『For xxx』





デスクに頬杖付いて、溜息をひとつ。
何気なく走らせた視線の先に自分が “いつも傍に居る筈の人物” の姿を探しているのだ、と気付くのはもう何度目になるのだろうか…。





窓ガラス越しに届けられる日差しは12月のそれとは思えぬほどの温もりをもって室内にも降り
注ぎ、まるで背後から俺を包んでいるようだ。
だからと言う訳ではないと思いたいが、連鎖反応のように思い出してしまうのは…彼の温もり。
俺を包み込んでしまうほど大きなその温もりを背中で感じるのは得も言えぬ安心感を伴って、気付けばいつもそこに有ったような気がする。
だが生憎、今感じているその温もりは彼のそれではない。
彼は今、この寒い時期に…よりにも因って雪深いトラビアに居るのだ。
“任務だからしょうがねぇよな” と言いながら苦く笑った表情を最後に…もう1ヶ月以上は彼の姿を
見てない。

(解ってはいるんだけどな…)

そうして朝から…いや、彼が居なくなった翌日からこんな調子で何度も溜息を吐いてる俺の姿を彼に見られたら何を言われるか解ったものではないのだが。
そうせずには居られないほど確かに、俺は寂しさと言うものを感じているようだった。

「…寂しい、な…」

ふと思いついて口に出してみる。
するとただ胸の中だけに有ったはずのその感情は、まるでこの部屋中に広がってしまったかのように感じて…ますます寂しくなった。
馬鹿な事をしてる。
解ってはいても現実問題この胸にある感情はそれで。
これ以上その感情を殺しておく事が出来ないほどに膨れ上がっていたのだ…我ながら情けない話では有るが。
…そんな風に日常に溜息を混ぜて過してきた。
ここ1ヶ月の間にサイファーからあった連絡と言えば、私的な用件を全く含まない非常に業務的な
経過報告ばかり。
それは 『連絡は常に的確に、簡潔に』 を合言葉のようにして教えられたSeeDとしての連絡内容としては非常に好ましい。
だが、無線越しに届くその張りのある低音が耳をくすぐる度に俺は溜息を漏らしてしまうのだ。
そうして俺が意を決して言葉を紡ぐ前に切られてしまうそれは、ただ恋しさを募らせるばかりのもので…解っていてもまた溜息が漏れてしまう。



何か一言…ただ一言。
“指揮官” ではなく、出来ればいつものように名前を呼んでくれたら良いのに。



温かい日差しが差し込む指揮官室のデスクの前で、椅子に腰掛けたままそんな事を考えては…
溜息ばかり吐いている。
そうして今もまた溜息を一つ漏らした時だった。
デスクの端に置いてあるインターフォン代わりの無線の、ドアの外からの呼び出しランプが点滅し
始めたのは。

「はい」
『いいかしら?』
「ああ」

ドアの外から問いかけてきたのはキスティス。
プッ、と外からの連絡が切れた次の瞬間には目の前にある扉が開いて、その前に立っていたキス
ティスを室内に招き入れた。
その手にはいつものように束になった書類の数々。

「こっちが新しい任務の依頼。こっちは報告書。それからこれが依頼主からの報告書と感謝の手紙ね。後は今度の会議に使う資料よ。良く目を通しておいて」
「…了解」

矢継ぎ早に説明されてはその度に積まれていくその紙の束を他人事のように眺めているとまた溜息が零れる。
それを小さく笑ったキスティスは…まるでとっておきの物のように、彼女が今デスクに置いたその
書類達の上に一通の封筒を乗せた。

「…それは?」
「見ての通り、貴方宛の手紙。 “差出人不明” だから一応、金属探知機と盗聴機発見機にはかけたけど何も出なかったわ」
「…」

その真っ白な封筒に書かれた文字は…どこかで見た事がある気がした。
黒いペンで書かれた少し癖のある文字で綴られた俺の名前。

「そうね…多分、それを読んだら元気が出るんじゃないかしら」

記憶の底に僅かに張り付いているかのような微かな記憶を寄せ集め、どこかで見た事の有るはずのその文字の主を特定しようと考え始めた俺に…キスティスはそう言ってにこやかに笑った。
そしてそのまま踵を返してドアの前まで進んで。

「ちなみに明後日はダメだけど明日だけなら臨時休暇を取る事になっても大丈夫よ?」

…という理解不能な言葉を残してドアの向こうに消えていった。

(どういう意味だ…?)

