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[197]176 2006/02/04(土) 16:30:09 ID:pchf/07Y
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Private aide 7 そして挽回?

pm 1:14 シネマックスハート第1映写室

 二時間に渡る超大作は大盛況のうちに幕を閉じた。誰もが感動に包まれ、スタッフロールが終わるまで席を立つものは一人としていない。
「んぅ〜〜〜、やっぱり映画館で見るのは最高だね」
 照明が点き周囲の人間が立ち上がる頃、同じようにエイミィも席を立った。
 縮こまった体に背伸びで活を入れ喜色満面だ。
「…………」
 一方、こちらの執務官殿は二時間前と変わらずの格好で椅子に座っていた。
 感動のあまり放心しているわけではない。砕かれた自信をどうにか拾い集め修復している最中なのだ。
 自分ではエイミィの心理を完璧に読んでいたはずだ。なのに結果は間逆。
 いや、冷静に考えればやっぱり自分の選択は間違っていたのではないのか。エイミィはこんなに複雑な女性だったのか。いやいや、オペレーターなんだしそれは失礼だ。
 どちらにせよ、いつもなら的確な判断を下せただろう、クロノよ。
 ちなみに二時間の間クロノが考えていたのがこんな感じである。
「さてと……次はどうするの?」
「……えっ? ああ」
 恐ろしいほど気が抜けていた。普段からは想像も付かないなんともしまりのない返事だった。
「クロノ君? なにぼけ〜ってしてるのよ」
 また呆れられてしまった。
「い、いや……別にそういうわけじゃないんだが」
 出鼻を挫かれたのが何もこれで全てが終わりじゃない。それだというのに今の自分はなぜこんなにも呆けているのか。
 世界はいつだってこんなはずじゃないことばっかり。だから未来は自分で切り開くしかない。
 こんな所で足踏みしてる暇なんてないだろう。
 今が駄目なら次。一つ失敗したなら二つ成功すればチャラだ。
「エイミィ、次は昼食なんてどうだ?」
「そうだね……お昼もちょうど過ぎてるし」
 時計を見ながらエイミィが呟く。正午はとっくに過ぎて長針と短針の追いかけっこがまた始まっていた。
「いい店を知ってるんだ。昼はそこにしよう」
 頭の中のガイドブック、もとい任務書から情報を引き出す。母親の気遣いは嬉しいものもあるが一体何処でこんな事を調べてきたのか。
 海鳴の娯楽施設、飲食店、商店、その他名所。おまけにそれらを効率よく巡るためのおすすめコースなんてものも。
 この映画館だってそれに書いてあったから来たようなものなのだ。誰かが――どうせリンディなのだろうけど、タダ券をポケットの中に忍ばせてあったことが後押しをした。
「もちろんクロノ君のおごりだよね」
「……ああ、今日は全部僕が持つよ」
 流石エイミィ、ちゃっかりしている。どの道今日はそのつもりだったから問題はない。
「ほんと!? さっすがクロノ君、わかってる〜」
「当然だ」
 これでさっきの失敗はチャラだ。少しだけ誇らしげな顔をしてクロノは胸を張った。
 思いっきりエイミィに乗せられたような気もしないわけではないが機嫌が良くなるならそれもまた良し。
「それじゃいくぞ、エイミィ」
 ようやく腰を上げ背伸び。
「あっ、ちょっと待って」
「ん?」
 何か思い出したようにエイミィはクロノを呼び止める。
 まさか前言撤回――
「パンフレット買うの忘れてた」
 じゃなかったか。
「ああ、それも僕が出すよ」
「いいよそれくらいは。私の自己満足だし」
「今日の主役は君なんだ。別に宝石とか買うんじゃないんだし」
 財布から札を一枚取り出しエイミィに手渡す。嬉しそうな顔で礼を言うエイミィにクロノは軽く手を上げ応える。
 ふと自分も子供の頃よく母親にねだっていたことを思い出した。こんなもの熱が冷めればただの可燃ゴミに成り果てるというのに何で欲しがっていたのか。
「やっぱり揃えられるものは揃えないとね」
 エイミィの場合は収集欲から欲しかったらしい。結局こういう物への考え方は人それぞれなのだ。
 自分の時はどうだったか、もう十年も前のことだから良くは覚えていない。端に子供じみた理由を思い出すのが気恥ずかしかっただけでもあるが。
「それじゃ買ったら昼食にするぞ、エイミィ」
「オッケー! クロノ君」
 親指立てていつになく上機嫌なエイミィに微笑ましさを感じながらクロノは次の目的地へ向け歩みを進めた。

