「好きです、付き合ってください」


 目の前の少女は、確か隣のクラスの・・・・何て言ったっけ、覚えてないや。ただ、堀尾たちが妙に騒いでた生徒だということは覚えている。

 貴重な貴重な昼休み。俺は彼女に手紙で呼び出された。

 手紙で、それも屋上で男女二人だけ・・・と思ったら、やっぱり”告白”だった。


「・・・悪いけど、俺、今そんな暇ないから無理」


 テニス部が全国大会出場決定したの知ってるだろ、とぼやくように俺は答えた。

 俺はテニス部のマネージャーをしている。半ば強引に任されたが、マネージャーをしている以上、断る理由に使わせてもらおう。


「邪魔をしないって言っても、駄目なの?」


 彼女はじっと俺を見つめてくる。こう言えば、大概の人間は諦めてくれた。

 今回は、ちょっと手強いな・・・。


「・・・じゃあ、はっきり言おうか」


 ちらっと時計を見る。後15分で昼休みが終わる。いくつか諦めさせる理由を頭の中で浮かべていたが、何だか全部に理屈を付けられて

チャイムが鳴るまで続きそうな気がした。

 だから・・・・俺ははっきりと言い放った。



「俺、女に興味ないから」



 みるみるうちに、彼女の顔が硬直していく。効果覿面、とはこのこと。

 その顔が傑作で、俺は心の中で笑いながら屋上を出て行った。





「お、おい越前。お前、あの小川の告白断ったってホントか!?」


 堀尾の大声のせいで、一瞬にして全員の視線が俺に向いた。


「・・・小川って、今日俺に告白してきたやつか」


「そうだよ!学年一美人で、狙ってるやつ多いんだぜ!?何で断ったんだよ!」


 堀尾の顔は、信じられない、っていう顔だ。そりゃそうだろう。可愛い女に告白されて、断る男なんて普通はいない。


「これから全国大会が始まるって言うのに、恋愛にうつつを抜かしてどうするんだよ」


 全国大会まで、もうすぐ一ヶ月を切る。俺はマネージャーとして、レギュラー陣をサポートしなきゃならない。

 今回は強豪校が揃っているという噂なのだ。気が抜けない。


「・・・・ほら、部長が睨んでる。走らされたくなかったら、さっさとボール拾ってくれ」

 堀尾は未だに信じられないという顔をしながらも、ボールを拾ってカゴの中に入れた。




、告白されたってホント?」

「お前までそんなこと聞くのかよ、リョーマ」


 練習が終わり、俺は未だ着替えの終わっていないリョーマを待っていた。ペラペラと副部長が書き終えた日誌をめくる。

 日誌を書くのはマネージャーの仕事・・・・だったらしいのだが、リョーマが着替えを終え次第俺を引っ張ってさっさと帰るので、

仕方なしに副部長が今も書いているそうだ。


「別に言わなくていいじゃんか。兄弟間でも、プライベートってやつはあるんだから」


「プライベートねぇ・・・・俺の部屋に、ノックなしで勝手に入ってくるのに?」


「あれは兄弟だからこそ、大目に見てもいい行為だと思うけどな」


 俺はそういうのと同時に日誌を閉じた。日誌はありきたりな事しか書いてないから、つまらない。


「ちーがーうーって。オチビは、ブラコンだからが他の人に取られるのが気に入らないんだよ」


 あー、オチビって可愛いな〜と、着替えの終わった菊丸先輩がリョーマに抱きついた。本格的ではないものの夏である。

 リョーマはむすっとしてその腕を払った。


「でもよ〜、お前も度胸あるよな。学年一の美少女を振ったんだからよ」


「そうだな。これでざっと、数十人の男子生徒を敵に回した計算になる」


「・・・・」


 一体この人たちは、堀尾から何を聞いたんだろう・・・いや、何を想像しているんだろう・・・俺は軽くため息を吐いた。


「しょうがないでしょう、彼女には何の感情も湧かなかったんですから」


 それに、とこの時その言葉を続けてしまった。


「俺、恋人いますから」


 一瞬の、空白があった。


「えっーーーーーーー!!!???」


 耳を突く声に俺は思わず目を瞑った。うるさい・・・。


「おまっ、マジかよっ!?」


「嘘嘘っ!に先を越されてただにゃんて〜!」


 ・・・・口を滑らせた。俺は自分の失態を後悔した。手に目を当てるとは、こういう状況で行なわれる行動なんだろうな・・・と

ほんの少しだけ現実逃避を図る。


「一体どんな子なんだ!?可愛いか!?」

「年はいくつ!?スリーサイズとか・・・!」


「・・・・先輩方?」


 俺はにっこりと笑みを浮かべた。びくっと、空気が震える。


「今後一切、その話には触れないように・・・・いいですか?」

 コクコクと一心不乱に首を縦に振る桃城先輩は、ガタガタとその身が震えている。泣きそうになっているのは菊丸先輩だ。


「・・・リョーマ、帰ろ」


「あ、うん・・・」


 ブラックスマイルで脅しをかけ、ほっといていたリョーマに声をかける。荷物を持って部室を出た途端、赤ん坊のような泣き声が聞こえた。


「・・・ちょっと、やりすぎたか」


 口ではそう言いつつも、内心いい気味だ、と思っている。あれくらいはしておかないと、しつこく聞かれ続けるだろうから。


「・・・、付き合ってる人いたんだ・・・」


「えっ・・・?あ、うーん・・・そうだな・・・」


 7時を回っているが、空はまだ少しだけ明るい。俺は目を丸くしながらも頷いた。リョーマからそんな質問が来るとは予想外だったからだ。

 兄弟になって、まだ5年しか経ってない。オマケに、お互いに心を許したのだってつい最近のことだ。まだまだ、リョーマを理解できていない。



「・・・恋人っては言ったけど、むしろ俺の片思いだ・・・あいつの周りにはいつも人がいっぱいいたし・・・」



 俺はそれだけ言って、押し黙った。リョーマは何も言わず、黙っていた。

 家に帰って、夕飯を食べて、風呂に入って。俺は髪も乾かないうちに布団に潜り込んだ。


「・・・片思い、かぁ・・・」


 『恋人』を『片思い』と言い換えたけど、俺とアイツの関係は、言葉にしづらい。


 言うなれば・・・・『行き擦り』が一番近いと思う。


 同じ境遇者が、キズを嘗め合った・・・そして、片方に恋心が生まれた。それだけのこと・・・。


「・・・悲しいな・・・」



 俺は自分の身体をぎゅっと抱き締め、目を閉じた。



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