「気をつけて、いってらっしゃい」
母親はそう言って、少女に手を振る。今日は少女の、旅立ちの日。
「なにかあったら、すぐ連絡するんだぞ」
兄もまた、心配そうに見送りに出てきている。
「うん、わかってるよ」
少女は隣に立つ二人の少年と女性を促すと、銀色に光る装置の前に立つ。
「それじゃあ・・・いってきます、お母さん、兄さん」
「いってきまーす!!」
少女の声が朝の空に響く。
「あ、なのは」
「何ーー?」
「今日は留学生の子が来る日だから早く帰ってこいよ」
「うん、わかったー!!」
元気よく駆け出していく妹の姿を見つめる兄に、姉は聞いてみた。
「ねえ、『あの子』のこと、ぎりぎりまでだまっていようって言い出したの、恭ちゃん?」
「俺じゃないよ。リンディさん・・・それにアリサやすずか達が決めたことだ」
ダイムの一件から、一年が経とうとしていた。なのははちょっぴり成長し、今はもう4年生。
・・・しかし、その肩にもうユーノはいない。
あの日、ユーノが口にした決意。
「ずっと、同じ場所に立ち止まっていてはだめだから。僕も、成長しないとだめだから」
そう言い残し、ユーノは元いた世界へと戻っていった。もちろん、ちょくちょく戻ってくるとは約束したけれど。
レイジングハートは相変わらずなのはといっしょだ。自分が持っているよりもずっといいと判断したユーノが、なのはの元に置いていったのだ。
管理局の面々──入局したと聞いたフェイトやクロノも、最近は忙しいらしく、しばらく会っていない。
(今日来る留学生って、どんな子だろー?)
数年前までは高町家には一人の居候がいた。兄と姉の幼馴染。それ以来のことだ。
今度家で世話することになる子は、父からは自分と同い年としか聞かされていない。
「なのは」
公園の前に差し掛かったとき、その声がなのはを呼び止めた。
ベンチに座った、栗色の髪の少年が、こちらに手を振っている。
「ユーノ・・・君・・・?」
なのはの問いかけに、ユーノは無言でうなずく。
戸惑いは、一瞬で。すぐに、なのはの顔には満面の笑みが広がっていく。
「ただいま、なのは」
「お帰り、ユーノ君。・・・いつ戻ってきたの?」
「さっきだよ。リンディ艦長から頼まれて」
「リンディさんから?」
時間はまだ少しある。ユーノの横に腰を下ろし、話を聞くなのは。
「ジュエルシードや、ダイムの事件があっただろ?それで、地球みたいに魔法の概念が希薄な世界にも万一の時のために局員が滞在することになって」
「ひょっとして、それがユーノ君?管理局に入ったの?」
「いや。それは別の人。現地のことについてある程度知ってるから、付き添いで来たんだ。ガイド・・みたいなものかな」
本当はもうひとつ、『彼女』とそれなりに親しいから自分に白羽の矢が立った、ということもあるのだけれど。
「それで・・・また、なのはの家にお世話になっても、いいかな?」
ユーノの身体が、変化していく。なつかしい、フェレットの姿に。
「うん、全然かまわないよ!お姉ちゃんもきっと喜ぶし。・・・あ、でもユーノ君その局員さんといっしょにいないとまずいんじゃ・・・」
ただ来ているのではない、仕事で来ているというユーノに、なのはは気を回す。
「ああ、それなら大丈夫。彼女も」
「え・・・?」
「さ、学校なんだろ?もう行ったほうがいいよ。きっと『彼女』にも会えるはずだから」
「それって、どういう・・・」
「行けばわかるよ。ね?」
「う・・うん・・・」
「今日はみんなに、新しいお友達を紹介しようと思います」
朝のホームルーム。担任の言葉と共に、少女は入ってきた。
その姿になのはは息を飲み、アリサとすずかは、顔を見合わせて──アリサはガッツポーズ付で──微笑む。
朝の光を受け、金色に輝くきれいな髪も。
赤い、大きな瞳も。
友情の証の、ピンク色のリボンも、何一つ変わりはしない。
違っているのは、自分達と同じ、真っ白な制服を着ているということだけ。
担任に促され、少女は自己紹介の口を開く。きれいな、澄んだ声で。
「フェイト・・・フェイト・テスタロッサ=ハラオウンです」
完