pm 1:32 喫茶リーゼロッテリア

 ちょっと遅めの昼食はお洒落なカフェのオープンテラスで。
「私、Aセットで飲み物は紅茶でお願いします」
「僕は……同じもので」
「かしこまりました」
 軽く頭を下げてウェイトレスは店内へと消えていく。
 視線を移した街路には多くの人が行き来している。仲良く手を繋ぐ親子連れ。こちらまで恥ずかしくなりそうな腕を組む恋人達。なぜだかそればかり目が行ってしまう。
「エイミィ……? どうした」
「えっ? ……なんでもない」
 水に口をつけはぐらかした。
 それにしてもこんなのんびりとした休日は最後に満喫したのはいつ頃だったか。
 任務ばかりの毎日に自分のプライベートは与えられた狭くも広くもない部屋で寝るか、DVDを見るか、ネットサーフィンに講じるぐらい。散歩するにも始終金属板で囲まれたアースラの中では、歩いてみてもあまりいい気分転換にはならない。
 もう少し大きな管理局の艦なら内部に小規模な公園など遊戯施設を設けているものもあるのだが。ないものねだりはしょうがない。
「そういえばクロノ君は休暇なんて久しぶりじゃない?」
「そうだな……そうかもしれない」
 言葉を濁すくらいクロノには休暇はない。執務官はアースラの中には一人しかいないのだから当然ではあるが。
 執務官補佐である自分はオペレーターだけあって交代などで常に艦橋にはいない。クロノには多分寝る時間以外、特に際立った用事がなければずっと艦橋にいるのだろう。
「よかったね、艦長に有休もらえて」
「あまりいい気分じゃないけどな。特に今回は母さんのいらんおせっかいだし」
 クロノがリンディを艦長としてではなく母として呼ぶときは大抵リンディへの不満だ。管理局提督として魔導師として彼女をクロノは心から尊敬している。
 一方、お茶目で気まぐれ、さらに大の甘党である母親としてのリンディに頭を抱えているのも本当のこと。
「母さんにはもう少ししっかりしてもらわないと。私的に提督権限を使うなんてどうかしてる」
「いいじゃんいいじゃん。どうせ私といなかったら部屋でごろごろしてるだけでしょ」
「そ、そんなことあるか。僕だって休日にはいろいろなことをやってるさ」
 どうせ魔法の訓練とかデバイスの調整だったり、仕事に必ず関係することばかりでしょ、とはあえて言わない。
「S2Uの調製とか、腕が鈍らないよう魔法の鍛錬とか」
 だってほら、こうやって言ってしまうのだから。思ったとおりである。
「もう、もっと笑えるようなこととか楽しいことしようよ」
「僕にはこれがあってるからいいんだ」
「もう少し子供になってもいいと思うけどなぁ、固いよクロノ君」
 まだ十四歳なんだからもっと子供らしい一面を見せ欲しい。二歳年上の自分が言うのもなんだが目の前の執務官は少々真面目すぎると思う。
「かっこいいばかりじゃ駄目。たまには笑い転げるクロノ君とか見てみたいし」
「それは君の好奇心だろう」
「あはは、ばれた?」
 呆れ顔で睨むクロノにちょっとだけたじろいだ。
「でもさ、クロノ君変わったと思う」
「僕がか?」
「だってなのはちゃんたち皆に会ってからちょっとだけだけどクロノ君優しい顔つきになった」
「見間違いだろ? 僕は僕だ」
 今度はすまし顔。でも長い付き合いのエイミィには自信を持って彼が変わったと言える。
「友達ってやっぱりいいよね、クロノ君」
 九歳で執務官。なのはたちの世界ではようやく義務教育の中腹だ。それを思うとやはりクロノにはそれなりに大切な時間を失っているのだろう。
 それ言ってしまえば自分だって同じようなものか。ミッドの人間は誰もが生き急いでる。もっとゆっくり人生を楽しんだって罰は当たらない。
 結局は文化の違い。カルチャーショックで片付いていしまう。
「ユーノ君となんていいコンビだし」
「は、はぁ!? なんであんなイタチもどきとコンビなんだよ!」
 ユーノの名前が出た途端クロノの顔が思いっきり崩れた。こんな乱した表情も以前はちっともお目にかかれなかった。
「喧嘩するほど仲が良いって、なのはちゃんも言ってたよ」
「あいつとは別だ! 大体あんなに気の合わない奴も珍しいくらいだよ」
 ぷいっとそっぽを向いてクロノは拗ねてしまった。見ているこっちが噴出しそうになる。
「なんだよ」
「なんでもないよ」
 半分以上あった水全部を一息で飲み干した。
 口を一文字にしていたクロノもエイミィに習って水を飲んだ。こっちは手をつけていなかったから一気飲みだ。
「むせないでよ」
「げほっ!」
 執務官形無しだった。

