憂鬱な午後。

「ココか?」
「ああ、予定車輌は今からちょうど30分後にこのポイントへ差し掛かる。後は計画通りに行動、ランデブーポイントまでに内部での任務を完了させてポイントに差し掛かる時を見計らって最後部車輌を切り離すだけだ」
「楽勝だな」
「そうなるように無駄な戦闘は避けてくれると助かる」
「へいへい、了解」

その日もやはり任務で…ペアを組む事になった俺とサイファーは車輌が真下を通る高架橋の上に身を潜めていた。
大規模になる今回の任務の手始めに、奴隷として掠われて来た人達と正SeeDの潜入班を差し
替える為の重大なキーポイントだっただけに俺とサイファーという少数精鋭で当たる事になった訳
だが。

「…嫌な雲が出てきやがった…雪になりそうだ…」

ふと空を見上げたサイファーがどこか苦しそうな表情で、そう呟いた。
確かに空にはどんよりとした重い雲が垂れ込めていて、先程までは視界をけぶらせていた雨がいつしか細くなっている。
だがサイファーがどうしてそんな事を気にするのか解って無かった俺は事もなげに “そうだな” と
返しただけだった。





予定通りに橋の下に差し掛かった車輌に乗り移った俺達は迅速に事を進めて行った。
思っていたよりも手薄だった警備に俺達は易々と内部へと潜入する事が出来、更に奴隷として浚われてきた人々も協力的で…任務は予定よりも簡単に終了させる事が出来そうに思えた。

「サイファー、何をしてるんだ?」
「見りゃ解るだろ。コイツの持ってるもんを…ってどこ行くんだ、ガキ!」
「おしっこ」

捕虜となっている人々に今から起こる事を簡単に説明して、車両の後部に移動させた俺の背後で
今しがた気を失わせた組織の人物の懐を探ってるサイファーに声をかけて。
サイファーが薄く笑いながら答えかけた時。
彼の横を小さな少年が横切った。

「我慢してくれ」
「ガマンできない」
「ダメよ、戻ってらっしゃい」
「もれそうだもん…」

出来るだけ穏やかな声を繕ってみたが少年の返答はそれで、後部から抑えた声でそう呼びかけてきた彼の母親らしき人物からの言葉にも少年は泣きそうな表情で答えて…俺や母親やサイファーの様子を窺っている。
股間を押さえてもじもじと足を擦り合わせてる辺り、既に相当長い時間我慢をしていたのか…本当に我慢が利きそうにないのは解った。
だが、今は下手に組織の人物を刺激してこちらの動向に気付かれる訳には行かない。
溜息を吐いて、もう一度低く “後ろに戻れ” と言おうとした時だった。

「トイレは1つ前の車両だったよな?」
「?!何を考えてるんだ、この状態で…」
「ランデブーポイントまでは後5分有る。だったらションベンくらい済ませられるだろ」
「…こいつの仲間がこっちに来たらどうするんだ」
「その時はこいつと一緒に仲良く並んでおねんねしてもらおうぜ?」
「潜入班の危険が増える」
「SeeDが危険を恐れてどうするんだ。言っとくがコイツも危険な状態だぜ?ホラ、テメェもこの怖いお兄ちゃんにちゃんとお願いしとかないとトイレ行けねぇぞ?」
「おにいちゃん、トイレ…いっていい?」

この状況を楽しんでいるらしいサイファーのニヤニヤした笑いと必死な表情で見上げてくる瞳に
見詰められて。
思わず逸らした視線の先では大人達が俺の判断を待っているような目で見ている。
深い深い溜息が漏れた。
確かにサイファーの言う事にも一理あり、今この場に居るのはサイファーと俺で…最悪の事態に
陥ったとしてもこの人達を守る事くらいは出来るだろう。
…その後の任務がどういう状況になるかは考えたくもないが。

「…解った。その代わり誰か連れて行ってやってくれ。こっちの状況をこの子に話されては困る」
「あ、私が」

そうして考えてみるとどうせなら早く行って帰って来てもらった方が良いような気がして、俺は後部に集まってる大人達に向かってそう声をかけた。
俺の言葉には彼の母親らしき人物が慌てるように立ち上がり、人々の間を縫ってこっちにやってくる。

「くれぐれもこちらの状況を悟られないように。知られれば貴女達も危険に巻き込まれます」
「はい。さ、行きましょう」
「一杯出してスッキリして来い。早くしろよ?」
「うん!ありがとう、おにいちゃん!」

