どうしてこんなことになったんだ。
事の顛末を考えることを拒否させるほど逞しい右ストレートを頬に貰いながらクロノ・ハラオウンは自分の不運を呪っていた。
そもそもこんなことになったのは十分前に遡る。
「悪いんだけどエイミィ起こして来てくれないかしら」
そんなもの通信で起こすなりすればいいと思うが、他でもない艦長兼母親の頼みなら仕方ない。
取り分け今日は仕事もなく午後にフェイトとの模擬訓練があるだけだ。そういうわけでクロノは特に気にすることなくエイミィの部屋へ赴いていた。
オペレータというのに定時に勤務場所についていないなんて甚だ呆れる事実である。ここ最近の多忙で疲労が溜まっていた等、理由があれば目をつぶることも出来るのだが。
「エイミィ起きてるのか? 寝ているならさっさと起きろ」
通信パネル越しにぶっきらぼうにクロノは告げた。
ことさら、このアースラは任務時以外の時間は規律に関してかなり寛容な所がある。
多少の遅刻――せいぜい五分くらい――は許されるし、なにかめでたいことがあればパーティをするなど、艦長であるリンディ・ハラオウンの人格がなせる技なのだろう。
クロノ自身もそういうことに関しては概ね認めている。
だが――。
「エイミィ? いい加減にしろ、流石に許せる範囲を超えてるぞ」
さしものクロノも堪忍袋の緒が切れかけていた。
曲がりなりにもエイミィはオペレータである。オペレータは常に艦内や職員の状態の把握など重要な仕事を受け持つ。遅れること自体許されない。
今仕事をしてるオペレータとの引継ぎも考えれば十分は早く来ないと勤まらない。確かにエイミィの情報処理能力は素晴らしく、常人の数倍引継ぎから状況の把握まで行ってしまうのだが、それとこれは別の話だ。
「ったく、しょうがないな。入るぞ」
待機状態のS2Uをロックに通す。執務官権限であるマスターキーを使うのは気分的にいいものではないのだがこの際しょうがない。それに相手はエイミィだ。彼女からもあまり抗議もないだろう。
どうせフェイトから借りたDVDでも見て夜更かししたのだろうから。
「まったく、いつだって君は――」
「へっ?」
で、クロノの口は目の前の光景に強制的に停止させられるわけだった。
「く、クロノ君? えっ、あっ?」
なんて言おうとしていたのだろうか。
思い出すことさえ許されぬほど衝撃的過ぎる彼女の姿。いやこの場合は醜態だ。
スカートに足を通そうと上げていた片足。その影からのぞく淡いブルーの下着。スカートのおかげで両手は塞がり、隠すものない胸元はそれなりに大きい彼女の双胸を支える世間一般でブラジャーと呼称される女性用下着。
きょとんとしている表情は問題はない。むしろそこから、首から下の扇情的な光景はどうにかならないのだろうか。
「あっ……そのエイミィ、起きているなら返事を――」
「い、いやーーーーー!!」
刹那彼女の姿がぶれた。目に映るものは部屋の中を舞う紺色のスカート。
気がつけば目の前にエイミィの羞恥に染まる真っ赤な顔。
「クロノくんの!」
腹部に衝撃。何か鋭いものがめり込んでいる。どうやらそれは膝であり、さらに引き締まった太ももと下着が網膜いっぱいに映し出される。
これでも一端の魔導士だというのになぜ見切れなかったのか。いやそもそもなんでこんな重い一撃をオペレータであるエイミィが持っているのか。
「エッチ! スケベ! ド変態!!」
「おぶぅ!!」
むしろ冷静に考えていたせいで顔に迫る脅威に気づけなかった自分が恨めしい。
「女の子の部屋に勝手に入るな!」
リズムよく左ジャブから右ストレート。格闘センスは一流だ。
どう見てもプロです。本当にごちそ、いやありがとうございました。
天へと舞い上がるクロノは最後の最後で走馬灯のようにいろんなことを思い返していた。
エイミィの部屋の通信設備が内、外含めて昨日から故障していたこと。護身術として彼女がミッド式魔法格闘術を習得していたこと。免許皆伝の実力者であること。
そして勇ましく戦う下着姿のエイミィなどなど。
「乙女の部屋にはノックしろーーーーーっ!!」
最後の不埒はお許しください。
止めの回し蹴りを脳天に叩き込まれ、クロノは長い廊下を見事に吹っ飛んでいった。
その日、クロノ・ハラオウンは午後の訓練を休んだの言うまでもない。
ちなみにその理由は首のむち打ちではなく、デバイスの調子が悪いという非常に子供じみたものであった。
時空管理局八番艦アースラの朝は騒がしい。