am 10:30 シネマックスハート海鳴
この手に握り締められし紙切れはどんな映画も一つだけ無料で観賞できる権限を持つという。
御託を並べてみたが、まぁいわゆるタダ券である。
「へぇ〜、映画かぁ」
隣でエイミィが感嘆の声を上げている。長い艦船生活で映画館とてんで縁がなかった彼女もどうやらご満悦のようだ。
「それでなに見るの?」
「ああ、それはもちろん――」
視線の先には上映予定の映画のタイトルがずらりと並んでいた。
今からだとちょうど十一時が開始時間。タイムテーブルの線上には三つが並ぶ。
ちなみに任務書になぜか書いてあったおかげでどれがどんなジャンルの映画なのか把握済みだ。
「『マイス……」
ちょっと待て。取りあえず待てクロノ・ハラオウン。
飛び出しかけた映画のタイトルを喉の奥に押し戻し、今一度この映画を見ていいものかと思案してみる。
SF映画は確かにエイミィは好きだと思う。この前もフェイトから借りたものがまさにこのような映画だった。
だがはたしてそれでいいのだろうか。このままこれを選ぶと確実にエイミィが『わかってないなぁ』なんて言うのではないだろうか。
今日の主役は彼女だ。エスコートする以上彼女のご機嫌を取らなければ流石にまずい。それで機嫌を損ねたら最後、アースラでの自分の立場も危うい。
どちらといえばこの映画を見ようとしている理由は自分が見たいという欲求の方が明らかに強い。
以前、自分も少し見させてもらってこの世界の映像の技術水準に思わず下を巻いたくらいなのだ。また見たいと思うのは人として当然だ。
だからってエイミィにそれを押し付けるのはエゴ以外の何でもない。彼女がこのジャンルを好む確証がないのだ。下手に動くのはリスクが大きすぎる。
残る二つの映画はロマンスとホラー。やはりここは女性が好むだろう定番が当然だ。
「……これでいいだろ?」
指差す先には『後で会いに行きます』の文字。地球で、正確には日本でヒット中の恋愛映画らしい。
これなら文句は言えまい。
あまり色恋沙汰には興味のないクロノだったがこれも仕方ない。本日二度目の譲歩である。
「……クロノ君、本気?」
ちょっと待て何でそんな顔をする。
「わかってないなぁ」
それでその台詞をなぜ言うんだ。
「あのねぇ、せっかくマイスターウォーズのシリーズ完結編がやってるのになんでそんなこと言えるのかなぁ」
深いため息だった。
ああ、わかるさ。これでもないくらいに失望されてるのが。
「あのダース・ヴィーターが悪の道に落ちた理由とか、師匠のハヤ・テンとの対決とか見所満載って言うのに」
「エイミィ……君はロマンス映画は嫌いなのか……?」
「嫌いじゃないけど。でもせっかくの映画館なんだからここはSF一択でしょ。大迫力のスクリーン、臨場感たっぷりの5.1chサラウンド――」
もはやエイミィ言葉届かず。揺れる鼓膜の情報は脳が受け取り一斉拒否。
クロノの自信は鉄球に押しつぶされたように木っ端微塵のぺしゃんことなった。
am 10:49 アースラ艦橋
「クロノ執務官、映画の選択に失敗しました」
状況報告班の冷静な声に艦橋にいる誰もが大きなため息を吐いた。
あちゃ〜、と声に出すものも入れば頭を抱えクロノの不出来さに呆れるものもいる。
「なんでそれを選ぶのかしらねぇ……」
首を振りながら息子の誤算に母もがっかり。思わず肩が落ちた。
「身近にいるなら普通は分かると思いますけど……以外に鈍感なんですね」
「そうね、仕事一辺倒でこういうのには疎いのよ。誰に似たのかしらねぇ」
「まぁ、これで全てが終わったわけではないですから大丈夫ですよ。ベルカの諺に下手な太刀筋数打ちゃ当たるってありますし」
きっと太刀でも鉄砲でもクロノの命中率は一割を切っている。
シャマルのフォローも暖簾に腕押し、馬の耳に念仏。
「だといいんだけどねぇ……」
手元にあったグラスの中で、氷が小気味よい音で崩れ落ちた。
気まぐれで淹れたアイスコーヒーはすっかり二層に分かれ、底には彼女の甘党の度合いを示す砂糖の山脈が聳えていた。
口をつける気にもならない。おかわりをする気にもならない。
リンディ・ハラオウン、息子の失態に失笑。
同時刻 シネマックスハート内第2映写室
『ブレェィィク!! マァァグナムッ!!」
シャウトが所狭しと館内駆け巡り、スクリーンに映し出された黒の巨人が拳を撃ち出す。
医者のような風貌をした巨人は満を持してそれを受け止める。
だが――
『せぇぇりゃあ!!』
その隙を突いて頭上からの踵落し。鋭い爪が巨人の体を粉々に引き裂いていく。同時に拳が体をぶち破り哀れ巨人は遥か真下のビルへ吸い込まれるように叩き付けられた。
まさに破壊の神。主人公の乗る黒光りする巨人は今までの鬱憤を晴らすように敵の巨人を滅多打ちにしていく。
「ねぇ……すずか」
「話しかけないで今良い所だから」
スクリーンに映る勇姿にすずかは目を輝かせている。いつもおっとりしている彼女とは大違いな様子に隣のアリサはある意味呆然としていた。
「なのは、すずかってあんな子だっけ?」
「あはは……すずかちゃん機械好きだからロボットも好きなんだよ」
なのはも戸惑いを隠せない。すずかの変貌振りに表情も心なしかひきつっていた。
クロノたちより先に映画館に着いた四人は二人を待ち伏せするためにこうやって暇な時間を映画鑑賞としゃれ込んでいた。
最初にクロノが映画にエイミィを連れて行くことは既にフェイト経由でわかっていた。ちょうどタダ券もあったのでそれならと思ったまでは良かったのだが。
「悪くはないんだけどね……」
半ばすずかに押し切られアリサとなのはとフェイト。
ファンの声に答え、ついに映画化となった『勇者大王ギャオギャイギャー』。このタイトルがすずかの視界に捉えられた瞬間、運命は決定した。
握っていたはずの券はいつの間にか窓口に消え、気がつけば席に座らされていた。
『ザムギルガンゴォ〜〜グ――』
主人公が呪文を唱える。それは相反する力を融合させるための勇気の言葉。
『ウホッ!!』
翠に輝く主人公の巨人。両手を組み合わせ莫大な推力で敵に突撃。
『ヴィーーーーーータァ!!』
装甲を砕き、動力炉を捻り潰し、拳が敵を亡き者に、鉄くずへと変えていく。
断末魔も叫びも上げられぬまま地に伏す敗北者。真紅の炎と共に戦いの幕は降りる。
「うん!」
すずかが小さな声と共に拳を握っていた。
勧善懲悪のロボットアニメは自分だって好きと言われれば好きだ。気持ちがスカッとするのは何時感じても心地よい。
取りあえず深く考えないでおくことにする。今日は親友の意外な一面を見られた、それでいいではないか。
納得するための理由を作ってアリサは再び画面に見入った。
「格好いいね、バルディッシュ」
『Yes,sir』
「バルディッシュも今度やってみようか?」
そしてなのはの隣で魅せられた少女がここに一人。
近いうちに彼女の愛杖もロボットのようなフォームを手に入れるかもしれない。彼の意思がどうであれ。
『俺様の勇気は死なない!!』
私の杖としての姿は死ぬかもしれません。