「なのは、ちょっといいかな」
それは、とある放課後のことだった。
「何ー?フェイトちゃん」
「えと、あの・・・ね?ちょっと、お願いがあるんだけ、ど」
慌しく皆が帰る準備を進める中、その例に漏れずなのはが鞄に荷物を詰めていると、
フェイトが席のところまで来て改まってこう言ったのだった。
「お願い?何?」
「うん、えっと、えと」
なんだろう。そんなに頼みにくいことなのだろうか。
執務官任務の手伝い・・・は彼女が執務官になって以来もう何度かやっているし、
なのはのほうの教導官の仕事も今は新入局員の少ない季節だからさほど忙しくない。
ミッドチルダでもこちらの世界の入学入社シーズンと同じようにそういった時期があると知ったときは、少し面白かったけれど。
とにかく、だからここまでフェイトが仕事関係のことで言うかどうか迷うことがあるとは思えなかった。
クロノ達から大きな事件があったという話は聞いていないし。かといって管理局がらみ以外だとすると、
なのはもこれといってフェイトの頼みごとが何なのかとっさには思いつかない。
(何か深刻な問題って今、あったっけ?)
「?どうしたの、フェイトちゃん?そんなにかしこまっちゃって」
「いや、えっと、あの、その・・・あの、ね・・・」
「?」
『じゃあなー、フェイトー』
「ああ、うん、また・・・って、そうじゃなくて、あの・・・」
何か言いかけたところでクラスメイトの声に振り向き、返事を返す。
そんな律儀なところもまた、フェイトのフェイトらしいと言える点で。
なのははフェイトのそういった部分が、大好きだった。
俯いてなにやらぶつぶつ言いながら赤くなるフェイトは見ていても飽きないものであったけれど、
あんまりそのまま放っておくのもかわいそうなのでなのはは助け舟を出してあげることにした。
「それで?頼みってなあに?」
「う、うん、あのね。実は───」
魔法少女リリカルなのはA's after 〜買い物に行こう。〜
二人の間に、会話はなかった。
けっして険悪なムードというわけではない。
今互いを見やることもなくただ無言で歩いている二人は双方よく知った仲であったし、
相性の悪い組み合わせということでもない。
物静かという点で言えば、どちらも似たもの同士といったほうが近いだろう。
仲のいい、友人同士───二人とも、そう思っている。
どちらかといえば「彼」と仲があまりよろしくないのは、「彼女」の兄のほうである。
ただ、少年ははじめての経験、また密かに想いを寄せる別の少女の事を考えて。
そして少女は、初めての出来事に加え相手のことを考えすぎてしまうが故に。
赤く上気した顔のまま気まずい沈黙を続けてしまっていたのだった。
彼も彼女もどちらもが今、自分ほど心臓が早く動いている人間はこの世にはいない、そう思っていた。
先日の放課後、フェイトが言ったなのはへの頼み。それは、
『今度の日曜日、ユーノを一日貸して欲しい』
というもの。
当然、なのはに断る理由もなく。むしろ寮住まいの彼の予定を何故自分に確認を取るのかと不思議そうなほどで。
こっそり聞き耳を立てていたアリサが石化したくらいで、その願いはいともたやすく了承されたのであった。
(でもなぁ)
フェイトから今日の誘い、なのはの反応を聞いた時のことを思い出し、ユーノは思わず溜め息する。
(そうあっさり了承されちゃうってことは・・・・)
自分は、なのはからは「そういう対象」としては見られていないというわけで。
別にフェイトと出かけるのは嫌じゃないけれど、なんだか複雑な気持ちだった。
ちゃんとなのはに了承を取るあたり、真面目なフェイトらしいのだが。そこはなのはの鈍さが極まっているということか。
(しかもこれって、二人っきりってことはつまり、その・・・デ、デート・・・・なんだよね?)
思えば、人間の姿でこの街を歩くのも戦闘以外では本当に数えるほどしかない。
(なのはと出かける時はいっつも、フェレットモードだったからなぁ・・・)
人間の姿でなのはと街を歩いたのは闇の書事件が終わった日のあの、一回だけ。あの時はどちらかといえば事件の終了という開放感の方が強かった。
そもそもフェイトと別れてなのはの家に着くまでのわずかな距離を二人で歩いたというだけのこと。
あれからユーノは司書資格を取るための勉強、なのははなのはで正式に嘱託になって忙しくしていたしで予定が合わず、
局内で割りと会ってはいたけれど息抜きに共に出かけるということはなかった。
要するに、である。
不肖、ユーノ・スクライア11歳。初めてのデート体験に、いささか混乱していることを認めざるを得なかった。
なにせ今こうやって「デート」という単語を思い浮かべるだけでも頬が火照ってくるのだから、反論のしようもない。
(・・・って、誰に反論するんだよ)
なんて自己につっこみを入れつつ。
普段は思慮深いユーノも、やっぱり中身はまだ子供なのだった。
ちらとフェイトのほうを見ると、目線が合った。慌てて視線を逸らすと、更に身体が熱くなっていくのがわかる。
(な、なのはが、僕にはなのはが・・・)
なんて思ってみても仕方ない。
フェイトのことは日常的に見ているけれど、こうしてあらためて見てみるとやっぱりかわいいと思う。
なのは以外でもかわいい子には弱いのだ。これでも一応、男の子ですから。
そもそもなのはとユーノの関係はまだ・・・いや、何も言うまい。言わないほうがユーノ自身のためであろう。
不意に、隣を歩く少女が口を開く。
「・・・ごめんね、ユーノ。嫌だった、かな」
「へ!?」