pm 1:53 喫茶リーゼロッテリア15メートル手前の物陰

「じゃあ、すずかお願い」
「うん、きっと大丈夫だよ」
 フェイトの合図にすずかは携帯を手に取った。
「……あっ、うん。わかった、お姉ちゃん頼んだよ」
 電話の向こうでは彼女の姉である月村忍が今や遅しと出番を待ち受けていた。
「でもフェイト、よくこんなこと考え付いたわよね」
 腕を組みながらアリサが不思議そうにフェイトに呟いた。
「うん、前なのはの家で見た漫画にそう描いてあったから」
「隣の恋人に感化されて自分達もラブラブな雰囲気に……ねぇ」
 よもやフェイトがここまで大胆な作戦を持ってくるなんてにわかに信じられなかった。
 兄への思いがそうさせるのか。いやはや、フェイトは時々こうなるから油断できない。
「でもフェイトちゃん、クロノさんとエイミィさんって昔から仲いいんだよね?」
「うん、もう五年くらいの付き合いなんだって」
「それってお互い異性として意識してない気がするんだけど」
 アリサの指摘にフェイトは少しだけ眉をひそめた。フェイトには思いもよらない一言だったようで言葉の意味を飲み込もうとしているようだ。
「まっ、でも鈍感さんはここにもいたことだし。どうなるかわからないもんね」
 隣の少女に話を振った。
「えっ?」
 振られた本人はアリサの視線に気まずそうに目を逸らした。
「そのわたしの場合は……鈍感とかじゃなくってユーノくんのこと信頼していたというかなんといいますか……。こ、このままでいいかなぁ……なんて」
「そうやってユーノへの好きって気持ち、気づかなかったんでしょ? そういうのが鈍感なの」
「で、でもほんとにユーノくんもそう思ってたんだと思って……今の関係壊しちゃいけないかなって思ったり」
 人差し指同士をツンツン合わせて赤面のなのは。まったくもって見ているだけで歯がゆくなる。
「まぁ、火がついたなのはは面白いくらいに可愛かったから別にいいって言えばいいんだけど」
「……ユーノくんのこと好きだもん」
 蚊の鳴くような声でそれだけ言うと、なのはあまりの顔の火照りに俯いてしまった。
「すずかとアタシとフェイトとその他多くの人たちが縁結びしてあげたの感謝しなさいよね」
「言いながら、ほっぺ引っ張らないでひょ〜〜!」
「ああ、もう! 可愛すぎるあんたが悪いの! 少し幸せ分けなさいよ〜〜」
 いつか自分の頬は伸びきったまま戻らなくなるのでは、何てこと思いながらなのははアリサの攻撃に半分涙目で甘受していた。
「もう……二人とも」
「でも羨ましいな、仲が良くて」
「フェイトちゃんだって私たちの親友だよ。頼めばアリサちゃん、ほっぺ引っ張ってくれるよ」
「それは……ちょっと嫌かな」
 こっちもこっちで可愛いらしい。
 赤らんだフェイトの顔にすずかは口元を緩めていた。
「ほう、ひゃへへよ〜〜ひゃりひゃやはん」
「アタシの気が済むまで止めないわよ。覚悟しなさいなのは!」
「通じてるんだ……」
 なんとなく自分でもわかるけど。
「ひょいひゃふ! ひょいひゃふ〜〜!」
「大丈夫だよ、なのは。多分心配するほど伸びないから」
 通じている人には通じているのだ。
 それにしても――。
 仲直りさせて、あまつさえ恋仲にしてしまおうなんて、フェイトがこんなに積極的だったなんて驚いた。
 初めて会った時の印象が大人しくて優しそうだけだったから余計にそう感じる。
 でも他ならぬ兄のためならこうなるのかもしれない。自分だって姉がなのはなの兄といい仲になれるよう幼心で頑張っていたころがあったのだし。
「クロノさんも幸せ者だね」
「……うん」
 そういう意味では似たもの同士の二人だ。
 すずかの笑みにフェイトも目を細め、はにかみながらゆっくりと頷いた。
 何処も彼処も微笑ましい。そんな午後の風景。
 願わくば、これが台風の前の静けさであらんことを。


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