暫くはキスティスが残していった言葉の方に気を取られて、ぐるぐると思考を巡らせてみたものの…結局、一体それが何を示してそう言われているのかが解らない内は理解など出来ないだろうという結論に辿り着いて。
いつの間にか翳っていた日の光のない、薄暗く感じる室内で…俺は漸くその封筒に手を伸ばした。
表にはガーデンの位置を示す番号と俺の名前。
裏を返しても、キスティスが言ったとおり、誰の名前も書いてない。
振ってみても紙が擦れる カサカサという乾いた音の他には何もない。
…しかし何度考えてみても、俺にはこんな風に手紙を貰うという心当たりがないのだ。
全くと言っていいほど。

(…怪文書の類だったら即、シュレッダーだな)

そう心の中で呟いて、デスクの引き出しにしまってあるペーパーナイフを差し込んで、封を開けた。
中から出てきたのは二つに折られた何の変哲もない、一枚の白い便箋と厚紙で保護されてる何か。
明らかに不審な厚紙のそれはともかくとして、先に一緒に入ってる便箋をおもむろに開いて…俺は思わず我が目を疑う破目になった。
“Dear Squall Leonhart” という手紙の書き出しとしてはよく有りがちな文章から始まったのは…サイファーからの手紙だったのだ。










『 親愛なるスコール・レオンハート

元気にしてるか?風邪をひいてないか?
俺がこの任務の為にガーデンを出てから、およそ1ヶ月が経つ。
こっちは連日の雪のせいで思うように作業は捗らず、段々嫌になってきた。
たかが3ヶ月半程度の任務だが、こうも雪が続くと更に延長戦と言う事になりそうで、嫌な事この上ないほどに腐ってる毎日だ。
明日も同じ繰り返しだと考えるだけでも本当に嫌になる。

…自分ではたかが数ヶ月。
1ヶ月だろうが3ヶ月だろうが、そんな事はどうだと言う事もないだろうと思ってたが…どうもそうじゃ
ないらしい。
お前に会いたい。
これまでも無線越しに何度もそう言いかけたが、取り合えず止めとく事にしてる。
口に出したら今すぐにでもそっちに戻りたくなるからな。

一足早いクリスマスプレゼントを同封しておいたので、今夜はそれを枕の下に置いて寝るように。
夢で会おう。

サイファー・アルマシー 』










最後の一行が同封されていた厚紙で保護されている何か、を指してるのは言われなくても解った。
黙ったままその白い封筒の中のそれを取り出して開くと…そこに居たのは一面、真っ白に染められた大地と山々をバックに優しい目をして笑ってるサイファーの姿。
少し日に焼けたのか…1ヶ月前に別れた時よりもやや浅黒くなってる肌と光を受けて輝いてる金髪が、特殊印紙に焼き付けられてるだけのそれの中で酷く眩しく映った。

(これを枕の下に置いて寝たら夢でアンタに会えるって言うのか?馬鹿らしい…)

その笑顔を見たとたんに唸りを上げるように跳ね上がった鼓動をどうにか落ち着かせようとして、
ひらひらとそれを振りながらそんな事を考えたが…無駄だった。
紙に焼かれたその笑顔を見ただけで、こんなにもアンタに会いたい。
今、この場にアンタが居ないという事実を突きつけられたようで胸が痛い。
笑ってるアンタのその脇に広がる白い空白に…俺もアンタの傍に居たい。

「こんな紙じゃダメだ…ダメなんだ、サイファー…」

苦しくて、その笑顔から逃れるように俯いたまま掴んだTシャツの胸。
姿だけを見せ付けるそれが目を閉じても瞼の裏に焼きついて離れない。



逢いたい



アンタに逢いたい



今すぐ、逢いたい…!



思わず握り締めてしまったその紙と、デスクの傍らで埃を被っていたライオンハートをケース毎掴んで俺は走り出していた。
後先なんて考えられない。
今はとにかくアンタに会いたい。

「スコール?!どこへ行くの?」
「っ、悪い!後で連絡するから見逃してくれ!」

上がってくるまでがもどかしくさえ思えるエレベーターの前でイライラしながら立っていた背中にキスティスの声。
振り返ってその顔を見たら動けなくなるような気がして、扉を睨んだままそう叫んだ俺の背後で僅かな沈黙さえも破るようにくすくすと笑い声がしてる。
そうして。

「タイミングよくラグナロクがデッキに接地してるわよ?」
「!?」
「貴方が大至急行かなければならないほどの緊急事態、なんでしょう?」
「…ああ」
「だったら野暮な事言えないわ。でも明後日までには帰ってくるって約束して」
「解ってる…」
「OK。お礼は後日、バラム辺りで最高級のディナーをご馳走してね」
「ぐっ…解った」
「いってらっしゃい」
「行って、きます」

