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[349]176 2006/04/02(日) 01:33:43 ID:fngprQOV
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[354]176 2006/04/02(日) 01:39:35 ID:fngprQOV

インジュー・ジョーンズ 発掘七日目 二人の怒りは遺跡を揺らす

 黒光りする拳が大地へ突き刺さり轟音と共に砂塵を巻き上げる。打ち下ろされた後には抉られた大地が無残に残るだけ。
 頼みの鎖も目の前の狂戦士には足止めにすらならない。そうこうしてる内にまた鎖が引きちぎられる。
「くっそ!」
 障壁、転送、その他補助魔法。封じられた力はあまりに大きすぎる損失だ。
 全身を黒曜石のように鈍く輝かせた巨人は鈍重そうな外見通り身のこなしはそれほど速いものではない。
「うわっ!! こ、こんの!」
 粉塵が体を打ち付けていく。
 びりびりとした痛みを感じる間などなく巨人の赤い眼はすでにユーノの姿を捕らえている。
 繰り出される力任せの薙ぎ。今度は風が容赦なくユーノを吹き飛ばす。
「ぐっ!!」
 だからといって逃げているばかりでは駄目だ。すでに劣勢の只中に立たされている今でもユーノには決め手となる力はない。
「バインド!」
 これだけで戦えなど死刑宣告を受けていると同じだ。
 足を取って転倒させれば。淡い希望も巨人の強力の前に崩れ落ちる。足に巻きついたそれを巨人は無い物のように引きちぎった。
「ユーノくん!」
「なのはは下がってて! 下手に出てきたら危ない!!」
 悲痛な叫びを上げるなのはに気を配る余裕もない。
 頭上からさらに一撃。すんでの所で横に飛んでかわす。
 鼓膜を震わせる爆音。聞き入る暇もなく転がり続けるユーノ。 
「ユーノくんっ!!」
 そしてただ見ていることしかできないなのは。加勢することさえ叶わない無力さはやりきれない叫びとなるばかり。
 無意識の内に足が震えていた。気がついてしまえばあっという間に体中に伝播する。耐え切れず蹲った。
 恐怖がそうさせたのならまだ良かった。だが自分の体を蝕んでいるのは純粋に自己嫌悪のみ。
 全ての根源は自分だった。この世界は自分の心そのものだった。
「……なんで……?」
 未知の世界への旅。もちろん心が躍った。どんな場所に行くのか出発前夜はベッドの中で眠りに落ちるまで何度も自分とユーノの姿をその世界で廻らせた。
 数日前にはユーノと一緒に冒険映画を見ていたことも手伝ったのだろう。それはすごくリアルでもしかしたら夢の中の冒険までごっちゃにしているのかもしれない。
 二人きりの大冒険。主人公はもちろんユーノ・スクライア。ヒロインは高町なのは。いつしかスクリーンの主役達が自分達と入れ替わった。
 でも現実はうまくはいかない。主人公はまず仲間を引き連れた。ヴィータとシャマルがそれ。
 この時はユーノの言葉に頷いた。未知に多くの人数をそろえるのは当然のセオリーなのだから。
「全部……わたしが悪いの?」
 なんとか気持ちを切り替えて晴天の世界に到着。その時少しだけ考えた。
 魔法が使えなくなったらユーノは自分を心配してくれるはず。
 願いは現実になった。魔法が本当に使えなくなって埴輪みたいな敵まで出てきた。
 活躍したのはヴィータだった。おもしろくないくらいに簡単にみんなやっつけた。だから今度はヴィータの魔法も使えなくなるだろう、なんてことも考えた。
 本当にみんな魔法が使えなくなった。
「……違うよ、わたしだけ悪いことなんてない」
 ユーノに仲良くするヴィータに妬いた。
 忘れたくて困難が沢山降りかかってしまえと思った。
 きっとお約束な罠があると思った。 
 ユーノと談笑しあうシャマルに妬いた。
 速くゴールについてしまえばいいと思った。
 なにより二人になりたかった。
「……違う違う! わたし悪くない!」
 ――嘘だ。
 だけど自分より、もっとそれ以上に悪いのがいる。
「なのは……? だ、ダメだって!! 下がって!!」
 ユーノが何か言ってる気がする。
 関係ない。言うことなんか聞くもんか。
「…………だよ」
「えっ!?」
