「そういえば、お前は行かなかったのだな」
「・・・何が?」
寄り添いあいタオルケットにくるまる二匹の子犬のうち、濃紺の身体のほうが、もう一方の赤毛に話しかけていた。
普通に考えれば奇妙な光景ではあるが、彼らにとってみれば何らおかしなことではない。
二匹はただの犬でなく、主持つ魔導の生物──使い魔(守護獣)なのだから。
「お前の主のことだ。何やら大騒ぎだったと聞くが」
喉を鳴らし身体を摺り寄せてくる赤毛──アルフに対し、言葉を続けるもう一方のザフィーラ。
「みたいだね。でもなんであたしが?」
「いや・・・・お前のことだから主が殿方と出かけるなどとなったら・・・」
「追いかけてって噛み殺すとでも?」
「あ・・・いや、そういうわけではないのだが・・・」
意地悪そうに言うアルフに慌ててフォローを入れようとするも、当の彼女は気にする風もなく。
「んー、フェイトがユーノと出かけて楽しいなら、あたしはそれでいいし。それに」
「?・・・それに?」
「あたしがこうやってあんたといちゃついてんのに、フェイトに行くなとは言えないだろ?」
ザフィーラの首元に自身の身体を擦り付けながら、いたずらっぽい言葉で笑うアルフ。
「・・・そういうものなのか?」
「そー、そういうもん」
僅かにその無表情な顔を朱に染めたザフィーラに、アルフはささやかな満足感を感じ。
目を閉じると再び己が体重を彼に預け、昼寝の夢見の中へと戻っていった。
魔法少女リリカルなのはA’s after 〜買い物に行こう。〜
第5話 おめでとう、ありがとう、ごめんなさい。
「あ、お兄ちゃん」
「───へ?・・・ああ、フェイト」
シャマルの治癒魔法を受け石化から回復したのも束の間。
リンディ、はやて、エイミィというフェイトとなのはを除いたアースラ女性陣三強にこってりと脂を絞られ、
ボロ雑巾状態で部屋から出てきたクロノを、妹が待っていた。
「その、なんだ・・・今日は済まなかったな」
冷静になって自分の行動を思い返すと、なんとも情けない。
私情に流されて暴走するなど、執務官としてあるまじき行為だ。
数ヶ月の減給(というか給料は全て母のリンディが受け取っているので要は小遣いカット)で済んだのは僥倖といえるだろう。
「ううん。ちゃんと言っていかなかった私も悪いんだし。・・・少し、驚いたけど」
そりゃあそうだ。わけのわからないことを口走りデバイスを振り回す兄の姿なんて、驚かないほうがおかしい。
「できれば忘れてもらえると嬉しい・・・」
「ふふ、努力はするよ。それで、ね」
後ろに回していた手を前に持ってきて、その中にあるものをクロノへと差し出す。
「これ」
そこにあったのは、小さな青い包み。
「?これは?」
「・・・お祝い、なんだけど・・・・。今日はこれを買いに行ってたの」
「お祝い?」
はて、何か最近祝われるようなことがあっただろうか。
「なるんでしょ?来月付けで執務官から、提督に。だからそのお祝い」
「・・・ああ、昇進のことか」
決まったのは先週だったが、それからの忙しさにかまけて忘れていた。
今思い出さなければおそらく当日まで忘れていただろう。
「私こういうのよくわからなくて。だからユーノに頼んで一緒にきてもらったの」
「・・・・・そういうことだったのか」
事実を知ると、尚のこと恥ずかしい。結局自分の独り相撲だったわけではないか。
さすがにあとであのフェレットもどきにも謝っておかなくては、一応。
「・・・とりあえず、本当に済まなかった。それと、ありがとう」
「うん、喜んでもらえると嬉しいな」
───喜ばないわけがないだろう。大切な妹からの贈り物を。
「・・・と、それじゃ私いかないと」
「ん?ああ、なのは達と約束してるのか?」
「ううん、ユーノに」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
何ですと?何と言ったマイシスター。
「ずっと、言いたいことがあって。待ってもらってるから」
「い、いいいいい言いたいこと?そそそそれは一体な」
「じゃあ、またあとでね。感想聞かせてね」
「あ、フェ・・・!!」
ああ、妹よ。兄の気持ちも察してくれ。
話を聞かずに行ってしまう彼女の後ろ姿に、呆然となってクロノは固まる他なく。
やはりあとで一発ユーノのことは殴っておこうと誓いを新たにして立ち直ったのはしばらく経ってのことだった。
あ、ちなみに包みの中身はシルバーメタリックの時計でした。
そして、 肝心のフェイトとユーノだが。
「ごめん、お待たせユーノ。なのは達は?」
「みんなで食堂で話してるよ。・・・今日はお疲れ様」
「うん、ユーノも」
あれだけの騒動のあとだ。さすがにもう気まずさも何もない。
