「で、これはどういう真似ですか、艦長」
突然の任務の内容にクロノは目の前の上司に眉をひそめていた。
「真似って? 別にあなたの力量なら問題ないでしょ。……何か不満?」
妙にわざとらしい笑顔だ。それだけで一切の反論を拒否する意思が明確に汲み取れる。
「いえ……ただ妙に作為的なものを感じるのですが」
「だって作為的だもの」
そう来たか。こっちがとやかく言う前に開き直った。
「大体、なんですかこれは。地球時間1000時に海鳴公園とか、それに最後に書いてあった――」
「あ〜はいはい、約束の時間まで時間ないから急いで急いで」
突如として足元が光り輝く。自分の増したで回り始める魔法陣はどう見ても転送方陣のそれ。
「か、艦長いくらなんでも」
「いってらっしゃーい」
有無を言わさずクロノの体が光にかき消されていく。主張する権利を奪われて成す術なし。もはや抵抗の余地はなかった。
権限を私情に使いまわすどうしようもない提督。いや、自分の母親にクロノは頭を抱えたい気分だった。
息子のそんな姿になんのその。リンディは清々しいまで笑顔でクロノを見送った。
am 10:03 海鳴公園
「なんなんだよ、まったく」
いつも艦内にいるせいかこういう風景をじっくり見るのもたまには新鮮でいい。
ぼやきながらも気分を切り替え何とか今の状況を飲み込む。
「一人の女性を一日エスコートする……か」
任務に内容にはこの時間にその女性が来るらしい。
「3分遅刻……だ」
相手が誰か分かった上の文句。3分ぐらい大目に見れないのは性分なのでご勘弁願いたい。
「クロノ執務官、所定の位置につきました」
所変わってアースラではそんなクロノの様子がモニターにリアルタイムで映し出されていた。むろん本人には悟られないよう強力なジャミングのおまけつきだ。
「あの〜、私はこれからどうすれば……」
頼りないトーンで女性の声。クロノが映されているモニター他に新たなモニターが映し出される。強力なジャミングもとい元ヴォルケンリッター、湖の騎士シャマルである。
闇の書を巡る事件も終わって久しく、今やはやては闇の書本来の姿である夜天の書の主となり、その膨大な知識を人のために役立てようと時空管理局に就職するために勉強中である。
彼女に従えていたヴォルケンリッターの四人もはやてによって騎士の戒めから解き放たれ、今や彼女のかけがえのない家族となった。
「ごめんなさいね、今日は一日馬鹿息子に付き合ってもらいたいの」
「は、半日じゃないんですか!? 私この後はやてちゃんと買い物に行きたかったのに」
人として生きる喜びをその手に取り戻した騎士たちは皆それぞれ目指すところへ向かって日々を営んでいる。いわゆる幸せの絶頂、それといって過言ではないだろう。
そこへいきなり呼び出しをくらったシャマルにこの宣告は非情の他ならない。泣きそうな表情で必死に訴える。
そもそも電話口で断ればよかったのだ。かつてのことは割り切っていたつもりだ。が、元来の性格が災いして気づけばリンディの申し出に二つ返事をしてしまっていたのはなんというか。
「あら? そんなこと言ったかしら」
そんな殺生な。
「大丈夫よ、代わりにすずかさんに行ってもらったから気にしなくても」
でもちゃんとそういう所に気が利いているのはありがたい。
「……わかりました。では私にだって代わりに――」
「たっぷり積んでおいたから、あの子の給料から」
「時空管理局は話が分かりますね」
買収成功。
くどいようだがヴォルケンリッターの作戦参謀。今や八神家の家計参謀と化しているシャマル自身、当然の回答だった。
かけがえのない家族――無論ヴィータやシグナム、ザフィーラ、そしてはやて――の幸せを手に入れられる条件を飲まない馬鹿はいない。
以前からのはやてへの援助が突如として暴落したこと、はやてがユーノの紹介で魔法学院に通い始めたその学費、ヴィータも学校に通い始めさらに上乗せ。
なにより家計を圧迫するのが他でもないエンゲル係数。大の大人が三人に、育ち盛りの子供が二人。しかもシグナムとザフィーラは大飯ぐらいと来ている。ヴィータだってよく食べるし、麻痺が完治したせいかこのごろはやてもよく食べる。
これに対しての収入はシグナムやザフィーラが管理局で傭兵モドキの仕事をして稼いでいるのが一つ。それにもはや頼りにならないはやてへの援助。やはりこれが一番痛い。
もしもはやてに援助している人間の居所がわかるのなら今すぐ自慢の旅の鏡でもってリンカーコアを捻り出して元の額に戻すようけしかける所だった。
ああそういえばシグナムは他に近くの武道館で剣の師範をしているそうだが雀の涙にも及ばない額なので割愛。
(この子が……埋蔵金に導いてくれれば言うことないのに……)
この前見たテレビの番組で過去の偉人が残した遺産を掘り当てようなんてものを見てから、ついにそんなものに手を出そうとまで思い始めている始末。発掘隊が振り子で場所を突き止めようとしていたせいで尚更である。
残念ながらシャマルのデバイスにそんな能力はこれっぽっちもない。現実は非常だ。
それなら目の前でちらつくおいしい話を拒む理由など今の彼女にないのは当然のこと。エサであろうが罠であろうが形振り体面構っていられない。
それにはやての同伴者がすずかなら心配もない。加えてこの仕事も一日限りのものだ。以前、騎士の勤めを優先し彼女に孤独を味合わせたようなこともないだろう。
「それじゃ私、引き続き彼の周囲をジャミングしますので」
「ええ、よろしくね」
自慢のデバイスを掲げ微笑を浮かべる。彼女に応えるようにアンテナよろしく宙に突き立った結晶が淡く光った。
「所で私にも詳しい話、聞かせてもらえませんか? 作戦を練る上で状況の把握は大事ですから」
「そうね、じゃあシャマルさんにも恋のキューピッドになってもらいましょうか」
「?」
にも、ということは他にもいるのだろうか。その、恋のキューピッドなるものが。
宙に浮かぶモニターの向こうでリンディ・ハラオウンは微笑み一つしてコーヒーに口をつける。
その落ち着いた笑みにどこか悪戯を企む子供のような無邪気さが混じっていたことをこの時のシャマルは気づくことはなかった。
人心を掌握する術ではリンディの方が一枚上手らしい。そして今まさに彼女が私的に権力を振りかざした最大の作戦が始まる。
その名は――おせっかい。