ザーーーーー
豪雨と暴風があたりを吹き荒れ、雷が雲を割る。光が一瞬闇を支配し、音が遅れて耳を塞いだ。
漆黒ともいえる海の上で巨体がうごめき、低いうめき声のような鳴き声をあげた。
その巨体のまわりではピンクと緑の光が巨体を追いかけるように線を引いている。
『ユーノくん!そっち行ったよ!!!』
『くっ!!このぉ!』
ユーノがはなったチェーンバインドが巨体に絡みついたが一瞬にして引きちぎられた。
(やっぱり駄目か…。あの巨体は僕一人じゃ押さえ込むことはできない。せめてアルフかザフィーラさんがいれば…)
「ディバイン!バスターー!!」
光の帯が巨体にあたるが、その進行は止まることはなかった。
『どうしよう!このままじゃ港まで行っちゃうよ!!』
降りしきる雨の中、なのはは必死に攻撃を続けていた。
(魔力を削れば大人しくなるって話だけど、相手の魔力量が桁違いだからな…。
ここはスターライトブレイカーで一気にかたをつけるしかないか…)
『こいつはどうやら陸にあがることしか考えてないみたいだから、なのはは後ろからスターライトブレイカーを
撃って!!僕は前から少しでもこいつを抑えるから!!!』
言うと同時に二人はすばやく配置についた。
「ストラグルバインド!!」
巨体全体にはかけずに片足にのみ幾重にも重ねたバインドをかけ、錨のように海の底へとつなげた。
さすがの相手も少し動きが止まり、不思議そうに自分の片足を見下ろした。
「count down 10…9…」
レイジングハートの前に光が収束し始める。すでにカートリッジをロードした後で魔力量は大幅に増幅し、その大きさは
今まで見た中でも最大級といえる。
(よし、これで…)
勝利を確信した次の瞬間、化け物は海の底と繋がった片足を軸に巨体を反転させ、なのはの方をぐるんと向いた。
「「え…!?」」
二人が驚きを顔に出すと同時に化け物の口から光が漏れた。スターライトブレイカーに勝るとも劣らない魔力を
肌に感じさせる。
知能は限りなく低いと事前に聞かされていた。しかし、どうやら魔力を感じて危険を察知することはできたらしい。
確実にスターライトブレイカーより早く魔力攻撃がくる。
「まずいっ!!」
すぐになのはの方に飛んでいき間に割って入り盾作る。
「ユーノく…!?」
カッ!!!!!
辺りが光に包まれる。
「うわああああああああ!?」
「きゃああああああ!!!」
盾もろともユーノは吹き飛ばされ、遅れてなのはも海へと投げ出された。
ざーーーーーー
雨はなお降りしきり、巨体は何事もなかったかのように振り返り陸を目指した。
「ぷはっ!!」
海からピンクの光が飛び出し空中で止まる。
「はぁ、はぁ…。ユーノくん!ユーノくん!?」
念話も忘れ叫ぶなのは。
『だ、大丈夫…。ごめんなのは、作戦失敗みたいだ…』
そういうとなのはの目の前にユーノが姿を現した。バリアジャケットは破れ、かなりボロボロだ。
「ユーノくん!?大丈夫なの?」
「うん、そんなことより早くあいつをなんとかしないと…」
「でもどうやって…?」
「………」
スターライトブレイカーは不発に終わり、魔力は空気中に散布されてしまった。
今からまた撃つ時間もないし相手がそれを許してくれないだろう。
策を考えていると突然アースラから通信が入った。
『ごめんなのはちゃん、ユーノくん!こっちの件は終わって今クロノくんが着くから!!』
通信が切れると同時に青い魔法陣が真上に出現した。
「遅くなってすまない」
「クロノくん!!」
なのはの顔が希望の光を取り戻した。
「今からデュランダルであいつを止める。なのははそのサポートをしてくれ」
「うん!」
カードから杖へとその形を変えたデュランダルがキラリと輝いた。
