霞んだ視界のなかを、真紅の戦闘服を纏った少女が一歩一歩近づいてくる。
力尽きた獲物へと、止めを刺すために。
「っ・・・・・」
動かぬ体に鞭を打ち。
なのはは震える左手でレイジングハートを少女へと向ける。
(・・・こんなの、で・・・。まだ、負けな・・・い・・・)
だが、何ができるというわけでもない。魔力こそ残っているものの、なのは自身もレイジングハートも少女の攻撃に傷つききっている。
最初の奇襲で、まず右腕をやられた。
左利きのなのはにとって右手は、防御時に大変重要となってくる。
その右手を最初の一撃で負傷させられた。
更には、相手の目的がわからない以上、迂闊に攻撃はできない。そう思って放った威嚇のディバインバスターが、命取りとなった。
突如狂戦士と化した少女の攻撃にとっさに張ったシールドは破られ、レイジングハートは機能停止寸前まで破壊されてしまった。
その時点で既に勝敗は決していた。
そして少女の更なる追い討ちがなのはを襲い、バリアジャケットさえも破られ、立ち上がることすら
ままならないほどのダメージを受けてしまった。
レイジングハートを少女へと向ける。それが今のなのはに辛うじて可能な、抵抗にすらならない唯一の抵抗だった。
それでもなのはは、諦めたくなかった。勝機がもはやないということが、頭ではわかっていても。
────ユーノ君。クロノ君。・・・・フェイトちゃん。
大切な、三人の友達の名を心のなかで呼ぶなのは。
霞んでいた視界は、次第にブラックアウトをはじめていた。
それに呼応するかのようにひび割れたレイジングハートの赤い宝石もまた、次第にその光を失っていく。
少女がその手に握る大鎚を振り上げたのを、みたような気がした。
衝撃の音が、どこか遠くで響いた音のように感じるのが不思議だった。
最後の一撃を受け意識を失ったなのはを尻目に。少女は一冊の分厚い本を取り出す。
「・・・・?どういうことだ・・・?闇の書が、魔力を吸えない・・・・?」
目の前に倒れる少女はもはや防護服すらボロボロで、半裸に近い状態。デバイスも機能停止している。
なにか抵抗の魔法を使っているようには思えなかった。
しばしの思案のあと、少女──ヴィータは戦闘前に別れた仲間へとコンタクトをとる。
──獲物は倒した。だが妙なことが一つある。シグナム達と合流する。来い、ザフィーラ──
こうしてなのはは敗者となり、その身を闇の守護騎士達によって囚われたのだった。
「よせ!!止めるんだ、フェイト!!」
そう言ってユーノが掴んだ右手は既に手袋が破れ、中の皮膚も裂けて白く小さな手に赤い血がじんわりとにじんでいた。
「私・・・約束、したのに・・・・。なのはが困ってたら、助けるって・・・なのに・・・・」
ユーノの手を振り払い、フェイトは再び硬い壁を、魔力強化もせぬ右腕で打ち据える。
──薄暗いビルの、崩れかけた部屋の中。一定以上の魔法知識を持つ者ならば、一目見てそこが戦場であったことはわかる。
そのなかに、ぽつんと。
修復不能なほどに砕かれ、機能を停止したピンク色の杖が転がっていた。
フェイト達のよく知る、その持ち主の姿は無い。
「なの、は・・・・・・ごめん・・・ごめん・・・・」
嗚咽を漏らしながら、何度も、何度も拳を打ち据えるフェイト。
そう。遅かったのだ。
フェイト達は、間に合わなかった。
これからなのはの受ける責め苦を、彼女達は未だ知る由も無い。