静かな凪の海に、赤い夕日の光が照り返している。かなり
暗くなった空には、カモメの代わりにコウモリが飛びはじめ
ている。
「…………?」
海に面した公園のベンチに、少女が一人腰掛けていた。ま
だ十にも満たないであろう、幼い少女。頭の上で髪を結ぶ黒
いリボンが、少し背伸びをしているようで愛らしい雰囲気を
醸し出している。
「えーと……?」
少女は自分の手足や着ている服をみて、夕暮れ時の暗い空
を見上げ、人の疎らな公園内を見回し、不思議そうに首をか
しげる。
「わたし、どうしてここにいるんでしょうか?」
ここ海鳴公園は少女のお気に入りの場所で、よく散歩や遊
びに行く所なのだが、今は何でここにいるのか覚えがなかっ
た。着ている物は学校の制服ではなく、普段着の上着にミニ
スカートなので、学校帰りではないようだ。そもそも、今日
学校に行ったのかのかも記憶がはっきりしない。
(寝ぼけたのかな?)
すぐに寝付けるが起きるのはとても苦手な少女は、ベンチ
でうたた寝してしまったのだろうと判断して立ち上がった。
不用心だと少女の兄には怒られるかもしれないが、潮の香り
を運ぶ風もなく、空には雲一つない良い天気で、夕暮れでも
まだまだ暖かくて、きっと誰でも寝てしまうに違いない。
「……お店にいこ」
少女の両親は喫茶店を経営しており、年の離れた兄や姉も
店を手伝っている。この時間なら店によれば、自宅に戻る誰
かと一緒に帰れるだろう。
「ねぇ、今日の夕ごはん、何…か…な……」
公園を後にして家族の元に向かう少女は、自分の肩に話し
かけ、誰もいないことに愕然とする。そこには何時も誰かが
いた気がした。だが誰もいない。少女の小さい肩に人が乗る
わけもなく、もし乗るならペットの類いだが、喫茶店を営む
少女の家では動物を飼うのは難しく、ペットは飼ったことが
ない。
(わたし、わたし……)
何かとても大事なこと、大切なものを忘れている気がして、
少女は街中で立ち止まる。それが何か分からないが、とても
さみしくて少女の胸を締め付ける。
立ち尽くす少女の横を人々が通り過ぎる。血のように赤い大
きな夕日がビルの向こうに消え、夜の帳が少女をつつむ。
「っ!」
少女は目の端に浮かんだ涙を拭い、人込みの中を駆け出し
た。