「私、クロノ以外の男の子と二人でこうやって出かけたことがほとんどなくて。それでひょっとしたら、つまらないかもしれないな、って」
頬はまだ赤らめたままだけれど、フェイトは心底申し訳なさそうに謝った理由を告げてきていた。
───何か。何か、言わなきゃ。今日来てもらった理由とか、お礼とか。都合は大丈夫だったか、とか。
彼女の謝罪に対し全然そんなことはないとぶんぶん首を振りながら否定するユーノに負けず劣らず、フェイトもまた内心で必死だった。
溜め息をつき目を逸らす彼を見て、やっぱり私なんかと一緒じゃ楽しくないのかな、なんて考えて沈んだ気持ちになってしまう。
(そうだよね。ユーノは、なのはのことが・・・・)
「いやほら、ただちょっと、僕もこの姿で街に出て来るの久々であんまりなかったから。少し落ち着かなくて」
「そう・・・なの?」
「そう!!そう!!それにこうしてフェイトと二人だけって珍しいし」
これまた、大袈裟な動きではあったが。ユーノが自分を元気付けてくれようとしていることはわかった。
オーバーだなぁ、とは思いながらもそれがなんだか嬉しくて。
「・・・ありがとう、ユーノ」
「・・・へ?」
本日二度目の、間抜けな返答が返ってきた。元々真面目でやさしい性格なのに、ユーノはこういうところがどこか、抜けている。
兄のクロノにはない反応が、ちょっと新鮮で可笑しかった。知り合ってから長いけれど、二人だけになるのは珍しかったから。
「ううん、なんでもない」
「???」
「なんでもないよ」
フェイトが微笑むと、ユーノは顔を更に真っ赤にして、照れて顔を背けてしまう。
「そ、それで?今日はどうして僕を?買い物ならなのはでも・・・」
「あ、うん、そのことなんだけど。実は頼みたいことがあって────」
一方。
「ったく、いらつくわねー・・・」
「・・・・あのー、アリサちゃん?」
「・・・もっとなんかこう、はしゃいだりいちゃついたりしないさいよー・・・!!」
「アリサちゃんってば」
「・・・・・うるさい、気が散るでしょ」
「アリサちゃーん」
「あーもう!!うっさいわね、何よ!?」
「いや何って」
正直こっちが聞きたいんだけど、となのはとすずかは顔を見合わせた。
「・・・なんで私達はフェイトちゃんとユーノ君を尾行してるんでしょーか」
「さ、さぁ・・・?」
「うるさいうるさいうるさい!!これはフェイトの、友達の一大事なんだから」
アリサさん、その台詞は声のよく似た別の人ですよ。となんだか姉共々彼女に討滅されそうな感覚を覚えながら
心の中でつっこむなのは。なぜそんなつっこみができたのかは彼女自身にもよくわからない。
「あんたもわかってるでしょーが!!あのフェイトが、なのよ!?」
「そ、そうなの・・・・?」
「そうやでー、なのはちゃん。友達の大勝負は、しっかり見届けたらなあかん」
「あうう、はやてちゃんまで・・・それに大勝負って・・・」
なんか違うんじゃないでしょーか。そう思いつつも口に出せない辺り、しっかりこの二人に主導権を握られている。
遠くの方に小さく見える、一組の男女を見守るのは4人。
振り返りもせず一心不乱に二人を見ているアリサと、足が治って以来妙に行動的になったはやて。
そして半ば巻き込まれる形で参加している、ひきつった顔のなのはとすずかだった。
四人の少女が固まって、こそこそしながら尾行をする姿はいかにも不自然で、周囲から好奇の目でみられそうではあるが、道行く人が振り向くことはない。
それもそのはず。
「・・・なんか、果てしなく魔力の無駄使いのような気がするんですが」
ユーノから教わったばかりの、隠密行動用の認識阻害魔法。魔導士相手でも広域探査をかけられない限りは気付かれない、便利な代物。
つい先日マスターした、なのは最新の魔法だった。
さほど難しくはない魔法だし比較的前から習ってはいたのだが、教えるユーノの司書の仕事の都合もあり、この間ようやく出来上がったのである。
人にものを教える以上は、自分も苦手を少しずつ克服していかなければ。
そう思い覚えた魔法であったのだが、アリサとはやてに命じられ、なのははそれを常時発動し続ける羽目になっていて。
使えるようになったなんて言うんじゃなかったなー、と激しく後悔中。
『No problem, my master』
「あなたまで楽しまないでよ、レイジングハート・・・」
『I do not understand the meaning of what you say』(おっしゃる意味がわかりません)
うわ、しらばっくれやがったよこの杖。待機状態だから宝石だけど。
・・・エクセリオンにパワーアップしてから性格変わったよね、レイジングハート。
「大丈夫、足らんくなったらうちの魔力使ってええから」
「いや・・・そういう問題では・・・・」
「ごめんなー、リインフォース、まだ本局で調整中やからなー」
「もうすぐ完成なんだっけ?」
「そうやよー、完成したらすずかちゃん達にも会わせたるな」
「あー!!店入った!!」
アリサが指差す先に、もう二人の姿はなく。
そのままそびえ立つビルを彼女の指先は示していた。
「ほんまか!?ほな、行こか」
「あ、え、えー・・・やっぱり?」
「やめたほうが・・・」
乗り気のしない二人を、アリサがひっぱる。
それはもうお前ら急げと言わんばかりに。
「え」
「いーから、ほら!!あんたたちも来るの!!はい、走る!!」
「えー」
「えーじゃない!!はやくしないと見失うでしょ!!」
結局店内へと消えた二人を追ってなのは達もまた(約二名は渋々)、デパートの中へと急いだのだった。