「『・・・・・以上が本事件の、即ち「第二次PT事件」の概要である』・・・っと。こんなとこかな」
きりのいいところまで書き終えるとエイミィは、キーボード上を走らせていた両手を休め、息をついた。
「・・・まぁ、フェイトちゃんには、また辛い事件だったんだけどね・・・・」
未だ艦内の医務室で眠り続けている金髪の少女。その顔が、嫌でも頭に浮かんでくる。
プレシア・テスタロッサに、リニス。彼女にとっても妹のような存在の少女は再び、大切な人を失った。
「・・・・、空だったか、残念」
飲み干してしまおうと手を伸ばした机上のマグカップは、既に空っぽだった。
それがなんだか、改めてフェイトの大切なものを失った心を暗に示しているようで。
「・・・大丈夫、だよね」
あの子は大切なものをまだ、持っている。
リンディ艦長にしろ、クロノにしろ。失った二人の代わりというわけではないけれど、彼女は空っぽではない。
・・・それに。
「エイミィさん、お茶のおかわり、持ってきました」
丁度今部屋に入ってきた、「この子」だっているんだから。
湯気の昇る新しいカップを受け取りながらエイミィは、少女へと微笑みかけた。
彼女がいつも、フェイトに対してそうしているように、いつも通りの笑顔を向ける。
「さん付けなんてしなくていいよー、エイミィで結構結構」
「は、はい」
「そう緊張しなさんなー・・・・お?」
手元の内線が、コールを告げていた。発信先は─────彼女の眠る、医務室だった。
「ん・・・・」
うっすらと目を開けた先に映るのは、安堵したような表情の義母と、心配げに覗き込む己が使い魔。
そして部屋の中を照らす、天井の明かりの白さ。
「リンディ・・・提督・・・?アル、フ・・・?」
「フェイト・・・」
「よかった・・・目を覚ましてくれて・・・」
───自分は一体、何をしていたのだろう。どうして二人はこんな表情でいるのだろう。
薄ぼんやりとした頭でまず考えたのは、そんな他愛もない疑問。
だがその答えがすぐに出せるほど、彼女の意識はまだはっきりしてはいない。
「ここ・・・?私・・・確か・・・」
「まだ、寝てなさい。起きてはダメよ」
あまり焦点が合っているとは言い難い目で周囲を見回し、起き上がろうとするフェイトを、リンディが押しとどめる。
「事件は無事解決したわ。あなたのおかげよ、フェイト。・・・だから、ゆっくり休んで」
「・・・はい、リンディお母さん・・・でも、兄さんや、なのは達は・・・?母さんは、リニスは・・・?」
いくらかしっかりしだした意識は、それでもまだ時折掠れそうになるけれど。
ベッドに全体重を預けている間はなんとか話せそうだった。
「ここにいるよ、僕は」
義妹の問いに答えるように、リンディの横からクロノが顔を見せる。その頭には包帯が巻かれていて、感じる魔力もいつもより遥かに少なかったけれど。
そこにいるのはクロノに間違いなかった。
「兄さん・・・」
「なのはもユーノも無事だ。だから心配するな」
「本当、に・・・?」
「ああ。・・・だが、リニスとプレシアは・・・・」
言葉を濁すクロノの顔には、まだ回復しきっていない妹に現実をつきつけることへの躊躇が浮かび。
そのことを察したフェイトもまた、安心しかけていた表情を若干曇らせる。
「そう・・・」
わかってはいた。母を斬ったのは、この手なのだから。
その感触は今でも残っている。それでもあれは夢だったと、二人が無事であると願いたいのは、彼女の「娘」としての性なのだろうか。
「フェイト、だけど」
「・・・え?」
それまでだまっていたアルフが主の思いを察し、口を開く。
「リニス、笑ってた。ほとんどあたし見えなかったけど、そこだけははっきり見たんだ。消える前に笑ってたよ、リニス」
「リニスが・・・?」
「ああ、そうさ。だからフェイトは・・・あたし達はリニス達を救ったんだ。気に病む必要なんてないよ」
「アルフ・・・」
あの時、魔力光の中倒れゆく母も、確かに笑っていた。