「じゃあ僕は…」
ユーノがなにかを言おうとした瞬間クロノが口をはさんだ。
「ユーノは治療に専念したほうがいい。ここは僕にまかせて休んでいてくれ」
「ユーノくんはわたしよりダメージひどいから、無理しないほうがいいよ。あとはわたし達が何とかするから!」
「あ…うん」
俯きながら答えるユーノになのはが微笑んだが、ユーノはその笑顔を見ることは出来なかった。
「よし!いこう」
「うん!!」
青とピンクの光が遠くの黒い巨体の方へ向かって飛んでいき、あとにはユーノ一人が残された。
やけに雨の音がはっきり聞こえるような気がした。
*
「まったく、いかに交流があるからとはいえ時空管理局を便利屋扱いされるのも考え物だな。
こっちはこっちで手一杯だってのに」
「まあまあ、うちがレベルの高い魔導師を他より多く保有してるのは事実だししょーがないじゃん。
資金と技術援助もあるしギブアンドテイクよクロノくん」
そういってエイミィは微笑んだ。クロノ自身十分理解しているが、駆り出される身としては愚痴の一つも言いたくなる。
なのはの世界ともミッドチルダとも違う別次元の世界で、突如強大な魔力をもった生物が出現。どうやら環境の変化や
その他もろもろの要因での突然変異らしいのだが、その沈静化に時空管理局が力を貸すことになった。
そこの次元は別件での関わりもありその後交流が続いていて、今ではエイミィのいうギブアンドテイクの関係である。
魔法が存在する世界と言えど優秀な魔導師というのはすぐに出て来れない状態で、よく時空管理局に応援を求められる。
もっとも、忙しいのはお互い様なので今回のようにぎりぎりの戦いになることもしばしばである。
「…それでユーノは大丈夫なのか?ずいぶんひどくやられたみたいだが」
ちょうど通りかかった艦内の自動販売機で缶ジュースを買いながらクロノは聞いた。
「うん、今なのはちゃんと医務室にいる。治療も自分でやるって言ってるみたいだし怪我はそれほどでも
ないみたい」
「そうか。ならいいんだが」
ガコンと缶が落ちてくる。
「怪我はいいんだけど…」
「他になにかあるのか?」
「……まあね」
少しの沈黙の後、カコッとふたを開ける音が響いた。
「サポートとしての役目が十分果たせなかったから結構きてるみたい、精神的にね」
エイミィは伏目がちに答えた。今回の件だけではなく、日ごろから少しずつだが感じていたこと。
常にモニターごしに見ていた自分は今のユーノの気持ちをなんとなくだがわかる気がした。
「まあしょうがないだろう。経験から言うと今回の相手を抑えるにはAクラスの魔導師が少なくとも二桁は必要だった。
だからこそ僕にも急遽応援の要請がきたわけだし」
持っている缶ジュースを半分まで飲み干し一息つく。この後書類作成などの事後処理の仕事が山ほど
残っていると思うと軽い頭痛がした。
「むしろあの人数で解決できたことがすごいよ。なのはの成長ぶりには嫉妬するね、まったく」
「クロノくんも前よりは強くなってるよね」
「…まあ少しは成長してるんじゃないかな。日々精進を怠らないのが師の教えだしね」
天真爛漫な二匹の使い魔の顔が思い浮かんだが、ぶんぶんと頭を振ってかき消した。
(自分の頭痛の種を増やしてどうする…)
もはやトラウマとなった自分の中での師の扱いに苦笑するクロノだった。
「だから、だからさ!」
エイミィが少し強い口調で続けた。
「やっぱりみんなとの差が開いちゃって、自分だけおいてけぼりみたいに感じちゃってるんじゃないかな?」
ユーノがそこまで考えているかは分からないが、感じたことをそのまま口に出すことしか今のエイミィには
できなかった。
「…フム」
少し考えた後、ゆっくりとクロノは答えた。