母親と連れ立って車両の連結部分を潜っていく2人の背中を向こうからは見えない位置で見守る。
案の定、隣の車両に居た組織の人物が少年らを引き止めて何か話している。

「おい!行かせて良いのか?!」
「ガキがウルセェんだよ!さっさと行かせろ!」

不意にかけられた声に咄嗟に反応したのはサイファー。
彼の足元で伸びている奴らの仲間の腕を掴んで、向こうから僅かに見える位置でブンブンと振り
回しながら器用にそいつの声色を使って叫んだ。
…一瞬訪れた沈黙には流石にひやりとしたが、どうやら組織のヤツはうまく騙されてくれたらしく、
母子に何かを言っている。
思わず後ろの方に固まっている大人達に状況の説明を求めると真ん中辺りに居た老人が一つ頷いてくれた。

(どうにかなったみたいだな…)

安堵の溜息を漏らして視線を落とした時計はランデブーポイントまでの残り時間をコンマ秒刻みで表示していた。
残り時間は02:49:12。
そのデジタルの表示が忙しなく刻む時間を睨みながら窺う、隣の車両の動向。
なかなか戻ってこない。

(やっぱり行かせるべきじゃなかったのか…?)

不安が胸を過る。
残り時間は01:12:35。
隣の車両からこちらに来る ドタドタと緊張感のない足音と、その後を小走りで付いて来るもう一つの足音に安堵の溜息が漏れた。

「待て!止まれ!!」

ふと肩の力を抜きそうになった瞬間を選んだかのように俺達の背後からした怒号と共に、誰かが
ヒュ…と息を飲むような音がして。
その場は嫌な緊張感が支配した。

(マズイな…残り時間は1分切ってるんだぞ?!)
「…どうしてテメェらはそんなに後ろに固まってる?」

怪訝な声がそう問いかけた時、捕虜になってる大人達の瞳が一瞬泳ぎ…僅かに俺達を見る。

『サイファー』
『お前はガキを保護して、車両を切り離せ。俺はヤツをやる』

唇の動きだけで言葉を交わして、瞳で合図して…時計を見ながら1、2の3でそれぞれの方向に
飛び出した。



俺は一瞬早く飛び出したサイファーの背中に隠れるようにして、すぐ傍に居た少年へと一足飛びで近付きそのまま少年共々反対側の壁へ縺れ込む。
組織のヤツの怒号と同時に短い女性の悲鳴と銃声。
様々な音程の悲鳴が車両の後部から響く中、ガンブレードのトリガーが引かれる音を聞きながら…俺は車両を切り離すスイッチを押した。



一般人には殆ど一瞬の出来事に思えただろう。
ガコン…という鈍い衝撃と共に ドサッと重い何かが倒れる音がして…辺りは静寂に包まれた。
視線だけで窺った窓の外は予定通りに本線を外れ、代わりに追い越すスピードでやってきた潜入班が居る車両。

『こちら潜入班。無事ターゲット車両と連結しました』
「済まない、こっちは少々トラブルを起こした。気を付けてくれ」
『了解。予定通り暫くの間、こちらからの通信を終了します』
「了解」

すぐさま通信用に携帯していた小型の専用無線を通して連絡が入り、こちらも小声で短く返して。
そして俺はサイファーの様子を窺った。
だが物音はしない。
風が車両の連結部分を掠めて轟々と唸る音以外は、何一つ。
思わず奥で脅えている大人達にサイファーの様子を視線で尋ねると、先程頷いてくれた老人がまだ脅えた表情で小さく、首を振った。

(何が起きてる?!サイファー?)

それはとても奇妙な沈黙。
風の音だけがただひたすらに轟々と轟くだけの。
いつから振り出したのか、開いたままの連結部分から舞い込んできた雪が静かに床に落ちて消えていった…。





その後、事態が動いたのは俺達が乗っている車両が車両止めに激しくぶつかった衝撃の後。
助かったのだと漸く悟った大人達が一斉に歓声を上げ、俺が未だに下敷きにしたままだった少年が苦しげに呻いて…。

「…スコール…」

聞きなれた声が力のない声で俺の名前を呼んだ。
顔を上げるとそこには誰のものとも言い切れない血を全身に纏ったサイファー。
その血の色と生気のない表情に一気に血の気が引いた。

「それは、アンタのか?」
「…いや」

身体を起こして、恐る恐る聞いた事に対しても覇気のない声。
別に待機していたSeeDが車両の最後部から大人達を解放していく。
有難うございます だとか、助かった! だとか…そんな様々な声が車両に満ちている中。

「おかーさん、どこ?」

少年の声が響いて、それにサイファーが ピクッと反応して…辺りはまた沈黙が包んだ。

「…サイファー?」
「撃たれた。俺の目の前で…後1歩だった。連結が外れた時に下に…」
「…解った、もういい」
「あの人、俺に向かって “ごめんなさい” って言った。何でだ?」
「サイファー」
「チクショウ…どうして俺は先にあの人をこっちに乗せなかった?!何でだ!」
「サイファー!」
「何故だ…!!」

懺悔のように叫びながら床に蹲った背中がらしくもなく小さく見えた。
外では母を求める少年の声が悲しい音色で響いていた───





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