補佐たるもの常に主の執務を手助けしなければならない。いわば柱でありそれなくして主も動けないほどにの存在になることがなおさらである。
これがエイミィの補佐官として研修を受けたときに始めに聞かされた教訓である。
『こちらクロノ。対象の捕獲を完了した』
「了解しましたクロノ執務官。ではこれより転送を行います」
『……ああ、頼む』
だからプライベートな所で何があろうとも仕事にはそれは決して出さない。公私混同はしないのが至極当然。
他の管理局の艦船なら当たり前のそんな光景も、だがこのアースラだけは異常なものだった。
「着替えを覗いたらしいが、クロノもやはり男だったわけだ……」
「しかもその後押し倒したらしい」
「待て待て、初耳だぞそれは」
オペレータの変貌にアレックスとランディは互いに知り合う情報を交換しあい事の真相を探ろうとする始末。
「そこ、私語は慎んでください。任務中ですよ」
お局よろしく冷淡な声が二人の背中に突き刺さる。噂話も程ほどに二人はこそこそと寄せ合っていた椅子を元の持ち場へと直していった。
「全く、近頃の男は……」
ぼそりと歳不相応な言葉を漏らす。
噂と言うものは恐ろしいもので、艦内をいつの間にか一人歩きしている間に尾がつき眼がつきヒレがつきといった具合にありとあらゆる脚色が加えられているから手に終えない。
「エイミィ……私もよくは事情を知らないけど、取り合えずうちの子も戻ってくるし機嫌を直して――」
「十分直ってます」
不機嫌ここに極まり。声のみの返答にはさすがに苦笑するしかなかった。
元々、任務中でも砕けた口調で職員達の緊張ほぐしていた彼女。だがここ数日に限ってはまさに型通り、マニュアル通りの事務口調で任務を遂行させる姿勢に艦長であるリンディは頭を抱えていた。
もはや彼女の人徳でもあの艦内を漂っていたアットホームな雰囲気を取り戻すことは不可能だ。時間が解決してくれるなんて楽観視さえ今回ばかりは通用しない。
「艦長ただいま戻りました」
息子のお帰り。執務官と執務官補佐の冷戦が再開される。
「ご苦労様、クロノ。ほらエイミィも」
言われて僅かにこちらを見るエイミィ。睨むようで蔑むような視線をしばしクロノに浴びせた後、ふん、と鼻を鳴らし向き直ってしまった。
「人があれだけ謝っているのにその態度かよ……勝手にしろ」
対するクロノもその態度に憤慨し踵を返してブリッジから出て行く。
「あ、あー……」
何があったか――多少の事情はわかっているものの――わからないリンディは結局、気の利いた言葉一つかけられない。
「リンディ提督……」
「あっ、フェイトさん」
背後からの声に振り向くとそこに一仕事終えた嘱託魔導師とその使い魔の姿。フェイト・ハラオウンとアルフ、その二人だった。
「二人とも何があったんですか? 艦内でも全然口を利かないし」
「ありゃ完全な修羅場だね。まぁ覗きをしたならエイミィの怒ることもわかるけど」
「やっぱりクロノが覗いたの?」
「らしいよ、おはようからおやすみまで」
二人にも噂は満遍なく浸透している。なにやらとんでもなく脚色されているが。
「あぁ、我が子ながら情けない……」
確かに良く出来た子であったから子育ても放任していることが多々あったが、やはりそこがいけなかったのか。今更ながら教育の仕方を間違えたのかもしれない。
「あの、提督」
「なに?」
「やっぱり私このままじゃいけないと思います。ちゃんと話を聞いて二人に仲直りしてもらいたいです」
「そうだね〜あたしもそう思うよ。ご飯だっておいしくなくなるし」
考える先は違っても二人もこの状況を打開したいらしい。
「そうね、歳も近いあなた達ならクロノもエイミィも話してくれるかもしれないし」
「じゃあ私、二人の話をしてきます。……いいですよね?」
「もちろんよ。それと自分が良いと思ったことなら私にわざわざ聞かなくても良いわ。もうそんな仲じゃないんだし」
「あっ……すいません」
しょぼんと肩を落とすフェイト。
しまった、またやってしまった。やはり自分には親として振舞うことは難しいのか。せっかく親子の契りを結んだというのに相変わらずこの調子。どうも艦長としての自分が表に出てきてしまう。
「そ、そんな謝らなくてもいいのよ。あ、えと、そのね、私もこんな感じだから任せるから、だから早まらないでというか、なんというか」
「二人とも落ち着きなって、ね」
アルフが互いの肩を叩き仲立ちをする。そんな彼女の行動に二人もなんとか気を落ち着かせることが出来た。
「そうね、とにかくこの件は任せるわ」
「はい、わかりました」
取りあえずの言葉で何とか締めくくる。そうしてフェイトも自室へと向かうため踵を返した。
ドアがスライドし彼女が通路へ踏み出していく。
「二人の仲、頼むわねフェイト」
その後姿にリンディはようやく言いたいことを口から出すことが出来た。母親として背中を押す言葉
。彼女の精一杯の言葉である。
「あっ……はい、母さん」
振り向き彼女も言いたいことを言えた。フェイトにだってリンディを母親として思いたいのだ。だけどその言葉が出ないのは生粋の性格のせいか。
いつもどちらかが親子としての言葉を言わない限り、親子になれない。こういう時は母親である自分が何とかしなければならないというのが常なのに。
とてとてと歩く後ろ姿を見送るリンディ。ため息一つついた。
「私もまだまだよね」
『そんな焦らなくても良いと思うけどね。十分母親らしいよリンディは』
『ありがとね』
念話で届くアルフの言葉はなんと癒されるだろうか。
息子達のこともそうだが、自分も人間として、親として成長しなければならない。
そんなことを改めて思いつつ、リンディはなのはから貰った翠屋自慢のコーヒーに累計九つ目の角砂糖を放り込みぐいと飲み干した。