────ああ、本当に強くなった。この子も、フェイトも。
光の刃のその軌跡を見ながら、膝の上にその身を預けているアルフの額を撫でながら。
リニスは心穏やかに教え子達の成長を喜んでいた。
もうあまり時間はない。主が消えようとしている今、従者たる彼女の身もまたほどなくして消えることだろう。
(三回目、か。この世からいなくなるのはこれで。それはそれでちょっと珍しいかもしれませんね)
三回も生きることができたと考えるべきか、三回も死ぬ羽目になったと考えるべきか。
けれど消えたくないとか、残っていたいという思いはあまりない。
この三度目の生は短かったけれど、最後には満たされることができたから。
心残りが全くないわけではない。
だが主の魂を救い、教え子達のその姿を目に焼き付け。
彼女達の幸せを願いそれがきっと叶うことを確信して消えていくのだから。
自分にとって、十分に満足できる終わり方。
一度目のときのような唐突さや二度目の時のような悔いを残した形とは違う、自分にはもったいないくらいの結末にさえ思える。
(・・・いきなさい、フェイト、アルフ。それに、アリシア。プレシアとは・・・私が共にいきます)
上空では紅い閃光が光っている。
自分の身体が消えていくことを実感しつつ。
リニスはその膝から、眠るアルフを静かに下ろし横たえたのだった。
第四十一話 終焉の光の中で
金髪の少女達を行かせるため。彼女達の想いのつまった攻撃を、通すために。
一筋の光の柱が魔力の壁と激突し、砕いていく。
アルフの一撃によって僅かに傷ついていたそれは光の噴流に、わずかに耐えつつもその勢いを止めるには至らない。
スターライトブレイカー。
なのは達に残された最後の切り札は、正に使うべき時に使われ、
その切り札としての効果を遺憾なく発揮していた。
「行って!!フェイトちゃん、アリシアちゃん!!」
魔力が残っている必要はない。全て、この一撃で使ってしまってかまわない。
二人の攻撃を通すのが、今自分達に課された使命。
なのはは自分のすべき仕事を十分にわかっていた。
だから、ありったけの力を込めてスターライトブレイカーを撃つ。
───なのは!!───
自分達のため、傷ついた身体で現れた少女。その力を、無駄にするわけにはいかない。
彼女の名を叫び、フェイトは空を翔る。
そしてそれはまた、なのはだけではなく。
「「ストラグルバインドッ!!」」
「クロノ!!ユーノ!!」
バリアー崩壊と同時に魔力の鎖によってプレシアの四肢を拘束する、二人の少年についても同様だった。
「いけ!!フェイト!!アリシア!!」
「ここは・・・・僕達が絶対に・・・、動かさないから!!」
バリアーに損傷を与え、時間を稼ぐためプレシアへ向かっていったアルフ。
フェイト達の攻撃を届かせるためブレイカーを放つなのは。
標的を逃さぬよう、渾身の力でバインド維持するユーノとクロノ。
みんなが二人に、力を貸してくれていた。
(アリシア、フェイト)
「!!」
そして、アルフをその膝に抱えたリニスが、見守っていた。全てを思い出した、フェイトの先生。
(・・・プレシアを、解放してあげてください)
───リニス・・・───
(お願いします・・・。娘である・・・あなた達、二人の手で!!)
彼女だって、わかっているはずなのだ。
使い魔という存在である以上、その身は主と共にあり。
今のプレシアが消えれば、その魔力でその生命を維持している彼女も共に、この世からいなくなるということに。
それを分かった上で主のため、愛おしい者たちのために。
フェイト達にプレシアを討てと促している。その後に残るのが少女達との別れであったとしても。
「・・・行くよ、フェイト」
その想いを。
───うん。・・・・バルディッシュ───
仲間達から受け取った力を。
『scyth slash,power full drive』
全てを、一撃に込めて。
───さよなら、母さん・・・・───
「どうか、安らかに・・・・!!」
母との二度目の別れは辛くて、わずかでも躊躇えば、鎌の刃は止まってしまいそうだったけれど。
二人だから、大丈夫。二人だから、耐えられる。二人だから、躊躇わない。
みんなの後押しを受けた、フェイトとアリシアの二人だから。
フェイトが止まりそうになればアリシアがその手を動かし。
アリシアが躊躇すればフェイトがその身を疾駆させる。
母との別れの痛みを、苦しさを分け合おう。だって二人は世界でたった二人だけの「同じ存在」なんだから。
「うああああああぁぁっっっ!!!!」
想いを断ち切るがごとく発せられた気合の叫びとともに、光刃が振り下ろされる。
刃は正確に、プレシアの身体を捕らえていた。
本当の母、人間ではなくても、人を斬るという行為に対する生理的な嫌悪感が、全身を巡っていく。
「!!」
切り裂かれ倒れ行く母の表情は他でもない「これでいい」、さもそう言いたげに微笑んでいて。
───母さん・・・・!?───
「元気、で」
唇が紡ぐ微かな声は確かにそう発音していた。
そして声の出なくなったその口の動きは、「アリシア」と。そして。
・・・────そして、「フェイト」と。
あまりに短い時間。二人に対して笑っていた。
「お母さん!!」
母の声、表情にとっさに手を伸ばした二人の視界は、しかしながら。
力を使い果たし彼女たちの状況を見守るなのは達もまた共に。
鮮血にかわり噴出する紅の魔力の光によって、包まれていき────・・・・。
そして、その中心で。
母に向かい手を伸ばしていたはずの二人は、不思議な夢をみていた。
夢か現実かはわからないが、夢見心地であったことに変りはない。
つまりは、現実感に乏しいということ。
なぜならフェイトは、なんだか身体が軽くなっていくような、何かが抜け出ていくような感覚を覚え。
一方でアリシアは、何かに吸い込まれていくような奇妙な思いを抱いていたのだから。
(フェイ、ト・・・・?)
(アリシ、ア・・・)
彼女達は、互いの視線の先に。
もう一人の自分が、己と同じように。
紅き閃光───それは先ほどまで母が行使していたものと違い、柔らかな赤であったが───に包まれ、佇んでいるような錯覚を感じていた。
おかしい。
自分達は、「二人で一人」のはず。
だとすれば目の前に居るのは、一体誰なのだろう。
そこにいるのが、誰かはわからなかったけれど。
薄れゆく意識と視界の中で、彼女達は確かに。
自分を抱きしめるだれかと、自分の腕の中に包まれる誰かのぬくもりを感じていた。
なんだかそれは自分にとって、かけがえのない存在であるような気がした。