「こっちだ!」
天井からぶら下がる鎖を手にユーノは縦横無尽に空を舞う。
巨人はその巨体と重量が足枷となってユーノを目で追うことすら出来ない。旋回する相手に振り回されてぐるぐるとたたらを踏んでいる。
「はっ!」
こいつに程度のいい知能があったらここまで翻弄することは出来なかった。あるいはもっと動きが機敏だったら。
もしもの話は無しだ。仮にそうでも別の方法に切り替えるだけ。
「いっけ!」
巨人の背後目掛けてユーノは壁を蹴り上げる。黒光りする背中に足をつけると同時に鎖を支えに肩口まで一気に駆け上る。
振り下ろす右手。叩きつけた場所は丁度肩と胴を繋ぐ隙間。
「次っ!」
体を捻り今度は右手を首の付け根の隙間へ叩き込む。
そのまま鎖を生み出し自身を捕まえようとする腕に巻きつけ華麗にかわした。
既に四度、ユーノは懐に飛び込んでは右手を叩き付けるという不可解な徒労を繰り返していた。何の意味があるのか目的のものを貸したなのはにもユーノの真意はつかめない。
「これで六つ全部……なのは!」
「な、何!?」
「なるべく離れて! もしかしたら危ないかもしれないから!」
「えっ!? 何するの!?」
「見てれば分かる!」
眼前に巨人を捕らえてユーノは高らかに右手を突き上げた。
「チェーンバインド!!」
掌より飛び出す鎖。すぐに握り締め手首を捻った。
風を切り円を描いて鎖がユーノ頭の上で舞う。拳を振り上げ突進する相手を正面にユーノは動かない。
「こんな使い方するなんて僕以外にいないかもね」
拳が迫る。ついにユーノが動いた。
右腕が地へと突貫し床を目茶目茶に叩き壊す。それでも巻き上がるのは砂塵だけ。決して血肉が飛び散ることはない。
「まず一つ!」
宣言と共に煙を引き裂き振り下ろされるはユーノの光鎖。ガキンと金属がぶつかるよう鋭い音が鳴り響く。
無論こんなので終わりではない。間髪いれず今度は光と轟音が鎖が当たった場所から噴出した。
煙幕が膨張し光が突き破る。破片が飛び散り一際大きい音、続けて振動が鼓膜と足を揺らした。
地面に横たわるは紛れもない巨人の腕そのもの。
「よし、いける!」
思った以上の効果的な一撃にユーノは感嘆の声を上げた。現れた光明にユーノは左手を握り締める。
それでも巨人は肘から下がなくなったことをなんら気に留めないようだ。今度は左手を振り上げて襲い掛かかろうとする。
「二つ目!」
今度は左肩が爆砕した。またも地響きと轟音が空気を震わす。
左腕を丸々巨人は失った。だがまだ巨人は止まらない。
「ならこれでどうだ!」
右手を撓らせ鎖が走る。弛み引き伸ばし、蛇のようにうねりながらユーノの思い通りに鎖は宙を舞い踊る。長年連れ添ってきた相棒はいつになくご機嫌で鞭の様な扱いにもご満悦のようだ。
右から振り下ろし一撃。すぐに引き戻し二度手首で回転を加え左から右へなぎ払う。立て続けに二発、ユーノの気迫は巨人の右足首と左膝を粉砕する。
「三つ目四つ目! これで止めだ!!」
自重に平衡を失い傾いていく巨体。もはや木偶と化した岩石に固まりにユーノは最後の一閃を叩き込んだ。
鮮やかな光の軌跡を残す鎖の舞になのはは見とれていた。今彼女の目にはユーノが本当に映画の主人公のように映っている。
巨人の体が傾く一瞬、首に埋め込まれた立役者が光を反射してきらりと光った。
それが切り札の薬莢の光だ。魔法など使わなくてもカートリッジに圧縮された魔力は開放するだけで十分すぎる爆薬となる。
しかもユーノは関節の隙間に埋め込むことでより威力を増大させる辺り侮れない。
「五つ六つ! 行けっ!」
鎖は撃鉄でユーノは引き金だ。
巨人は左から袈裟切りにされ起爆する首と胴の薬莢でバラバラになっていく。
「すごいよユーノくん!」
真面目で優しく、気転が利き皆に頼られるリーダー。今一度ユーノ・スクライアを好きになった自分に感謝した。
彼女の喜びの声に彼は少しはにかみながら親指を立てた。
