夜明けが来て間もない空。白み始めた空は今日一日が暑くなることを予感させるような清々しい青さを映していた。
「じゃあ……行くね」
ここまでずっと繋いでいた手をそっと解く。別れを惜しむことなく二人の手はあっけなく離れた。
「リンディさん、これからよろしくお願いします」
「ええ、任せて。絶対に最高の結界魔導士に育ててあげるから」
穏やかだけど自信に満ちた声。僕も期待に応えられるように頑張らなきゃいけない。
「ユーノくんのこと厳しくお願いします」
「なのは、そんないきなりは……」
「大丈夫よ、初めからビシバシしごいてあげるから」
多分、冗談じゃないんだろうな。
でもそれならそれでもいい。なのはとの約束を絶対に守れるから。
「あはは、大変そうだね」
「笑い事じゃないと思うんだけどな」
「ユーノくんならできるよ」
笑いながら励まされてもなんというか微妙な気分だ。
「わたし……笑顔だよね?」
「うん、いい笑顔だよ」
彼女の目に別離を悲しむ涙はない。あるのは心からの眩しい笑顔。
「よかった。わたしも約束守れそうだね」
「そうだね」
僕たちが交わした約束はそれぞれ違っていた。
なのはの僕への約束は立派な魔導士になること。
僕のなのはへの約束は僕のことを思い出すときは笑顔でいること。
「一人でも飛べるよね」
「ユーノくんこそ大丈夫?」
「当たり前」
もう僕らは一人でも羽ばたける。遥か彼方の未来まで歩いていける。進む道が照らされてるから。
「そうだ。ユーノくん手を出して」
「え?」
なのはがポケットから何か紐のようなものを取り出した。風になびいて揺れる、若葉色のリボンだった。
「はい、片っぽ」
手渡され握らされたのは対の一本。
「でもこれじゃ」
「いいから持ってて」
言ってなのは髪をといた。今までしていたフェイトのリボンをしまうと、代わりにそれを髪に結う。
だけど片方だけ飛び出したおさげはすごくバランス悪くて、ちょっと可笑しかった。
「はは、なんだか……変だよ」
「やっぱりそう思う?」
しきりにおさげを触りながら、なのはも満足していない顔になる。
「ユーノくんが女の子だったら結ぶんだよ」
「よかったよ、男で」
「でもいつも身に付けてて、これは絶対」
「約束?」
「そうだよ。立派な魔法使いにならないといけないんだから。わたしの代わりにその子が見てるから」
なのはの代わり……か。だったら気は抜けないな。
「じゃあ、そろそろ時間よ」
「あっ、はい。わかりました」
いよいよ時間だ。
転送方陣が僕らの足元で輝きを放つ。
「何か言い残したことないかしら」
「いえ、もうないです」
なのはを見る。僕の視線に気づいたのかなのはも頷き大丈夫だと言ってみせた。
涙も抱擁も、口付けすらない本当にまた明日すぐ会えるような別れ。
「それなら、行きましょうか」
「はい」
だってそれは全部昨日に済ませたから今日には持ってこない。
「ユーノくん!」
だからさよならは笑顔で
「なのは!」
送りあいたい。
「ちゃんと魔法の練習も忘れないでね」
「うん! ユーノくんもしっかりしなきゃ駄目だよ」
段々と光が包み込んでいく。
この世界にいられるのもあと数秒。お別れの時だ。
「なのは、またね!」
「うん!」
さよならは言わない。だってまた会えるんだから必要ない。
手を振るなのはに僕はリボンを胸の前で掲げてみせる。二人を繋ぐ約束の絆を握り締める。
世界が光に包まれて、消える。
いつかの再会の時を描きなら、僕が心の中のなのはの願いと共に新しい一歩を踏み出した。