「考えすぎじゃないか?まあ確かに魔力の絶対量や技術的な差は開いてるだろうが、ユーノは頭がいいやつだ。
自分の分(ぶ)はわきまえているだろう。僕としても彼の情報収集能力の方を買ってるし、そっちで活躍して
くれればそれでいいんだがな」
そういって缶ジュースを飲み干した。
クロノくんはわかっていない。いや、わかるはずがないのかもしれない。
わたしは同じ立場だからこそわかる。自分の大切な人が目の前で戦っているときのもどかしさのような感情を。
(男の子ならなおさら強いんだろうな。こういう気持ち…)
ビーっという電子音が休憩の時間の終わりを告げ、艦内の局員がせわしなく自分の持ち場へと戻り始めた。
「それじゃあまた後で」
そういうとクロノは足早にその場を後にした。
行き際に投げた空き缶は空のゴミ箱へと吸い込まれ、カコンと一つ寂しい音を響かせた。
*
「ほんとに大丈夫なの?」
「そんなたいしたことないよ。盾を貫通したってより盾ごと吹っ飛ばされたって感じだったし。
その点では結界破壊の属性が付いてるスターライトブレイカーの方が凶悪だよ」
不安げに覗き込むなのはにユーノは明るく答えた。
「凶悪って…もう!」
なのはがぷくっと頬を膨らました。純粋にこういう仕草が可愛いとユーノは思った。
「アハハ、そういえばもうなのはは元の世界に戻った方がいいんじゃない?日本時間にすれば今は夜の7時くらいだよ」
アースラ艦内の時計を見て逆算して言った。
「え!?もうそんな時間?…戻った方がいいかな。…でも」
なのははユーノの方をちらりと見たがそれを感じ取ってユーノはすぐに言った。
「僕のことは気にしないで。大丈夫、もう治療もだいたい終わったし。なのははどうせ明日も普通に学校に行くつもりなんでしょ?
だったら早く帰って寝なきゃ」
なのはがよっぽどのことがないかぎり学校を休まないこと、寝る時間がとても早いことを知っているユーノだからこその勧めだった。
「う…うん。わかった。それじゃあまた今度ね。安静にしてなきゃ、駄目だよ?」
「うん。それじゃあ、なのはも無理しないでね」
バシュッと扉が閉まり、部屋が静寂に包まれた。
「…ふぅ」
両手を頭の下で組み、医務室のベッドに身を投げ出した。部屋を照らす天井の白い光源にユーノは目を細めた。
「なにも…できなかったな」
光から目をそむける様に寝返りをうつとベッドのスプリングがギシッと鳴った。
わかっている。自分はもともと戦闘には向いていないってことくらい。
今回だってたまたま人手が足りなくて、半ば強制的に参加させられたようなものだ。
といってもなのは一人で行かせるつもりも毛頭なく、久しぶりのコンビ復活だった。今までも何度かこういう形での
時空管理局での仕事はあった。フェイトやクロノ、はやて達と事件解決に当たったこともある。
しかし、何度も戦闘を重ねるうちに当然のように現実が突きつけられる。みんながどんどん強くなっているという現実に。
フェイトと使い魔であるアルフのコンビネーションは同じ魔力を共有する性質も加えて最高のものだし、
ヴォルケンリッターは個別の戦闘力がもともと高い。自分のポジションほど曖昧で中途半端なものはないと思う。
だからこそ、闇の書事件から無限書庫での情報収集担当が専らの役目になってたんだけど…。
(それでも、やっぱり見ているだけは…つらいよ)
そう心の中で嘆いたとき、ふいに入室許可を求める電子音が鳴り響いた。
(…誰かな?)
疑問に思ったが思い当たる節もなかった。
とりあえず起き上がってベッドの端に腰掛ける。
「どうぞ」
医務室の応答する機械の操作はよくわからなかったので扉に向かって声を出した。
「あ……」
開いた扉からは意外な人物が入ってきた。