「悪いのはユーノくんだよ」
 憑かれたようなうわ言のような呟きはすぐに激情に変わった。
「わたしたち付き合ってるんだよ。何でもっとわたしのこと見てくれないの!?」
 心の奥底で蠢いていたマグマが爆発した。
「好きなのにこんなの嫌だよ! 何で二人はダメなの!? 何で手繋いでくれないの!? 何でもっとわたしのこと心配してくれないの!? なんで励ましてくれないの!? なんでなんでなんで――」
 涙が溢れた。一体自分は何を言っているのだろう。
 それを止められれば止めている。一度蓋を開けてしまった以上もう止める術なんてない。
「なんで変わらないの!!」
 なのはの心が木霊した。
 結局なのはには全部言ってしまうことしかないのだから。
「なのは……」
 ユーノは唖然とした表情でなのはを見つめていた。一瞬の静寂、それは今のユーノにとっては命すら失いかねない大きな隙だった。
「そんな僕は――」
 ――言い訳は聞きたくない。
 代弁をするように黒い拳がユーノの言葉を許さなかった。
 鈍い音がした。バリアジャケットが殺しきれなかった衝撃が痛みとなってユーノの背中を打ち据える。
「がぁ……!」
 激痛に息が止まる。焦点の定まらない瞳には既に追撃を放とうと拳を引く巨人の姿。
「ぐっ……そっ!」
 ほとんど反射で足が動いた。
 間一髪、右目に拳を捉えながらギリギリで身をかわす。風圧が嫌というほど感じられる。脳裏には餌食になった自分の姿が生々しく想像できた。
 止まらない巨人の攻撃。壁にめり込んだ拳をゆっくりと引き抜くとユーノに向き直り右足を上げる。その一歩は死へのカウントダウンか。
「なの、はぁ……」
 突然の豹変はユーノにとって全くの不意打ちであったのは言うまでもない。
 それでもそれ以上にユーノの頭の中を占めたのは反感だった。乱れる呼吸を整えることもなくユーノは声を張り上げる。
「いき、なりそんなこと……何もこんな所で言う必要ないじゃないか!!」
 命の危機に晒されては温厚なユーノだって怒りを露にする。荒げた声はもちろんなのはに。
「だって言いたかったからしょうがないでしょ!!」
「なっ!? 少しは場所を弁えなきゃダメだろ!」
「だったらもっとわたしを見てよ! ユーノくんのバカッ!!」
 ユーノの剣幕に押されるどころか勢いづくなのは。口から飛び出すのは文句と罵声。
「馬鹿はなのはだ! 文句なら後でいくらでも聞いてやる! だけど大事な時ぐらいは分かるだろ!?」
「わかんない! わたしがこの世界のマスターなんだよ! だったら今言うしかないでしょ!」
 むちゃくちゃな理屈。ここに来てユーノはなのはがこの世界のカラクリを自覚したことを知った。
 それがさらに油を注ぐ。
「わかっているならあのうるさいのを止めろ! ゆっくりと話し合いたい!」
「叶ったお願いは取り消しできない!」
「なんだよそれ!?」 
 横っ飛びに拳をかわしてチェーンバインド。今度は両足首を一くくりに縛り上げる。
 解かせはしない。決意と共に二桁の鎖が幾重にも絡みつき完全に足を固定した。一本がダメなら二本、二本がダメなら三本。塵も積もれば山となる。
 ユーノ怒りの一撃はつい巨人の背中を大地へと叩き付ける一撃となった。
「しばらく黙ってろ!!」
 はき捨てなのはに向き直る。怒り心頭ここに極まれり。今ならエクセリオンバスターだろうがスターライトブレイカーだろうが耐えてみせる。
「いきなり何かと思ったら。僕はなのはのことそんな邪険にした!?」
「今言ったとおりだよ! ユーノくんなにもわかってないよ!」
「わかってないって…………それはなのはじゃないか!」
「わかってないのはユーノくん!!」
 じたばたと可愛げな動きをする巨人を背景にして二人の激論が加速していく。
 顔を真っ赤に肩を怒らせ牙でも生えそうな形相。睨み合い、ともすれば取っ組み合いでも始めそうな雰囲気を纏う二人を未だかつて誰が見ただろうか。
 こんななのはをフェイトが見たら卒倒すること受けあいだ。目を白黒させながら現実を否定するだろう。
「なのはだ!!」
「ユーノくん!!」
「なのはだって言ってるだろ!」
「ユーノくんなの! わからずや!!」
「わからずやなのはなのはじゃないか! ここに来るまで僕はずっとなのはのことばかり考えてたんだぞ!!」