それは本当に、自分達が正しかったからなのだろうか。母があの結末に満足していたからなのだろうか。
「・・・・そう・・なのかな」
自分のことを思い必死に励まそうとするアルフの心はうれしかったけれど、アルフの言うように思いたかったけれど。
生来の考えすぎてしまう性格がそれを邪魔していた。
「きっと、そうだよ」
リンディ達の背後から聞こえてきたのは、聞き間違いでなければ友の声。
なんでそんなところから?と顔を向けてみると、そこにはベッドがあり(医務室なのだからあって当然なのだが)、
その上に横になったなのはが、いつもの笑顔を向けてきていた。そしてその側らには、フェレットの姿のユーノも。
「なのは・・・」
「自信を持って」
「・・・」
「プレシアさんとリニスさんを、信じてみようよ」
たった一つの目的と、主の願い。細かい点は違えど、一点に向かって殉じていった二人のことを。
「ね?」
「・・・・うん、ありがとう、なのは」
「ううん、フェイトちゃんにはやっぱり、笑ってて欲しいもん。ね、アルフさん」
「・・・ああ」
そしてなのはの身体を気遣うフェイトに、なのはは魔力が完全に底をついたこと、
操られていた後遺症か体がまだあまり自由に動かせないことを苦笑しながら告げる。
しばらくは二人並んでおやすみなさいだね。そう言って笑うなのはに、フェイトも安堵と共に微笑みを返す。
なのはから言われると、このうごけない状態もけっして悪くはないような気がしてくるから不思議だ。
きっと沈みそうになっていたフェイトを元気付けようとしてくれているのだろう。その友としての心遣いが、嬉しかった。
笑顔を見せだしたフェイトに安心したのか、みんなの分の飲み物を取ってくるというリンディとクロノは部屋を出てゆき、
アルフは緊張の糸が切れたようにイスへと座り込む。
部屋を、穏やかな空気が包んでいた。
(・・・君はどう?アリシア。どこか変なところとかない?大丈夫?)
だから。
だからこそ、何の気なしに彼女は聞いてみた。なのはとのとりとめもない話の中、ふと。
己がうちにいるはずの、もう一人の自分へと。自分が無事である以上彼女も無事であることはわかっていたけれど、ただ何の気はなしに。
すぐに答えが返ってくるだろう、そう信じた上で。自分となのはが話し込んでいると、参加しづらいのかもしれないとも思っていた。
・・・・・しかし。
(・・・アリシア?)
返ってくるべき返事が、なかった。
(アリシアってば)
「・・・フェイトちゃん?」
(アリシア!!)
何度呼びかけても、居るべきはずのもう一人の自分から、声は聞こえてこない。
(どう・・・して・・・?)
一緒だって言ったのに。二人でひとつだって、言ったのに。どうして。
母さん達と共に行ってしまったというのか。
フェイトの身体の中に、既にアリシアという存在はいなかった。
どこかに、いってしまったかのように消えうせていた。
今フェイトの身体の中にある意識は、フェイトただ一人だけ。そう結論付けざるを得なかった。
「そん、な・・・?」
「フェイトちゃん?どうしたの?」
「フェイト?」
一気に、血の気が引いていくのが分かった。フェイトのその様子に、部屋に残った一同も心配そうに声をかけてくる。
(どうして?どうして?アリシア・・・なんで・・・)
半ばパニックを起こしつつあったフェイトに、医務室へと近づいてくる駆け足の足音に気付く余裕はない。
「フェイトちゃん?」
「あ・・・アリシアが・・・アリシアが、私の中から・・・・」
消えてしまった。そう思ったのだけれど。
「フェイトッ!!!」
さほど広くはない部屋に、女の子の声が響き渡る。
「!?」
自動ドアが開くと同時に慌しく駆け込んできた影は。
入ってくるなり、フェイトの名を叫んだその蒼い瞳の少女は。
そして今自分を抱え起こし抱きしめている少女は。
その金色の髪こそ結ってはいなかったけれど、フェイトと全く同じ顔をしていた。