デパート店内の喫茶店で、少年と少女が向かい合って座っていた。
彼らの前には、それぞれ注文した冷たい飲み物が。更に少女の前にはそれに加えて可愛らしい小さなケーキが置かれていたけれど。
注文が揃ってからしばらく経つというのに、どちらもそれに手をつけてはいなかった。
きっと飲み物は若干氷が溶けて、薄まっているだろう。下のほうに水の層ができてしまっている。
ユーノも、フェイトも。二人ともただ頬を紅くして、恥ずかしそうに俯いたまま気まずそうに時折相手の様子をちらちらと見るだけだ。
そして、フェイトの隣の椅子には。
デパートの袋の中で青い包装紙に包まれた小さな包みが、二人を見守っているかのようにちょこんと座していた。
魔法少女リリカルなのはA’s after 〜買い物に行こう。〜
第四回 発見、そしていざ戦場へ
『ひょっとして────・・・フェイトの彼氏?』
フェイトの同級生の一言が二人に与えた影響は、軽い気持ちで言ったであろう本人の予想を遥かに超えて大きなもので。
少年と別れたあと、気まずさを抱えたままなんとか店を回って目的にかなったものを見つけたものの。
二人はもう碌に目を合わせることもできなかった。
(・・・喫茶店に入ったの、失敗だったかな・・・)
商品を購入後、このままでは間が持たないと判断したからこそ、ユーノは一旦頭を冷やすべくフェイトに休憩を提案したのだが。
結果はむしろ、逆効果。
全然、落ち着けないし頭も火照りっぱなしだ。会話もない。
結局今日の朝、振り出しに戻ってしまった感すらある。
あんなよくも知らないような奴の言った言葉にこれほど動揺する自分が、なんだか情けなかった。
(あいつめ・・・)
名前すらもはや覚えていない少年を、密かにユーノは恨んだ。
「ユーノ」
「・・・・」
「・・・ユーノ?」
「・・・はっ!?はい!?」
あまりに沈黙に慣れてしまっていたせいか、フェイトの話しかける声を一瞬、聞き逃していた。
気付いたユーノは慌てて彼女のほうへと目線を向ける。・・・・なるべく、視線が一致しないように。
間抜けなユーノの様子に気付くこともなく──正確には気付く余裕がないのだが──、フェイトは視線を落としたり、上目遣いに
彼のほうを見たりしてしばらく迷った挙句に、やはり朝と同じことを言った。
「・・・ごめん、ユーノ。やっぱり嫌だった、よね」
「って、え!?な、なな、なんで!?」
違ったのは、朝は語尾が疑問形であったのが、今度はそうに違いないとでも言いたげに、確認をとる形になっていること。
そして朝とは意味は同じでもとっさに出た言葉の違うユーノの返事であった。
「・・・だって。ユーノはなのはのこと、好きなのに」
「そ、それは・・・」
───それは確かにフェイトの言うとおりなんだけど。なんでわかったんだろうと冷や汗をかきつつ疑問に思うのは、本人だけである。
「なのに、その、私なんかと・・・その、あの、あの、か、か、・・・だなんて言われて、きっと嫌な思いしたと思うから」
肝心な部分、というか単語は聞き取れないくらい小さい音量だった。
だって彼氏なんて言葉、恥ずかしくてとても口に出して言えるわけがないもの。
ただでさえ上気していた顔を更に真っ赤にして、
消え入りそうなくらいに縮こまるフェイトは、おそらく頭から見えない湯気を吹いていただろう。
恥ずかしさと、ユーノに対する申し訳なさとで。
「フェイト・・・」
「だから・・・ごめんなさい・・・」
三度謝るフェイトのその謝罪の言葉を聞いて、ユーノは自身の抱えていた混乱と気恥ずかしさも忘れ。
先ほどまではじっと見返すこともできなかった彼女の俯く頭を、影になって見えないその表情をつい、見つめていた。
そんなことない、とか。謝らないで、とか。何か気の利いたことを言うべきなのに、何も言えぬまま。
───────と。
「へ?」
「え?」
キィン、と独特の発動音を伴って。
「け、結界・・・?」
「っ・・・!?」
辺りの雰囲気ががらりと変り、人っ子一人いなくなった。
「しかもこの魔力・・・・」
「お兄ちゃん・・・・?」
おまけに二人が無茶苦茶よく知る人物の魔力だ、これは。
結界の発生に警戒し一瞬戦闘時の厳しい表情をとりかけたフェイトも、すぐその顔に困惑を浮かべ首を傾げる。
「・・・・なんで?」
「さ、さあ・・・?」
「おい、そこの淫獣」
とりあえずその答えは、たった今目の前に転移用魔法陣から現れた黒髪の馬鹿兄から聞いたほうがよさそうだ。