 一歩踏み出たユーノが取った行動はなのはには一番予想してなくて一番してもらいたかったこと。
 握られた右手にしっとりとした感触が伝わっていく。いかにユーノが手に汗握っていたことがよく分かる。
「もし繋いでたら僕が転んだ時なのはも巻き込んじゃうだろ。それになのはが転んだらすぐに受け止めて上げられる」
 ジャングルや遺跡じゃなかったら繋ぐに決まってるだろ、と最後に付け足す。
「次に僕はなのはのことずっと心配してるし励ましてたつもりだよ。だけど僕だって完璧な人間じゃない。言ってくれなきゃわからないことだってあるよ!」
 一瞬ユーノの顔が悲しげに歪む。ユーノから見ればなのはは道中いつもと変わらぬ顔だった。だから声はかけなかった。
「それに一応隊長だし、仲間のこと、ヴィータやシャマルさんのことも知らなきゃいけない」
 だから少ない時間の中でユーノは二人の人格を会話の中で探っていた。
 驕りかもしれないがなのはのことは理解している。それがなのはから見れば邪険にされたように感じられたのかもしれない。否めない事実だ。
「みんなや、なのはが危ない目に遭わないように考えてるんだ。何か起きてからじゃ遅すぎるんだ。リセットなんて出来ない」
 なのはに口を挟む隙はない。真剣な眼差しでユーノの弁論は続いていく。
「多分考えすぎてるんだと思う。なのはみたいに楽しい考え全然してない。これじゃなのはに言われるのもわかる」
 唐突にユーノは繋いだ手を解いた。片手と合わせてそれはなのはの小さな肩に。
「だから寂しかったら言って欲しい。自分の中に閉じ込めないで欲しい。それだけじゃない何でも言っていい。溜め込まないで、なのはは笑顔が一番似合うんだから」
 ふっと顔から力が抜けた。
 ユーノは笑顔を作るために。なのははそのユーノの言葉に。
「……ごめん、なんだか無茶苦茶だよね。カッとなって怒鳴ってごめん」
 今までの自分を省みて本当に穴があったら入りたくなった。我が身を持って冷静さを欠いた人間が半ば前後不覚になることを知った。
「…………ううん、やっぱりわたしが悪い。そうだよね……言わなきゃ進まないよね」
 恋は決してオートではないのだ。何もしなければ何も進まない。でも多少は進んでいるだろうからきっとセミオート。
「わたしユーノくんに嫌われたくないからいろいろ考えても言えなかった」
 今の自分はセミオートどころか恋にブレーキをかけてしまっている。
「僕もなのはが今のままで良いと思って何も言わなかった。勝手な思い込みだ」
「なんだかお互い様だね」
「そうだね……ほんと二人揃ってなにやってるんだか」
 これだからエイミィやアリサやすずかにも世話を焼かれるんだろうと今更ながらに思った。
 そう思うとすごく滑稽に思えてユーノもなのはも可笑しさを堪えきれない。
 二人の笑い声が部屋を包みこみあれだけ険悪だった雰囲気はもう彼方。通り雨のように二人の心にはもう太陽が差し込んでいた。
「……ふぅ、さてそれじゃあ一気に終わらせる」
 ひとしきり笑った後で気持ちを再び魔導師へと切り替える。未だ目の前でもがく巨人を見据えユーノはなのはを庇うように一歩前へ踏み出した。
「でも大丈夫なの……?」
 さっきであれなのだ。仕切りなおした所で情況が好転するわけがない。そのくらいユーノにだって分かっているはずなのになぜだか背中からものすごい自信を感じる。
「うん、なのはあれはちゃんとあるよね」
「あれ……?」
「どんなに固くて強い相手でもそれなら絶対に勝てる」
 それはレイジングハートのことを言っているのか。勝機が掴めそうな武器は自分にはこれしかない。
 だが魔法は封印されている。レイジングハートだってデバイスモードにすら起動できないのだ。それをこんな状況でどうやって使うのか。
「言っておくけどレイジングハートじゃないから」
「で、でもそれ以外に武器になるものは」
「あるさ、とびっきりのがね」
 武器がなければ作ればいい。あるもの全てかき集めて新たな力を創造するなど容易いこと。サバイバルと要領は一緒だ。
 生き残るために。どちらも信念は同じ。
「晴天の書に見せてやる……最後っ屁を」
 
 ――冒険はついにクライマックス。


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