隣に腰掛け、笑いあう二人。
「ほんと、あれには驚いたよ」
「・・・うん。なんというか、迷惑な兄で」
「はは・・・ま、それだけクロノがフェイトのこと大事に思ってるってことだよ」
「そう、かな・・・・?私は最初からみんなに見られてたってことにもちょっとびっくり」
「あー、確かに。なのはの隠蔽魔法、いつの間にあんなにうまくなってたんだろ」
昼間話しにくかった分、他愛もない話が次から次へと溢れ出てくる。
それはいつもどおりの二人の会話で。
「ほんとに今日はありがとう」
「いや、こんなことでよければ全然」
「それに、ごめんなさい」
「・・・・・・え?」
なのに、唐突に。
談笑の最中、フェイトが言った言葉は、謝罪の一言。
「・・・・・」
先ほどまでの笑顔とはうってかわり、彼女は俯き眉根を寄せている。
ユーノには彼女がそんな顔をして謝る理由は、一つしか思い浮かばない。
「・・・・まだ、あの子の言ったこと気にしてるの?」
だとしたら謝られる必要はない。もう過ぎたことなのだし、何よりさっきまで笑って話していたように、
ユーノ自身今日は十分に楽しめたのだから。
「・・・・違う」
「じゃあ、どうして」
「・・・今日、一緒に出かけて、話してて。何度も思い出してたんだ。前になのはから聞いたことを」
「なのはから?」
「うん。・・・どうして行く前に思い出さなかったんだろう」
それは、お互いの家族について話題がでたときのこと。会話の流れでユーノの家族構成について尋ねた際に。
「───ユーノと私は、同じだったのに」
父も母もいない、天涯孤独の身。
そのことをなのはからかいつまんで聞いた時、自分と彼は同じだったんだ、そう思った。生みの親を失い、身寄りのいなくなった自分と。
けれど、自分は変ってしまった。新しい家族を得て。暖かい家庭を持ち。寮で一人生活する彼とは、大きな隔たりが生まれてしまった。
一度だけアルフと遊びに行った彼の部屋を思い出す。彼らしく、整頓された小さな部屋。
強いて言えば、スクライア一族のみんなが家族。その家族からさえ離れ彼は一人で生きているというのに。
「・・・・なのに、私無神経にお兄ちゃんのプレゼント選びなんか頼んで」
「そんな」
そんなことを、気にしていたなんて。
「ごめんなさい」
「いいよ、別に」
「でも」
「あのね、フェイト」
もういいというユーノの言葉にも尚自分を責めようとするフェイトの両肩を、ユーノはしっかりと掴んでいた。
「今日僕はすごく楽しかったし、別に傷ついたりなんかしてない。それに」
「・・・・」
「目的を聞いて、もっと嬉しかった。そりゃ、クロノとはいまいちそりが合わないけど、フェイトに協力ができるってことだから」
「え・・・?」
「君の言うとおり、僕には直接、家族と呼べる人はいないから。だから君がクロノやリンディさんと家族になって、本当に嬉しかったんだよ?」
「ユーノ・・・」
「だって、僕にいない分、フェイトにはしっかり家族との時間を味わって欲しいから。それに協力できるのが、嬉しいんだ」
似ていたからこそ、幸せであってほしい。
昼間、目もあわせられず顔を真っ赤に染めていた少年が真剣な目で今、しっかりと自分のことを見つめている。
両肩を支えている彼の手が、暖かかった。そして後悔に満たされていたはずの心もまた、いつの間にか暖かさに満ちていて。
「だから君が自分を責めることなんて、何もないんだ。君がリンディさんやクロノと『家族』でいてくれるのが、僕にも凄く嬉しいことなんだから」
「・・・ほんとに?」
「当たり前だろ」
嘘や強がりなんて言う筈がない。
同じだったからこそ、ユーノはフェイトの今の幸せを喜んでいるのだから。
「さ、なのは達のところに行こう?そんな顔じゃきっとみんな、心配するよ」
「・・・・うん。ありがと、ユーノ」
やっぱり、ユーノはやさしい。兄の持つ不器用なやさしさとはまた違う、彼の得意とする結界と同じような、
全てを暖かく包み込むようなやさしさ。そんなところがきっと大らかななのはのパートナーとして波長が合うのだろう。
彼の差し出す手をとりつつ、フェイトはそう思った。
(やっぱり二人は・・・似合ってるよ。これ以上ないくらい)
───だけど。
(ちょっと・・・悔しいかな)
そんなユーノに好意を向けられているなのはが、うらやましくもあり。
『ひょっとして────・・・フェイトの彼氏?』
昼間の言葉を、もう一度思い出す。
きっと、そうはならない。そうなることはないのだろうが。
(がんばれ、ユーノ)
彼のすぐ後ろをついていきながら心中でつぶやくのは、一人の友としてのエールと。
(・・・私も、がんばるから)
一人の少女として芽生えた、想いだった。