まだ二人は今のクロノが完全に暴走しているということは知らないのだが、そこはそれ。
「・・クロノ!?一体どうして・・・・」
「問答無用!!うちのフェイトに手を出した報い、受けろフェレットもどきっ!!」
「お、お兄ちゃん!?」
「だからフェレットはやめ・・・ほ、本気かっ!?」
そう。残念ながら、本気である。彼の失礼な言葉に激昂する間もなく、
事態も飲み込めないままのユーノに対しクロノは手にしたデュランダルを掲げ飛び掛っていく。
「永久に氷の中で眠ってしまえーっ!!!」
「はあっ!?」
「ちょ、お兄ちゃ・・・クロノ!?」
『──ってわけでごめん、よろしくっ!!』
「はい・・・・わかりました」
慌てて連絡を入れてきたエイミィから説明を受け一同は、その通信が切れた後深く溜め息をつく。
なんだか、なあ。彼女達がジト目で見る先では、ユーノがクロノからの攻撃をシールドで防いでいるところだった。
うわぁ。あの兄馬鹿シスコン男、本気でやってるよ。あそこまでやるか普通。
「あのシスコン・・・」
「・・・あんなのが上司とは、この宮仕えの身が情けない・・・」
「と、とりあえず二人を止めんことには」
「うん、もしフェイトちゃんがユーノ君をかばったりしたら、余計クロノ君勘違いして暴走しちゃうよね・・・」
そうなる前になんとかしなければ、自分達が身体を張って。・・・・・・・非常に不本意ながら。
「なのはちゃん達、頑張って」
「「「はぁ・・・・」」」
『let's go,master,Let's stop that foolish boy!!』
「・・・・・・だからなんでそうやる気まんまんなの、レイジングハート」
『For the friend of my master!!』
嘘だ。絶対嘘だ。この杖絶対、自分が楽しむためにやろうとしてる。
「・・・セットアップ」
釈然としないままだが、とりあえず起動するなのは。
今のレイジングハートだったら勝手に起動してクロノにつっこんでいきかねない。
エクセリオンモードでA.C.Sを展開してそれはもうおもいっきり。
ここは素直にデバイスモードにしておいたほうがいい、きっと。
「頼むからおとなしくしてね、レイジングハート」
『It is necessary to exclude the trouble immediately』(早急に障害は排除すべきです)
「・・・・・努力はするよ」
・・・・・本当に、大丈夫なんだろうか。果てしなく不安になる一同。
「仕方あるまい・・・・。レヴァンティン、いくぞ」
『Verstandnis』(了解)
「うちも一応原因の一人やからなー・・・ちゃんと最後まで面倒みたらんと」
換装を終えもう一度深々と溜め息をつく三人。本当にご苦労さまです。
「えと、私がアクセルシューターで牽制するから・・・・」
「つっこむのは私だな。背後からレヴァンティンで脅して止まればよいのだが・・・。まあ、なんとかするとしよう」
「で、そこをうちがミストルティンで固める、と。こんなとこか」
そしてすぐに回収、離脱。
しばらくクロノが石になる(比喩表現ではなく)が、止むを得まい。魔力の槍で貫くけれど、気にしない。どうせシャマルに治してもらえばいいし。
多少物騒でもこの方法が一番てっとりばやいのだから、さっさと済ませてしまおう。
『なんなんだよ、もう!!!』
『だまれ!!このエロイタチ!!その罪、万死に値するっ!!!天誅と思え!!』
『わけわかんないって!!それに誰がエロイタチだ!!誰が!!』
『ふ、二人とも落ち着いて・・・・』
ガシャーン。あ、ブランド腕時計のショーケースがおもいっきり割れた。一個ン十万するようなやつが。
向こうのほうでは相変わらず暴走したクロノによって、売り場が戦場と化している。
あとでアースラから修復部隊も呼ばなくては。出動予算はおそらく彼の給料から引かれるのだろうけど。
一応、被害が拡大する前に自分達も急いだほうがよさそうだ。
(・・・・クロノ君、あとでスターライトブレイカーの刑)
(・・・・斬る)
(・・・・石に固めたまま叩き割ったろか)
「とりあえず二人とも、結界抜いてしまわんよう気いつけような」
「はっ」
「そうだね」
「「いってらっしゃいー」」
手を振る非戦闘員二人を背に、三人は友の待つ戦場へと(しぶしぶ)向かう。
・・・・・・・・それぞれの考えた黒い思いを胸に秘めて。
多分そこは彼女達が今まで駆け抜けてきた中で、最も下らない戦場であった。