「さてと……後は晴天の書を取り出すだけか」
額の汗を拭いながらユーノは岩の山と化した巨人を見る。
力を失ったせいだろう。すでに残骸に光沢はなく灰色をした塊が灰のようなかけらになりながら蒸発している所だった。よく見れば残骸に埋もれた晴天の書がかいま見えた。
ここまで来ても用心は忘れずに。何度も言い聞かせてユーノは歩き出す。
「あっ、一応だけどもう変なこと考えないようにね」
「ぜ、善処するね」
雑念が沸かないように勤めて冷静に。魔法を唱える時のように静かな心で。小難しい顔でなのはは自分を静め始める。
が、如何せんユーノから見ればあまり長くは持たないというのが見解だった。何を念じているのか口元が段々と引きつっているのが見えてしまったから。
「むむむ……あ、ダメダメ! リリカルマジカル何も考えないリリカルマジカル何も考えない……」
……多分限界だ。
豪い目に遭う前にユーノは少し早足で晴天の書まで近づくと一気に掴み取った。
「なのは、もういいよ」
「赤巻紙青巻紙黄巻紙隣のきゃくかきゃくきゃきゃガスバス爆バスバス! わ! ダメダメダメダメ……」
「えと、なのは?」
「大丈夫わたし何も考えてないよ、何も考えてないから安心して、あはははは」
一人呟く頑張り屋がいた。
自分の代わりになのはが豪いことになってしまったようだ。
「もう手に入れたかうあわぁあ!!」
「へっ!? ってユーノくん!」
落ち着かせようとしたユーノの努力もいきなり晴天の書が発光したことで有耶無耶になってしまった。
むしろこの場合は晴天の書に何が起きたか、もしくは自分の身の心配をするべきだった。
「ななななになに!? わたしなにも考えてないよ〜!」
慌てふためくなのはを尻目に晴天の書は手を離れ輝きながら形を徐々に変えていく。また巨人にでもなるかと思いきやあっさりとそれは終わり
「…………へっ?」
二人よりも大分小さい幼子が自分達を見上げていた。
「だ、誰?」
腰にまで届く金髪に碧眼の瞳、白いローブを着込んで少女は睨みつけるように二人を見つめている。
「た、多分夜天の書みたいな管制人格だと思う」
夜天の書の系統に属するなら管制システムが人型として実体化するのも頷ける。
「じゃ、じゃあ晴天の書さん。わたしとの契約なかったことにしてくれませんか?」
「なのは、いきなり本題にするのは」
「やだ」
「はい?」
「やだって言ったらやだ! 私がこのヘタレにマイスターの気持ち教えてあげようと思ったのにマイスター勝手に解決しちゃうんだもん! 非情だ! 横暴だ! 職権乱用だ!」
なんだかかなりご立腹な様子だ。
顔を真っ赤に頬は膨らませて、荒げたソプラノで彼女はなのはを恨めしそうに涙を溜めた目で睨み続ける。
「せっかく新しい主に出会えたのにお役御免になったらぽいってするんだ!! みんなして私のこと役に立たないからいらないって捨てるんだ! うわぁぁぁぁん!!」
言うだけ言って少女は号泣した。かなり幼児性が強い管制プログラムだな、となぜか冷静にユーノは分析してたりしている。
「だから墓場までついて行ってやるぅ……使ってもらえないのも嫌だけど捨てられるよりはマシだぁ!」
「って言ってるけど……なのはどうする?」
「そ、そんなこと言われても」
子供の世話なんててんで経験のないなのはにはどうしようもない。優しい言葉をかければいいのだろうがこんなこと言われては何を言っても逆効果に思えてお手上げだ。
泣きそうな顔で助けを請うなのはにユーノは仕方なしに覚悟を決めた。
部族で多少は子供の世話はしている。支えるのは男の役目、そうと言わんばかりにユーノは身を屈め少女の目線となる。
「えと……君、名前は?」
「えっく……晴天の書しか……ひっく……ないもん」
「そっか名前がないんだ」
「そうだよ名前も付けてくれないくらい私は役立たずなんだぁ、だから見捨てられるんだぁ!」