チンと軽い音と共に目の前の扉が開いて。
その背中に投げられた軽やかな “いってらっしゃい” に俺は甘やかされてるような気分を味わい
ながら小さな声で、そう返した。
2Fのデッキに辿り着くとキスティスの言葉どおり、俺を待っているかのようにそこにあったラグナロクを駆って…進路を一路、北へ───















─── 咄嗟に握ってきてしまった “写真” と呼ばれるそれに映っている山脈が見えてくる。
見下ろせばどこまでも真っ白な大地。
グッと高度を下げて降り立ったその雪景色の上。
遠く霞むようにトラビアガーデンの姿が見える。

“トラビアガーデン周囲に生息してるモンスターがガーデン内に侵入する事を防ぐ”

それが今回のサイファーの任務。
いつ来るか解らないそれに合わせて2チームに分かれての交代任務で有りながらも、班長である
サイファーの睡眠時間は1日平均3時間。
場合によっては2、3日の徹夜も有り得る…と言う余りにも過酷な現状だった。
だがサイファーはこの1ヶ月間の間、チームに負傷者さえ出さずに今まで来ている。
後、2ヶ月と半分。
本来なら彼の姿を見るのはそのくらい先の事。
だが今、俺はここにいる。
きっと今もあの遠くに見えるトラビアガーデンの周囲を歩き回っては、本当は誰よりも疲れ切って
いるはずだろう事実を表情にも出さず、チームの覇気を上げる為に活を入れたりしてるのかも知れない。
手の中の写真を失くさないように懐にしまって。
どこまでも続くような白い大地の上に、軽く呼吸を整える為に零した溜息を置いて。
手にしたライオンハートの感触を確かめるように振り回して…その馴染んだグリップを強く握リ込む。
そうして俺は意を決するように白銀の大地を蹴った。



白い大地の上に点々とまばらに低木が立ち並ぶ。
時々現れるこんもりとした森に近付く度に歩を緩めては耳を澄ます。
そこに彼の気配を探して。



何時間ぐるぐると歩き回っただろうか…手足の先がすっかり冷え切ってしまったようで痛い。

(こんな寒い所で、アンタは頑張ってるのか…)

そんな事を考えて…ふと足が止まった。
サイファーはらしくもなく手紙に弱音を吐いて遣してきた。
だがそれは多分、電話の向こう側で覇気を失くしていた俺に気付いていたからだろう。

“俺も我慢してる”

…そんな風にサイファーは言いたかったのかも知れない。
たかが3ヶ月半
たったそれだけだ、と任務に就く前日に他愛もないように零したのは…誰でもなく、俺の為だとしたら…。

(だとしたら、俺はアンタの期待を裏切ってるのかもな…)

離れていても大丈夫だ、と。
そういうつもりで遣された手紙だったとしたなら。
…今、俺がサイファーの前に現れたらきっと呆れられる。
そうやって冷静になってみると、感情だけで突っ走ってきてしまった自分が恥ずかしくなった。



『どうしてアンタはそうやって感情に流されるんだ』
『あ?良いじゃねぇか。結果オーライだったろ?』
『だからって言って、こっちの指示を無視したアンタの単独行動を許す訳には行かない』
『反省房にでも閉じ込める気か?』
『…最悪、そうして貰う』
『いいぜ?』
『ぇ…』
『あそこはもうとっくに俺の第二の部屋みたいなもんだ…今夜はそっちか?』
『いや…その…』
『どっちだよ。…言っとくが俺は自分の行動には責任を持つ。本隊に影響がねぇと思ったから単独
行動に出ただけだし、単独の方が奇襲には最高だ。現に本隊の任務は無事成功。更に俺の単独
奇襲攻撃のお陰で主犯グループも捕まえられて、1石2鳥だっただろ』
『それとこれとは関係ない』
『ああ、関係ねぇな。だから俺は甘んじて処罰を受ける。問題ねぇだろ?』
『…』



サイファーはSeeDになった後も…何度も同じような事を繰り返して。
その度に俺は何度も同じような言葉を繰り返して。
…それでもサイファーは変わらなかった。



“スコール、これが俺の生き方だ。今更変わる訳ねぇ”



振り返り様にいつも言われていたような気がするそんな言葉が胸に突き刺さる。

(俺は何をしてるんだ?感情に流されて、指揮官という地位を投げ打って…自分勝手にガーデンを出てきて…)

誰が一番身勝手な行動をしてるというのか…───





-- Next --



Back

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!