「あーあ・・・明日もまた検査か。いい加減うんざり」
フェイトの手から上着を受け取りながら、少女は億劫そうに愚痴をこぼした。
「仕方ないよ、こればっかりは。ちゃんと診てもらわないと・・・」
「そりゃわかってるけど。でも別にどこも身体におかしいところないんだし、やんなくたっていいじゃない」
なだめようと思い言った言葉だったが、少女にとっては藪蛇であったようである。
口を尖らせながらぶつぶつと文句をいう姿は外見どおりの幼い少女でしかない。
そんな彼女と、その後ろを荷物を持ってついていくフェイトのやりとりは、だれがどう見てもただの仲のいい姉妹の光景で。
そっくりな外見も手伝って、我侭な妹をなだめすかす姉という表現がぴったりだった。
本当は、全くの逆なのだけれど。
「でもまぁ、今日はフェイトの友達と会えるんだし。それはすごく楽しみかな」
小さな身体の姉───アリシアはそう言うと、自分よりずっと背の高い妹───フェイトに向かって笑った。
フェイトが目覚めてから、数日。アリシアの「帰ってきた」あの日からは、もう一週間にもなろうとしている。
あの日、紅き閃光の晴れた、その中心部で。
機能を停止したロストロギアと共に倒れるフェイトの腕の中に彼女は眠っていた。
生前の彼女の姿、そのまま───5〜6歳の、幼い子供の姿のままに。
何故なのかはわからない。
フェイトより先に意識を取り戻した彼女も、当初のうちはどうして自分が肉体を取り戻しているのか、理解できずにいた。
「奇跡、っていうやつなのかな」
なのは達との待ち合わせまではまだしばらく時間がある。本局内の食堂でお茶を飲みながら、アリシアは自分の意見を口にする。
今のところ現地を調べている調査員の報告からも、アリシアの受けている精密検査からも、
彼女の戻ってくることのできた理由を示す手がかりは発見されていない。
機能停止の瞬間に、何らかのきっかけでロストロギアがプレシアの願いを正しく叶えることができたのだろう。
医師の言う仮説は、そんなひどく曖昧なものであり。
要は何らかの偶然が重なり合った結果生まれた、奇跡のようなものだと言われているような気がしたのだった。
「きっかけ、か・・・・」
二人が思い浮かべるのは、最期にプレシアが見せた、彼女達を愛おしむ満足の微笑み。
あの時、母は───プレシアは自分の意識を、ロストロギアに託した自らの思いを思い出したのではないだろうか。
そして、自分と同じ姿の虚像のその表情に、残された精一杯の力で発露させたのではないか。
だとしたら、その「きっかけ」を作ってくれたのは紛れもなく母自身であった。
「私は、奇跡だなんて思わないよ」
「アリシア」
「そんな言葉じゃ、まるでこの身体がたまたまできた偶然の産物みたいじゃない。そんなの嫌だ」
聞こえだけのいい、他力本願な努力を辞めた人間のすがるような短い言葉で表すのなんて、絶対に。
「お母さんが、私達がこうやって面と向かって話せるように一生懸命がんばって、命まで懸けてやってくれたことをそんな風に言われたくない」
「・・・うん」
「だから私は信じてる。この身体は勝ち取ったものなんだって。お母さんと、フェイトと、私の三人で」
クロノ達管理局の面々やなのは達といった友人。それに消えていったリニスに、彼女の最期を看取ったアルフ。
みんなに支えられて三人でようやく取り戻した身体なのだ、と。
「でも、楽しみだな。アリサやすずかの顔は、何度も見てるけど話すのは初めてだし」
だからこうやって彼女は今、今までできなかったこともできる。
フェイトと向かい合ってしゃべったり、笑ったり。
ドリンクサーバーから淹れたものだと丸わかりの、大して風味もない水っぽい紅茶を食堂に座って飲んだり。
会ったことのない友への期待に胸を膨らますことだってできるのだ。
「はやても会えればいいんだけど・・・まだやっぱり色々忙しいみたい」
「そっか。そっちはまあ今度のお楽しみかな」
「・・・ねえ、アリシア」
「ん?」
楽しそうに笑うアリシアへと、フェイトは真剣な眼差しを向ける。
幼い身体に自分と同じ年齢の情緒を持つもう一人の彼女は、不思議そうに首を傾げてみせる。
「アリシアはこれから、どうする?どうしたい?今から、じゃなくて。これから先、って意味で」
幸い、フェイトの時と違いアリシアは単なる事件の被害者として保護されただけの、ただの民間人だ。
民間人故に施設への立ち入り制限などはあるが、基本的に行動に対して制限はない。
しかもアリシアの場合、嘱託の家族ということでかなりその制限も緩和されている。
「そうだね・・・どうしよっかな」
「その、よかったらアリシアも私といっしょに」
「フェイト」
まだそんなことを考えるのは無理かもしれないけど、一緒にリンディ提督の。
アリシアはフェイトの言葉をある程度予測していたのか、微笑みながら皆まで言わせることはない。
「私はずっと、フェイトと一緒だよ。身体が別々になっても、ずっと」
「アリシア・・・・」
「だって、私はフェイトの、お姉ちゃんだから」
「・・・・うん・・・・」
小さな「姉」の言葉に、小さく頷くフェイト。
「フェイトと同じものをみて。同じ世界で生きて。一緒に歩いていきたい。これからは、私自身の足で」
今までできなかったことだから、やってみたいんだ。アリシアは、その小さな右手を差し出す。
「だからフェイトも」
「・・・え?」
「約束」
約束の、指きり。フェイトが眠っている間になのはが教えてくれた、地球にあるという約束の儀式。
なのはは、月並みな言葉だけどと前置きした上で、がんばれと励ましてくれた。
彼女は妹の手をとり、お互いの小指同士を絡めあわせる。
「知ってるよね?」
「なのはから前、教わったから」
「私も。じゃあ大丈夫だね。・・・私達はずっと一緒だよ、って。約束しよう?」
「・・・・うん」
二人の少女の指はどちらも白くて細く、儚いけれど。
その指が紡いだ絆は、約束は、どんなものよりも強固で、何者によっても壊すことはできない。壊させはしない。
フェイトと、アリシア。彼女達二人の歩いていく方向は、きっと、いつまでも一緒。
「それでどうなの?なのはとユーノって」
「・・・うん、ユーノは気になってるみたいなんだけど、なのはが・・・」
「天性の鈍さ、と・・・はぁ。前途多難みたいね」
「・・・だと思う」
友達の、色恋沙汰とか。
「え?アリシアも学校に?」
「そうよ、リンディ提と・・・・おっと、リンディ「母さん」が手続きしてくれて。同じクラスに」
「・・・・その身長で?」
「あ、ひどーい。すぐ追い越してやるんだから」
学校のこととか。
「そういうフェイトはどうなのよ?クロノのこと、ほんとに兄としか思ってないの?」
「う・・・そ、そうだよ。兄さんは、兄さんだもん」
「ほんとー?んじゃ私がもらっちゃおっかなー、クロノお兄ちゃん」
「え!?そ、それはダメ、絶対!!」
「はぁ、ほんとわかりやすいね、フェイトは」
大切な人のこととか、色々。ほとんどが他愛もない会話であっても。
笑いあう二人には、本当にたくさん、話すことがあった。
そしてそれができる時間も、これからたくさんある。
───彼女と、私。私と、彼女。
今までできなかったこと、これからできること。
同じ顔の二人の少女。彼女達のこれからは、ようやくはじまったばかりなのだから。