一体なのはの前に何人の人間がこの子のマスターになっているのか検討もつかない。
多分推測だが相当な人間が彼女を通り過ぎていったのだろう。じゃなければここまで彼女がなく理由がない。
「大丈夫だよ、なのはは優しいから捨てるなんてことはしない。僕が保障するよ」
「ほんと?」
「うん」
目を擦りながら泣きべそをかく彼女の頭をユーノは優しく撫でる。
「……しんじても……ぐす……いいの?」
「うん。……そうだよね? なのは」
「えっ? あ、もちろんだよ。わたしのために頑張ってくれるんだもん。捨てたりなんかしない、これは絶対」
「なのはもこう言ってる。なのはは素直だからね」
「わかるよ……ずっと見てたから……無限書庫に来た日から君のことずっと見てるから」
少女にとってこれほど慰めになる言葉はなかった。短い間でもユーノがどんな人間かは実体化できないときからずっと見ていた。もちろんなのはもだ。
「だから私頑張ったんだよ……二人が仲良くなれるように……」
こういう形でしか二人を楽しませることが出来ないから自分は役立たずなのだろうと嫌々ながら自覚する。
「でも君はいつもマイスターのこと考えてないみたいで。マイスターはずっと考えてて」
「僕はずっとなのはのこと考えてばかりだよ」
「……さっきのでわかった」
結局お節介を焼いて無駄なことをしただけなのかもしれない。二人の貴重な時間を奪ってしまったのだ。
また目頭が熱くなってきた。
「そんな顔しないで。なのはの気持ちが分かったんだ、君のやったことは無駄じゃない」
「そうだよ、わたしもユーノくんの気持ちが分かったし」
晴れ空が雨雲に覆われないように二人は心から思えたこと言葉にする。
「ほんと?」
「ほんと」
「ほんとに……ほんと?」
「ほんとにほんと。君は最高の魔導書だよ」
晴天の空には笑顔が似合う。気分は晴天。彼女の顔に笑顔が咲いた。
つられて二人も口元が笑った。
「じゃあいいよ。契約なしにしてあげる。でもぉ……条件があるよ」
「何?」
「二人が仲いいって証拠。ちゅーして、ちゅー」
ぶっ、とユーノの口が唾を飛ばした。聞き返したくないくらい恥ずかしいフレーズが聞こえたのはきっと気のせいではない。
「ちゅーだよ。ちゅ〜ってしてみて! ちゅちゅちゅ〜!」
行為の意味を知っているのか何度も何度も少女は連呼する。したくないわけではないのだが人前で――この場合はデバイス前というのか――それをしろと言うのは拷問ではないか。
「で、でもそれは流石になんというか相手の事情もあるしね」
「わ、わた、わたしは……ユーノくんには……」
「だってマイスター初めてが君ならいいよって言ったよ」
「こ、こんな時に思ったこと言わないでよ!」
そこまで言って慌てててで口を塞ぐなのは。だが時既に遅し。
バッチリ、ユーノの耳には聞こえています。
「だからちゅ〜〜〜!」
囃し立てるこの子に悪気はない。ただ純粋に二人の仲を祝福しているのだ。
他者から見ればこの子の純真さはすごく愛らしいのだろうけど、当事者にとってたまったものではないのは察して欲しい。
「え、えと……なのは?」
「い、いいよ。恥ずかしいのはきっとお互い様だし……ね」
「じゃあ……」
躊躇うのはなのはに失礼。すぐに行動に移す。
向き合い両の肩に手を添えて目と目で最後の意思確認。唾を何度を飲み込みあう二人は微笑ましいほどに初々しい。
変なものは食べなかったか、歯磨きは大丈夫か、地球とミッドのやり方は同じなのか。ユーノもなのはもおもしろいくらいに頭の中で浮かぶ考えは同じ。
「え、えと……よろしくお願いします」
「こちらこそ」
桜色が満開の頬、心なしか潤んだ瞳。ゆっくりとまずなのはが目を閉じる。
ユーノはそっと双眸を下ろしながら唇を寄せていく。三センチ切った所で視界に幕が下りたけど後はそのままで大丈夫。
――こうして無限書庫から始まった冒険は終わりを迎えるのだった。