お世辞にも綺麗とはいえない灰色の空。幾分かマシになった空気を軽く吸い込む。
レイジングハートが廃熱を行い、白く染まった空気が所在なく流れていく。
足場としての魔法陣は相変わらずの調子で回り続け、あるべき大地は抉られはるか眼下にある。
「二人とも大丈夫?」
「ええ」
「うん」
二人の声を聞いてようやく僕も安堵し大きなため息をついた。
「今の……ユーノくんが?」
「ううん、リンディさんのおかげだよ」
そう、僕自身の力じゃない。リンディさんが教えてくれたから僕はあの魔法を発動できた。
(それに……)
ちら、とレイジングハートを見る。
なにより魔力流に飲み込まれる瞬間、彼女が僕の魔法が暴発しないように制御していてくれたからこそ僕達は命拾いできたのだ。一応、元レイジングハートのマスターであることが思わぬ偶然を生んでくれた。
「それにしてもとんでもないわね」
「ここ、地下だったんじゃないんですか」
「元ね」
なのはの魔力もすごいけど、流石に規格違いを見せられては言葉もないみたいだった。
無理もないと思う。あの爆発が天井はおろか地上にそびえていた研究所も跡形もなく消滅させているんだから。
未だに四方から白煙が立ち昇る中でさっきと同じ形をしているのは僕達と、ヒュードラだけ。生命あるもの亡き後の荒野。その只中に僕達は今いる。
『…………んな無事!? あっ、良かった繋がった!』
「エイミィ! 通信回復したのね」
『はい。今の爆発で周辺空間の状態が一気に正常レベルまで回復したようです』
「正常に? あれだけの歪みが」
『正確には一箇所に集束したというべきなんですけど」
通信の内容。おそらくその一箇所というのは一つしかない。
爆心地で羽を広げたまま沈黙しているヒュードラ。それが今までの空間を湾曲させている張本人なら納得は行く。
と、ヒュードラがゆっくりと首を上げた。緋色に光る瞳の先、そこには空ではない星空のような空間が 円を描いて広がっていた。多分あれがアースラでみた歪みの片割れなのだろう。
ヒュードラの羽が動いた。飛ぶつもりなのか!?
「まさか……エイミィ! あの生物があの歪みに突入した場合の空間指数は計算できる?」
『えっ? あっ、はいすぐに計算します。…………嘘、これって』
「どうなのエイミィ」
『両者がゼロ距離まで接近した場合の湾曲指数は……』
言ってエイミィさんは口を閉じる。顔には苦渋が浮かびしばしの後、意を決するように口を開いた。
『百パーセントレベル5の次元振が発生、それに伴い近次元の世界にも多大な影響が。下手をすればミッド、それら世界が壊滅的打撃を受けます』
「なんてことなの……。それにミッドチルダの近次元にはなのはさんの世界も」
「そ、そんな……」
『すでに両者間の干渉によって空間自体限界を迎えています。下手をすればどちらかが近づくだけでも……』
容赦ない事実は簡単になのはから表情を奪い去った。なのはにとってはいきなりここに来て何も知らされづくめの内にこれなんだから当然無理もない。でも僕だって薄々予感はしていても、内心思いっきり頭を殴られたような衝撃が抜けきっていないのだ。
なのはにとってそれはどのくらいのものなのか見当なんてつけるわけがない。絶対に。
「さっきの話ならトランスポーターは使えるわね、エイミィ?」
『え? あ、はいもちろん大丈夫です』
「なら今すぐ転送お願いするわ。とにかくどちらかを何とかしなければいけない」
リンディさんがまくし立てる。僕にもわかるくらいその顔には焦りが映っていた。
「これから私はゲートの封印に向かいます。あれだけの規模だから空間を閉じるのにかなりの時間を要すると思うの」
また艦橋のときと同じような表情をリンディさんはする。一瞬視線をそらし、目を閉じた。
「できるならヒュードラの足止めをお願いしたい。無理は承知の上、民間人のあなた達にこんなことを頼むなんて滅茶苦茶もいい所だけど」
相手が相手だからこそ、リンディさんの言葉は重くどこか悲壮感さえ漂わせる。
僕となのは、たった二人であの化け物を止めることは普通に考えても無理を通り越して無謀そのものだ。あの時のリンディさんの言葉を借りるのなら、まさに大人の勝手だ。
「……します、リンディさん。わたしの世界もミッドチルダも、他の世界だって壊させたくない」
今まで黙っていたなのはが突然口を開いた。凛とした力のこもった声で。
「相手はすごく強そうだけど、レイジングハートが、ユーノくんがいるから大丈夫です。やらせてください!」
「なのはさん……あなた……」
レイジングハートを握りしめ真っ直ぐにリンディさんを見詰める。
そうだ、これは子供の勝手、僕達の勝手だ。リンディさんに言われたわけじゃない、自分達がやりたいからやること。
「僕からもお願いします。やらせてくださいリンディさん。だからそんな顔しないでください、あなたらしくないですから」
言葉と共に頭を下げた。
しばしの間、その後にどこか諦めたようなため息が頭の上で聞こえた。
「頼んでるのはこっちなのに、これじゃ立場逆転じゃない。本当に二人ともよく出来すぎよ。弱音とか吐いてもいいのよ、その歳なんだから」
呆れたような調子でリンディさんはぽつぽつと言葉を漏らす。
でもどこかその顔には今までの雰囲気は感じられなかった。ふっ切れたかのようにリンディさんはもう一度、ため息をつく。
「もっともクロノみたいな息子を持ってる身としてはそんなことも言えないか。あの子も二人と同じくらいのときにはもうしっかりしすぎてたし」
「リンディさん……」
「二人の気持ちはわかったわ、そこまで言うのならやってもらうわよ。ただし、絶対に無理はしないこと」
「はい!」
「ふふ、この事件が終わったらまた表彰物ね。それじゃ、行って来るわね」
言うと同時に魔法陣がリンディさんの足元で輝く。僕達を背を向けその姿すぐに光に包まれる。
転送が始まる寸前、リンディさんが右手を軽く上げる。リンディさんなりの励ましを見つめながら僕達は彼女を見送った。
残ったのは僕となのはの二人だけ。
「なのは……そのごめん。なんだか滅茶苦茶なことになっちゃって、ほんとにごめん」
「いいの。だってこれはわたしが決めたことだから、みんなに迷惑はかけられないもん」
静かにゆっくりと、なのはがレイジングハート構える。足には飛行魔法の証である羽がはためき彼女の意志が揺るぎないことを感じさせる。
「大丈夫だよ。あの時みたいにユーノくんがわたしの背中を守ってくれるから」
『Divine shooter』
「だから行こう!」
たくさんの光に囲まれたその姿が、一瞬あの時の姿と重なって見えた。
「……うん、行こう!」
なのはは砲撃魔法。僕は拘束魔法。
それぞれの最初の一手を従え僕らはヒュードラ目掛けて空を蹴った。